第27話 我、待ち切れず駆ける
我は壁際に置かれていた盾を手に取り、表と裏を順番に確認した。
縦長の楕円形をした盾で、今の我が構えれば、胸元から腰の辺りまでを覆えるほどの大きさだ。
表面は硬い樹脂のような素材で覆われており、縁には衝撃を受け止めるためなのか、少し厚みが持たせてある。
裏側には、腕を固定するためのバンドと、手で握るための取っ手が取り付けられておった。
うむ。
よく見かける、単純な構造の盾よな。
誰でも訓練に使えるよう、扱いやすさを優先して作られておるのだろう。
どれ。
実際に装着してみるか。
裏側を見る限り、このバンドに腕を通せばよいのだな。
我は固定用のバンドに左腕を滑り込ませ、緩まぬよう位置を調整した。
うむ。
軽すぎるわけでもなく、重すぎることもない。
今の我でも、無理なく扱える程度の重さだな。
試しに腕を胸の前へ構え、盾を左右へ動かしてみる。
正面。
右。
左。
続けて、頭を守るように持ち上げた。
腕や肩への負担は、それほど感じぬ。
身体の向きを変えても、動きを大きく妨げることはないようだ。
盾そのものの大きさも、我の身体に対して極端に大きいわけではない。狭い場所でも、周囲に引っかけずに扱えそうよな。
だが――。
我が取っ手から手を離した途端、盾が腕の外側へ僅かに傾いた。
「む……」
そのまま腕を動かしてみると、今度は反対側へずれる。
バンドが外れるほどではない。
だが、腕を振るたびに盾の位置が変わるのは気になるな。
我は再び取っ手を握り、盾を正しい位置へ戻した。
「どうだ?」
千葉先生が、我の構えを眺めながら尋ねてくる。
「うむ。重さは悪くない。ただ、少しずれるの」
「ずれる?」
「取っ手を握っておれば問題はない。だが、手を離すと腕の動きに合わせて位置が変わる。常に取っ手を持たねばならぬのが、少し使いづらいな」
我が欲しいのは、腕の動きに完全に追従する盾だ。
手を開いても。
何かを掴んでも。
拳を握って殴っても。
常に同じ位置に固定されているもの。
これでは盾を装着している間、左手は取っ手を握るためだけに使わねばならぬ。
我の愛用していたシールドクローであれば、盾を装着したまま手を自由に使えたのだがな。
「あくまでも訓練用だからな。それに、取っ手を握って使うのが普通だ」
「普通か……」
千葉先生の言うことはわかる。
この盾は、我の戦い方に合わせて作られたものではない。
誰でも訓練に使えるよう用意された、一般的な盾なのだろう。
ならば、我の望む使い方ができぬのも仕方あるまい。
魔力で腕に固定してしまえば、取っ手から手を離してもずれることはないのだが……。
今は、それを行うわけにはいかぬ。
千葉先生は、我をアストラだと考えておる。
いくら便利な分類とはいえ、突然魔法で盾を腕に固定すれば、流石に説明を求められるだろう。
我、もどかしい。
できるというのに、できぬふりをせねばならぬとは。
だが、焦る必要はない。
今は普通の使い方を覚え、この身体でどこまで扱えるのかを確認すればよい。
我は取っ手をしっかりと握ると、盾を構えたまま軽く踏み込んだ。
正面からの攻撃を受け止めるように腕を前へ出す。
続けて、盾の表面を相手に叩き込むつもりで、そのまま強く押し出した。
うむ。
守るだけでなく、殴ることにも使えそうだな。
盾を構えたまま距離を詰め、相手の攻撃を受け止める。そのまま相手の体勢を崩し、盾へ全身の力を乗せて叩き込む。
我が得意としていた戦い方とは多少異なるが、悪くはない。
「さて」
我が盾を動かす様子を一通り確認した千葉先生は、今度はユウへ視線を向けた。
ユウは、両刃の長剣を模した訓練用の木剣を両手で握っておる。
「天神は盾。白崎は長剣が一番しっくりくる。それでいいか?」
「我は、ひとまずそれでよい」
理想としていたシールドクローとは異なる。
だが、何も持たずに拳だけで戦うよりはよい。
何より、盾であれば攻撃を防ぐことができる。
我自身を。
そして、ユウを。
必要とあらば、そのまま相手を殴ることも可能。
うむ。
悪くない。
「私もそれでいいです。薙刀とか大剣も格好よかったですけど、一番しっくりきたのはこれですね」
ユウは長剣を軽く持ち上げ、刀身を模した木製部分を眺めた。
先ほどまで何度も振るっていたというのに、腕に疲れが残っている様子はない。
やはり、勇者には剣が合うということか。
我の首を狙っていた時も、それはもう見事な腕前だったからな。
…………。
思い出したら、また首筋が寒くなってきたぞ。
「格好よさで選ぶものじゃないからな」
「わかってます。ただ、どうせ使うなら格好いい方がいいじゃないですか」
「気持ちはわからんでもないがな」
千葉先生は呆れたように息を吐いた後、壁際に並べられた訓練用のナイフに手を伸ばした。
その中から一本を取り上げ、我らから見えるように掲げる。
「それと、二人ともナイフは必須だ。主武器が盾だろうと長剣だろうと関係ない」
「これも使うんですか?」
「ああ。今後の授業や訓練では、ナイフも必ず取り入れるからな」
千葉先生は鞘に収められた訓練用ナイフを腰元に当て、実際に携行する位置を示した。
「主武器が使えなくなった時、何もできませんじゃ話にならない。盾を失うこともあれば、長剣を振れないほど狭い場所へ入ることもある。その時、最後まで手元に残るのがナイフだ」
なるほど。
予備の武器ということか。
確かに、盾だけでは決定打を与えにくい相手もおる。
それに、狭い場所で長剣を振り回すのは難しい。
ナイフほどの大きさなら、狭い通路や相手と密着した状態でも扱えるだろう。
我が元いた世界でも、兵士たちは主武器とは別に短い刃物を携えておった。
主武器を落とした時。
敵に懐に潜り込まれた時。
狭い場所で戦わねばならぬ時。
使わずに済むのであれば、それに越したことはない。
だが、必要になった時に扱えぬのでは意味がないからな。
「盾とナイフ……」
盾で攻撃を受け止めながら距離を詰め、相手の体勢を崩したところでナイフを使う。
悪くない。
いや。
我の理想であるシールドクローとは違うが、今ある装備で戦うのであれば、相性はよさそうだ。
「天神。何で少し嬉しそうなんだ?」
「気のせいぞ」
我は何食わぬ顔で答えながら、腕に装着した盾をもう一度構えた。
盾。
そして、ナイフ。
うむ。
ひとまずは、この組み合わせで試してみるとしよう。
「さて、まだ少し時間があるな」
千葉先生が道場の時計に目を向けた。
うむ。
確かに時間は残っておるようだ。
だが、そろそろ……。
この後には、我が待ち望んでおるものがあるはずよな。
「……天神。早く次へ行けって顔だな」
「わかりやす~い」
何がだ?
我は何も言っておらぬぞ。
我、知らんぷり。
千葉先生とユウから視線を逸らし、壁際に並んだ武器を眺めているふりをする。
「天神。これから軽くナイフの構え方を教えようと思うんだが……」
「それは仕方ないの」
必要な訓練であることは理解しておる。
理解してはおるが……。
我、悔しい。
まだ銃へ触れられぬのか。
朝から身体能力を測り、昼からは様々な武器を試した。
そして、次は射撃場。
我はずっと、その時を待っておったのだぞ。
「マオ。やっぱりわかりやすいよ」
「くっくっくっ。流石にな」
何故だ。
我は表情に出しておらぬはずぞ?
いや。
少し視線が地下へ続くエレベーターの方角へ向いておったかもしれぬが、それだけであろう。
「まあいい。少し早いが休憩にするか。その後、地下三階の射撃場へ行くぞ」
「よいのか!」
我は思わず千葉先生に向き直った。
「はははははっ! 本当にわかりやすいな。いいぞ」
「よかったね、マオ」
「うむ。我、期待」
ようやく。
ようやく、銃へ触れられる。
撃たせてもらえぬことは、すでに聞いておる。
今日は持ち方や適性を確かめるだけ。
それでもよい。
元の世界には存在しなかった武器を、この手で確かめられるのだ。
我、楽しみ。
非常に楽しみぞ。
そして、休憩を終えた我は、弾む気持ちを抑えきれぬまま地下三階へ向かった。
エレベーターの前へ着くと、千葉先生が操作するより先に、我が認証プレートを読み取り部分にかざす。
短い電子音。
うむ。
認証完了。
扉が開くと、我は真っ先に乗り込み、地下三階のボタンを押した。
念のため、もう一度。
さらに、もう一度。
「マオ。昨日と同じことしてるよ。何回押しても早くならないって」
「天神。お前、時々あほになるな」
何と言われようと構わぬ。
もしかすると、何度も押せば我の熱意を察し、少しくらい速く動いてくれるかもしれぬではないか。
…………。
いや。
我も意味がないことくらいは知っておるぞ。
知ってはおるが、押さずにはいられぬのだ。
やがて扉が閉まり、エレベーターが地下へ向かって動き始める。
そして、地下三階。
到着を知らせる電子音が鳴った。
扉が開く。
その瞬間、我は待ちきれずに飛び出した。
「マオ。走らないの」
後ろからユウの声が聞こえてくるが、我の足は止まらぬ。
廊下を進み、いの一番に地下三階の射撃場区画へ辿り着いた。
奥には射撃レーンへ続く扉があり、その手前には、認証装置の付いた銃器保管庫が設けられておる。
この中に。
銃がある。
実物の銃が。
「慌てすぎよ。そんなに持ってみたかったの? おばさんの家にもあるじゃない」
追いついたユウが、呆れたように我の隣へ立った。
「ユウよ。母上が持っておるのはモデルガンぞ。実銃とは重さも感触も違うかもしれぬではないか」
「そんなに違うの?」
「それを今から確かめるのだ」
見た目が似ておっても、中身まで同じとは限らぬ。
手に伝わる重さ。
握った時の感触。
操作部の位置。
照準の合わせ方。
確かめたいことは、幾らでもある。
我は期待を抑えきれぬまま、銃器保管庫の扉を見上げた。
うむ。
早く開けるがよい、千葉先生。
我、準備万端ぞ。
「なんか、開けにくいな」
そう言うでない、千葉先生。
我が早く開けろと無言で急かしておるせいではないぞ。
千葉先生が銃器保管庫の横にある認証装置へプレートをかざすと、短い電子音が鳴った。
内部のロックが外れ、頑丈な扉がゆっくりと開いていく。
おお!
扉の先には、数多くの銃が整然と並べられておった。
我でも知っておる有名どころから、見たことのない少し変わった形の銃まであるではないか。
拳銃。
サブマシンガン。
マシンガン。
ショットガン。
大きさも形も、それぞれまるで違う。
モデルガンを見たことはあるが、これだけの実銃が並んでいる光景は初めてだ。
うむ。
実に壮観よな。
「天神。聞け」
む?
聞いておるぞ。
視線は銃へ向いておるが、耳はきちんと千葉先生の方へ向けておる。
「ここには、ダンジョン内で有効性が確認された銃が置いてある。もちろん、これが全部じゃない。世界には他にも色々あるが、まずはここにある物からだ」
そうか。
この保管庫に並んでいる物だけでも相当な数だというのに、世界にはさらに多くの銃があるのだな。
科学。
やはり奥深い。
「ただし、一つだけ覚えておけ」
千葉先生の声から、それまでの軽さが消えた。
「銃は最強じゃない」
「む?」
何?
どういうことぞ?
あれほど遠くまで攻撃でき、しかも小さな弾を高速で撃ち出す武器だ。
我の知識だけで考えれば、相当強力な武器に思えるのだが。
「銃が有効なモンスターもいれば、ほとんど通用しないモンスターもいる。硬い外殻に弾かれることもあれば、撃ち込んでも止まらない奴もいるからな」
なるほど。
どのような敵に対しても、等しく有効というわけではないのか。
「それに、ダンジョンの中は狭い場所も多い。相手に接近されれば銃口を向ける余裕がなくなるし、撃ち続ければ弾も尽きる」
千葉先生は並べられた銃を一度見回し、それから我とユウへ視線を戻した。
「だから、銃より近接武器が有利になる場面もある。銃を持ったからといって、近接戦闘を軽視するな。それは頭に入れておけ」
「銃は、補助武器という位置づけですか?」
ユウが並べられた銃を見ながら尋ねた。
「いや。使い方によっては、メイン武器にしてもいい。ただし、銃だけで全てに対処できると思うなってことだ」
うむ。
我も、この世界へ来て初めて知った武器だ。
ダンジョンの中で、どこまで使えるのか。
どのようなモンスターには通用し、何には通じぬのか。
それは、実際に見てみなければわからぬよな。
遠くから一方的に攻撃できるからといって、それだけを頼りにするのは危険ということか。
やはり盾も必要。
うむ。
我の選択に間違いはなかったな。
「さて。待ちきれない奴がいるみたいだから、そろそろ触っていくか」
「うむ! まずは何を見せてくれる?」
「本当にわかりやすいな……」
千葉先生は僅かに呆れながら、保管されている拳銃の中から一丁を取り出した。
「グロック19。有名な拳銃だ」
おお!
グロック!
我も漫画やアニメで見たことがあるぞ。
画面越しにしか知らなかった物が、今、目の前にある。
どれ。
早く我へ渡すがよい。
我が両手を差し出すと、千葉先生はすぐには渡さず、銃口を射撃レーンの方角へ向けた。
「先に安全確認だ」
グリップから弾倉を抜き、続けてスライドを引く。そのまま後退した位置で固定すると、開いた排莢口を我とユウへ順番に見せた。
「弾倉は抜いてある。薬室も空だ。二人とも、自分の目で確認しろ」
我は千葉先生が示した内部へ目を凝らした。
うむ。
確かに弾らしきものは入っておらぬな。
「持つ時は、人差し指を引き金ではなくフレームに沿わせろ。銃口は必ず射撃レーンの方角へ向けておくこと。俺の指示なしに、引き金やスライドへ触れるのも禁止だ」
「わかりました」
「うむ。必ず守ろうぞ」
千葉先生は我とユウの返事を確かめてからスライドを戻し、銃口の向きを変えぬままグリップをこちらへ差し出した。
そこまで慎重になる理由は、我にもわかる。
銃は武器。
扱いを誤れば、人を傷つける物だ。
いくら興味があろうとも、そこを軽く考えるつもりはない。
我は人差し指を真っ直ぐ伸ばし、フレームに沿わせたまま、千葉先生からグロック19を受け取った。
その瞬間、手のひらにずっしりとした重みが伝わってくる。
おお……。
モデルガンとは違う。
見た目だけなら似ておる。
だが、手に伝わる重さも、重心の位置も、握った時の手への収まり方も、まるで別物よな。
小さい武器だと侮っていたが、これはなかなかのものだ。
我は人差し指をフレームに沿わせ、銃口を射撃レーン奥の標的へ向けたまま両手で構えた。
腕を前に伸ばし、前後の照準器越しに標的を見る。
なるほど。
ここを標的に合わせるのだな。
もう少し腕を上げて――。
うむ。
カッコいい。
「安全確認は守ってるが、完全に舞い上がってるな。白崎、お前はもう少し落ち着いて持てよ」
「は~~い」
「我も落ち着いておるぞ」
「その顔で言われても説得力ないよ」
ユウよ。
余計なことを言うでない。
我は今、真剣にグロック19と向き合っておるのだ。
決して浮かれておるわけではない。
…………。
ほんの少しだけぞ。




