第33話 我――否、ユウ、撃沈
その後もしばらく、我とユウは同じ魔法を何度も繰り返すことになった。
炎を出す。
消す。
もう一度、炎を出す。
今度は少し長く維持する。
回復魔法を使い、魔力操作でターゲットを動かす。
そしてユウも、ターゲットの頭上から水を出す。
止める。
再び水を出す。
先ほどから、同じことの繰り返し。
…………。
我、飽きてきた。
最初は、科学の力で魔力を測れるということに感心しておった。
だが、同じことを何度も繰り返しておれば、流石の我でも退屈になる。
視線を隣に向けると、ユウも片手で口元を隠しながら、大きなあくびをしておった。
どうやら、飽きているのは我だけではないらしい。
ユウが使える魔法も、今のところは頭上からちょろちょろと水を垂らすものだけ。
我の目には、量が増えたようにも、勢いが強くなったようにも見えぬ。
ただ水を出しては止め、再び出す。
…………。
これを繰り返すことに、何の意味があるのかの?
「父上。いつまで繰り返すのかの?」
「そうだね。私も、いい加減飽きてきちゃった」
「おまえらなぁ……」
千葉先生よ。
そう呆れた声を出すがな。
同じ場所に立ったまま、同じことを繰り返してみるがよい。
おぬしとて、きっと飽きるぞ。
「そうだね。おおよその数値は測定できたから、次に進もうか」
おお。
ようやく終わりか。
これで、この全身をぴったりと覆う測定着も脱げるのだな。
我、安堵。
「千葉先生。お願いします」
「わかった」
うむ?
まだ何かあるのか?
父上に頼まれた千葉先生が、首を左右へ傾けながら肩を回し始めた。
続けて腕を伸ばし、腰を捻り、軽く足首まで動かしておる。
何故、準備運動を始める?
これから、何か見せてくれるのか?
何を始めるのかと見ていると、千葉先生は測定室の壁際まで歩いていった。
そして、壁の一部に手を触れる。
短い電子音が鳴り、何の変哲もなかった壁が左右に開いた。
その奥に現れたのは、大小様々な武具が並ぶ収納庫。
…………。
どうやら、まだこの測定着は脱げぬらしい。
我、少し残念。
剣。
槍。
斧。
盾。
他にも、我には名称のわからぬ武具まで種類ごとに整然と収められておる。
おお。
この研究所。
ようやく秘密基地らしくなってきたではないか。
千葉先生は並んでいる武具を一通り眺めると、その中から片刃の剣を二本取り出した。
柄元から刃先へ向かって緩やかに幅を増しており、通常の剣よりも斬ることに適した形をしておるな。
なんぞ、それは?
「ここには、計測や訓練に使う武具が入ってる。どれも刃は潰してあるが、当たり所が悪ければ怪我はする。振り回す時は気をつけろよ」
千葉先生は二本の剣を軽く振り、重さを確かめるように手首を返した。
「これは訓練用のファルシオンだ。俺の普段の武器とは違うが、生徒の相手をする程度なら問題ない」
うむ。
二刀流か。
両手に一本ずつファルシオンを持つ姿は、先ほどまで我らを笑っておった教師とは思えぬほど様になっておる。
何より。
…………。
カッコよい。
我、少し羨ましい。
「マオちゃん、ユウちゃんも、その中から武器を選んでほしい」
「選ぶのは構わぬが、父上。これから何をするのかの?」
「そうだね……まあ、おおよその見当はついているんだけど」
父上はガラスの向こうで、表示された測定結果を見ながら曖昧に笑っておる。
うむ。
恐らく、次は模擬戦よな。
魔力の測定が終わったのなら、今度は武器を使った時の動きでも調べるつもりなのだろう。
我とユウは互いに顔を見合わせた。
…………。
ユウの表情にも、我と同じ不安が浮かんでおる。
流石に、本気で千葉先生と戦えと言われたら困るぞ。
千葉先生はS級ハンター。
だが、我は魔王。
そして、ユウは勇者。
互いに加減を誤れば、ただの模擬戦では済まぬ可能性もある。
「今から二人には、一人ずつ10分間、千葉先生を攻撃してもらう」
やはり、模擬戦か。
「ただし、千葉先生から攻撃を仕掛けることはないよ。防御や回避、それに武器を落とす程度の制圧だけだから、二人は安心して攻撃していい」
ほう。
それならば、我の杞憂であったか。
千葉先生から斬りかかることはなく、防御と回避に加え、危険な時だけ動きを止めるということか。
それならば、こちらも多少は安心して動ける。
とはいえ、千葉先生は本当に大丈夫であろうか?
仮にも、こちらは魔王と勇者ぞ。
我は力を抑えられるが、ユウは自身がどこまで動けるのか、まだ把握しておらぬ。
「まずはユウちゃんから始めようか」
「仕方ないな~」
おや?
ユウよ。
口では仕方ないと言いつつ、何故その顔は笑っておる?
先ほどまで退屈そうにあくびをしておったというのに、武器を選ぶとなった途端、目まで輝いておるではないか。
ユウは壁の収納庫へ向かうと、並んでいる武具の前で足を止めた。
槍には目も向けぬ。
斧も違う。
短剣にも手を伸ばさず、迷うことなく両刃のロングソードを選びおった。
…………。
やはり、それか。
かつて勇者であった頃も、ユウは長剣を使っておった。
記憶は失っていても、身体に染みついた感覚までは消えておらぬのだろうな。
ユウは柄を両手で握ると、軽く剣を振った。
慣れていない者の動きには見えぬ。
構えを教えられたわけでもないのに、足の位置も、剣の角度も自然に定まっておる。
「二人とも、中央へ」
父上の声に促され、ユウと千葉先生が測定室の中央へ移動する。
千葉先生は両手にファルシオンを下げたまま、力の抜けた姿勢で立っておる。
対するユウは、ロングソードを正面に構え、僅かに腰を落とした。
父上。
本当にマイペースよな。
ガラスの向こうでは落ち着いた様子で計測器を操作しておる。
この状況に、少しばかりハラハラしておるのは我だけか?
「先生。怪我しても許してね」
ユウが剣の柄を握り直し、楽しそうに笑った。
「白崎も、攻撃が当たらないからって泣くなよ」
千葉先生も口元を僅かに持ち上げて答える。
…………。
何故、そこで煽り合う?
始まる前から、すでに互いへ火をつけておるではないか。
「では、始め」
父上の声と同時に、開始を知らせる短いサイレンが測定室に響いた。
その瞬間。
ユウが床を蹴った。
速い。
先ほどまで笑っていた表情が消え、一息で千葉先生との距離を詰める。
そして、振るわれたロングソードの軌道は――。
首。
…………。
ユウよ。
好きよな。
前の世界でも、我の首ばかり狙っておった。
記憶を失ってなお、初手が首とはどういうことだ?
だが、流石は千葉先生。
迫る刃に慌てる様子もなく、右手のファルシオンを僅かに持ち上げた。
二本の剣が触れ合い、硬質な音が測定室に響く。
千葉先生はユウの剣を正面から受け止めず、刃の側面を滑らせるように受け流した。
勢いを逸らされたユウの身体が、僅かに横へ流れる。
だが、ユウもすぐさま足を踏み替え、その勢いを利用して剣を横薙ぎに振るった。
今度は胴。
千葉先生は半歩だけ後ろへ下がり、剣先が身体の前を通り過ぎる寸前でかわす。
続く斬り上げ。
踏み込み。
振り下ろし。
ユウの攻撃は止まらぬ。
初めて長剣を握った者の動きではない。
あの時の勇者と比べれば、速さも技も遠く及ばぬ。
だが、動きの根本はよく似ておる。
攻撃に迷いがない。
相手が避ければ、次の斬撃へ移る。
剣を弾かれても動きを止めず、その反動さえ利用して新たな攻撃につなげる。
身体が覚えておるのだ。
かつて勇者として戦っていた頃の動きを。
…………。
我、少し懐かしい。
あの時は、首ばかり狙われて恐怖しかなかったがな。
しかし。
千葉先生の方が、今のユウより圧倒的に上。
顔色一つ変えず、左右のファルシオンを必要な時だけ動かしておる。
片方で剣の軌道を逸らし、もう片方で次の攻撃を止める。
時には身体を僅かに傾けるだけで避け、足の位置を変えるだけでユウの進む方向をずらす。
しかも、ただ防いでいるだけではない。
わざと隙を見せておる。
右肩。
脇腹。
首元。
ユウが狙いたくなる場所を、ほんの一瞬だけ無防備に見せる。
そしてユウがそこへ剣を振るえば、すでに千葉先生の刃が待ち構えておる。
ユウ本人は全力で攻めているつもりだろう。
だが、実際には千葉先生がユウの動きを選ばせておる。
右へ進ませたい時には右側に隙を作り、距離を取らせたい時には正面から剣を弾く。
次の攻撃を誘い、その先まで読んだ上で、立つ場所さえ変えさせておるのだ。
ユウは一度として、千葉先生の望まぬ場所へ動けておらぬ。
それからも、ユウは休むことなく攻撃を続けた。
だが、どれだけ剣を振るっても、刃は千葉先生に届かぬ。
時間が過ぎるにつれ、ユウの呼吸は少しずつ荒くなり、額には汗が浮かび始めておった。
それでも、剣筋は大きく乱れぬ。
対する千葉先生の動きにも、ほとんど変化はなかった。
これは、凄いの。
単純に速いわけでも、力が強いわけでもない。
相手が何を狙い、どう動くのかを読み、その考えまでも利用しておる。
元の世界にも、こういう者はおった。
強大な魔法も、魔族のような力も持たぬ。
それでも、磨き上げた技だけで、遥かに強い相手と渡り合う者。
人間たちは、そのような者を英雄と呼んでおったな。
「どうした、白崎。俺に怪我をさせるんじゃなかったのか?」
千葉先生はユウの剣を左のファルシオンで外へ弾きながら、涼しい顔で言い放った。
「先生! 意地悪!」
ユウは悔しそうに叫びながら、再び剣を振り上げる。
「そうか? 俺、一応……手加減してるぞ」
千葉先生は振り下ろされた剣を右のファルシオンで受け流し、さらに左の刃をユウの剣に軽く添えた。
それだけでユウの剣先が床に向けられ、次の攻撃を封じられる。
「そういうとこ!!」
ユウの声が、測定室いっぱいに響き渡った。
そして、これが最後と言わんばかりに、ユウが大きく踏み込んだ。
床を蹴る音が響き、両手で握られたロングソードが鋭く振るわれる。
うむ。
素晴らしい剣筋。
疲れが見え始めておるというのに、剣先はぶれず、狙いにも迷いがない。
これまでよりも速く、重い一撃。
今のユウが放てる、全力に近い攻撃なのだろう。
しかし――。
「ほい。これで終わり」
千葉先生の声には、欠片ほどの焦りもなかった。
右手のファルシオンを斜めに構え、振り下ろされたロングソードを正面から受け止める。
刃の潰された武器同士が触れ合い、鋭く硬い音が測定室に響いた。
だが、そこで止まらぬ。
千葉先生はユウの剣を受け止めたまま、僅かに手首を返した。
ロングソードの軌道が外へ流された、その瞬間。
左手のファルシオンが下から跳ね上がる。
「あっ!」
ユウの手から、ロングソードが弾き飛ばされた。
回転しながら宙を舞った剣は、少し離れた床に落ち、重い音を立てながら滑っていく。
ユウは空になった両手を見つめたまま、動きを止めた。
その首元には、すでに千葉先生のファルシオンが添えられておる。
触れているだけ。
力など、ほとんど込めておらぬ。
それでも、実戦であれば勝負が決していたことは、我にもよくわかった。
うむ。
見事。
最後までユウの攻撃を受け流しながら、決める時には一瞬。
これがS級ハンターか。
その直後、測定終了を知らせるサイレンが室内に響き渡った。
「終了」
父上の声がスピーカーから聞こえる。
千葉先生はすぐにファルシオンをユウの首元から離し、両腕を下ろした。
ユウは悔しそうに唇を尖らせながら、床に落ちたロングソードを見ておる。
「うんうん。いい感じだね」
父上はガラスの向こうで、表示された計測結果を眺めながら何度も頷いていた。
「扱い慣れていないはずの長剣なのに、構えも動きも安定している。疲れてからも剣筋はほとんど乱れていないね」
やはり、父上も気づいておったか。
ユウは、かつて勇者だった頃の記憶をほとんど失っておる。
だが、わずかな記憶と戦いの感覚は今も残っておるのだ。
この謎も、いずれわかるのだろうか?
「少し休憩したら、次はマオちゃんだね」
うむ。
次は我か。
最初は、盾を一枚だけ選ぶつもりでおった。
元の世界で愛用していたシールドクローとは、形も機能も異なる。
だが、我は元々、防御を軸に戦うことが多かった。
盾で攻撃を受け、相手の隙を作り、そこへ反撃を加える。
今ここにある訓練用の盾でも、十分に戦えるはずだ。
しかし――。
先ほどのユウと千葉先生の戦いを見て、少し考えが変わった。
千葉先生は強い。
力や速さだけではない。
相手の狙いを読み、攻撃を誘い、動きそのものを操っておる。
普通に盾を構えて挑むだけでは、我も同じように誘導されるかもしれぬ。
ならば。
「父上よ」
「何だい、マオちゃん?」
「我は、魔力を使ってもよいかの?」
父上は我の言葉を聞くと、すぐには答えず、計測器の画面に視線を落とした。
何かを確認するように指を動かした後、今度は千葉先生を見る。
「そうだね……攻撃魔法と回復魔法は禁止。操作魔法なら使ってもいいかな?」
うむ。
父上も、勝手に決めず千葉先生に確認しておるな。
攻撃を受ける本人の了承が必要ということか。
当然よな。
「千葉先生は、それで大丈夫ですか?」
「いいぞ」
千葉先生は迷うことなく頷いた。
その表情には、先ほどユウを相手にしていた時と変わらぬ余裕が残っておる。
ふむ。
ならば、決まりぞ。
我は武具の並ぶ壁際まで歩み寄り、その中から訓練用の盾を二枚選んだ。
一枚を手に取る。
そして、もう一枚も。
「二枚使うのか?」
千葉先生が僅かに眉を上げた。
「うむ」
元の世界であれば、両腕にシールドクローを装着しておった。
だが、今はそれがない。
ならば、代わりにこの二枚を使えばよい。
普通に腕に固定してしまえば、動かせる範囲も攻撃の方向も限られる。
だが、魔力操作を使うのであれば、固定具など必要ない。
手に持つ必要すらないのだ。
我は二枚の盾から手を離し、それぞれに魔力をまとわせた。
落下しかけた盾が、床に触れる寸前で静かに止まる。
そのまま、我の左右に一枚ずつ浮かび上がった。
まずは少し前へ。
次に後ろ。
高さを変え、角度を変え、互いにぶつからぬよう我の周囲を回らせる。
うむ。
問題なし。
重さも、この程度なら何も感じぬ。
我が考えたとおりに動いておる。
これならば、腕に固定する必要はない。
好きな位置に動かし、好きな角度から攻撃できる。
防御にも使える。
投げつけるように飛ばすこともできる。
千葉先生が我の正面だけを見ておる間に、背後や側面へ回すことも可能ぞ。
ふふふ。
悪くない。
いや。
実によい。
先ほどまでの退屈が嘘のように、胸の奥が高鳴ってきた。
久しぶりに、我らしい戦い方ができる。
千葉先生よ。
ユウと同じように、我の動きまで操れると思うでないぞ。
我は二枚の盾を左右に浮かべたまま、戻ってくるユウを待つ。
ふふふ。
先生よ。
我の強さ、見せてやろうぞ。




