第26話 我、武器を選ぶ
「起きよ。そろそろ休憩も終わりぞ」
「……あと……」
「そこは『あと五分』と言うところであろう」
我、呆れる。
漫画やアニメで幾度となく見た、寝起きの王道ではないか。
「ユウ。起きぬなら、置いていくぞ」
「……意地悪」
起きておるではないか。
起きておるのに甘えるでない。
まったく。
さて。
千葉先生も、先ほどまであちらのソファーで寝ておったはずだが……。
…………。
うむ。
おらぬな。
我らより先に目を覚まし、次の準備へ向かったのだろうか。
千葉先生が使っていたソファーへ視線を向けると、テーブルの上に一枚のメモが置かれておった。
『地下二階の道場で待つ。軽量プロテクターを装着して来い』
なるほど。
すでに道場へ向かっておるのだな。
「あれ? 千葉先生は?」
「道場で待っておるそうだ。軽量プロテクターを着けて、我らも向かうぞ」
「うん」
そう答えたユウが、ソファーに横になったまま、我へ片手を伸ばしてきた。
…………。
ユウよ。
その差し出された手は何だ?
我が無言で見下ろしていると、ユウは手を伸ばしたまま、こちらをじっと見つめておる。
自分で起きる気はないのか。
「まったく」
仕方なくその手を握り、身体を引き起こしてやる。
すると、ユウは満足したように笑いながら立ち上がった。
「ありがと」
「次からは自分で起きるように。まあ、よいがな」
我も、そこまで嫌というわけではないからの。
さて。
千葉先生を待たせるわけにもいかぬ。
道場へ向かうとしよう。
ただし、その前に更衣室だな。
我らは女子更衣室へ戻ると、ロッカーの中に置かれていた軽量プロテクターを取り出した。
説明書を確認しながら、一つずつ身体に取り付けていく。
上半身。
腕。
腰。
脚。
関節部分。
最後に頭を守るヘルメット。
それぞれの部品は軽く、装着する箇所へ合わせて位置を整えると、左右の留め具が磁力で引き合い、短い音と共に固定された。
うむ。
マグネット式というものは楽よな。
留め具を一つ一つ締める必要もなく、位置を合わせて両側を近づけるだけで簡単に装着できる。
軽く腕を回し、膝を曲げてみるが、動きを大きく妨げる感覚もない。
関節部分も問題なく曲がるし、重量もほとんど気にならぬな。
「マオ。これで合ってる?」
「うむ。腕の位置を少し上へ……そこだ。問題ない」
「マオのも大丈夫そうだね」
「無論。我、説明書はきちんと読むからな」
読まずに装着して、後から間違いに気づくような失態は犯さぬ。
我、慎重。
装着を終えた我らは更衣室を出ると、エレベーターへ乗り込み、地下二階へ下りた。
扉が開くと、その先には広い道場が広がっておる。
床一面には衝撃を吸収するためなのか、僅かに弾力のある素材が敷かれ、壁際には様々な訓練用武器が整然と並べられていた。
木刀。
木剣。
薙刀。
槍。
大剣。
他にも、我の知らぬ形状の武器が幾つも置かれておる。
そして、道場の中央には、すでに千葉先生がおった。
我らが到着したことに気づいておらぬのか、軽く木剣を振るっておるな。
足を踏み込み、最短の軌道で木剣を振り下ろす。
続けて身体を半歩ずらし、横薙ぎ。
そこから切り返し、相手の懐へ潜り込むように剣先を突き出した。
うむ。
見事。
華美な動きは一切ない。
構えにも、振りにも、相手に見せるための美しさなど求めておらぬ。
必要な動きだけを残し、最短で急所に刃を届ける。
無駄を排した、ただ敵を殺すための剣よな。
「どうだ? 我流にしては、そこそこ格好いいだろ」
どうやら、我らが来たことには気づいておったらしい。
千葉先生は最後の一振りを終えると、木剣を肩に担ぎながらこちらへ振り返った。
「うむ。効率よく相手を殺すための剣よな」
「えっ、そうなの? 私は何か、窮屈そうに見えたけど」
ユウは不思議そうに首を傾げておる。
千葉先生は一瞬動きを止めると、僅かに目を細めて我を見た。
「天神……お前、何でわかるんだ?」
…………。
しくじった!
我、うっかり。
普通の中学生が、僅かに剣を振るう姿を見ただけで、殺すことへ特化した動きだと見抜くはずがないよな。
「う、うむ。母上の資料で、似たような実戦向けの動きを見た記憶があってな」
「資料を見ただけで、そこまでわかるのか?」
…………。
千葉先生よ。
そこを深く追及するでない。
我も今、必死に言い訳を考えておるところなのだ。
だが、千葉先生は少し考えた後、それ以上問い詰めることなく肩を竦めた。
「まあ、いいけどな。それもアストラの特性なのかもしれん」
…………。
セーフ?
何がどうセーフなのかはわからぬが、どうやらアストラのおかげで誤魔化せたらしい。
やはり、便利な分類よな。
「時間が惜しい。始めるぞ。だが、その前にプロテクターを確認する。二人とも、その場で腕を上げろ」
「うむ」
「はい」
我とユウが両腕を上げると、千葉先生は我らの周囲を回り、取り付けられた部品を一つずつ確認していった。
上半身。
腕。
腰。
脚。
関節部分。
我の腕にある留め具へ指をかけ、軽く引いて固定具合を確かめる。
続いて膝を曲げるよう指示し、関節部分が動きを妨げていないことまで確認した。
最後に、我とユウのヘルメットを順番に整え、顎周りの固定具合を確かめる。
「天神は問題ないな。白崎も大丈夫だ」
千葉先生は我らから一歩離れると、今度は道場の中央を指し示した。
「よし。では、もう一度軽く準備運動だ」
「うむ」
「はい」
我らは千葉先生の指示に従い、腕や脚を伸ばしながら、昼寝で僅かに固まった身体をほぐしていく。
首。
肩。
腕。
腰。
脚。
軽く身体を動かすうちに、先ほどまで残っていた眠気も薄れてきた。
「よし。始めるか」
我らが準備運動を終えると、千葉先生は壁際に並ぶ武器を指し示した。
「まずは木刀からだ。一通り握って、軽く振ってみろ。今は上手く扱えるかじゃなく、どの武器が身体に合うかを見る」
千葉先生は、道場の床に引かれた線を指し示した。
「白崎は右。天神は左だ。互いに線で区切られた範囲から出るな。薙刀や槍みたいな長物を振る時は、必ず俺に声をかけろ」
「承知した」
「はい」
「それと、今は全力で振る必要はない。重さや長さ、構えた時の感覚を確かめろ」
なるほど。
技術ではなく、武器との相性を確かめるということか。
では、試してみるとしよう。
我は壁際から木刀を一本手に取り、両手で握った。
重さは問題ない。
長さも、今の身体には扱いやすい範囲だ。
軽く構え、そのまま上から振り下ろす。
続けて横へ払い、切り返す。
悪くはない。
だが――。
「うむ。我には合わぬな」
「もうわかるのか?」
「片刃というものが、どうにも馴染まぬ」
片側だけで斬ることを前提とした形状。
使えぬわけではないが、どうしても動きが制限されるように感じてしまう。
我は木刀を元の場所に戻し、次の武器を手に取った。
次は薙刀。
長い柄の先に、刃を模した木製部分が取り付けられた訓練用の武器だな。
「先生。これを振るぞ」
「ああ。周囲を確認してから始めろ」
我は自分の区画に誰も入っていないことを確かめ、両手で薙刀を構えた。
前方へ軽く突き出し、そのまま大きく薙ぎ払う。
威力はある。
長い間合いを活かせば、相手を近づけずに戦うこともできよう。
だが、取り回しが悪いな。
広い場所であれば問題ないが、壁や天井のある狭い場所では十分に振るえぬ。
ダンジョン内部で使うことを考えれば、場所を選びすぎる。
次。
木剣。
こちらは両刃の長剣を模した形状か。
握った感触は、先ほどの木刀よりも我の手に馴染む。
だが……。
構えた瞬間、嫌な記憶が頭をよぎった。
『首を寄こしなさい!』
…………。
やめよう。
何故か首筋が寒くなってきたぞ。
次。
大剣。
重さそのものは問題ない。
今の我でも、持ち上げて振るうことはできる。
だが、一度動き始めれば勢いが大きく、細かな切り返しには向かぬ。
力で押し潰すような戦い方は、我の好みではないな。
その後も槍、短剣、斧、鞭と順番に試してみた。
使えぬわけではない。
だが、どれも主武器として選びたいと思えるほど、我の手には馴染まなかった。
「う~~む。どれも違うの」
我が最後に試した武器を壁際に戻しながら悩んでいると、少し離れた場所から風を切る鋭い音が聞こえてきた。
ユウはどうなっておる?
視線を向けると、ユウは両刃の長剣を模した訓練用の木剣を、両手で握っておった。
我の目に入った最初の一振りは、感触を確かめる程度の軽いものだった。
だが、もう一度、さらにもう一度と剣を動かすうちに、ユウの足運びが変わった。
一歩、踏み込む。
迷いなく剣を振り下ろし、そのまま身体を回しながら横へ薙ぐ。
そこで動きを止めることなく、剣に残った勢いを次の一撃へつなげていった。
動きに迷いがない。
足運びも、剣の軌道も、次の攻撃へ移る身体の使い方も洗練されておる。
「白崎。そこまでだ」
千葉先生の鋭い声が飛ぶ。
ユウは突き出しかけた剣を止め、その場で僅かに目を瞬かせた。
「えっ?」
「今は感触を確かめるだけだ。周囲への注意を切らすな」
「すみません。何だか、身体が勝手に動いて……」
以前、教室でユウが木剣を手にした時にも、首を狙われた記憶が蘇った。
だが、今度はただ剣を持っていただけではない。
踏み込みも。
剣の軌道も。
次の一撃へつなぐ身体の使い方も――。
あの時の勇者、そのものではないか。
我は無意識に肩を上げ、首を守るように身体を縮めてしまった。
「マオ? どうしたの。首をすくめて」
「……いや。何でもないぞ」
ユウよ。
おぬしには記憶がないのであろうが、我には鮮明に残っておる。
何度、首を狙われたことか。
忘れようにも忘れられぬ。
「白崎。お前、何か武道をやってたのか?」
「いえ。武道はやってません。漫画とかアニメの真似をしているつもりなんですけど……」
「いやいや……それで、この動きか。末恐ろしいな」
千葉先生。
正体を明かせず、すまぬ。
だが、できればそのままアストラということで納得しておいてくれ。
「それに比べて、天神はどれもしっくりこないみたいだな」
「うむ。我には、どれも今一つピンと来ぬ」
「なら、どんな武器がいいんだ?」
どのような武器か。
そうよな。
元の世界で我が愛用していた武具。
だが、あれは我の戦い方に合わせて特別に作らせたものだ。
似たような武具が、この世界にあるとは思えぬ。
それでも答えるのであれば――。
「我は、盾がよいの」
「……盾?」
「うむ。盾ぞ」
我のモットーは、専守防衛。
自ら攻め込まず、攻撃を受け止め、その上で相手を制圧する。
その考えに合わせ、我のためだけに作られた武具。
シールドクロー。
魔力で両腕に固定したまま、片方で相手の攻撃を受け止め、空いたもう片方で殴ることもできる。
魔力による固定を解けば、ブーメランのように投擲し、魔力による操作で再び手元へ戻すこともできる。
魔力を流して先端の爪を開けば、相手の武器や身体を挟み込める。
閉じた先端で突き刺し、開いた爪で斬りつけ、盾そのもので殴ることもできる。
我の魔力がなければ本来の性能は引き出せぬが、実に万能な武具よな。
『魔王様。剣を持ちましょう。盾だけでは威厳がありません』
…………。
モロイよ。
威厳よりも、生き残る方が大事であろう。
剣を持って格好よく立つよりも、敵の攻撃を受け止め、確実に勝つ方がよいではないか。
あれを両腕へ装備した我、最強ぞ。
まあ、勇者が魔王城へ乗り込んできた時には、装備する暇すらなかったがな。
「簡単に言えば、某変形機体が使っていた先端が爪のように開閉するシールドぞ」
「……オレンジ色の、あれか?」
「あれよ。殴ってよし。投げてよし。挟んでよし。貫いてよし。爪で斬ってよしの優れものぞ」
「アニメの装備を、そのまま作るわけにはいかないんだがな……」
それはわかっておる。
だが、我が得意とする戦闘スタイルに、最も近い形状なのだ。
今の身体でも同じように扱えるかは、実際に試してみなければわからぬがな。
「とりあえず、バックラーじゃ駄目なのか?」
「小さすぎる。あれでは腕の一部しか守れぬ」
「なら、大盾は?」
「大きすぎる。動きが鈍るし、投げるにも挟むにも向かぬ」
「わがままだな」
千葉先生よ。
そう言うでない。
これは我なりのこだわりなのだ。
ただ防ぐだけの盾では足りぬ。
防御と攻撃。
どちらにも使えるからこそ、我の武具となる。
「……既製品にはなさそうだな。となると、試作品を作らせるしかないか」
「作れるのか?」
我、驚愕。
この世界にも、シールドクローを形にできる技術者がおるのか?
「似た物を試作できるところはある。ただし、俺が直接頼める相手じゃない。天神博士に相談して、装備開発の技術者に話を通してもらう必要があるな」
千葉先生はそう言うと、木剣を肩に担いだまま、何やら悪い笑みを浮かべた。
…………。
その顔。
何か企んでおるな?
「どうする。コネを使うか?」
ふっ。
千葉先生よ。
我を侮ってもらっては困る。
我は魔王。
目的のために使えるものがあるのなら、使わぬ理由などない。
「使う」
我は一切迷うことなく、曇りのない目で答えた。
ふっ。
我は魔王。
使えるものは、何でも使うものよ。
「だが、今すぐは駄目だ。流石にそこまで早くは用意できないからな」
「なら、何故聞いたのだ」
我、不満。
期待させておいて、それはなかろう。
「とりあえず、天神は訓練用の盾を試してみるか」
「うむ。しばらくはそれでよい。それで殴るぞ」
「そこは変わらないんだな」
当然よ。
盾とは、守るだけのものではないからな。




