第三話 我、焦ってキレる
我は魔王。
十歳。
現在、小学校に通う四年生だ。
そして今、我には非常に困っていることがある。
学校へ通い、勉強を重ねた結果、この世界について色々と知ってしまったことだ。
我、驚愕。
戦争、ヤバい!
本当に驚いた。
我がいた世界でも戦争はあった。人間の国から攻め込まれたことも一度や二度ではない。
だが、この世界の戦争というものを社会の授業で学び、我は言葉を失った。
うむ。
人間、怖い。
我、魔王なのに少し引いた。
だが、それ以上に驚いたことがある。
この世界では、十年前から不思議な現象が起きているらしい。
始まりは、東京の地下鉄。
何の前触れもなく、そこに突如としてダンジョンが出現したという。
その後、同じような現象は世界各地へと広がり、今では多くの国にダンジョンが存在しているらしい。
幸い、今のところモンスターが外へあふれ出してくることはないという。
だが、人々はダンジョンの中へ入り、モンスターを倒し、様々な素材を持ち帰るようになった。
そして生まれた新たな職業。
ダンジョンハンター。
ダンジョンから持ち帰られた素材は、新たな衣服や装飾品、資源などに利用され、この世界の生活にも少しずつ浸透しているらしい。
うむ。
それだけなら、我も素直に感心していた。
問題は、そこではない。
ダンジョンが生まれる現象。
その仕組みが、我の持つ特殊能力の一つ――ダンジョンマスターの力と、あまりにも似ているのだ。
…………。
我、困惑。
いや。
待て。
十年前?
我がこの世界へ転生してきたのも、十年前。
そして、ダンジョンが現れ始めたのも十年前。
…………。
まさか。
我、この世界へ来た時に、何かやった?
いやいやいや。
そんなはずはない。
我には記憶がないぞ。
そもそも、転生した直後の我は赤子だった。
手足をもぞもぞ動かすことしかできなかったのだ。
そんな我が、世界中にダンジョンを作れるはずが……。
…………。
我、知らない。
「マオちゃん、どうしたの? 社会の教科書なんか見て」
隣からユウが不思議そうに我の顔を覗き込んできた。
我は教科書からゆっくりと顔を上げ、ユウを見る。
「ユウよ。我、何もしてないよな?」
「?」
ユウが首を傾げる。
うむ。
そうだな。
ユウに聞いてもわからぬな。
我、何もしてないよ。
してない……はずだ。
元の世界の我。
助けて。
そんな我は今、別の意味でもちょっとしたピンチに陥っている。
正直に言おう。
我、小学校という場所のヒエラルキーを舐めていた。
我、現在進行形で絶賛いじめられ中。
まあ、大したことではない。
ただ、あまりにも粘着質なのだ。
「魔王! 俺が退治してやる!」
「出てけ、魔王! ここは魔王がいていい場所じゃないぞ~!」
うむ。
グオウ王国を思い出すな。
だが、この程度なら何ともない。
元の世界では、人間たちから似たようなことを散々言われてきたのだ。今さら、この程度の言葉で傷つく我ではない。
まあ、今の我も人間なのだが。
「我を悪く言うのが面白いのなら、好きにせい」
我、大人。
子供の戯言などで怒ったりはせぬ。
それよりも今は、この世界について知り尽くすことの方が先決なのだ。
だが――。
「マオをいじめるな! このクソ馬鹿!」
ユウよ。
我は気にしておらぬのだから、怒るでない。
あっ!
こら!
手を出すでない!
お前の力では、本気で骨を折りかねん!
力の使い方をもっと考えんか!
「ユウ! 落ち着け!」
「マオが怒らないからでしょ!」
「我は気にしておらん。所詮は子供の戯言よ」
「マオも子供じゃない!」
…………。
それを言われると弱い。
いや、中身は違うのだが。
うむ。
とりあえず、少しは落ち着いたようだな。
「ユウシャが来たぞ~~!」
「魔王を守るユウシャだ~!」
…………。
同級生の諸君よ。
頼むから、ユウを挑発するでない。
ほら見ろ。
また拳を握っておるではないか。
我、疲れるから。
そうして放課後。
うむ。
今日も、いつものように靴を隠されたな。
魔法でマーキングしているから、すぐに見つかるのだが……何故、男子便所なんかに隠す?
もう少し隠し場所というものを考えたらどうなのだ。
まあ、この程度で我はびくともせん。
だが、ユウは少し堪えているようだな。
「ユウよ。靴だ」
「……うん」
もちろん、ユウの靴にも魔法のマーキングは施してある。
我の靴だけ見つけても、ユウの靴がなければ帰れぬからな。
さて。
さっさと帰るとするか。
今日は父上が、久しぶりに帰国する予定なのだ。
現在、行政のダンジョン研究所で働いている我が父上。
仕事が忙しく、家へ帰れないことも多い。
…………。
もしかして、それも我がこの世界へ来たことと関係しているのだろうか。
もし、本当に我がダンジョン発生の原因だったとしたら……。
父上。
我、申し訳ない。
ん?
どうした、ユウ。
立ち止まって。
泣いておるのか。
「どうした、ユウ。何を泣いておる?」
「マオは悔しくないの! こんなことされて! いじめられて!」
う~~む。
これは、さすがに経験の差というものだろうな。
我にとって、この程度の嫌がらせはそよ風にも感じぬ。
元の世界では、もっと直接的な悪意を散々向けられてきたのだ。
だが、ユウにとっては違うか。
こ奴は我と一緒にいることが多く、何かあればいつも我を庇おうとする。
それに、頭もよいし、勇者の能力ゆえ身体能力も高い。
恐らくだが、元の世界で学んだ知識の一部が、今もどこかに残っているのだろう。そのせいか成績もよく、何かと目立つ存在になっておる。
それ自体は良かったではないか。
もう一度、同じ勉強を最初からやり直すのは面倒だと言っていたからな。
しかし……。
今は、それが目をつけられる原因になってしまったか。
「結局、目立つ我らが気に入らぬのだろうな……」
さて。
どう言うべきか。
ここは、正直に伝えておこう。
「我自身のことは、正直、何とも思っておらん。児戯に等しいからな。だが、ユウよ」
泣くでない。
あの時の勇者のように、そんな顔で泣くな。
まったく。
ほれ、ハンカチだ。
あ、鼻はかむなよ。
「ユウのことについては、我は怒りを覚えておる」
「なら、どうして!」
「そこで暴力を振るって、何とする」
我のモットー。
専守防衛。
まあ、今となっては、あまり意味のない言葉かもしれぬが。
「まずは外堀から埋める。全てはそれからよ」
そう。
我は魔王。
正面から力任せに殴り合う必要などない。
使えるものは使い、逃げ道を塞ぎ、相手が言い逃れできぬ状況を作る。
そういう卑怯な手を使うのも、魔王というものだ。
「ユウよ。あと数日待て。そこで決着をつけてやる」
だから、もう泣くでない。
我はユウの頭を軽く撫で、それから歩き出した。
「ほれ、帰るぞ。我が城へ」
そして数日後。
我、職員室。
「いじめ、ですか?」
「うむ。我とユウがな」
我は担任である西村へ、これまで受けてきたことを報告した。
まずは外堀から。
「これが証拠の音声。そして、隠され続けた靴を撮影した写真の数々だ」
我、この数年でスマホを使いこなせるようになった。
流石、我。
担任は我のスマホに表示された写真と音声記録を確認し、しばらく黙り込んだ。
「……クラスに、いじめはありません」
ん?
今、何か変なことが聞こえたな。
「今、何と?」
「これはいじめじゃない。ただの悪戯だ」
ほう。
こ奴。
グオウ王国の仲間か?
「音声だけでは、その前後に何があったのかわかりません。それに、靴の写真だけでは、誰が隠したのかも証明できないでしょう」
「ふむ」
「子供同士の悪戯を、何でもいじめにするのはよくありません。この程度では、いじめの証拠にはなりませんよ」
「ふむ。そうか」
我、激怒。
だが、我慢。
つまり、この男は証拠が足りぬと言いたいわけではない。
最初から、問題として扱う気がないのだ。
我は一度だけ息を整え、担任を見上げた。
「担任よ。貴様、誰に物申しておる」
あ。
我、切れちゃった。
職員室の空気が凍った。
う~~む。
どうやら我が思っていた以上に、今の発言には頭に来ていたらしい。
「あっ、天神さん。い、今の言葉は……」
「黙れ」
あ。
また凍った。
いかん。
少しばかり、魔力が漏れたか?
まあ、もう仕方がない。
我は担任から視線を逸らさず、静かに問いかけた。
「我は優しく話しているつもりだったが……もう一度だけ聞こう。これは、いじめで間違いないな?」
「あ……その……少なくとも、確認と対応が必要な事案です」
「うむ。ならば、対処できるな。担任よ」
「……はい」
おいおい。
そんなに怯えるでない。
他の教師たちも見ておるではないか。
我が周囲へ視線を向けると、何人かの教師が我のスマホへ険しい視線を向けたまま、無言で頷いていた。
うむ。
ならば、我の出番は一旦ここまでだ。
「では、任せる」
うむ。
これでよい。
後は、この者たちに任せておけばよかろう。
さらに数日後。
いつの間にか、担任の西村は学校からいなくなっていた。
詳しいことは知らぬ。
ただ、我が職員室を訪れた後、学校側で何やら調査が行われたらしい。
まあ、我が詳しく知る必要もないな。
それと同時に、我やユウへ嫌がらせをしていた者たちも、すっかり大人しくなった。
うむ。
流石、我。
「マオ」
む。
ユウか。
「どうした?」
「ありがとう。職員室での話、聞いたよ」
ああ。
そのことか。
おかげで我は、名実ともに『魔王』と呼ばれるようになってしまったわ。
まあ、元々魔王なのだが。
「我は魔王ぞ。気にするな、ユウ」
「……うん!」
ユウの顔に、ようやくいつもの笑顔が戻った。
うむ。
これで、まずは一段落だな。
さて。
目の前の問題は片づいた。
次は、この世界のことをもっと知らねばならぬ。
何故、我が転生した十年前からダンジョンが現れ始めたのか。
我のダンジョンマスターの力と、何か関係があるのか。
…………。
うむ。
やはり気になる。
本当に我、何もしてないよな?




