第28話 我、迷う
そうして始まった、我の中学校生活。
最初のうちは、新しい環境に慣れるだけでも少し苦労したものよ。
授業そのものには、きちんとついていけておる。
我もユウも、国語や数学といった主要五教科で困ることはない。小学校の頃と比べれば難しくなってはおるが、今のところ理解できぬような内容でもなかった。
ただ――。
眠い。
普通科の授業は、教室に設置された画面を通してオンラインで受ける。
画面の向こうでは教師が授業を進めておるが、我らの教室にいる生徒は我とユウの二人だけ。
授業中、すぐ近くで我らを見張る者がおらぬからなのか。
それとも、二人だけという空間で好き勝手に過ごせることがいけないのか。
日が経つにつれ、我らは少しずつだらけ始めてしまった。
初めは、椅子に深く腰掛ける程度。
そのうち、机に肘。
そして気づけば――。
菓子やジュースを机の上に置き、それを口にしながら授業を受けておる。
…………。
よいのか?
「いいんじゃねえの。ただし、テストで赤点を取らなければ、俺は何も言わん」
我らの様子を見た千葉先生は、咎めるどころか、気にした様子もなくそう答えた。
千葉先生よ。
入学式で見せていた、あの教師としての威厳。
今では、もう欠片も残っておらぬの。
我が半眼で見つめていると、千葉先生は何を言いたいのか察したらしく、面倒そうに片手を振った。
「あれは、きちんとした場でだけだ」
そうか。
ならば、もう何も言うまい。
赤点を取らなければ問題ないというのであれば、このまま授業を受けるとしよう。
楽だしの。
とはいえ、だらけておるのは普通科の授業だけだ。
ダンジョン科の専門授業には、我も驚かされておる。
何せ、我の知らぬモンスターが次から次へと出てくるのだ。
千葉先生がデジタル黒板を操作すると、半透明の身体を持つモンスターが画面に表示された。
「スライムは、スライム目に分類される。近接武器や銃火器が効きにくいモンスターだ」
スライム。
名前そのものは、漫画やアニメで幾度となく目にしておる。
だが、元の世界にこのような魔物がおったかとなると……。
…………。
まったく思い出せぬ。
「倒すには、スライムの体内にある核を破壊する必要がある。ただし、核は特殊なゼリー状の身体に覆われているため、狙って破壊するのは難しい」
千葉先生が画面を拡大すると、半透明の身体、その中心にある小さな核が強調して表示された。
「対処法としては、魔法で身体ごと焼き払うか、一撃で核まで破壊できるだけの威力を叩き込むことだな」
…………。
そのような奴、おったかの?
我は画面に映るスライムを見つめながら、元の世界で見たことがあったか記憶を探る。
う~~む。
まったく思い出せぬ。
続いて画面に表示されたのは、牛の頭と人に似た身体を持つ、大柄なモンスターだった。
「次はミノタウロス目。人間よりも身体が大きく、力も強い。一撃を受け止めようとは思うな。避けることを前提に動け」
千葉先生が画面を切り替えると、ミノタウロスが大きな斧を振り下ろす映像が流れた。
斧が地面に叩きつけられ、その周囲に細かな亀裂が走っておる。
なるほど。
確かに、あれを正面から受け止めるのは得策ではないな。
元の世界の我なら余裕だがの。
「知能はそれほど高くない。正面から力でぶつかるよりも、罠や誘導といった搦め手が有効だ」
そういう奴も、元の世界におったような気がするの。
我が直接見たことはないが、何かの報告書に似たような特徴が書かれていた覚えがある。
そして、次に画面に表示されたのは、小柄で痩せた人型のモンスター。
「ゴブリン目。見た目は小さく細いが、動きは速く、力も外見から想像するより強い」
ゴブリンは短い刃物を手にし、素早く物陰から物陰へ移動しておる。
動きにも無駄が少ない。
「知能も高く、基本的には群れで行動する。一体に気を取られている間に、別の個体が背後へ回り込むこともあるから注意しろ」
なるほど。
見た目だけで侮れば、簡単に囲まれるということか。
「ただし、こいつには様々な近接武器や銃火器が通用する。数が多くても慌てず、周囲を確認しながら落ち着いて対処することだ」
…………。
人というものは、何かと分類するのが好きよな。
スライム目。
ミノタウロス目。
ゴブリン目。
姿や性質が似たモンスターをまとめ、特徴や弱点まで記録しておる。
元の世界では、そこまで細かく分類しておらなんだ気がする。
それと――。
モロイよ。
おぬしの話を、もう少し真面目に聞いておけばよかった。
モロイは、ダンジョンにいるモンスターについて何度も説明しておった気がする。
だが、我自身はダンジョンへ入ったことがなかったため、そこまで興味を持てず、詳しい話を聞き流してしまっておった。
まさか、モンスターの種類がこれほど多いとはな。
元の世界の我よ。
モロイの話は、もう少し真面目に聞いておくのだぞ。
そうして座学を終えれば、次はトレーニングの時間となる。
現在行っているのは、身体を作るための基本的なトレーニングと、それぞれが選んだ武器を扱うための修練。
我は盾。
ユウは長剣。
それに、二人とも予備武器としてナイフの扱いを学んでおる。
ただし、銃火器については、未だ実際に撃たせてもらえておらぬ。
保管庫で様々な銃を手に取り、構え方までは教わった。
だが、肝心の弾を撃ったことは一度もない。
う~~む。
実に歯がゆいの。
撃てぬ銃を眺め、構えるだけの日々。
蛇の生殺しとは、まさにこのことよな。
「……お前ら、本当に化け物だな」
トレーニング機器の表示を確認していた千葉先生が、呆れたような声を漏らした。
「化け物とは、乙女に対して失礼ね」
ユウが額の汗を拭いながら、不満そうに千葉先生を睨む。
「ユウ。おぬしを乙女と呼ぶのは、少し違う気がするの」
む?
何故、拳を振り上げる?
我は何も間違ったことを言っておらぬぞ。
「マオ。もう一度言ってみて」
「うむ。ユウは立派な乙女よな」
我、即座に訂正。
別に怖かったわけではないぞ。
ただ、余計な争いを避けただけだ。
我のモットーは専守防衛だからな。
「いや、だからな」
我らのやり取りを気にすることなく、千葉先生は端末に表示された数値に視線を落とした。
「お前ら、もうダンジョンへ入るために求められる基礎能力の最低基準をとっくに超えてるんだよ」
「もうですか?」
「ああ。一応、毎日少しずつ負荷を増やしてはいる。だが、こうも簡単にこなされるとな」
千葉先生が示した先には、我らが先ほどまで使用していたトレーニング機器が並んでおる。
走る速度。
持ち上げる重量。
繰り返す回数。
最初の頃と比べれば、確かに負荷は随分と増えていた。
それでも、我もユウも限界まで追い込まれているとは感じておらぬ。
身体は多少疲れる。
汗も流れる。
だが、少し休めば問題なく次へ進める程度だ。
「それって……」
ユウは千葉先生の言葉の意味を察したのか、少し期待するように首を傾げた。
「もう、今と同じ基礎メニューを続ける意味は、あまりないってことだ」
「おお。では、楽になるのか?」
「そこまでは言ってない」
違うのか。
我、少し残念。
「同じ基礎メニューを延々と繰り返しても、今のお前らには効率が悪い。これからは内容を変える必要がある」
うむ~~。
それは仕方あるまいな。
実際、最近の我とユウは、トレーニング中に以前ほど力を隠さなくなってきておった。
無論、今でも器具を壊さぬよう加減はしておる。
我は魔王として残っている力を。
ユウは勇者として残っている力を。
だが、千葉先生には入学試験の時点で、我らが普通ではないことをある程度見抜かれておる。
初日の測定でも、幾つもの器具で上限まで数値を出してしまった。
そこまで知られている以上、今さら人並みを装い続ける意味も薄い。
故に少しずつ。
本当に少しずつではあるが、出す力を増やしていたのだ。
その結果が、これか。
「それにな」
千葉先生は端末を操作すると、我らにも見えるよう画面を向けた。
「今日やらせた内容は、C級ハンターが日常的に行う基本メニューを基準に組んである」
「C級?」
ユウが僅かに目を見開いた。
「ああ。測定器で瞬間的な数値が高いことはわかっていた。だが、一通りのメニューを最後までこなし、まだ余裕が残るかどうかは別の話だからな」
我も、千葉先生が向けた画面に視線を落とす。
走行速度。
持久力。
筋力。
反応速度。
それぞれに設定された数値の横には、確かにC級と表示されておった。
「もちろん、同じC級でも個人差はある。ただ、一般的な目安としては、この内容を安定してこなせればC級相当の基礎能力があると判断できる」
「それを、私たちはこなしたってことですか?」
「ああ。しかも、二人ともまだ余裕がある」
千葉先生は我とユウを交互に見ながら、深く息を吐いた。
「中学校へ入学したばかりの奴らが、C級の基礎トレーニングを平然と終わらせる。化け物以外に、何て言えばいいんだよ」
「だから、乙女に化け物は失礼だって言ってるでしょ」
「そこを気にするのか?」
ユウよ。
やはり、おぬしは乙女というより勇者よな。
…………。
今度は口へ出さぬぞ。
我、学習したからな。
だが、先ほどの千葉先生の話を聞き、我は酷く悩んでおる。
いくらアストラという便利な隠れ蓑があるとはいえ、恐らく我らは異常だ。
このまま力を隠し続けるよりも、いっそのこと正体を明かしてしまった方が楽なのではないか。
最近では、そんなことまで考えるようになっておる。
無論、ユウの正体まで勝手に話すわけにはいかぬ。
こ奴自身、自分が元勇者であることを知らぬのだからな。
まずはユウへ話すべきか。
その上で、父上と千葉先生へ相談するべきか。
だがの。
『我は元魔王。そして、こ奴は元勇者よ』
そう告げたところで、果たして納得してもらえるのか?
…………。
『ユウを元の世界へ送り返すため、我の魂を複製し、それを生贄として送還魔法を使った。ところが、何故か我まで一緒にこの世界へ来てしまったのだ』
…………。
『それと、今この世界で発生しているダンジョンは、もしかすると、我が失ったダンジョンマスターの力によって生まれているのかもしれぬ』
…………。
無理か。
我が聞く側であったとしても、すぐに信じられるとは思えぬ。
下手をすれば、アストラどころか、別の意味で心配されそうよな。
う~~~~む。
モロイの奴がおれば、こういう時に相談できたのだが……。
今、この世界におるのはAIモロイだけ。
似たように小言は言ってくるが、やはり本物のモロイとは違うの。
…………。
いや。
千葉先生に一度相談してみるのもありか?
あの御仁ならば、我らが普通ではないことにも、すでに気づいておる。
そこへ父上も加われば、少なくとも我一人で抱え続けるよりはよいのかもしれぬ。
それに、千葉先生を我が家へ招き、父上と顔を合わせてもらうための、ちょうどよい口実もある。
「そういえば、先生よ」
「なんだ?」
「サインの件だがの」
我がそう口にした瞬間、千葉先生の目が鋭く光った。
「どうだ! どうなった?」
近い!
つい先ほどまで離れた場所におったというのに、我が反応するより早く、目の前まで距離を詰めてきおった。
人の限界を超えているという話は、本当らしいの。
それに、今の動き。
考え事をしていたとはいえ、接近されるまで気づけなんだ。
「う、うむ。近い」
「おお、すまん。それで?」
千葉先生は僅かに身を引いたものの、期待に満ちた目はそのままだった。
「うむ。母上がな、新しい連載の企画を考えておっての。現場で活動するハンターの話を聞き、その内容へ活かしたいそうだ」
「それ、初耳。おばさん、新しい連載を始めるつもりなんだ」
ユウ。
おぬしも知らなかったのか。
「ユウは聞いておらなんだのか?」
「うん。漫画を読みに行くだけで、仕事のことまでは聞かないよ。たまに学校のこととか、色々聞かれるけど」
なるほど。
すでに母上は、ユウから学校生活について、それとなく生の情報を集めておったのだな。
流石、我が母上。
取材の機会を逃さぬの。
「それで、俺の話を聞きたいと?」
「うむ。現役のハンターであり、我らの担任でもある先生の話を聞きたいそうだ。可能であれば、作品の内容を確認する監修も頼みたいと言っておった。サインも、その時に書いてもらえる。何なら、仕事場や制作途中の原稿なども見られるぞ」
「う~~~ん。ちょっと悩むな」
そう言いながらも、千葉先生の目は明らかに揺れておった。
「一応、母上なりにダンジョンハンター協会へ連絡したそうなのだが、こういった依頼については、本人に直接話してほしいと言われたらしくての」
「それで俺か?」
「うむ。我から先生について話したところ、『それなら一度、本人に聞いてみて』とな。もちろん、正式に依頼することになれば、報酬もきちんと支払うと言っておったぞ」
母上とて、ただで協力してもらおうと考えているわけではない。
取材だけでなく、作品内容の監修まで頼むのであれば、正式な仕事として依頼するつもりなのだろう。
「博士は何て言ってた?」
「うむ。千葉先生であれば信頼できるとは言っておった」
「なら、問題ないんじゃねえのか?」
「ただし、その後で母上に釘を刺しておったな」
「……何て?」
千葉先生の表情に、僅かな警戒が浮かんだ。
まあ、父上が母上に注意した理由については、我にも何となくわかる。
母上は仕事に夢中になると、周りが見えなくなることがあるからの。
「『絶対に修羅場には巻き込まないこと』と言っておった」
「……修羅場?」
千葉先生の顔から、先ほどまでの期待が僅かに薄れた。
うむ。
正しい反応よな。
我も、あの仕事場の修羅場へ自ら進んで入りたいとは思わぬ。




