第43話 我、上位者に会う
「交流会?」
ユウ。
菓子を食う手を止めよ。
口の中で菓子を噛み砕く音が、教室の静けさにやけに響いておるぞ。
「そう。交流会」
涼しくなり始めた10月。
夏の暑さはようやく遠のき、外の風も少しだけ冷たさが混じるようになっていた。
我らの訓練も順調に進んでおる。
父上の研究所で測定した結果を踏まえ、今の我らに足りぬものも少しずつ見えてきた。
反応そのものは速い。
相手の動きも見えておる。
だが、それに身体の動きが追いついておらぬことがわかり、訓練内容も、ただ基礎能力を上げるだけのものではなくなった。
目で捉えた動きに、身体を正確に反応させる訓練。
力を入れる場所と抜く場所を意識する訓練。
動きの途中で力を調整し、器具や相手を壊さぬようにする訓練。
地味ではある。
だが、今の我らには必要なものなのだろう。
実際、力任せに動くよりも、細かく制御する方が難しい。魔王時代の感覚で動こうとすると、今の身体との間に僅かなずれが生まれてしまう。
そこを埋めねばならぬ。
わかってはおる。
わかってはおるのだが……。
未だに射撃訓練は行われておらぬ。
我、待ち遠しい。
銃器保管庫に整然と並んでいた銃を思い出すたび、胸が少しだけそわそわする。あれほど魅力的な武器を前にしながら、未だに許されているのは、構え方と分解・組み立てだけ。
なかなかに焦らす試練よな。
だが、今は我慢だ。
それよりも、だ。
「それは、他のクラスとかの?」
「そうだ。一応、俺たち以外のクラスは定期的に合同訓練はしてたが、今回はお前たちも交えて軽い食事会だな」
食事会。
その言葉に、ユウの手がぴたりと止まった。
うむ。
今、菓子よりも食事会に反応したな。
だが、我も少し気になる。
他のクラス。
つまり、A組からG組までの生徒たちと顔を合わせるということか。
これまで我らは、ほとんどS組だけで訓練を受けてきた。
千葉先生と、我と、ユウ。
その三人だけの時間が多く、他のダンジョン科の生徒たちと接する機会は驚くほど少ない。
それは、我らがS組だからだ。
能力を隠す必要がある。
S組の意味を他の生徒たちに知らせぬ必要もある。
そして何より、我とユウは普通の生徒とは少し違う。
「だが、生徒たちには、お前たちがアストラということを知らせていない。中には、合同訓練についていけていないんじゃないか、なんて言っている奴もいる」
「ふむ。勝手に言わせておけばよい」
「そうだね~。別にいいかな」
「お前たち……そう言うなら、まあいいけどな」
千葉先生は呆れたように肩を落とした。
だが、我としては、なめられていようと気にすることはない。
そもそも、相手が何を思おうと、我らの力が変わるわけではないからな。
それに、無理にわからせようとすれば、こちらが隠しているものまで見せることになる。
それはそれで面倒よな。
「私服でいいからな。詳しくは後でメッセージとスケジュールを送っておく。これで朝礼は終了」
ふむ。
私服でよい食事会。
軽い交流会と言われれば、確かにそれらしく聞こえる。
だが、他のクラスの生徒たちが集まる場となれば、何も起きぬとは限らぬ。
そういえば、単行本を渡してから、佐々木殿には会っておらぬな。
あれで多少はわだかまりが解けたと思いたいが、相手がどう受け止めているかまではわからぬ。
「どうなるんだろうね?」
ユウが椅子に座ったまま、少しだけ首を傾げた。
「わからぬが……ユウ。怒るでないぞ」
「相手次第だよ」
笑顔で怖いことを言うでない。
ユウは普段こそ明るくのんびりしておるが、我のことになると妙に火がつきやすい。
佐々木殿の時もそうだったが、我より先に怒るのは大抵ユウなのだ。
ありがたくはある。
ありがたくはあるが、交流会で剣を抜くようなことにはならぬよう願いたい。
さて、どうなることやら。
そして、10月末。
我とユウは父上に送ってもらい、ホテルの会場に来ておった。
建物の入口からして、普段我らが使う学校の施設とはまるで違う。
磨かれた床は照明を映し、広いロビーには落ち着いた香りが漂っておる。行き交う者たちの服装も整っており、ただの食事会という言葉から想像していたものより、随分と格式が高い。
我は思わず、隣にいるユウと顔を見合わせた。
ユウも少しだけ目を丸くしておる。
うむ。
これは、軽い食事会という雰囲気ではないな。
受付を済ませて会場に入ると、千葉先生がこちらを見つけ、にやりと笑っておった。
「なぜこんなに豪華な場所で?」
「なんせ都内のダンジョン科が揃うわけだからな」
「……聞いておらぬが?」
「規模までは言ってなかったか?」
その顔。
知っていて、あえて言わなんだな。
我らの反応を面白がるのはやめよ。
都内のダンジョン科が揃う。
つまり、我らの学校のA組からG組だけではなく、他の学校の生徒たちも来ているということか。
軽い食事会。
交流会。
そう聞いていたはずなのに、規模が一気に大きくなったではないか。
「まあ、これでクラスの連中だけじゃないから、話しかけられることは少ないだろう」
「そう願う」
我は会場の奥に視線を向けた。
すでに多くの生徒たちが集まり、いくつもの小さな輪ができておる。
広い会場には大きな丸テーブルが並び、制服姿の者もいれば、少し改まった私服姿の者もいる。楽しげに語り合っている者。周囲の様子を探るように眺めている者。すでに料理に意識を向けている者。
教師らしき者たちは生徒の様子を見ながら、時折、別のテーブルにも声をかけておった。
壁際には、料理が並べられた長い台がある。
そこから漂ってくる温かな湯気と香ばしい匂いが、会場の空気に混じっておる。
うむ。
これは確かに食事会ではある。
だが、ただ静かに食事をして終わる場ではなさそうだの。楽しげに話しているように見えても、互いの様子を観察している者は少なくない。
その中に見覚えのある顔がいるかは、まだわからぬが――。
「こっちだ」
千葉先生が案内したのは、会場の隅にあるテーブルだった。
隅とはいえ、悪い席ではない。
むしろ、会場全体を見渡しやすく、こちらに必要以上の視線が集まりにくい場所よな。
千葉先生なりに、我らが余計な騒ぎに巻き込まれにくい位置を選んだのであろう。
「ビュッフェ式だから、好きなの取ってこい」
「う~~ん。どうするマオ?」
「我か? そうよな……とりあえず見てくるかの」
「なら私も行く」
「俺のも頼むわ」
千葉先生よ。
「自分で来るがよい」
「冷たいね」
そうではない。
先生であろう。
こういう時こそ、我らを守るために近くにいるべきではないのか。
そう思って視線を向けると、千葉先生は面倒そうに肩を竦めながらも、結局は我らの後ろについてきた。
ふむ。
付いてきておるなら、これ以上文句は言わぬ。
さて、何があるのか。
料理の並ぶ台に近づくと、匂いが一層強くなった。
肉料理。
魚料理。
色とりどりの野菜。
小さな器に盛られた前菜らしきもの。
それに、菓子のような甘い物まであるではないか。
うむ。
これは迷うな。
端から順に取っていくのもありだが、食べ過ぎて動けなくなるのはよろしくない。ここが普通の食事会ならそれでもよいが、何か起きそうな空気がある以上、腹を満たしすぎるのも考えものだの。
「おい」
うむ?
なんぞ声がしたな。
「無視するなよ」
我は二度は間違わぬ。
今度は声も気配も、きちんと拾っておる。
振り向くと、そこにいたのは佐々木殿だった。
それと、以前一緒にいた連れの男ではないか。
「久しいな。佐々木殿」
「久しぶりね」
ユウ。
声が冷たいぞ。
まだ燻っておるのか。
佐々木殿とのわだかまりは一応解けたと思っておったが、ユウの中ではそう簡単に片づいておらぬらしい。
千葉先生は……なんぞ、その顔は?
ニヤニヤするでない。
面白がる場面ではなかろう。
「来たんだな。来ないかと思ってた。いつも合同訓練にいなかったし」
「うむ。それはすまぬな。我らも日々訓練は怠っておらぬ。安心するがよい」
「マオ。もう行こう」
ユウよ。
引っ張るでない。
料理を選ぶ前に連れていかれては、我の楽しみが減るではないか。
「待て」
「何?」
ユウ。
声がさらに冷たいぞ。
周囲の空気まで少し下がった気がする。
佐々木殿もそれを感じたのか、一瞬だけ言葉を詰まらせた。だが、すぐに表情を改め、我とユウに向き直る。
「すまなかった。バカにするつもりはなかった。あの時は頭に血が上っていて」
「佐々木君! 何で頭を下げるんだよ!」
そこの腰ぎんちゃく。
少し黙るがよい。
とはいえ、佐々木殿は本気で言っておるように見える。以前のような勢い任せの怒りではなく、言葉を選ぼうとしている気配があった。
さて、ユウよ。
主なら大丈夫であろう。
我は横目でユウを見る。
ユウはしばらく佐々木殿を見つめていた。怒っているというより、相手の言葉が本物か確かめているような目だ。
やがて、小さく息を吐く。
「……わかった。謝罪は受け入れる。けど、今度マオの言葉をバカにしたら許さないから」
ふむ。
丸く収まったかの。
少なくとも、今すぐ何かが爆発する気配は消えた。
「龍雅君!」
「隆。いいから。それよりも、お前もちゃんと挨拶しろよ」
こ奴が隆というのか。
前にいた時は、佐々木殿の後ろで騒いでいる印象が強かったが、名前を聞くのは初めてだな。
「初めましてではないが、我は天神魔王。魔王と書いてマオだ」
「……私は白崎優紗。ユウと呼んで」
「魔王と勇者?」
「隆。すまない。改めて、俺は佐々木龍雅」
「……安田隆」
こ奴が安田殿か。
まだこちらを警戒しているようだが、佐々木殿に促されたからか、一応名乗る気はあるらしい。
ふむ。
初対面としては、まあ、悪くない。
いや、初対面ではないのだがな。
「行きましょう、龍雅君。みんなが待ってます!」
安田殿。
まだ我らへの警戒は解けておらぬようだな。
まあ、無理もないか。
「龍雅~。こっちにケーキがある」
少し離れた場所から、女子の声が飛んできた。
髪は以前より伸びておるが、入学式で見た顔だの。
佐々木殿はそちらを振り返り、軽く手を上げた。
「ああ。今行く」
それから、我らにもう一度視線を戻す。
「……すまなかった。また機会があれば話そう」
そう言い残し、佐々木殿たちは自分たちの輪に戻っていった。
安田殿は最後まで我らと目を合わせぬまま、佐々木殿についていく。
先ほどの様子を見る限り、佐々木殿から以前のような棘は薄れておる。少なくとも、こちらに噛みつくためだけに来たわけではなさそうだ。
安田殿の警戒までは、解けておらぬようだがの。
「青春かと思ったが、なんか違う感じだな」
千葉先生。
面白がっておらず、危なくなる前に間に入ればよかろうに。
我が視線を向けると、千葉先生は悪びれた様子もなく肩を竦めた。
「いや、ちゃんと危なそうなら止めたぞ」
「危なそうになる前に止めるのが先生ではないのか?」
「そこは経験だ。揉める前に全部止めると、後で余計に面倒になる」
それらしいことを言っておるが、半分は面白がっていたであろう。
まあよい。
ひとまず佐々木殿との再会は、思ったより穏やかに終わった。
ならば、今は料理だ。
「さて、料理を……」
「茂雄。久しぶりだね」
今度は誰ぞ?
我が声のした方を見るより先に、千葉先生の肩がわずかに跳ねた。
「げ、遥!」
おや?
どうやら今度は、我らが面白いものを見られそうだぞ。
ふむふむ。
声の主は、20代前半ほどに見える美しい女性。
立っているだけで目を引く者よな。
背筋はすっと伸び、身のこなしにも無駄がない。柔らかな雰囲気をまとっておるが、立ち姿には僅かな気の緩みも感じられぬ。
艶のある髪も美しいが、何より我の目を引いたのは、腰に下げられた刀だった。
正式なハンター資格を持つ者には、公共の場での武器携行が認められておる。
それでも、このようなホテルの会場で堂々と刀を下げている者は、そう多くあるまい。
柔らかな雰囲気とは裏腹に、刀を下げることが日常であるかのような落ち着きが伝わってくる。
「まさか私に気づかなかったとか?」
「いやいや、まさか」
千葉先生は笑ってごまかしておるが、その額には僅かな汗が滲んでいる。
ふむ。
これは、先ほどの我らよりも面白いことになりそうだの。
「茂雄。担任としてはどうだ?」
「ははっ……なかなか楽しいぞ」
歯切れが悪いの。
千葉先生は笑っておるが、その声には、どこか逃げ場を探すような響きがあった。普段なら軽口で流すはずなのに、遥と呼ばれた女性の前では妙に調子が狂っておる。
「ねえ、マオ」
ユウ。
小声でどうした?
「もしかして、恋人なのかな?」
「そうであれば面白そうではあるが、様子を見る限り、少し違いそうだの」
「そこ。ひそひそ喋るな!」
ふ。
今度、面白がるのはこちらの番よ。
「すまぬ。先生よ、こちらの方は?」
「ああ、こいつは大林遥。別の学校でダンジョン科の教師をしている、S3級のハンターだ」
S3級!
これには我、ビックリ!
まとっている雰囲気から、千葉先生と同じS級だとは思っておった。
だが、まさかそれ以上の大物とは。
S級というだけでも、人の基準を超えた領域にいる者だ。その中でさらにS3級となれば、ただ強いだけのハンターではあるまい。
経験も、実績も、我では測りきれぬほど積み上げてきたのであろう。
腰に下げた刀も、やはりただの飾りではないのだな。
先ほど感じた落ち着きにも、これで納得がいった。
「君たちは?」
「我は天神魔王。魔王と書いてマオだ」
「初めまして。白崎優紗です。ユウと呼んでください」
「これはビックリ。茂雄の生徒がここまで礼儀正しいとは」
「……うるさい」
どんな関係なのだろうかの?
我、知りたい。
大林先生は楽しげに笑っておるが、千葉先生はどこか居心地が悪そうだ。
嫌っているというより、どうにも扱いづらい相手を前にしている顔よな。
「ところで。もしかして君たち、天神博士と、ダンソウアーマーの白崎さんの娘さん?」
「父上のことよな」
「ママです」
うぬ?
大林先生の目が、一瞬だけ変わった。
先ほどまでの柔らかさが薄れ、何かを見極めようとする鋭さが宿る。
これは……なんぞ?
「なるほど。今まで担任を引き受けたがらなかった茂雄が、今回は引き受けたと聞いて不思議に思っていたんだけど……そういうことか」
「伝手を得るために引き受けたわけじゃねぇぞ」
本人にそのつもりはなくとも、結果として伝手は増えておるがの。
我の父上と、その研究所。
ユウの母上である白崎愛殿と、ダンソウアーマー。
さらに、母上が描く漫画の監修。
千葉先生が望んだかどうかは別として、もともとあった繋がりは強まり、さらに新たな繋がりまで生まれておる。
大林先生がそこに目をつけるのも、わからなくはない。
「大林先生は、千葉先生の恋人なんですか?」
ユウ。
お主、実に真っ直ぐよな。
我、嫌いじゃない。
むしろ今は、よく聞いた!
「はははっ、恋人……ね」
「はははっ……」
ふむ。
どうやら、まだ違うようだの。
ただ、大林先生の方は、なにやら雰囲気が違う。
笑っておる。
笑っておるが、その視線は千葉先生から離れておらぬ。逃げ道を探す様子まで見透かしているかのように、静かに、楽しげに見つめている。
「いい? 女は一度狙った獲物を逃がしたら駄目よ。ねえ、茂雄」
「……まだ諦めてないのか……」
おお!
狙われておるのは、千葉先生の方か!
これは面白い。
千葉先生は心底面倒そうな顔をしておるが、大林先生はまるで気にしておらぬ。むしろ、その反応すら楽しんでいるように見える。
ふむふむ。
強者同士の因縁か。
それとも、大林先生だけが一方的に追いかけておるのか。
どちらにせよ、我らが知らぬ千葉先生の顔が見られそうだの。
「それと、君たち二人にも興味が湧いたわ」
え?
我たちに?
我とユウは、思わず顔を見合わせた。
「茂雄が担任を引き受けた理由、少しわかった気がする。近いうちに、君たちの動きも見せてもらいたいものね」
我らの動きを見たい?
会って間もないというのに、大林殿は我らの何かに気づいたのか?
「またね」
大林先生はそれだけ言うと、軽く手を振り、何事もなかったかのように去っていった。
人の間をすり抜ける動きは自然で、周囲の視線を集めておるというのに、その歩みは少しも乱れぬ。
S3級。
なるほど。
あれほど人目を引きながら平然としておれるのも、積み重ねてきた経験ゆえなのかもしれぬな。
「千葉先生よ」
「なんだ」
「厄介なものに狙われておるの」
「付き合えばいいのに」
ユウよ。
最後までまっすぐだの。
千葉先生は、心底嫌そうな顔で大きく息を吐いた。
だが、厄介な相手に目をつけられたという意味では、我らも千葉先生と同じなのかもしれぬの。




