第25話 我、測定終了。そしてごはん
その後、我らは様々な器具を使い、身体能力を一つずつ測定していった。
筋力。
瞬発力。
跳躍力。
反応速度。
測定が終わるたび、千葉先生が器具に表示された数値を確認し、手元の端末へ記録していく。
途中で何度か休憩を挟んではおるものの、いかんせん項目が多い。
一つ一つの測定時間はそれほど長くない。だが、千葉先生が我らの記録に合わせて測定の難度や負荷を引き上げるため、休憩を挟んでも全身へ少しずつ疲労が蓄積していく。
無論、我もユウも、器具を壊さぬ範囲で力を抑えておる。
それでも全身を使う動きを何度も繰り返しておれば、流石の我でも疲れてくるというものよ。
腕には重さが残り、脚にも僅かな怠さを感じる。
流石の速乾性でも追いつかなくなったのか、先ほどまで快適だった生地にも、今では僅かな湿り気が残っておる。
そして、最後に残ったのは、我の背筋力測定だった。
ユウは一足先に測定を終え、近くのベンチで休んでおる。
我は器具の足場に立ち、僅かに膝を曲げた状態で、両手で握った取っ手を引き上げ続けておる。
「はい、これで最後だ。今日は器具の上限まで測れれば十分だ。もう少し力を込めろ!」
千葉先生が、我の姿勢と器具に表示される数値を交互に確認しながら声を上げた。
そうは言うが……。
我、少し困っておる。
今以上に全身へ力を込めれば、おならが出そうなのだ。
流石に、それだけは避けたい。
ユウと千葉先生の前で、そのような醜態を晒すわけにはいかぬ。
我、魔王だから。
いや。
魔王でなくとも恥ずかしいものは恥ずかしい。
我は腹に力を込めすぎぬよう慎重に加減しながら、それでも器具の数値が上限に達するまでは取っ手を引き上げ続けた。
やがて上限到達を告げる短い電子音が鳴り、表示された数値がそれ以上動かなくなる。
「よし! 終了。二人とも、お疲れさん」
千葉先生の声と共に、我は取っ手から手を放し、ようやく器具の足場を降りた。
「ふうぅ……少し焦ったわ」
危なかった。
本当に、あと僅かでも腹に力を込めておれば、魔王としての威厳が失われるところだったぞ。
我は近くのベンチへ腰を下ろし、重くなった脚を休ませた。
「お疲れ、マオ。はい、スポドリ」
「うむ。助かる」
ユウから差し出された我の水筒を受け取り、蓋を開けて口をつけた。
冷たい飲み物が乾いた喉を通り、火照った身体に染み渡っていく。
うむ。
美味い。
疲れておる時に飲むと、普段よりも格別に感じるものよな。
ユウも自分のスポーツドリンクを飲んでおるが、流石に疲れたようだ。
先ほどまで余裕のあった呼吸も少し深くなり、額から頬へ幾筋もの汗が伝っておる。
それでも倒れ込むほどではないのだから、やはり勇者の身体能力は健在ということか。
「よし。午前の測定はこれで終わりだ。昼休憩にするぞ。ラウンジに弁当が届いているからな」
弁当。
その言葉を聞いた途端、今まで意識していなかった空腹が一気に存在を主張し始めた。
そういえば、朝から走って、跳んで、力を込め続けておったのだ。
腹が減るのも当然よな。
「先生は?」
ユウが水筒の蓋を閉めながら尋ねる。
「俺の分もある。一緒に食うぞ」
「では、早く行こう。測定を続けたせいで、我は腹が減った」
「マオ。さっきまで疲れた顔してたのに、急に元気になったね」
「食事は別腹よ」
「それ、使い方が違うと思う」
細かいことを気にするでない。
今の我にとって重要なのは、昼食が待っておるという事実のみ。
我は残っていたスポーツドリンクを飲み干すと、重くなった脚に力を入れ、弁当の待つラウンジへ向かうためにベンチから立ち上がった。
ラウンジへ入ると、テーブルの上には三つの弁当が並べられていた。
その隣には、人数分のお茶と湯気を立てる味噌汁まで用意されておる。
ありがたい。
朝から身体を動かし続けてきたせいか、出汁の香りを嗅いだだけで、空腹がさらに強くなった気がするな。
どれが我の弁当だ?
容器の蓋を順番に見ていくと、それぞれに名前が書かれておった。
天神魔王。
うむ。
いつ見てもよい名よな。
我は自分の弁当を手元へ引き寄せ、期待を込めながら蓋を開いた。
中に入っていたのは、焼きサバ。
その隣には彩りのよいサラダと、根菜を中心にした煮物。
さらに、白いご飯まで綺麗に詰められておる。
うむ。
焼きサバにサラダ、煮物まで入っておる。
実にバランスがよい。
「げっ!」
その時、隣から明らかに喜びとは程遠い声が上がった。
「どうした、ユウ」
「マオ~~。魚……」
ユウは弁当の蓋を開けたまま、恨めしそうに中を見つめておる。
どれ。
我が横から覗き込んでみると、どうやら中身は我の弁当と同じようだな。
焼きサバを前にして、ユウの表情が完全に曇っておる。
「伝えることは伝えたぞ。だが、急な変更は無理だそうだ」
千葉先生はそう言いながら、自分の弁当を開いた。
その中には、大きな唐揚げが幾つも並んでおる。
「……先生のは、唐揚げなんですね」
ユウよ。
そう凝視してやるでない。
視線が、もはや唐揚げへ突き刺さっておるぞ。
千葉先生も、そのあまりに正直な反応に呆れたのか、しばらく無言でユウの顔と自分の弁当を見比べていた。
「仕方ねぇな。交換してやるよ」
「やったぁ~~! ありがとう、先生!」
先ほどまでの暗い顔は何だったのか。
ユウは満面の笑みを浮かべると、素早く焼きサバの入った弁当を千葉先生の方へ差し出した。
う~~む。
喜んでおるところへ水を差す気はないが、本人のためにはならぬよな。
嫌いだからといって、毎回誰かに交換してもらえるとは限らぬ。
少しくらいは食べられるようになった方がよいと思うのだが。
「天神。恐らく、お前が考えていることはわかってる」
「む?」
「好き嫌いせず食えって思ってるんだろ。ただ、俺にも苦手なものがあるからな。あまり強くは言えねぇ」
「甘いの」
「そういう天神は、嫌いなものはないのか?」
「……ないぞ」
「嘘!」
ユウよ。
唐揚げを頬張りながら言うでない。
せめて口の中のものを飲み込んでから話せ。
「マオは、魚卵が駄目なんだよ」
「魚卵?」
「イクラとか、数の子とか」
「……あれは、どうしても食えぬ」
我は思い出しただけで、僅かに眉を寄せた。
あの粒が口の中で次々と弾ける感触。
それに、鼻に残る独特の香り。
別に食べれば体調を崩すというわけではない。
だが、どうしても自ら進んで食べようとは思えぬのだ。
「そうか。でも、白崎よりはましだな」
千葉先生はそう言いながら、交換した焼きサバへ箸を伸ばした。
その向かいでは、ユウが何事もなかったかのように唐揚げを頬張っておる。
まったく。
先ほどまで魚を前に絶望しておった者とは思えぬほど、幸せそうな顔よな。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
ふう。
我、満足。
朝から身体を動かし続けた後だけに、弁当はいつも以上に美味く感じられ、腹もすっかり満たされた。温かい味噌汁まで飲んだせいか、先ほどまで身体に残っていた疲れが一気に表へ出てきたような気がする。
千葉先生はというと、我らよりも早く食事を終え、ラウンジの隅に置かれたソファーで横になっておる。
しかも、すでに目を閉じておるな。
切り替えが早い。
「マオ。私たちも少し寝ようか」
「うむ。そうするとしよう。一応、タイマーをセットしておくかの」
午後の測定へ遅れるわけにはいかぬ。
我は手首のスマートウォッチを操作し、休憩時間が終わる少し前にアラームが鳴るよう設定した。
うむ。
これでよし。
「おやすみ~」
「うむ。おやすみ、ユウ」
我も空いているソファーへ腰を下ろし、背もたれに身体を預けながら、ゆっくりと目を閉じる。
柔らかな感触に身を任せると、疲れていた身体から力が抜けていく。
…………。
………………。
そして、しばらくして。
我はスマートウォッチの振動で目を覚ました。
うむ。
短い時間ではあったが、少しは疲れも取れたな。
だが。
首が痛い。
ソファーに身体を預けたまま眠ったせいか、頭を支えるものがなく、首に負担がかかったらしい。
次からは、クッションか枕が必要よな。




