第38話 我、戦う者の役割を知る
ゴールデンウィークが終わり、我は佐々木殿に連絡を入れた。
母上にサインを書いてもらった単行本。
それを佐々木殿に渡すためよ。
佐々木殿は、安田とやらに自分が母上の漫画を読んでいることを知られたくないらしいからな。
我らは登校してくる者が少ない時間を選び、S組校舎の裏手で、こっそりと受け渡すことになった。
「では、これが頼まれていたサインよ」
「おお……ありがとう!」
我が差し出した単行本を受け取ると、佐々木殿の顔がぱっと明るくなった。
表紙を傷つけぬよう両手で大切に抱え、感激した様子で何度も眺めておる。
ふむ。
佐々木殿。
そのような顔もできるのだな。
入学式で出会った時の印象があまりにも悪かったため、我も少しばかり勘違いしておったらしい。
短気で喧嘩っ早いところはあるが、それだけの者ではないようだの。
「そうそう。あと、これも渡せと母上が申しておった」
我は鞄から一枚の茶封筒を取り出し、佐々木殿に差し出した。
「これは?」
「我にも詳しくはわからぬ」
そう。
我は母上に怒られた。
入学式の日、考え事に夢中になっていたとはいえ、事情も確かめず佐々木殿を植え込みに投げ飛ばし、そのまま放置してしまったからな。
そのことを母上に話したところ、随分と長い時間こってり絞られたぞ。
『相手が先に手を出したとしても、何があったのか確認せずに投げ飛ばして、そのまま放っておくのは駄目よ』
うむ。
言い返す言葉もなかった。
我が悪い。
そのお詫びというわけではないが、母上はサインを書いた単行本と一緒に、この茶封筒も持っていくよう我に渡したのだ。
「母上が言うには、入学式の日に描いていたメモを基に、『ハンターライブ』に登場する衣装を着たおぬしの姿を描いたそうだ」
「マジでか!!」
佐々木殿の声が、辺りに大きく響いた。
しかも、描かれているのは、母上にサインを書いてもらった単行本と同じ作品――『ハンターライブ』に登場する衣装を着た己の姿。
それを作者である母上本人に描いてもらえたのだから、驚くのも無理はないか。
「声が大きいぞ。誰にも知られたくないのであろう?」
「あっ、悪い。でも、細崎先生が俺を描いてくれたのか!?」
「我は中を見ておらぬ。後で己の目で確かめるがよい」
母上からは、勝手に開けてはならぬと言われておるからな。
我も少し気にはなるが、佐々木殿に贈られたものだ。
先に見るわけにはいくまい。
「本当にありがとう! 投げられた甲斐があったぜ!」
佐々木殿は満面の笑みを浮かべ、茶封筒まで大切そうに胸に抱えた。
そこまで喜ばれると、我も悪い気はせぬな。
…………。
いや。
待て、我。
人を投げ飛ばしたことが良い話になったわけではないぞ。
駄目だったことは、我もきちんと理解しておる。
「じゃあな。本当にありがとう!」
「うむ。入学式の日は、改めてすまなかったの」
「ああ。もう気にしてねえよ」
佐々木殿は片手を上げると、足取りも軽く自分の校舎に戻っていった。
その背中からも、喜びが隠しきれておらぬ。
ふむ。
これで、少なくとも我と佐々木殿とのわだかまりは、ひとまず解消ぞ。
我も校舎に入るとするかの。
S組の教室に入ると、ユウは席に着き、スマホを眺めておった。
「マオ。終わった?」
「うむ。無事に渡してきたぞ」
「ふ~~ん」
興味があるのかないのか、よくわからぬ返事よな。
こちらを一度見ただけで、すぐにスマホへ視線を戻してしまった。
「何、中々に面白い奴よ。最初に思っていたほど、悪い者でもなさそうだ」
「私は、まだ許してないけどね」
ユウはスマホを見たまま、僅かに頬を膨らませた。
こ奴は……。
我が投げ飛ばしたことより、佐々木殿が我に向けた態度を未だに気にしておるのだろう。
我のために怒ってくれておるのは、ありがたいのだがな。
まあ、無理に許せと言う必要もあるまい。
ユウも佐々木殿と話す機会が増えれば、いずれ考えが変わるかもしれぬからの。
「おーす」
教室の扉が開き、千葉先生が気だるそうに入ってきた。
「いや~~。お前たちと関わっていると、中々に面白い経験ができるもんだな」
「うむ。島元先生は、実にパワフルなお方ぞ」
「おかげで、改めて漫画家ってのはすげえと思ったよ」
千葉先生は思い出すように笑いながら、教卓の前に立った。
生の原稿を手にして震え。
島元先生にサインを貰い。
さらには並んで写真まで撮っておったからな。
あれほど楽しんでおいて、今さら何を言っておる。
だが。
うむ。
そうであろう。
我の母上は凄い。
漫画を描く技術も。
物語を生み出す力も。
読者のために最後まで描き上げようとする覚悟もな。
無論。
父上も負けぬくらい凄いぞ。
「先生。そういえば、普通科の予定表に体育祭があったけど、私たちはどうするの?」
ユウがスマホから顔を上げ、千葉先生に尋ねた。
そういえば、我も以前、ハンタースマホに届いた予定表で見たな。
普通科の生徒たちが参加する体育祭。
ダンジョン科については、何も書かれておらなんだ。
「少なくとも、競技には出られないな」
千葉先生は、何を当たり前のことを聞いているのかとでも言いたげに答えた。
「能力差がありすぎる。お前たちを普通科の生徒に混ぜて走らせたり、力を競わせたりするわけにはいかない。見学や運営の手伝いならともかくな」
…………。
まあ。
我とユウが普通の中学生に混ざって競技へ参加すれば、色々と問題が起きそうではあるな。
力を抑えるにしても、限度というものがある。
「改めて予定は送るが、喜べ」
千葉先生が、僅かに口元を上げる。
何を喜べというのだ?
「お前たち二人はその日、丸一日ダンジョン科の授業だ」
…………。
体育祭ではなく。
丸一日、授業。
「まあ、俺は疲れるんだけどな……」
千葉先生は告げ終えると、早くも疲れたように肩を落とした。
…………。
千葉先生よ。
喜べと言った本人が、最も嫌そうな顔をしておるぞ。
「だが、その前に中間テストがある。そこで悪い点を取らないこと」
千葉先生は教卓に片手をつき、我とユウを順番に見た。
体育祭の日に何をするかも気になるが、その前には中間テストか。
確かに、まずは目の前のことを片づけねばならぬよな。
「そこに、ダンジョン科のテストもあるんですか?」
ユウが尋ねると、千葉先生は当然だとばかりに頷いた。
「あるぞ。通常教科だけじゃなく、これまで習ったダンジョン科の内容も試験に出す。ただし、お前たちは、基礎身体能力の測定だけ免除だ」
「基礎身体能力だけとな?」
「ああ。研究所で測ったデータを学校でも使う。筋力や速度を、同じ方法でもう一度調べる必要はないからな。ただし、実技や力の制御については、きちんと評価するぞ」
「おお。それならば納得よ」
走ったり、重い物を持ち上げたりするだけの測定を、また受けずに済むということか。
先日、父上の研究所で詳しく調べておるからな。
あれだけ様々な装置を使って調べたのだから、もう身体能力テストを受けたようなものなのであろう。
ならば、後は勉強ぞ。
「それじゃあ、朝礼を始めるか」
千葉先生は話を切り替えると、教卓に置いていた端末を手に取った。
「ああ、そうそう。トレーニング内容の変更に合わせて、来週には新しい機材が入るからな。それまでは、今までどおりの内容でいくぞ」
「はーい」
「うむ」
新しい機材か。
父上の研究所でわかった我らの特徴に合わせ、訓練内容を変えると言っておったからな。
どのようなものが届くのか、少し楽しみぞ。
「よし。今日も一日、頑張れよ」
千葉先生の言葉で、朝礼は終わった。
その後、我らは午前の通常授業を受け、昼休みを迎えた。
我はとっくに弁当を食べ終え、満足しておる。
「魚……何で……」
対してユウは、弁当に残った魚を前にして、未だに恨めしそうな声を漏らしておった。
そういえば、以前。
我らの弁当を作ってくれている御仁から、ユウに宛てた手紙が届いておったな。
『アレルギーがないなら食べなさい! 身体に必要な栄養が詰まってるんだ。大丈夫。美味しいから』
その手紙を読んでから、ユウは絶望しておった。
魚を避け続けていたことが、どうやら向こうにも知られてしまったらしい。
「うう~~。もぐ……美味しいけど」
ならば、よいではないか。
美味いのであれば、文句を言わずしっかり食べよ。
我がそんなユウを眺めていると、千葉先生が思い出したように口を開いた。
「そういえば、もうシールドの形やデザインは決まったのか?」
「うむ。最初は母上に頼むつもりだったのだが、我の話を聞きつけた小野坂殿が、己に任せよと名乗り出てな」
「小野坂?」
そうか。
我の家に来た時は、アシスタント諸君がおらなんだから、千葉先生は知らぬのだな。
「母上のアシスタントたちをまとめておる者ぞ。根っからの銃や武器好きでもある」
我がシールドクローの形や使い方を説明すると、小野坂殿はすぐに武器の資料を取り出し、細かな構造まで図に描き込んでくれたのだ。
正面。
側面。
腕に装着した状態。
拳を握った時の可動範囲。
盾として攻撃を受け止める部分だけでなく、拳を振るう際にはシールドそのものを打撃へ転用でき、それでいて通常時には邪魔にならぬ形まで、細かく考えられておった。
特に、我が望んだクロー部分には、かなりこだわっておったな。
「クローは、挟んで砕くのか? それとも、刃を動かして切り裂くのか?」
小野坂殿は目を輝かせながら、我にそう尋ねてきた。
どうやら、こういう細かな部分を考えるのが好きらしい。
ただし。
我が望んでおるのは、何でもかんでも詰め込んだ危険な武器ではないぞ。
あくまで、かつて使っていたシールドクローに近い形だが、この世界の技術との融合も面白そうではある。
その辺りは、父上と相談しながら決めねばならぬな。
母上が仕事で使う武器資料も、小野坂殿が趣味と実益を兼ねて揃えたものらしい。
銃。
剣。
鎧。
その他、我には用途のわからぬ武器の資料まで、棚にびっしりと並べられておった。
仕事場では、倒れかけているアシスタント諸君を働かせながら、自らも黙々と作業を続ける頼れる御仁。
それが小野坂殿だ。
「母上が漫画に武器を描くと、細かな部分まで何度も修正されると苦笑しておった」
「アシスタントが漫画家に修正を入れるのかよ」
「うむ。母上も武器に関しては、小野坂殿に任せた方が間違いないと申しておったぞ」
それほどの御仁が描いた図なのだ。
我の説明だけでは伝えきれなかった部分も、かなり補われておる。
ただし、小野坂殿には学校の訓練で使う装備だとだけ説明してあり、父上の研究所で試作品として申請する予定までは話しておらぬ。
まだ父上が正式に申請できるかも決まっておらぬからな。
後は、この図を基に父上がどこまで形にしてくれるか。
我、少し楽しみぞ。
午後の通常授業が終わり、続いてダンジョン科の授業が始まった。
千葉先生は教壇に立つと、我とユウに視線を向けた。
「さて、質問だ。軍や自衛隊が、どうしてハンターの代わりにダンジョンを攻略しないと思う?」
はて?
そういえば、そうよな。
軍人や自衛官がダンジョンに入れば、モンスターを相手に実戦的な訓練ができるようにも思える。
無論、調査や緊急時の対応で中へ入ることはあるのだろう。
だが、普段からダンジョンを攻略し、素材やクリスタルを持ち帰るのはハンターたちだ。
では、何故その役割を軍や自衛隊が担わぬ?
「そこにダンジョンがないから」
「どこかで聞いたような台詞だが、違う」
ユウの答えに、千葉先生は即座に首を振った。
うむ。
確かに、何処かで聞いたような答えよな。
ならば――。
「軍や自衛隊が普段行う訓練とは、目的が違うからか?」
「マオ。ダンジョンにはモンスターがいるんだよ。戦う訓練にはなるでしょ」
ユウが呆れたように我を見る。
確かに、戦うという意味だけなら、訓練にはなりそうだ。
だが、軍や自衛隊が身につけるべきものと、ハンターに必要なものが同じとは限らぬ。
「いや。マオの答えが近い」
「え?」
「なぬ?」
我、驚愕。
正解に近いのか?
ユウも目を丸くし、千葉先生を見つめておる。
「正確には、ダンジョンでの戦闘が、軍や自衛隊の本来の任務や訓練に、そのまま結びつくわけじゃないってことだ」
千葉先生はそう告げると、我らのタブレットに資料を送った。
「まずは、これを見てみろ。そもそも、ハンターと軍や自衛隊では、戦う目的も方法も違う」
「目的も方法も?」
ユウが首を傾げながら、タブレットの画面に視線を落とした。
そこには、多くの人員が連携しながら動く様子が映し出されておる。
隊列を組む者たち。
指示を伝える者。
離れた場所から状況を確認する者。
さらに、車両や航空機、様々な兵器まで使われておった。
「軍や自衛隊が想定しているのは、広い地域での防衛や救助、それに組織同士の戦闘だ。通信、補給、指揮、車両、航空支援まで含めて、一つの部隊として動く」
千葉先生は画面を切り替え、今度は狭いダンジョン内を進むハンターたちの姿を表示した。
「だが、ダンジョンでは大人数を動かしにくい。通路は狭いし、車両や大型兵器も持ち込めない。場所によっては通信や測位も不安定になる。普段の部隊運用を、そのまま持ち込める場所じゃないんだ」
なるほど。
そういうことか。
我のいた世界では、ダンジョンを兵士の訓練に使うことは理にかなっておった。
兵士も魔族も、剣や槍、弓や魔法など、普段の戦いで使う武器を、そのままダンジョン内でも扱える。
部隊で進む場合も、個々の兵が同じ武器と技術を用いて戦っておった。
特に力の強い魔族であれば、単独で複数の敵を相手にすることも珍しくない。
だからこそ、ダンジョンでの戦闘経験が、そのまま外での戦いにも役立ったのだ。
しかし、この世界では違う。
軍や自衛隊が持つ力は、一人一人の身体能力だけではない。
通信。
補給。
指揮。
車両。
航空支援。
それらすべてを組み合わせ、組織そのものを一つの力として戦う。
狭いダンジョンの中では、その多くを十分に生かせぬということか。
「軍や自衛隊が守るのは、国や国民だ。それも、広い範囲をな」
千葉先生はタブレットに表示された資料を指でなぞりながら、説明を続ける。
「ダンジョン攻略に適した隊員を一人や二人育てたとしても、それだけで組織全体が強くなるわけじゃない。むしろ、一部の隊員だけが突出した力を持てば、部隊運用や管理の面で、これまでになかった問題も出てくる」
一人でモンスターを何体倒せるか。
どれほど素早く動けるか。
どれほど重い物を持ち上げられるか。
ハンターには重要な能力だろう。
だが、国全体を守るとなれば、それだけでは足りぬ。
広い土地。
多くの街。
そこに暮らす数えきれぬほどの人々。
それらを守るには、一人の英雄よりも、大勢が同じ目的に向かって正しく動ける仕組みが必要となる。
ふむ。
元の世界と同じように考えておったが、この世界には、この世界に合った戦い方があるということか。
我、少し納得。
「それに、費用と安全管理の問題もある」
「費用?」
ユウが聞き返すと、千葉先生はタブレットに新たな資料を表示した。
「そうだ。例えば、自衛隊の一部隊がダンジョンに入り、銃火器を使いながら奥へ進むとしよう」
画面には、隊員が使用する装備や弾薬らしきものが一覧で表示されておる。
「当然、銃を撃てば弾薬を消費する。長時間活動するなら、隊員たちの食事や飲料水も必要になる。装備が破損すれば、修理か交換も必要だ」
「それなら、普段の訓練でも同じではないのか?」
「ああ。だから、費用だけが理由じゃない」
千葉先生は頷き、次の資料へ切り替えた。
「問題は、そこで隊員が負傷したり、命を落としたりした時、その危険を本来の任務や訓練として正当化できるかどうかだ。しかも、銃が効きにくいモンスターもいる。普段使っている装備が、ダンジョン内で同じように役立つとは限らない」
なるほど。
武器さえ用意すれば終わりではないのだな。
使えば消耗し。
壊れれば直し。
直せぬなら、新たなものを揃える。
そのうえ、普段とは異なる戦い方を強いられ、命を落とす危険まである。
「それらにかかる費用は、すべて血税から支払われる」
「血税……」
我は、その言葉を胸の中で繰り返した。
民が働き、国へ納めた大切な金。
元の世界で国を治めていた我にも、その重さはよくわかる。
無論、国を守るために必要な訓練であれば、金を使う意味はある。
だが、ハンター制度に任せられるものに、軍や自衛隊まで同じように人員と費用を注ぎ込む必要があるのか。
限りある金を、無駄に使ってよいはずがない。
そう考えれば、確かに話は変わってくるな。
「ああ。それに、ハンターが持ち帰ったクリスタルや素材は、国や認可を受けた企業に売ることができる」
「それは、以前に父上が話しておった資源のことかの?」
我が父上から聞いた話では、この世界の人間たちはクリスタルを様々な資源へ変えておるらしい。
ハンターが危険を負って持ち帰った品を、国や認可を受けた企業が買い取り、必要とする場所に供給する。
つまり、国が軍や自衛隊を直接ダンジョンへ送り込まずとも、ハンター制度を通じて資源を得られる仕組みが作られておるということか。
「そうだ。その辺りの買い取り制度やハンターに報酬が支払われる仕組みについては……次回だな」
千葉先生がそう告げた直後、授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
むう。
気になるところで終わらせおったな。
「次はトレーニングだ。始まる前に軽く飯を食って、栄養を補給しておけよ」
「承知した」
「はーい」
千葉先生はタブレットを片づけると、教室を出ていった。
さて。
次は身体を動かす時間ぞ。




