第32話 我、恥ずかしい。そして偽る
一部修正しました。
入口を抜け、我らは研究所の廊下を進んでいく。
…………。
我、少しがっかり。
外から見えぬよう山の斜面に隠された入口までは、実に秘密基地らしかった。
だが、中へ入ってみれば、どう見ても特殊な研究所という雰囲気はない。
白い壁。
均等に並ぶ照明。
廊下の両側に並ぶ扉。
時折すれ違う職員たちも、端末や書類を手にして歩いておるだけ。
これでは、普通のオフィスとあまり変わらぬではないか。
「父上よ。本当に研究所なのか?」
我、疑問。
「そうだね。ここは、何かを開発したり作ったりする場所じゃないからね」
「じゃあ、おじさん。何をするところなの?」
ユウが不思議そうに周囲を見回しながら尋ねた。
「簡単に言えば、ハンターの身体能力や魔法について調べる場所だね」
ふむ。
確かに千葉先生も魔法を使っておる。
それに、S級ハンター。
この世界のハンターたちが、どのような力を持っているのかを調べる場所ということか。
「ダンジョンには、今もわかっていないことが多い。何故できたのか。何故、世界中へ広がり始めているのか。何故、日本に多いのか。謎は尽きないんだ」
我、悩む。
本当に、何故こうなった?
これまでに聞いた話を考えれば、我のダンジョンマスターの力が関係している可能性は高い。
だが、ダンジョンは今も世界中へ広がりつつあるという。
我の能力は、そこまで万能ではない。
元の世界であっても、何の制限もなく好きな場所へダンジョンを増やせたわけではなかった。
ましてや、元の世界とは異なるこの世界で、勝手に広がり続けるなど……。
やはり、我の力だけでは説明がつかぬ。
「それに、ダンジョンで経験を積んだハンターは、少しずつ強くなっていく。千葉先生のようにね」
うむ。
それについては理解できる。
我も元の世界では、ダンジョンを兵士たちの訓練に使っておったからな。
魔物と戦い、危険を乗り越え、経験を積む。
その結果、身体能力や戦う技術が向上する。
そういうことは十分にあり得る。
父上に案内されるまま廊下を進み、我らは奥にあるエレベーターへ乗り込んだ。
扉が閉まり、僅かな浮遊感と共に下へ降りていく。
どれほど下ったのかはわからぬ。
やがてエレベーターが止まり、静かに扉が開いた。
その先に立っていたのは――。
「博士。お待ちしてました」
千葉先生。
「はは。ごめんね。休みなのに来てもらって」
「一応、これでもこいつらの担任なんで」
千葉先生はそう言いながら、我とユウに視線を向けておる。
ふっ。
性に合わぬと言いながらも、きちんと我らのために来てくれたのだな。
我、嬉しい。
「人払いは?」
「済んでます。第一測定室も空けてあります」
うむ。
何のことかはわからぬが、どうやら話はすでに通っておるらしい。
「じゃあ、行こうか」
父上に促され、我らは廊下の奥へ進んでいった。
そして案内されたのは、更衣室。
「中に測定器の付いた専用の服があるから、着替えておいで。着替え終わったら、その奥の扉から測定室へ入ってね」
「父上はどこにおる?」
「僕は計測室へ行くよ。千葉先生には、二人のサポートをお願いします」
「わかりました」
…………。
父上。
家にいる時とは、まるで違うの。
母上に頭が上がらず、何かと振り回されておる父上はどこへ行った?
今の父上からは、研究所で働く者としての落ち着きと威厳まで感じられる。
我、少し戸惑う。
「じゃあ、お前ら。さっさと着替えてこい。俺は一足先に待ってるぞ」
千葉先生はそう言い残すと、男子更衣室へ入っていった。
「マオ? 入らないの?」
「入るが……仕事をしておる父上が、あまりに堂々として見えての。我は驚いておる」
「そっか。でも、いつまでもここにいたら終わらないよ」
そうだの。
驚いてばかりおっても仕方あるまい。
「では、着替えるとするか」
我とユウは女子更衣室へ入り、用意されていた服を確認した。
さてさて。
なんぞ、この小さなチップが幾つも取り付けられた服は?
頭から手足の先までを一枚の布で覆い、顔の部分だけが開いた全身一体型の測定着らしい。
我は背中のジッパーを開き、まず両足を入れる。
次に腕を通し、首元まで生地を引き上げると、最後に頭までしっかりと被った。
顔が開いた部分に収まっていることを確かめてから、背中のジッパーを閉じる。
そして、鏡の前に立つ。
…………。
なんぞ?
この、何とも言えぬ姿は。
我の身体は、頭から手足の先まで、ぴったりと張りつく黒い布に覆われておる。
外に出ているのは、本当に顔だけ。
その全身には、小さな測定用のチップが一定の間隔で並んでおった。
測定に必要な服なのだろうが……。
これでは、まるで全身を黒い袋に詰め込まれ、顔だけを外に出しているようではないか。
「マオ。これ、本当に着なきゃいけないのかな……」
隣では、同じ姿になったユウも、落ち着かなさそうに身体をもじもじと動かしておる。
「……着なければならぬのであろうな」
我らは鏡越しに互いの姿を見た。
…………。
実に恥ずかしい。
そうして、我とユウは二人並んで鏡の前に立つ。
…………。
何故だろうな。
こうして見ると、実に間の抜けた姿よな。
「マオ。先に行って」
ユウよ。
我の背中を押すでない!
「ユウ。おぬしからでもよいぞ」
「嫌! マオから行って!」
ええい。
結局、どちらも行かなければならぬのだから、先も後も同じであろう。
…………。
仕方あるまい。
我、勇気を出す。
意を決して、測定室へ続く扉を開けた。
「ぶっ――ははははははははははははははっ!」
扉が開いた瞬間、千葉先生が盛大に吹き出した。
次の瞬間には近くの椅子の背に手をつき、腹を抱えたまま身体を折り曲げておる。
「はははははっ! 駄目だ! その格好で真顔をするな! ははははははっ!」
笑いすぎであろう。
「先生、酷い!」
「いや、悪い! 悪いけど……ははははははっ!」
まるで収まる気配がない。
我とユウを交互に見るたび、再び吹き出しておる。
そこまで笑われると、恥ずかしがっていることすら馬鹿らしくなってくるわ。
もう、どうでもよくなってきたの。
その時、室内に設置されたスピーカーから声が聞こえた。
視線を向ければ、ガラスの向こうに父上の姿がある。
どうやら、あちらが計測室らしいな。
父上は我らを見ながら、穏やかな笑みを浮かべておった。
「ふふっ。二人とも、よく似合ってるよ」
…………。
父上。
その顔は、本気で言っておるのか?
「ぶはっ! 博士、そこで褒めるんですか! はははははははははっ!」
千葉先生の笑いが、さらに酷くなった。
とうとう近くの机に片手をつき、目元を押さえながら肩を大きく震わせておる。
「だって、本当によく似合ってるよ」
「や、やめてください! 余計に駄目だ! ははははははっ!」
父上が真顔で言葉を重ねるたび、千葉先生の笑い声が大きくなっていく。
「おじさん、本気なのかな?」
「わからぬ」
我とユウは小声で言葉を交わし、未だに笑い続ける千葉先生と、ガラスの向こうで穏やかに微笑む父上を見比べた。
「測定着からの信号は、きちんと届いてるから安心して」
「父上には、そちらの方が大事なのか?」
「もしかしたら、見慣れてるから平気なのかもね」
なるほど。
父上は研究所で、同じ格好をした者を何人も見てきたということか。
そういうことなら、わからぬでもないが……。
千葉先生よ。
もういい加減、落ち着かぬか。
「ふうっ、ふうっ……あ~~、きつい」
千葉先生は何度か深く息を吸い、どうにか笑いを収めようとしておる。
だが、我らに視線を向けるたびに、口元がまた僅かに震えておった。
「でも、よかったな。測定はちゃんとできてるってよ」
「笑いながら言われても、まったく安心できぬの」
「ね~」
ユウも不満そうに頬を膨らませておる。
「じゃあ、始めようか」
父上の声が再びスピーカーから響いた。
「まずはマオ。前に話した時、魔法が使えると言っていたね」
父上よ。
この空気のまま、何事もなかったように続けるのか?
流石ぞ。
「うむ。言ったの」
「それなら、実際に見せてもらってもいいかな。千葉先生、ターゲットをお願いします」
「了解です」
千葉先生はようやく表情を引き締めると、測定室の奥へ向かって歩き出した。
そうして千葉先生は、人型のターゲットを運んできた。
…………。
随分と重そうに見えるが、片手で持っておるのか。
流石、S級ハンターよな。
「マオ。攻撃魔法は何が使えそう?」
さて。
ここで我には、前から考えていたことがある。
魔法を見せること自体は構わぬ。
問題は、何を見せるかだ。
我は魔法を扱うことなどお手の物。
何せ、魔王だからな。
だが、だからといって、ここですべてを見せるわけにはいかぬ。
使える魔法の種類も、威力も、知られすぎるのは避けた方がよかろう。
ならば。
攻撃魔法は、一つに絞るべきだ。
我がそう考えて選んだのは、最も使い勝手のよい炎の魔法。
そして――。
せっかくだ。
あの漫画で見た技を真似してみるとしよう。
我、指パッチン。
…………。
音が鳴らぬ。
仕方がないので、口で補強。
「パチン!」
次の瞬間、人型のターゲットの表面に炎が燃え広がった。
無論、威力は十分に抑えておるぞ。
ターゲットを完全に焼き尽くしてしまっては、測定どころではないからな。
「炎か。しかし、威力はまだ低いな。初級ってとこか」
千葉先生が燃えるターゲットを眺めながら呟いた。
我が魔力を止めると、炎はすぐに消えていった。
ふっ。
当然だ。
我が抑えておるからな。
「焼肉とかに使えそう」
ユウよ。
それは、どう使うつもりなのだ?
まさか、この魔法で直接肉を焼くのか?
「マオ。その指の動きには、何か意味があるのかい?」
…………。
父上。
漫画好きならば、ここは少しくらい乗ってほしかった。
「もちろん、何を真似したいのかはわかるけどね。一応、真面目な測定だから」
…………。
わかっておったのか。
ならば、なおさら少しくらい触れてくれてもよかろうに。
「はい。すまぬ」
「じゃあ、もう一度やってみようか」
「うむ」
今度は余計な動きをせず、ただターゲットに意識を向ける。
手も動かさぬ。
指も鳴らさぬ。
何もせず、炎だけを灯した。
人型のターゲットの表面に、小さな炎が静かに燃え移る。
「うん。いいね」
父上はガラスの向こうで、表示された測定結果を確認しておる。
「攻撃魔法として使えるのは、これだけかな?」
「うむ。今のところは、これだけぞ」
無論、嘘ではない。
今ここで見せるつもりがある攻撃魔法は、これだけだからな。
「他には、どんな魔法が使えるんだい?」
「一応、軽度の回復魔法。それと、魔力を使って武具を操作することができるぞ」
そう。
我の一番の目的は、こちらだ。
この力こそ、今の我にとって最も使い勝手がよい。
元の世界でも、我が得意としていた魔力操作。
武具に魔力をまとわせ、手を触れずに動かす。
攻撃にも防御にも使える上、周囲にある物を動かすこともできる。
実に懐かしいの。
元の世界では、机に積み上げられた書類が邪魔で、茶を淹れに立つことすらできぬ時があった。
そのような時は、魔力操作で茶器を動かし、席を立たぬまま茶を淹れたものよ。
『魔王様。無駄なことに力を使わず、早く書類にサインしてください。でないと事業が進みません』
…………。
何故だろうな。
懐かしい力を思い出すと、必ずと言ってよいほど、モロイまで一緒に思い出すのは。
「だから、あの時に一番得意だって選んだ武器が、変な奴だったのか」
千葉先生よ。
シールドクローは変ではあるまい。
攻撃にも防御にも使える万能の武器ぞ。
「そうか。じゃあ、まずは回復魔法をそのターゲットにかけてみて」
「意味があるのかの?」
人型ではあるが、相手はただの測定用ターゲット。
傷を治すべき身体など、どこにもないように見えるが……。
まあよい。
我はターゲットへ向けて、回復魔法を使った。
淡い光が表面を包み、先ほど炎で焦げた部分を静かに照らしていく。
「うん。数値は出てるね。これなら、軽傷程度は治せる値だ」
そこまでわかるのか。
科学とは、すごいの。
いや。
燃やされた後でも平然と計測を続けておる、このターゲットの方がすごいのか?
「次は、そのターゲットを魔力で動かせるかな?」
「うむ」
これならば簡単だ。
我はターゲットを魔力で包み、そのまま床から浮かせる。
まずは上。
次に下。
続いて左右へ動かし――。
最後に、意味もなくその場で回転させた。
うむ。
こんなものかの。
「もういいよ。マオは、操作系の魔法が得意なんだね」
この世界の者は、本当に分類が好きよな。
元の世界では、炎を出そうが、物を動かそうが、すべてまとめて魔法であった。
だが、この世界では、攻撃系、回復系、操作系と事細かに分けて考えるらしい。
もしかすると、こうして一つ一つを分類し、仕組みを調べていく考え方こそが、科学をここまで進化させたのだろうか?
我、少し考える。
「じゃあ、次はユウちゃん」
「おじさん。私、魔法なんて使えないよ」
「今はそうだね。でも、魔力の反応自体はあるんだ」
父上はガラスの向こうで、計測器の画面に視線を落としながら続けた。
「そうだね……あのターゲットに向かって、何かを想像してごらん。何でもいいよ。燃えろとか、水浸しになれとか」
「そう言われても……」
うむ。
流石に、ただ考えるだけで魔法が使えるほど簡単なものではない。
まずは体内にある魔力を意識し、それを外へ押し出す。
そして、放出した魔力を望む形へ変換する。
そこまでして、ようやく魔法として成立するのだ。
何も教えず、いきなり想像せよと言われたところで――。
「あ、水が出た」
なぬ?
我、驚愕。
慌ててターゲットへ視線を向ける。
だが――。
…………。
少し安心。
水は勢いよく噴き出したわけではなく、ターゲットの頭上から、ちょろちょろと垂れておるだけだった。
「うんうん。魔法は想像力が大事だからね」
父上は、計測結果を確認しながら満足そうに頷いておる。
「とりあえず、発動できることはわかった。次は同じ魔法を何度か繰り返して、出力が安定するか確認してみようか」
「すげぇな。天神も白崎も。本当に魔王と勇者なのかもしれないな」
「そうかな?」
「ああ。いずれ授業でも習うが、俺たちが魔法を習得する時は、魔法クリスタルから抽出した魔法の元を使う」
千葉先生は、机の上に置かれたタブレットに目を向け、そこに映る計測結果を確認しながら説明を続けた。
「それを魔素と呼ぶんだが、体内に取り込むことで、魔法を使えるようになる」
そうか。
我は、その説明を聞いて一つ理解した。
元の世界にいた我ら魔族は、魔素の塊をそのまま食べておった。
だが、人間にとっては固すぎて、そのままでは食えぬ。
だから、この世界では中身だけを取り出し、身体に吸収させておるのだな。
簡単に言えば――。
我らは、弁当箱ごと食べる。
この世界の人間は、弁当箱を開け、中身だけを食べる。
そういうことか。




