第34話 我、情け容赦なし
「マオ~~。悔しい!」
模擬戦を終えたユウが、一直線に我の元へ駆け寄ってきた。
そして、その勢いのまま抱きついてくる。
ユウよ。
汗だくのまま抱きつくでない!
測定着が身体に張りついておる上、ユウの熱まで加わって余計に暑いではないか。
「仕方あるまい。我らは、まだひよこぞ」
「でも~~」
ユウは我の肩に額を押しつけたまま、不満そうな声を漏らしておる。
余程、千葉先生に一撃も加えられなかったことが悔しいらしいな。
まあ、その気持ちはわからぬでもない。
ユウ自身、長剣を握った途端に身体が自然と動いたことで、少なからず自信を持っていたのだろう。
それが、千葉先生には一度も届かなかった。
最後には剣まで弾き飛ばされ、首元に刃を添えられたのだからな。
「我らは、少し浮かれておったのかもしれぬな。勇者だ、魔王だとの」
「……そうかもしれないけど」
ユウが僅かに顔を上げる。
その表情には悔しさが残っておるが、先ほどよりは少し落ち着いたようだ。
我らは確かに、元の世界では魔王と勇者だった。
普通の人間を遥かに超える力を持ち、並の相手であれば苦戦することもなかった。
だが、今の我らは中学生。
力の大半は残っておるとしても、この身体での戦い方には慣れておらぬ。
ユウに至っては、勇者だった頃の記憶さえほとんど失っておる。
その一方で、千葉先生は今も現役のS級ハンター。
長年、命を懸けた戦いを続けてきた者なのだろう。
負けたからといって、恥じることではない。
むしろ。
我らが少しばかり、己の力を過信しておったのだ。
…………。
とはいえ。
我まで同じように負けるつもりはないがな。
「ふっ。見ておれ。我の戦いを」
我は胸を張り、ユウに不敵な笑みを向けた。
「うん。頑張って、先生に一撃を加えてやって!」
ユウも我から身体を離し、拳を握って応援してくる。
ふふふっ。
任せるがよい。
先ほどの戦いで、千葉先生の動きはある程度見せてもらった。
相手の攻撃を読み、隙を見せ、そこに誘い込んでから受け流す。
実に見事な技だ。
だが。
我の盾は、手に持って振るうだけの武具ではない。
魔力で自由に動かせる二枚の盾。
正面からだけ攻撃する必要などないのだ。
先生よ。
ユウと同じように戦えると思うでないぞ。
それから、ユウが呼吸を整えるのを待ちながら、しばらく休憩を取った。
「さて。10分経ったけど、千葉先生はどうかな?」
ガラスの向こうから、父上の声が聞こえた。
「大丈夫だ。余裕だ」
千葉先生は二本のファルシオンを軽く振りながら、平然と答えた。
息一つ乱れておらぬ。
あれだけユウの攻撃を受け続けたというのに、汗すらほとんどかいていないように見える。
うむ。
本当に余裕らしいな。
隣に立つユウの視線が、一段と鋭くなった。
…………。
ユウよ。
そのように睨んでも、負けた事実は変わらぬぞ。
「マオちゃんも、準備はいい?」
「父上よ。我は大丈夫ぞ」
我は盾を浮かせたまま、測定室の中央へ進み出た。
右に一枚。
左に一枚。
どちらも我の肩ほどの高さで静止させる。
意識を向ければ、すぐにでも前後左右へ動かせる状態。
うむ。
準備は万全。
さて。
千葉先生よ。
笑っておられるのも、今のうちぞ。
「天神。白崎の二の舞にはなるなよ」
千葉先生が、口元を僅かに持ち上げた。
先ほどまでユウを翻弄していた余裕が、その表情からありありと伝わってくる。
「ふっ。我を侮るでないぞ」
我は二枚の盾を前方へ移動させ、自身の身体を守るように構えた。
右の盾は胸元。
左の盾は僅かに外側。
どちらから攻撃が来ても、すぐに受け止められる。
その上で、片方を防御に使い、もう片方を攻撃に回す。
かつてシールドクローを使っていた頃と、基本は同じ。
我の得意とする構えだ。
「じゃあ、スタート」
父上の声に続き、開始を知らせるサイレンが測定室に鳴り響いた。
我は僅かに腰を落とし、千葉先生の動きに意識を集中させる。
呼吸。
視線。
足の位置。
ファルシオンを持つ両腕。
どこから攻撃が来ても、すぐに対処できる。
我、構える。
そして――。
待つ。
…………。
千葉先生も動かぬ。
我も動かぬ。
測定室の中央で、互いに向き合ったまま時間だけが過ぎていく。
…………。
ふむ。
千葉先生。
中々慎重よな。
我の盾の動きを警戒し、容易には仕掛けぬつもりか。
ならば、こちらも焦る必要はない。
相手が動いた瞬間に受け止め、もう一枚を回り込ませる。
我の狙いは、それでよい。
…………。
だが。
いつまで経っても、千葉先生は動かぬ。
ファルシオンを下げたまま、僅かに首を傾げておる。
ガラスの向こうにいる父上も、計測器の画面と我を交互に見ておるな。
「えっと……マオちゃん?」
む?
どうした、父上。
「攻めてほしいんだけど」
…………。
………………。
……………………。
うむ。
我、うっかり。
そうであったわ。
今回は千葉先生を攻撃する測定。
千葉先生が攻撃を仕掛けることはないと、最初に説明されておったのを失念しておったわ。
つまり。
我がいくら盾を構えて待っていても、何も起こらぬ。
…………。
我の戦い方。
基本、専守防衛。
相手が攻撃してきたところを受け止め、そこから反撃する。
その癖が、完全に身体に染みついておった。
「父上。もう一度、最初から頼む」
我は何事もなかったように二枚の盾を少し下げ、静かに言った。
…………。
我、恥ずかしい。
「あははははっ! マオ、何してるの!」
ユウの笑い声が、測定室に響き渡った。
先ほどまで悔しがっておったというのに、今では腹を抱えて笑っておる。
くっ。
ユウよ。
笑いすぎぞ。
…………。
だが。
今回は何も言えぬ。
我自身でも、何をしておったのかと思うからな。
「では、改めて。スタート」
父上の声に続き、再び開始を知らせるサイレンが鳴り響いた。
今度は間違えぬぞ。
待つのではない。
我から攻める!
我は右側に浮かべていた盾を素早く引き寄せ、そのまま右腕に重ねるように構えた。
まずは――。
シールドパンチ!
床を蹴り、一気に千葉先生との距離を詰める。
握り締めた拳に盾を重ね、右腕ごと千葉先生の胴を目掛けて突き出した。
だが、手応えはない。
千葉先生は僅かに身体を横へずらしただけで、我の一撃を躱しおった。
ふっ。
それを待っておった。
我の攻撃は、これで終わりではないぞ。
千葉先生が右へ避けた瞬間、我は左側に浮かべていた盾に意識を向ける。
盾を大きく外側へ回し、腕を振る動きに合わせて放った。
回転しながら飛ぶ盾は、千葉先生の横を通り過ぎ、そのまま背後へ回り込んでいく。
無論、狙いを外したわけではない。
魔力操作によって円を描かせ、後ろから戻す。
ブーメランのようにな。
これで、千葉先生の背後を狙わせてもらうぞ。
だが、戻ってくるまで待つ必要はない。
我自身も、すぐさま次の攻撃に移る。
右の盾を正面から叩きつける。
避けられれば、空いた左拳を振るう。
拳を受け流されたなら、今度は盾の縁で横から薙ぐ。
右。
左。
拳。
盾。
我は動きを止めず、次々と攻撃をつなげていった。
千葉先生は二本のファルシオンで我の盾を受け流し、時には僅かに身体を傾けて拳を避けておる。
だが、先ほどのユウを相手にしていた時ほど、余裕はないように見える。
正面からは我。
そして、背後からは投げた盾。
我の攻撃に集中しておれば、戻ってくる盾への対応が遅れる。
盾を警戒すれば、今度は我の拳が届く。
前後からの同時攻撃。
逃げ場はない。
ふふふ。
我、勝利!
「天神。正直、すごいと思うぞ」
連続する攻撃を受け流しながら、千葉先生が口を開いた。
「ふっ。そうであろう」
当然ぞ。
我は魔王。
盾をただ身を守るだけの道具として使っておるわけではない。
攻撃。
防御。
投擲。
そのすべてを組み合わせてこそ、我の戦い方よ。
「ただ、当たりが弱い」
…………。
今、何と?
ほんの僅かに、千葉先生の言葉に意識を奪われた。
その瞬間。
千葉先生が突然、我の目の前で深くしゃがみ込んだ。
我の拳が、その頭上を通り過ぎる。
そして、千葉先生の背後から戻ってきた盾が、真っ直ぐこちらへ飛んでくるのが見えた。
むっ。
危ない。
我は咄嗟に魔力を調整し、目の前まで戻ってきた盾を手で受け止めた。
うむ。
我、見事にキャッチ。
「はい、一死」
…………。
首元に、硬い感触。
視線だけを下に向ければ、千葉先生のファルシオンが我の首に軽く添えられておった。
我、驚愕!
いつの間に!?
千葉先生は、我の攻撃を避けるためだけにしゃがんだのではない。
我が戻ってきた盾を受け止める瞬間を狙い、そのまま懐へ入り込んだのだ。
盾を捕まえることに意識を向けたほんの一瞬。
その隙に、刃を首元まで届かせおった。
何故だ?
見えておった。
千葉先生が目の前にいることも。
その手にファルシオンが握られていることも。
それなのに、千葉先生への対処が間に合わなんだ。
頭ではわかっていたというのに、盾を受け止める動きを途中で止められなかったのだ。
くっ。
これが、経験の差か。
「続けるぞ」
千葉先生はすぐにファルシオンを離し、我から距離を取った。
まだ測定は終わっておらぬ。
我も気持ちを切り替え、再び二枚の盾を浮かせる。
今度こそ。
次は同じ手を食らわぬぞ。
右の盾を前へ飛ばす。
千葉先生が避ける方向に、左の盾を回り込ませる。
その退路に我自身が踏み込み、拳を振るう。
だが――。
当たらぬ。
僅かに身体を反らして避けられる。
盾の進路にファルシオンを差し込まれ、軌道を変えられる。
あと少し。
ほんの僅かで届きそうなのに、届かぬ。
我が右から攻めれば左へ逃げる。
左へ盾を回せば、今度は我との距離を詰めてくる。
近づかれたからと拳を振るえば、すでにその場所にはおらぬ。
そうして、残りの時間。
我はひたすら攻撃を躱され。
盾を防がれ。
動きを読まれ。
その上、何度もからかわれ続けた。
「どうした、天神。盾が泣いてるぞ」
「まだ始まったばかりぞ!」
「さっきから、そればかりだな」
「ええい! 黙って我の攻撃を受けぬか!」
「受けたら痛そうだから嫌だ」
くっ!
正論を言うでない!
我は二枚の盾を左右へ大きく広げ、同時に千葉先生に向けて飛ばした。
片方は右。
もう片方は左。
これならば、横へ逃げることはできまい。
我自身も正面から駆け込み、逃げ場を塞ぐ。
ふふふ。
今度こそ――。
だが、千葉先生は左右から迫る盾に視線を向けると、僅かに足を踏み替えただけだった。
二枚の盾がぶつかる直前、その隙間から滑り出るように前へ進む。
我とすれ違いざま、耳元に声が届いた。
「魔王の名が泣くぞ~~」
「我、憤慨!」
ええい!
ちょこまかと!
千葉先生は攻撃してこぬ。
だというのに、捕まえられぬ。
盾で囲もうとしても、二枚が閉じる前に隙間を抜けられる。
拳を繰り出せば、その力まで別の方向に流される。
背後を狙えば、振り返ることすらなく避けおる。
我は二枚の盾を再び引き戻し、千葉先生を挟み込むように動かした。
さらに我自身も正面から踏み込む。
今度こそ、逃がさぬ。
そう思った、その時。
胸元に、硬いものが触れた。
ほぼ同時に、測定終了を知らせるサイレンが鳴り響く。
…………。
終わりか?
我が動きを止め、僅かに息を吐く。
だが。
胸元には、まだ硬い感触が残っておる。
視線を落とすと、我が構えていた二枚の盾、その僅かな隙間から千葉先生のファルシオンが真っ直ぐ伸びていた。
その切っ先が、我の胸元に軽く添えられておる。
「これで二回死んだな」
「…………」
いつだ?
いつ、差し込まれた?
我は二枚の盾で正面を守っておったはず。
隙間など、ほとんどなかった。
だというのに、その僅かな隙間を正確に通し、我の胸元に届かせおった。
…………。
我、茫然。
魔王たる我が。
10分間攻め続け、一撃も当てられず。
その上、二回も殺された。
無論、模擬戦での話ではあるが……。
言い訳にならぬの。
「マオ~~。私よりだらしない」
少し離れた場所から、ユウの呆れた声が聞こえてきた。
ユウよ。
先ほどまで、おぬしの仇を取れと言っておったではないか。
それなのに、その言い草はあんまりではないか?
…………。
いや。
しかし。
「ふっ。返す言葉がないの」
我は浮かせていた盾を静かに床に下ろし、深く息を吐いた。
完全なる敗北。
我、魔王。
S級ハンターの前に、手も足も出なんだ。




