第39話 我、知り、負ける
中間テストまでの間、我らは様々なことを学んだ。
通常の授業はもちろん、ダンジョンについてもだ。
「様々な研究が進み、クリスタルから魔素を取り出せるようになった。これが、何より大きい」
千葉先生はタブレットに表示されたクリスタルの画像を指し示した。
「取り出した魔素を身体に取り込み、魔法を使えるようになることは前にも話したな。だが、魔素にはそれ以外にも大きな利用価値がある」
そう。
この話を聞いた時、我は本当に驚愕した。
「火力発電は知ってるだろ?」
「うむ」
「最近は、クリスタルから取り出した魔素を熱へ変換し、発電に利用する方法が確立された」
千葉先生が画面を切り替えると、大きな発電設備らしきものが映し出された。
「しかも、小型のクリスタルを数個使うだけでも、従来の燃料より少ない量で、遥かに多くの熱を生み出せる。発電時に二酸化炭素もほとんど排出しない」
それは、驚くほかない。
あれほど小さなクリスタルに、そこまでの力が秘められておるとはな。
この発電方法は少しずつ実用化が進み、最近では、電気料金にもその成果が表れ始めたらしい。
母上が、電気代が随分と安くなったと喜んでおったのも、こういうことだったのか。
我の知らぬ間に、クリスタルは人々の暮らしを支えるものにまでなっておったのだな。
「魔素の活用は火力発電だけじゃない。風力や水力発電の設備を補助し、発電効率を上げる研究も進んでる。そのうち、大規模な実証実験も始まるかもしれないな」
我ら魔族にとっては、力を補うための携帯食。
すなわち、お弁当。
それが、この世界では電気を作るためにまで利用されておるとはな。
科学とは、つくづく恐ろしい。
「国はそのために研究所を建て、多額の資金を投入している。当初は税金の使い方について賛否もあったが、成果が生活に反映され始めたことで、最近は好意的に受け止める者も増えているな」
そうであったか。
父上が世界中を飛び回り、ダンジョンを研究しておるのも、このような技術に関係しているのかもしれぬな。
「ただし、懸念もある」
千葉先生の声が僅かに低くなった。
「魔素が兵器に転用される危険だ。今は国際条約によって軍事利用が禁止されているが……条約を破る国は破るからな」
うむ。
それはそうであろうな。
もし、元の世界にいた頃の我が、この技術を知っておったなら――。
恐らく、兵器への転用も考えていた。
実際に使うかどうかは別だ。
だが、敵が同じものを持つ可能性がある以上、抑止力として研究くらいは進めておっただろう。
王として民を守るためには、知らぬふりもできぬからな。
クリスタルが電気を生み出し、人々の暮らしを支える。
我の知っていた使い方とは、あまりにも違っておる。
だが、ダンジョンがこの世界にもたらした変化は、それだけではなかった。
我らはさらに、ダンジョンによって変わり始めた社会について学んだ。
「現在、昔ながらの刀やロングソードといった武器の生産量が増えている」
「それも、ダンジョンの影響かの?」
「そうだ。銃弾が効きにくく、弱点や特定の部位を直接破壊しなければ倒せないモンスターもいる。それに、弾薬を補給できない状況では、繰り返し使える近接武器の方が頼りになるからな」
千葉先生は画面に、様々な形状の剣や槍を映し出した。
「もちろん、長い武器ほど有利というわけじゃない。通路の広さや戦い方に合わせ、片手剣や短槍、手斧などを使い分ける必要がある」
「何だか、時代が遡っているみたい」
ユウが不思議そうに画面を眺めておる。
「見た目だけならな。だが、素材も製法も昔とは違う。ダンジョンの中では、それだけ近接武器の使い勝手がいいってことだ」
なるほどの。
科学が進んだこの世界で、再び刀や剣が必要とされ始めておるのか。
しかも、昔の武器をそのまま作るのではなく、新たな素材や技術まで取り入れておる。
そう聞くと、いずれ世に名を轟かせる刀匠や武器職人も現れそうよな。
ダンジョンとは、戦い方だけでなく、技術や仕事の形まで変えておるようだ。
「それもこれも、ダンジョンで手に入る素材には優れたものが多いからだ」
千葉先生は画面を切り替え、今度は様々な武器の画像を映し出した。
「考え方としてはかなり古いが、例えば、あるモンスターの大きな骨を研ぎ上げ、そのまま一本の刀に仕立てる職人もいる」
モンスターの骨を、そのまま刀にするのか。
我が元の世界では珍しくなかったが、この世界の者が作っておると聞けば、少し不思議な気分よな。
「それに、これまで知られていなかった鉱石を発見したという報告もある。そういった事情もあって、今は世界中で、ダンジョン素材を使った武器作りが盛んになりつつあるんだ」
「何か、汚い」
ユウが画面に映る骨の刀を見つめ、露骨に顔をしかめた。
ユウよ。
口には出さぬが、それは我も少し思ったぞ。
「きちんと洗浄して加工してある。それに、普通の剣より強いことも多いんだから、仕方ないだろ」
そう言われてしまえば、そこまでよな。
見た目がどうであれ、命を預ける武器だ。
より頑丈で、モンスターに有効な方を選ぶのは当然であろう。
また、別の日の授業では、ユウの母上が関わる仕事についても話題になった。
「ダンジョン素材が、最近は一般の市場にも流れ始めていることは、白崎も天神も知ってるな?」
「うん。ママが、それを使って色々と作ってるから」
そうよな。
我とユウも、愛殿から頼まれて何度も試作品を試しておる。
ラッシュガードに、運動用の衣服。
どれも軽く、動きやすいうえに、普通の衣服とは比べものにならぬほど丈夫だった。
「そうだ。そして、ダンジョン素材が使われているのは、武器だけじゃない。防具に関しても同じだ」
千葉先生は、自分が着ているジャケットの襟を軽くつまんだ。
「このジャケットも、白崎の母親が作ったものだ。軽いが、かなり丈夫にできている。耐火、耐刃、それに防弾性能もしっかり備えてる」
そう言うと、今度はジャケットの下に着ているシャツや、腰に巻かれたベルトを順番に示していく。
「このシャツも、ベルトも、ズボンに至るまで、身につけているものは全部ダンジョン素材で作られてる。こう見えて、下手な鎧や防弾チョッキより耐久性は上だぞ」
…………。
我は改めて、千葉先生の姿を眺めた。
見た目だけなら、少し丈夫そうな服を着ておるだけにしか見えぬ。
だが、その実。
全身を覆う衣服そのものが、防具としての役割を果たしておるのか。
硬く重い鎧で身体を守るのではなく、普段の衣服と変わらぬ姿で、動きやすさと防御力を両立させる。
なるほど。
これもまた、ダンジョン素材が生み出した新しい装備というわけだな。
とまあ、中間テストまでの間に、我らは様々なことを学んだ。
そして現在。
我は、その中間テストの真っ最中ぞ。
しかも、今日一日ですべての試験を受けることになっておる。
朝から何枚の問題用紙と向き合ったことか。
答えを書き終えれば、次。
それが終われば、また次。
頭を使い続けるというのも、中々に疲れるものよな。
我が問題用紙に答えを書き込んでいると、教室の前から気の抜けた息が聞こえてきた。
千葉先生が口元を手で覆い、大きな欠伸を噛み殺しておる。
…………。
千葉先生。
一応、試験監督として我らを見張っておるのだろうが、随分と暇を持て余しておるな。
そして、最後の試験が終了した。
我は答案用紙を提出すると、椅子の背もたれに身体を預けた。
疲れた。
どっと疲れたぞ。
まるで、机に積み上げられた書類の山に、朝から一人で挑み続けたかのような心境よ。
それに比べて、ユウは余裕のある笑みを浮かべておるな。
「マオ、帰ろ」
「うむ。帰るか」
我は鞄を手に取り、ユウと共に教室を出た。
さて。
テストの結果は、どうなることやら。
「明日は身体能力テストだけど」
「我らは免除ぞ」
予定表にも、そう書かれておった。
父上の研究所で散々調べられたから、改めて測る必要がないのであろう。
「休みならよかったのに」
「代わりに、体育祭と同じように丸一日ダンジョン科の授業か」
「疲れそう」
「うむ」
休みにはならぬか。
まあ、仕方あるまい。
校舎を出た我らは、緩やかな坂道を並んで歩く。
周囲に他の生徒の姿はなく、傾き始めた夕日が正面から眩しく差し込んでおった。
「だが、我は驚いたの」
我がそう口にすると、ユウが何のことだと言いたげな顔でこちらを見る。
「ダンジョンが人々の生活の一部に入りつつあることよ」
衣服。
食料。
武器。
電気。
我らがこれまで学んだ範囲だけでも、ダンジョンから得られたものは様々な形で使われておった。
「ああ。私は、そんなふうには思わないけど」
「うむ。おぬしは、そうであろうな」
ユウにとって、ダンジョンは幼い頃からこの世界に存在しておる。
そこから得られた物が生活の中で使われていても、驚くようなことではないのだろう。
「だが、我にはそう見えたのだ」
我が元いた世界では、ダンジョンは兵を鍛える場所。
クリスタルも、魔族が力を補うためのものだった。
それが、この世界では人々の暮らしを支え、新たな技術や仕事まで生み出しておる。
同じように見えるダンジョンでも、世界が変われば、ここまで扱い方が違うものなのだな。
それから数日後。
早速、中間テストの答案が返ってきた。
「ふむ。そこそこよ」
我は答案用紙を一枚ずつ確認する。
どの教科も、80点前後。
決して悪い点ではない。
我、満足。
さて。
ユウはどうであろうな。
我は、ユウが机の上に広げた答案用紙を覗き込み――。
「100点だと!?」
思わず声を上げてしまった。
国語。
数学。
社会。
理科。
英語。
通常教科のどの答案用紙を見ても、書かれているのは100という数字。
一教科だけではない。
すべて満点ではないか。
「何かを見たり聞いたりすると、わかっちゃって。これも日頃の行いかな」
ユウは得意げな笑みを浮かべておる。
「日頃の行いなら、こうはなるまいよ」
「マオ! 何か言った?」
我、知らぬ。
何も言っておらぬぞ。
我は素知らぬ顔で、自分の答案用紙へ視線を戻した。
くっ。
恐らく、こ奴には前の人生で得た知識も残っておるのだろう。
普段は覚えておらずとも、何かを見聞きした時に、この世界でかつて学んだことを思い出す。
つまり、同じ内容を学ぶのは二度目。
それは、ずるくないか?
…………。
だが。
そう考えると、少し不思議よな。
送還魔法について書かれていた説明では、送還される前の記憶がある程度残ることはあっても、詳しい内容までは思い出せぬはずだった。
実際のユウは、以前の人生の記憶そのものを取り戻しているわけではない。
それでも、見たり聞いたりすれば、知識だけは自然と浮かんでくるようだの。
書物に記されていた説明と実際に起きていることには僅かなずれがある。
そもそも、あの説明を書いた者自身は、送還魔法を体験しておらなんだのか。
もしそうなら、正確なところまではわからなかったのであろうか。
それとも、我まで一緒に転生したという異常な状況が何らかの影響を与えておるのか。
不思議よな。
「よかったな。これなら、菓子を食いながら授業を眺めるだけって生活も続けられるぞ」
「それは本当に助かる~~」
ユウが嬉しそうに机に身体を預ける。
「うむ。我も甘いものは好きぞ」
勉強しながら菓子まで食える。
悪くない環境よな。
何はともあれ、中間テストは無事に終わった。
気づけば季節も移ろい、梅雨はもうすぐそこまで迫っておる。
長い雨の季節を越えれば、また暑い夏がやってくるのだな。




