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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス
第一章 我の学校生活編

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第29話 我、話がズレる

 四月下旬。


 とうとう千葉先生が、取材を受けるために我が家へやって来た。


 そして、そこには何故かユウと愛殿までおる。


 何故おる?


「漫画を見に来ただけだよ」


「私は、少し仕事の話ができないかなって」


 …………。


 うむ。


 愛殿。


 相変わらず抜け目がないの。


「博士、お久しぶりです」


「はははっ。家でそう呼ばれるのは、何だかむず痒いな」


 父上。


 そう言いながら、まんざらでもなさそうな顔はなんぞ?


 しかも、先ほどから我の方をちらちらと見ておる。


 もしかして、娘へ自慢したいのか?


 安心せよ。


 我は父上のことを、十分に自慢できる人物だと思っておる。


 だから、そのように露骨な視線を送るでない。


「今日はすみません。千葉先生が引き受けてくださって、本当によかったです」


「いえ。先生の漫画のファンですから。俺で役に立てることなら」


 母上が礼を述べると、千葉先生は普段よりも少し背筋を伸ばして答えた。


 学校では見たことのない、妙に緊張した姿よな。


「ありがとう。そうだ。これ、よかったらどうぞ」


 母上は用意していたサイン入りの色紙を、千葉先生へ差し出した。


 千葉先生が我が家へ来るにあたり、我は以前、本人の写真を撮らせてもらっておった。


 母上はその写真を基に、特別な一枚を仕上げたのだ。


 色紙には、千葉先生と『バンドダンク』の主人公が肩を並べる姿が描かれている。


 その片隅には、母上が筆名で記したサインまで添えられておった。


「これ、俺ですか!? それに、『バンドダンク』の主人公と一緒に!」


 千葉先生の目が、驚きと喜びで大きく見開かれた。


 千葉先生は受け取った色紙を両手で大切そうに持ち、食い入るように見つめておる。


「娘から、千葉先生が『バンドダンク』を好きだと聞いていましたので。よかったら受け取ってください」


「ありがとうございます! 家宝にします!」


 家宝。


 そこまでか。


 だが、これほど喜んでもらえたのであれば、母上も用意した甲斐があったというものよな。


「では、早速取材をさせていただいても?」


「はい。話せる範囲にはなりますが、それでよければ」


 そうして、母上による取材が始まった。


 母上は手元の資料を確認しながら、現役ハンターとしての活動や、ダンジョン内での経験について質問していく。


 千葉先生も、話してよい内容と伏せるべき情報をきちんと分けながら、一つずつ答えておった。


 その隣では、愛殿も話に耳を傾けておる。


 そして隙あらば、自分たちが扱っている商品について質問し、手元のメモ帳に素早く書き込んでいた。


 愛殿。


 本当に仕事の機会を逃さぬの。


 さて。


 我も、どこかで話を切り出さねばならぬ。


「マオ。この最新刊は?」


「今、我が読んでおる」


「早く~~!」


 ええい。


 まだ読み始めたばかりぞ。


 ユウは我の隣から手元を覗き込み、早く貸せと言わんばかりの視線を送ってくる。


 いくら我が読むのを待っておったからといって、急かすでない。


 我も楽しみにしておったのだ。


 母上たちが取材を進める傍ら、我とユウは漫画を読みながら時間を過ごした。


 気づけば仁殿まで我が家へやって来ており、昼食の準備を始めておる。


 …………。


 しかし、何故よその家で料理を?


「ママに頼まれたからね」


 仁殿は当然のようにそう答え、慣れた手つきで料理を並べていく。


 愛殿。


 そこまでして仕事の機会を確保するか。


 実に周到よな。


 昼食として出されたのは、炒飯と中華スープ。


 湯気と共に香ばしい匂いが広がり、我の腹を強く刺激してくる。


 我は早速、炒飯を一口。


「美味い!」


 米は一粒ずつほぐれており、具材の味もよく馴染んでおる。


 流石は仁殿。


 専業主夫として白崎家の食事を担っておるだけのことはある。


 我、満足。


 そうして昼食を終え、再び取材が始まった。


 気づけば、時刻は夕方に差しかかろうとしておる。


 ユウは我の近くで眠っておるな。


 漫画を読みながら待っていたはずが、途中で眠気に負けたらしい。すっかり力を抜き、穏やかな寝息を立てておる。


 先ほどから何度か身じろぎはしておるが、目を覚ます様子はない。


 昼食を作ってくれた仁殿は、すでに自宅へ帰っている。


 母上と千葉先生の話も、そろそろ佳境。


 さて。


 話すべきか。


 それとも、まだ黙っておくべきか。


 我は眠っているユウに視線を向け、それから父上と千葉先生の顔を順番に見た。


 この機会を作ったのは我だ。


 父上と千葉先生。


 二人がそろっている今だからこそ、話せることもある。


 本来、相談するつもりだったのは、この二人だけだ。


 だが、母上は我の親であり、愛殿はユウの親だ。


 中途半端に隠し続けるより、二人にも聞いてもらった方がよいのかもしれぬ。


 無論、ユウが勇者であることまで告げる必要はない。


 今ならば、夢という形に置き換え、まず我自身のことだけを話せるだろう。


 …………。


 うむ。


 我は決めた。


「話の途中で済まぬ」


 我が口を挟むと、母上は手を止めてこちらへ顔を向けた。


「なに? 大丈夫よ」


 父上と千葉先生だけでなく、愛殿の視線も我に集まる。


 さて。


 ここからは、言葉を間違えぬよう慎重に進めねばならぬ。


 嘘と本当を混ぜ、まずは相手が受け入れやすい形にする。


 何せ、我は魔王。


 この程度の話術は心得ておる。


「少し相談したいことがある。まずは、我に関してだ」


「どうしたんだい?」


 父上が心配そうに表情を曇らせた。


 父上よ。


 そのような顔をするでない。


 別に、我の身に今すぐ何かが起きたわけではない。


 我は僅かに息を整え、言葉を選びながら口を開いた。


「我は、よく夢を見るのだ」


「夢?」


「うむ。あまりにも現実味のある夢よ。その夢の中で、我は魔王として国を治め、日々政務を行っておった」


 室内から話し声が消えた。


 母上も。


 父上も。


 愛殿も。


 そして千葉先生も、何も言わず我の話に耳を傾けておる。


 だが、誰も笑ってはおらぬ。


 ならば、続けるとしよう。


「そこへ、一人の勇者が現れての。その勇者は、何故か魔王の首ばかりを執拗に狙っておった」


 …………。


 誰も口を挟まぬ。


 表情にも、まだ大きな変化はないの。


 ただ、父上の目が少しだけ細められた。


 千葉先生も先ほどまでの取材中とは違い、真剣な目で我を見ておる。


「その勇者は、自分が生まれた世界へ帰ることを望んでおった。異なる世界から無理やり連れてこられ、帰る方法を探していたのだ」


 我は一度言葉を切り、眠っているユウに視線を向けた。


 今のユウに、あの頃の記憶はない。


 だが、その魂も。


 勇者としての力も。


 今も確かに残っておる。


「魔王は、その勇者を不憫に思った。そこで自らの魂を複製し、それを生贄として送還魔法を使い、勇者を元の世界へ帰した」


「その勇者は、ユウに似ていたの?」


 愛殿が、眠っているユウを見ながら尋ねた。


 しまったの。


 勇者の話をした直後、無意識にユウを見てしまった。


「……似ておった。だが、あくまでも夢の中の話ぞ」


 愛殿の声は落ち着いておる。


 今のところ、我の話を否定するつもりはないらしい。


 我はそのまま続けた。


「だが、そこで終わらなかった。何故か、魔王の魂まで勇者と共に世界を渡っておったのだ」


「それがマオ?」


 今度は父上が尋ねてきた。


 声は穏やかだが、我から目を逸らそうとはせぬ。


「そうだ。魔王は、この世界でマオという少女として生まれた」


 再び、沈黙が落ちた。


 誰も冗談だとは笑わない。


 ただ、我の次の言葉を待っておる。


「そういう夢を、我は何度も見ておる」


 我はそこで口を閉じ、皆の反応を窺った。


 さて。


 この話を、皆はどのように受け取るのだろうな。


「ふふふっ」


 何故、母上は笑っておる?


「まさかな……」


 父上は驚いておる。


 だが、その表情に浮かんでいるのは、戸惑いよりも喜びの方が強い。


 おや?


 我が予想していた反応とまったく違う。


「本当なの?」


 愛殿まで目を輝かせ、嬉しそうに身を乗り出しておる。


 何故?


「……そうか」


 そう!


 千葉先生の反応が正しい!


 喜ぶのではなく、まずは重く受け止める。


 我が予想していたのは、そのような反応ぞ!


「あなた。昔、愛さんたちと冗談で話していたけど、本当に魔王だったのかもしれないわね」


「ああ。まさかとは思っていたけど……これは嬉しい!」


「本当に、そんなことがあるのね。マオちゃん、すごいわ!」


 母上。


 父上。


 そして愛殿。


 三人とも形こそ違うが、何故か同じように喜んでおる。


 我は助けを求めるように、千葉先生に視線を向けた。


「…………」


 うむ。


 家族たちの反応に驚き、言葉を失っておるな。


 安心せよ、千葉先生。


 我も驚いておる。


「漫画家として、これほど誇らしいことはないわ」


「オタクとして嬉しい」


「同じく。まるで漫画みたいね」


 …………。


 我、告白する相手を間違えたかもしれぬ。


「それで、マオ」


 先ほどまで喜んでいた父上の声が、僅かに低くなった。


 表情から笑みが消えたわけではない。


 だが、その目は先ほどまでと違い、我の言葉の奥を確かめようとしておる。


「その夢は、本当に夢だけなのかい?」


 …………。


 やはり、父上は気づくか。


 流石、周囲から博士と呼ばれているだけのことはある。


「どういう意味だ、父上」


 我は何もわからぬような顔を作り、とぼけてみせる。


「夢だと思っているだけで、実際に経験した記憶なんじゃないかと思ってね」


 父上は穏やかな口調のまま、我の顔をじっと見つめておる。


「マオが生まれた日と、最初のダンジョンが現れた日は同じだ。今の夢の話も、まったく無関係ではないのかもしれない」


 うむ。


 我も、そこを疑っておる。


 だが、すべてを話すには早すぎる。


 我自身、まだ知らぬことが多すぎるからの。


「我にも、よくわからぬ。ただ、この口調は夢の中の魔王とそっくりぞ」


 これは本当だ。


 我がこの話し方をしておるのは、元の世界で魔王として過ごしていた頃からなのだからな。


「ただの夢だとは思っておる。だが、こうも何度も見る上に、あまりにも現実味があっての。少し気になっておるのだ」


 だからこそ、こうして話しておる。


 すべてを明かすつもりはない。


 まずは夢として伝え、皆がどう受け止めるのか確かめる。


 今は、それで十分よな。


 そう考えておると、愛殿が遠慮がちに手を上げた。


 何故、手を上げる?


 学校ではないぞ。


「もし、その話が夢ではなくて、本当にあったことなら……その勇者とユウには、何か関係があるの?」


「我にもわからぬ。ただ、姿はよく似ておった」


 愛殿は眠っているユウに視線を向け、それから再び我を見る。


「それでも、マオちゃんはユウのことをどう思っているの?」


 どう思っておるか、とな。


 その問いに答えるため、考える必要などなかった。


 どうやら愛殿は、我の話が真実かどうかよりも、ユウとの関係を気にしておるらしい。


「幼馴染よ。そして、とても大切な者だ」


 ここは、偽りのない本音ぞ。


 今話しておる勇者との出来事は、前の世界での話。


 確かに、あの勇者は我の首ばかりを狙ってきおった。


 だが、それは今、この世界で我の隣におるユウとは関係ない。


 今のユウは、我の幼馴染。


 そして我は、ユウを守ると誓っておる。


 何があろうとも。


 それだけは、夢などではない。


「よかったわ。これからもユウと仲良くしてね」


「うむ。当たり前よな」


 愛殿に言われるまでもない。


 ユウは我の大切な幼馴染。


 これからも、その関係が変わることなどないだろう。


「マオ。他に話していないことはないの? 例えば、魔法が使えたりとか」


 母上よ。


 何故、またメモ帳を広げておる?


 もしかして、今回の話を漫画に描こうと思ってはおらぬよな?


「どうなんだ?」


 千葉先生よ。


 そのように疑う目を向けるでない。


 さて。


 どうしたものか。


 ここで使えぬと言い切ることはできる。


 だが、先ほどの話を信じ始めた者たちを前に、その嘘がいつまで通用するかはわからぬ。


「マオ」


 父上が、静かに我の名を呼んだ。


「話してごらん。大丈夫だよ。それに、本当に使えるのなら、僕は大喜びだ」


 で、あろうな。


 父上の顔から、先ほどまでの博士としての真剣さが消えておる。


 今そこにあるのは、完全なるオタクの顔。


 異世界の魔法が実在するかもしれぬと知り、目を輝かせておるな。


「使える。ただし、すべてではない。夢の中で見たものだけだ」


 本当は、ほとんどの魔法を使える。


 だが、ここは曖昧にしておいた方がよい。


 我がどれほどの力を持っておるのか、今すぐすべて明かす必要はあるまい。


 お。


 父上の目からオタクの輝きが薄れ、表情が再び博士のものに戻ったの。


「……千葉先生」


「博士。これは――」


「今の話、本当なの?」


 不意に、背後から声が聞こえた。


 我は眠っているはずのユウに視線を向ける。


 …………。


 起きておるな。


 いつから聞いておった?


 ユウは身体を起こし、目を大きく見開きながら我を見つめておる。


 あ~~~~。


 これは困った。


 ユウには、まだ何も話すつもりはなかったというのに。


「よかった。マオも見てたんだ」


 …………。


 うん?


 何がよかったのだ?


「私も、中学校に入る少し前から、同じような夢を見るようになったの」


 ユウはどこか安心したように息を吐いた。


「魔王がいて、何故か私はその首ばかり狙ってるの。そっか。マオも見てたんだ。それも、魔王の側から」


「やっぱり! 優紗と書いてユウシャ。いい名前をつけたわ!」


 愛殿が、何故か誇らしげに胸を張った。


 …………。


 今、そこを喜ぶのか?


 おかしい。


 送還魔法について記された書物には、我がいた世界での記憶は失われると書かれておった。


 確かに、今のユウにも当時の感覚がうっすらと残っており、完全に消えてはいないのだろうとは考えていた。


 だが、まさか夢として見ていたとは。


「それでね。豚みたいな王が、私に命令するの」


 ユウの表情が、見る見る不機嫌なものへ変わっていく。


「夢の中の私は、何度そいつの首を刎ねてやろうと思ったことか。ものすごく怒ってたわね」


 …………。


 うむ。


 間違いない。


 それは、あのクソ王国の王ぞ。


「他には、どんな夢を見るんだい?」


 父上がユウに尋ねると、ユウは少し考えるように首を傾げた。


「よく覚えてないの。いつも途中から始まって、途中で終わるし。顔とか名前も、起きるとほとんど忘れちゃうから」


「さっきの王についても?」


「豚みたいだったことと、すごく嫌いだったことくらい。何を言われたのかも、ちゃんとは覚えてないよ」


 なるほど。


 すべての記憶が戻っているわけではないのだな。


 失われた記憶の一部が、夢という形で浮かび上がっておるだけか。


 それならば、送還魔法について書かれていた内容とも、完全に矛盾するわけではないのかもしれぬ。


 いや。


 そもそも、我自身まで一緒に転生しておるのだ。


 あの送還魔法が、書物どおりに正しく発動したとは限らぬよな。


 千葉先生は腕を組み、我とユウを順番に見た。


「学校で二人を見てきた俺からすれば、ただの夢だと笑って終わらせる気にはなれないな」


 先ほどまで驚いていた千葉先生の眼差しが、鋭いハンターのものに変わった。


「身体能力も、魔力反応も、武器を扱う感覚も普通じゃない。今の話と無関係だと決めつける方が不自然だ」


「千葉先生も、そう思うかい?」


「ああ。しかも、同じ出来事を違う立場から夢に見ている。偶然で片づけるには、出来すぎてるな」


 父上は小さく頷くと、我とユウを順番に見た。


「一度、二人とも研究所へ来てもらおう。マオだけではなく、ユウちゃんも一緒に」


「我だけではないのか?」


「以前の測定でも、二人には共通した反応が確認されているからね。今の話まで聞けば、片方だけを調べても意味がないと思う」


 うむ。


 そこまで言われれば、ユウも一緒にという判断は理解できる。


 しかし。


 研究所か。


 そこで実際に魔法を使えば、我がどれほど扱いに慣れているかも知られてしまう。


 夢で見ただけの者が、迷いもなく魔法を操れるものなのか。


 父上ならば、当然そこに疑問を持つだろう。


 先ほど口にした嘘が、いつまで通用するかはわからぬ。


 とはいえ、今ここですべてを明かす覚悟まではできておらん。


 まずは、研究所で何を調べられるのかを確かめる。


 その上で、どこまで話すべきかを決めるしかあるまい。


 また新たな悩みが増えたの。

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