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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス
第一章 我の学校生活編

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第44話 我、絶望し、気づかれる

 我らの席には、山盛りの料理が並んでおった。


 肉料理に魚料理。


 揚げ物に煮込み料理。


 色とりどりの野菜に、湯気を立てる汁物。


 さらに、皿の隙間を埋めるように小さな前菜や菓子まで置かれておる。


 うむ。


 絶景ぞ。


 我は思わず、胸の前で腕を組んだ。


 これほど食べ物が並ぶ光景は、それだけで人の心を豊かにするものよな。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、甘い匂いまで混じっておる。どれから手をつけるべきか、実に悩ましい。


「食えるのか?」


 千葉先生が、皿の山を見ながら呆れたように言った。


「ユウなら食えよう」


「そうだね。大丈夫かな」


 こ奴。


 何を迷っておる。


 大丈夫に決まっておろう。


 ユウの胃袋はブラックホールで出来ておるからの。


 食べ物を吸い込み、さらに平然と次の皿に手を伸ばす。その姿を何度見たことか。普通なら腹を押さえて動けなくなる量でも、ユウは少し満足そうに笑うだけなのだ。


「それだけ食べて太らぬのは才能よな」


「でも最近、胸ばかり大きくなっててね」


 ……。


 我は、そっと自分の胸元に視線を落とす。


 うむ。


 ストンとしておる。


 実に平和な大地ぞ。


 山も谷もなく、どこまでも穏やか。


 いや、穏やかなことは悪くない。


 だが、元魔王の威厳には、多少の迫力も必要ではなかろうか。


 我は隣に座るユウをちらりと見る。


 まあ、平均よりは上か……。


 くっ。


 なぜ勇者の方が育っておる。


 我の胸は、いつ育つのだ?


 元魔王ぞ! 威厳がない!


「そのうち、マオも大きくなるよ」


「わ、われ、気にしておらにゅ」


 噛んだ。


 今、我は噛んだ。


 しかも、かなり情けなく噛んだ。


「動揺してんじゃねぇか」


 千葉先生よ。


 うるさい。


 我は気にしておらぬ。


 ただ、成長とは重要な問題であり、魔王として己の将来性を冷静に確認しているだけぞ。


 だから、笑うでない。


 ユウも、そんな優しい目で見るでない。


「ちょっといい?」


 今度はなんぞ?


 我、今ショック中。


 胸の問題という、元魔王の威厳に関わる重大な課題について考えておったところなのだが。


 我は肉に伸ばしかけていた手を止め、声のした方に顔を向けた。


 そこには、五人の生徒が並んでおった。


「あなたたち、S組よね」


「そうだが?」


 なんぞ、この五人は?


 見たことがあるような……。


 ああ、こ奴らも入学式におったの。


 顔だけなら、なんとなく覚えておる。だが、話したことはない。少なくとも、我らに親しげに声をかけてくるような関係ではないはずだ。


「私、B組の速水芽衣」


 先頭に立つ女子生徒が、我らを見下ろすように名乗った。


「同じく、水野亜紀」


 その隣にいた女子生徒も、速水殿に合わせるように腕を組む。


「大城庄司」


 後ろに立つ男は、面倒そうに首の後ろを掻いた。


「田中太郎だ!」


 一際大きな声が、周囲のざわめきを突き抜ける。


「稲葉陽」


 最後の男だけは短く名乗り、僅かに頭を下げた。だが、こちらを見る目には静かな鋭さがある。


 うむ。


 情報量が多い。


 速水殿と水野殿は、二人でこちらを押し込もうとするような圧がある。


 大城殿は、なぜそれほど面倒そうなのだ。名乗ることすら億劫そうな顔をしておる。


 田中殿は、声だけでやる気が伝わってくるの。少し暑苦しい。


 稲葉殿は無口だが、何も考えておらぬわけではなさそうだ。


「我は……」


「天神魔王でしょ。それに白崎優紗。知ってる」


 ……。


 うむ。


 ならばよいが……。


 名乗ろうとしたところを遮られると、何とも言えぬ気持ちになるの。


「それで、なんですか?」


 ユウ。


 声が冷たいぞ。


 抑えよ。


 先ほど佐々木殿とは、どうにか丸く収まったばかりなのだ。ここでまた空気を凍らせるのは、交流会としてよろしくない。


「顔を見に来ただけ。落ちこぼれの顔をね」


 おお!


 漫画で見たテンプレではないか!


 まさか生で見られるとは。我、感動。


 ここまで綺麗に型どおりだと、腹を立てるより先に感心してしまうの。


「まあ、せいぜい死なないように頑張れば。じゃあね」


「バイバイ。落ちこぼれさん」


「お前ら。交流会は喧嘩を売る場じゃないぞ」


 二人が背を向けたところで、千葉先生の低い声が飛んだ。


「別に、喧嘩なんて売ってません」


 速水殿は肩越しにそう返すと、悪びれた様子もなく歩き出した。水野殿も、その隣にぴたりとついていく。


 大城殿は二人を止めるでもなく、深いため息をついて後に続いた。


 田中殿は何か言いたげに我らを見たものの、結局は口を開かぬまま背を向ける。


 稲葉殿だけは、立ち去る直前にもう一度こちらを見た。


 ふむ。


 全員が同じ考えというわけではなさそうだな。


「……不快」


 ユウの声が、低く落ちた。


 手に持っていた皿が、ほんの僅かに傾く。


 いかん。


 ユウが本気で怒る前に止めねば。


「気にするでない。むしろ我は感動したぞ。あそこまで漫画にありそうな挑発をしてくれたのだ」


「天神もそう思ったか。ずいぶんと分かりやすい連中だな」


 千葉先生よ。


 注意はしたが、やはり少し面白がっておるな。


「うむ。だからユウ、気にするな」


「……そうね。考えてみれば、あそこまで分かりやすいと少し面白いかも」


 ユウは小さく息を吐き、肩から力を抜いた。


 まだ完全に機嫌が直ったわけではなさそうだが、少なくとも今すぐ追いかけていく気配は消えた。


 よし。


 ならば問題ない。


「よ~~し。食べよう」


 ユウは気持ちを切り替えるように、料理の皿に視線を戻した。


 うむ。


 それでよい。


 落ちこぼれと言われようが、何と言われようが、腹は減る。


 まずは食べる。


 話はそれからだ。


 その後も、各クラスから我らに絡んでくる者はおった。


 だが、B組の五人ほど露骨な者はおらぬ。


 他の者たちは好奇心半分、対抗心半分といったところで、言葉も態度もどこか中途半端だった。中には遠くからこちらを眺めるだけで、結局近づいてこぬ者もおる。


 ユウも、もう気にしておらん。


 最初こそ不快そうにしておったが、料理を食べ始めてからは少しずつ機嫌も戻ってきた。皿の上から肉が消え、揚げ物が消え、甘い物まで消えていく。


 うむ。


 実に見事な食べっぷりぞ。


「少し席を外す。何かあったら呼べ」


 千葉先生もいくらか料理をつまんだ後、そう告げて、知り合いのハンターがいる席に向かった。


 我らから離れたとはいえ、時折こちらの様子を確認しておる。


 ふむ。


 それならば問題はないな。


 そして。


「佐々木殿。なぜ我らの席に?」


 我らの前に現れたのは、佐々木殿だった。


 先ほど謝罪は受け入れたとはいえ、ユウの中に残った棘が完全に抜けたわけではない。隣に座るユウの空気が、ほんの少しだけ固くなる。


「そう言わないでくれ。ちょっと聞きたくてな」


「まあ良いけど」


 ユウの声には、まだ棘が残っておる。


 だが、先ほどほど鋭くはない。


 我はユウの様子を横目で確認しながら、佐々木殿に向き直った。


「それで、聞きたいこととは?」


「お前たち。かなり強いだろ」


 ……。


 ほう。


 我は思わず、佐々木殿の顔を見た。


 からかっている様子ではない。


 勝手な思い込みをぶつけているわけでもなさそうだ。


 その目は、こちらを試すというより、自ら感じ取った何かを確かめようとしておるように見える。


「なぜ、そう思ったの?」


 お。


 ユウから聞いてきたの。


 先ほどまでの冷たい声とは違い、今度は少しだけ興味が混じっておる。


「なんていうか、纏っている空気っていうか……底が見えない怖さがあるような気がして」


 ほうほう。


 どうやら、他の者よりも目が良いようだな。


 力そのものを正確に測れているわけではないだろう。だが、何かが違うという気配は拾っておる。


 我やユウが普段どれだけ力を抑えていても、完全に普通の中学生と同じにはならぬということか。


「それで、何が聞きたいの?」


 ユウはフォークで料理を一口分取りながら、佐々木殿を見る。


 食べる手は止めぬのだな。


「アストラ。授業で習ったが、お前たちはそうなんじゃないのか? S組が合同訓練から外されている理由も、それなら説明がつく」


 ふむ。


 そこまで考えたか。


 最初は勢いだけの奴かと思っておったが、その実、周囲を見て考える頭もあるではないか。


 S組が合同訓練に参加してこなかったこと。


 千葉先生が我ら二人を個別に指導していること。


 さらに、我らから普通ではない何かを感じ取ったこと。


 それらを繋げて、A.S.T.R.A.に思い至ったわけか。


 もっとも、S組への振り分けとA.S.T.R.A.という分類は別物ぞ。そこは少し違うが、我らが普通ではないと気づいた点は見事よ。


「……それは、私たちからは言えないの」


 ユウ。


 それでも、ほとんど答えているものぞ。


 言えないという返事は、場合によっては肯定よりも強い。


 佐々木殿もそれを理解したのだろう。


 僅かに目を細めた後、納得したように頷いた。


「そうか。それだけ聞ければ十分だ。お互い頑張ろう」


 ふむ。


 無理に踏み込んでこぬのは悪くない。


 好奇心はある。


 対抗心もある。


 だが、越えてはいけない線を見極め、退くことはできるようだ。


「じゃあの」


「バイバイ」


「またな」


 佐々木殿は短く手を上げると、自分の席に戻っていった。


 さて。


 我はその背中を見送ってから、隣のユウを見る。


「ユウ。どうして、もう少し濁さなんだ?」


「え、濁したけど?」


 あれでか……。


 我は少しだけ天井を見上げた。


 ユウよ。


 おぬしの濁し方では、器の底まで見えておる。


 まあ良い。


 佐々木殿も、むやみに言いふらすような者には見えぬ。ここで騒ぎにするほどのことでもあるまい。


 それに、もう終了時間が近いの。


 会場の空気も、最初のざわつきから少しずつ落ち着いてきておる。教師たちが片づけの準備を始め、生徒たちの輪も小さくまとまり始めていた。


「ユウ。食ってしまえ。我はもう食えぬ」


 我は皿に残っていた料理を、そっとユウの前に押しやった。


 ユウの目が、僅かに輝く。


 うむ。


 やはり、おぬしはそういう顔をしている方がよい。


 我は料理を頬張り始めたユウから、佐々木殿が戻った席に視線を移す。


 落ちこぼれと侮る者ばかりではない。


 どうやら、我らが落ちこぼれではないと気づく者も出てきたようだの。

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