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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス
第一章 我の学校生活編

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第24話 我、隠れ蓑を発見!

 着替えを終えた我とユウは、認証プレートを使って地下へ下り、トレーニング室へ到着した。


 扉を開けると、先に来ていた千葉先生が、並んだ機器の状態を確認しておるところだった。


「来たか。しかし、改めて見ると贅沢な運動着だな」


「先生。そこは、可愛いとか似合っているとかあるでしょう」


「今のご時世、教師が生徒の容姿について迂闊なことは言えん」


 世知辛いよな。


 ユウは少し不満そうに頬を膨らませておるが、千葉先生の立場もわからなくはない。


 我としては、似合っておると言われても一向に構わぬのだがな。


「さて。まずは準備運動からだ。俺の動きを見て、同じように身体を動かせ」


「はい」


「うむ」


 我とユウは壁一面に取りつけられた鏡の前に並び、千葉先生の動きに合わせて準備運動を始めた。


 腕を伸ばし、肩を回す。


 次に腰を捻り、脚の筋をゆっくりと伸ばしていく。


 普段から身体を動かすことはあるが、このように順序立てて全身をほぐすのは久しぶりよな。


 全身に残っていた僅かなこわばりが、身体を動かすたびにほぐれていく。


 うむ。


 随分と動きやすくなってきおった。


 少し汗も浮かんできたが、肌へまとわりつくような不快感はない。


 インナーとTシャツが素早く汗を吸い取り、いつの間にか表面から湿り気が消えていく。


 レギンスも脚の動きを妨げず、膝を曲げても生地が引っ張られる感覚はなかった。


 中々の優れものよ。


 流石、愛殿が自信を持って送り出してきただけのことはある。


「最後に深呼吸」


 千葉先生の言葉に従い、我はゆっくりと息を吸い込んだ。


 胸いっぱいに空気を取り入れ、焦らず静かに吐き出していく。


 もう一度。


 呼吸を整えながら、全身の状態を確かめる。


 よし。


 我、準備完了。


「まずはランニングマシンで走ってもらう」


 千葉先生が並んでいる二台の機械を指し示した。


「最初は軽い負荷から始める。その後、こちらで少しずつ速度を上げていくからな。それと――」


 千葉先生の目が、我とユウを順番に捉える。


「入学試験の時みたいに、露骨に手を抜くなよ」


「わかりました」


「承知した」


 入学試験では、周囲から不自然に思われぬよう、我なりに力を抑えておった。


 どうやら、千葉先生には見抜かれていたらしい。


 ならば今日は、入学試験の時よりも力を出してよいということか。


 どこまで見せるべきかは悩むところだが……。


 ひとまず、機械を壊さぬ範囲で真面目に走るとするかの。


 我とユウはそれぞれランニングマシンへ乗り、手すりの位置と足元を確認する。


「転ばないよう、最初はベルトの動きに合わせろよ。それじゃあ――スタート」


 千葉先生が操作すると、足元のベルトがゆっくりと動き始めた。


 我もその動きに合わせ、軽く足を前へ運ぶ。


 最初は、普通に歩けるほどの速さだった。


 だが、しばらくすると早足でなければ追いつけなくなり、やがて走らねばならぬほどまで速度が上がっていく。


 我、走る。


 腕を振り、一定のリズムで足を運ぶ。


 目の前の鏡に、黒い運動着を身につけて走る我の姿が映っておる。


 その隣では、青い運動着に身を包んだユウも、同じ速度で走り続けていた。


 速度は少しずつ上がっている。


 だが、まだ身体は軽い。


 呼吸も乱れず、脚に疲れが溜まる感覚もない。


 むしろ、身体を動かすほど調子が整っていくようだ。


 …………。


 ………………。


 ……………………。


「マオ。どう?」


「うむ。まだ余裕ぞ」


「私も。でも、どうして私たちって、こんなに走れるんだろう?」


 …………。


 あ~~。


 ユウよ。


 今、それを聞くのか。


 真実を知っておるのは、恐らく我だけ。


 我は魔王としての力の多くを残したまま、この世界へ転生した。


 そしてユウも、かつて勇者として得た力を今なお宿しておる。


 幼い頃から人並み外れた身体能力を見せていたのも、そのためだろう。


 だが、ユウ自身は勇者だった頃の記憶をほとんど失っておる。


 己の身体が何故これほど強いのか。


 今まで深く考える機会がなかっただけで、本当はずっと疑問に感じていたのかもしれぬ。


 どうする。


 ここで何と答える?


「お前たち。喋ってないで走れ。まだ速度を上げるぞ」


「はい」


「……うむ」


 千葉先生の声に遮られ、ユウは再び正面へ顔を向けた。


 足元を流れるベルトの速度が、さらに上がっていく。


 我も走ることへ意識を戻したが、先ほどの言葉が頭から離れぬ。


 どうすべきだ?


 このまま、ユウが疑問を抱えていると知りながら、何も話さずにいるべきか。


 それとも。


 我らがかつて、魔王と勇者であったことを――。


 ユウへ話すべきなのだろうか。


 それから30分ほど経ったところで、千葉先生が操作盤へ手を伸ばした。


 直後、ランニングマシンから終了を告げる電子音が鳴り、足元を流れるベルトが徐々に速度を落とし始める。


「よし。そこまでだ。急に止まらず、機械の動きに合わせて速度を落とせ」


「うむ」


「はい」


 我とユウも、ベルトの速度に合わせて走る速さを緩めていった。


 いきなり足を止めれば、ベルトに足を後ろへ取られ、そのまま前のめりに転びかねぬからな。


 そんな無様な姿を晒すわけにはいかぬ。


 我、魔王だから。


 速い走りから軽い駆け足へ。


 さらに歩く速度まで落としたところで、ようやくベルトが完全に止まった。


 我はランニングマシンから降り、軽く肩を回す。


 身体は十分に温まり、額や首筋には汗も浮かんでおる。


 だが、脚に重さは感じぬ。


 呼吸も少し深くなっている程度で、苦しさはなかった。


 準備運動の時よりも汗は増えておるが、それでもスポーツウェアが肌へ張りつくような不快感はない。


 吸水性だけでなく、速乾性も十分に機能しておるようだ。


 これならば、長時間の運動にも耐えられそうよな。


 千葉先生は、ランニングマシンに表示された記録と、我らの呼吸を交互に確認しておる。


 どうやら、想定していた数値を大きく超えているらしい。


「一般的な中学生なら、とっくに限界を迎えている負荷だ。それで二人とも、ほとんど息が乱れていないとはな」


 千葉先生は感心したように呟き、改めて我とユウを見比べた。


「入学試験の結果と合わせても、やっぱりお前たちはアストラの可能性が高いな」


 む?


 アストラ?


 我は初めて聞く言葉に、思わず千葉先生を見上げた。


 その言い方からすると、単なる呼び名ではなく、何か決まった分類を指しておるようだな。


「先生。アストラって何ですか?」


 ユウも知らなかったらしく、不思議そうに首を傾げた。


 その額には細かな汗が浮かび、頬も僅かに赤くなっておる。


 だが、30分も走り続けたというのに、息を切らしてはおらぬな。


 やはり、ユウもまだ十分に余裕があるらしい。


 まあ、それよりも今はアストラだ。


「A.S.T.R.A.。読み方はアストラだ」


 千葉先生はそう答えると、近くに置かれていたタブレットを操作し、その画面を我らへ向けた。


 そこには、アルファベットが一文字ずつ区切られて表示されておる。


『A.S.T.R.A.』


 その下には、さらに長い文字列が続いておった。


『Advanced Species Transcending Regular Abilities』


「この頭文字を取った呼び方だ。日本語にすれば、『通常能力を超越する先進種』という意味になる」


「先進種とな?」


 何やら、大層な呼び名よな。


 同じ人間でありながら、人間とは異なる新しい種として扱っておるようにも聞こえる。


「『先進種』という訳は、随分と仰々しいだろ。A.S.T.R.A.自体は研究者が付けた国際的な分類名だが、人間に優劣をつけるような響きを嫌う者もいる。だから、意味まで訳さず、アストラと呼ぶことが多い」


 なるほど。


 関係者の間では、先進種と訳さず、アストラと呼ぶことが多いのか。


「アストラは、生まれつき通常の人間を上回る能力を持つ者たちだ。約20年前から、世界各地で体系的に存在が確認され始めた」


「ほう。初耳ぞ」


 約20年前。


 我とユウが、この世界へ転生してくるよりも前。


 それどころか、最初のダンジョンが現れるよりも、さらに七年ほど前ではないか。


「詳しいことは、今後の授業でも扱う。それと、存在自体は完全に秘匿されているわけじゃないが、詳細までは一般に公表されていない。医学上の分類名は、『先天性能力進展症候群』だ」


「症候群……病気なんですか?」


 ユウ。


 そういう不安そうな顔をするでない。


 安心せよ。


 少なくとも、我らの力は病によるものではない。


 …………。


 そう説明できぬのが、もどかしいところだがな。


「今のところ、病気や障害とは断定されていない。便宜上、医学的な分類として症候群という名前が付けられているだけだ」


 千葉先生はユウを安心させるように答えた後、我とユウを順番に見た。


「アストラは、生まれつき身体能力や五感、知能など、一つまたは複数の能力が普通の人間より高い。それだけじゃない。年齢を重ねるにつれて能力が進展し、通常の個人差では説明できないほど差が広がる傾向がある」


 生まれつき高い能力が、成長と共にさらに伸びていく。


 それで、能力進展症候群か。


「ただし、能力の現れ方は一人一人違う。天神や白崎のように複数の能力値が高い奴もいれば、身体が異常に頑丈な奴もいる。足が速い奴や、目や耳が人並み外れて優れている奴もいるな。中には、知能だけが急激に伸びる者もいる」


 千葉先生は一度言葉を切った。


「それと、以前にも話したように、クリスタルを使わず、自然に魔力を発現する者もいる。その中でも、生まれつき魔力を持つアストラは、特に数が少ない」


 …………。


 魔力。


 その言葉を聞いた瞬間、先ほどまでとは違う冷たい汗が背中を伝った。


 まさか。


 我のせいか?


 いや。


 待て。


 アストラと呼ばれる者たちが体系的に確認され始めたのは、約20年前。


 我とユウがこの世界へ転生したのは、約13年前だ。


 最初のダンジョンが現れたのも、我が生まれた日。


 つまり、アストラは我らの転生やダンジョン出現よりも、約七年早く確認されておる。


 ならば、我の魂や使えなくなったダンジョンマスターの力だけが、アストラを生み出した原因とは考えにくい。


 我がこの世界へ来る前から、すでに何かが始まっていたということになる。


「先生。どうしてアストラが生まれるようになったんですか?」


 ユウも気になったらしく、すぐに問いかけた。


 だが、千葉先生は静かに首を横へ振る。


「わからない」


「わからないんですか?」


「ああ。体系的に確認され始めてから約20年経っているが、原因はいまだに解明されていない」


 千葉先生の表情が僅かに険しくなる。


「遺伝するのか。何がきっかけで能力が進展するのか。どこまで成長するのか。それに、魔力を持つ者と持たない者に、どんな違いがあるのか。どれも研究段階だ」


 約20年もの間、世界中で調べ続けられておるというのに、原因はわからぬまま。


 それでも、生まれつき通常を超えた能力を持つ者が存在し、成長と共にその差が広がる傾向までは確認されておる。


 もしや。


 我が元いた世界とこの世界は、我らが転生する以前から何らかの形で繋がっていたのか?


 二つの世界が接触した影響によって、こちらでも魔力を持つ者が生まれ始めた?


 それとも――。


 グオウ王国が、我の知らぬところでこの世界へ何らかの干渉をしていたのか?


 あの国は、異世界からユウを召喚した。


 約13年前には、世界を隔てて人を連れ去る召喚魔法を実行しておったのだ。


 だとすれば、その術を一度で成功させたとは限らぬ。


 それ以前から何度も異世界へ干渉し、召喚魔法の実験を繰り返していた可能性もある。


 その影響が、この世界に何も残さなかったとは言い切れぬ。


 だが。


 今の情報だけでは、何も断定できぬな。


 そもそも、約20年前に何が起きたのか。


 その時、我が元いた世界で何が行われていたのか。


 今の我には、知る術がない。


「その……私たちが、アストラだってことですか?」


 ユウの声に、我は思考を止めた。


 千葉先生は腕を組み、我らの様子を改めて見比べる。


「そうだな。少なくとも、学校側では、その可能性が高いと見ている」


 ふむ。


 しかし、これはよいことを聞いたな。


 我が魔王であり、ユウが勇者であることを隠すには、これ以上なく都合のよい見立てではないか。


 学校側が我らをアストラかもしれぬと考えているのなら、多少人並み外れた力を見せたとしても、ある程度は説明がつく。


 まさに、うってつけよ。


「つまり、我らがアストラである可能性は高いということか」


「ああ。ただし、アストラだからといって、全員が同じ能力を持っているわけじゃない。だから、何が、どの程度まで進展しているのかを、こうして一つずつ調べているんだ」


 千葉先生は、二台のランニングマシンに表示された記録と、我とユウの呼吸を順番に確認しておる。


「少し休憩したら、次の測定へ移るぞ」


「承知した」


「はい」


 やはり千葉先生も、学校側の見立てに納得しておるのだな。


 うむ。


 これなら、少しくらい力が漏れたところで、すぐに我らの正体を疑われることはなさそうだ。


 我、安心。


「ちなみに、アストラと見られる生徒は他の学校にもいる。それに、正式な資格を取り、ダンジョンハンターとして活動している者もいるぞ」


「中学生でもですか?」


「いや。流石に正式な資格を取れる年齢になってからだ。ただ、学生の頃から能力に合わせた訓練を受けていた奴はいる」


 約20年前から存在が確認されているのであれば、最初期の者たちはすでに成人しておる。


 その中に、ハンターとして活動する者がおっても不思議ではないな。


「先生もアストラなんですか?」


「俺は違う。生まれつき突出した能力があったわけじゃない。今の身体能力は、ハンターになってから訓練と実戦経験で身につけたものだ」


 ユウの問いに答えながら、千葉先生は自分の胸元を親指で示した。


「魔力についても、ダンジョン出現後に魔法クリスタルを使って得たものだ。アストラのように、先天的な能力じゃない」


 なるほど。


 同じように人の常識を超えた力を持っていたとしても、そこへ至った経緯は異なるということか。


 我とユウ以外にも、この世界には人の常識を超えた力を持つ者がおる。


 それだけでも驚きだというのに、アストラが体系的に確認され始めたのは、最初のダンジョンが現れるよりも約七年前。


 我らがこの世界へ転生するよりも前だ。


 ならば。


 我らが来る以前から、この世界では一体何が始まっておった?


 …………。


 我。


 ますます気になってきたぞ。

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