第23話 我、着替える
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しばらくして、始業を告げるチャイムが鳴った。
それとほぼ同時に教室の扉が開き、千葉先生が姿を現す。
「おはよう。……しかし、凄い荷物だな」
そうであろう。
我とユウ、それぞれの机の上には、今しがた愛殿から頂いたスポーツウェア一式が並んでおるからの。
上半身用スポーツインナー。
Tシャツ。
レギンス。
オーバーショーツ。
スポーツパーカー。
さらにスポーツシューズまで揃っており、二人分を並べると、二つの机がほとんど埋まってしまっておる。
「ママがテストしてほしいって。新しく開発したスポーツウェアの試作品です」
ユウの説明を聞いた千葉先生は、机の上に並んだ品々に改めて視線を落とし、我の黒いスポーツパーカーの生地を軽く摘まんだ。
「……お前ら、かなり贅沢だな」
「うむ。それは否定せぬ」
何せ、愛殿から試作品を貰うのは、これが初めてではないからの。
以前にも、ダンジョン素材を使ったラッシュガードを頂いたことがある。
それに、母上の仕事に関係する品が家へ届くこともあった。
我自身、この世界で普通に暮らしておるつもりではある。
だが、周囲から見れば、随分と恵まれた環境なのだろうな。
「天神博士に、ダンソウアーマーの白崎愛。ハンターとして有利になる人脈が、もう揃ってるんだからな」
「先生よ。そう言われてしまっては、我らは何も言えぬ」
父上は行政のダンジョン研究所で働く研究者。
愛殿はダンジョン素材を扱う企業で、装備や衣服の開発に関わっておる。
無論、我らはその関係を利用しようと思っているわけではない。
だが、必要となれば知識や装備について頼れる者が、すでに身近にいる。
それは、確かに大きな力となるだろう。
「悪い、悪い。ただ、それだけ恵まれている分、周囲から期待される立場でもあるってことは自覚しておけよ」
千葉先生は軽い口調で言ったものの、その目は笑っておらなんだ。
優れた環境を与えられておる。
装備まで用意してもらえる。
困った時には、助けを求められる相手もいる。
だからこそ、与えられた機会を無駄にせず、周囲から寄せられる期待にも応えねばならぬということか。
うむ。
我らは恵まれておる。
それを当然のことと思い、甘えてはならぬ。
貰ったものや与えられた機会に見合うだけ、我らも頑張らねばなるまいな。
この心構え。
元の世界のモロイにも聞かせてやりたいの。
『流石、魔王様。民の模範となる、実に立派なお考えです。ですから、そのお気持ちが消えぬうちに、こちらの書類へサインをお願いします』
…………。
後半はいらんな。
何故か、モロイの声で容易に再生できてしまったぞ。
「うう……プレッシャーだね」
ユウが机の上に並んだ衣服を見つめながら、僅かに肩を落とした。
己が恵まれていると改めて言葉にされると、少し重く感じるのだろう。
「うむ。そのプレッシャー、我が砕いてみせようぞ」
「二人とも反応が違ってんな」
千葉先生が呆れたように眉を上げる。
ユウは重圧を感じ、我は立ち向かう。
「まあいい。朝礼を始めるぞ」
千葉先生は教壇の前へ移動すると、デジタル黒板へ今日の予定を表示した。
「今日は身体能力テストだ。午前中は地下のトレーニング室で、筋力や瞬発力、持久力なんかを一通り見ていく」
昨日見学した、あの大量の機械が並ぶ部屋か。
どのように使うのか、我にはさっぱりわからなんだが、今日は実際に試すことになるのだな。
「昼食を挟んで、午後からは道場だ。置いてある武器を一通り触ってもらい、適性を確認する」
剣。
槍。
斧。
盾。
教室や道場の壁に並んでいた、様々な木製武器。
それらを実際に手に取り、動きを確かめるということか。
うむ。
中々に楽しそうよな。
「最後は、射撃場で銃火器を持ってもらう」
「くっくっくっ! 我、楽しみ」
「マオ。心の声が漏れてるよ」
おっと。
我としたことが。
銃を持てると聞いた瞬間、喜びが口から出てしもうた。
撃たせてもらえぬことは昨日聞いておる。
だが、実物を手に取れるだけでも大きな進歩ではないか。
「昨日みたいに勝手に保管庫を開けようとするなよ」
「うむ……承知しておる」
千葉先生よ。
わざわざ蒸し返すでない。
我、きちんと反省しておるぞ。
「せっかく運動着があるんだ。それに着替えてこい。俺は先にトレーニング室へ行って準備しておく」
千葉先生はそう言いながら、我らの机に並ぶスポーツウェアを顎で示した。
「それと、水分補給は大事だから、飲み物を用意しておけ。何を飲むか迷うなら、最低でも水は持ってこい」
「わかりました」
「承知した」
「よし。じゃあ、地下で待ってるぞ」
千葉先生はそれだけ告げると、教室を出ていった。
扉が閉まった後、我は机の上へ置かれた黒いスポーツウェアへ視線を落とす。
丁度よい。
愛殿から頼まれた着用テストと、我らの身体能力テスト。
まとめて試すことができるではないか。
「では、着替えに行くか」
「うん。飲み物も持っていかないとね」
「おお。そうであったな」
我とユウはスポーツウェア一式と、それぞれの水筒を手にして教室を出た。
そのまま女子更衣室へ向かい、入口の読み取り機へ認証プレートをかざすと、短い電子音と共に扉の鍵が外れる。
中へ入り、それぞれのロッカーの前へ荷物を置いた。
さて。
千葉先生を待たせるわけにもいかぬ。
さっさと着替えるとするかの。
まずは、この上半身用スポーツインナーから――。
「マオ。スポーツブラは?」
「……必要ないからの」
…………。
ユウよ。
それは我に効く。
何気ない一言であり、悪意がないこともわかっておる。
だが、同い年のユウには必要で、我には未だ必要なし。
少しくらい、気にはなるぞ。
元の身体は、人とは異なる造りをしておった。
故に、人間の身体がどのように成長するのか、我にはよくわからぬ。
母上から何かを心配されたこともないのだ。
ならば、そのうち成長するのであろう。
きっと。
…………。
するよな?
「マオ?」
「何でもない。早く着替えるぞ」
これ以上、考えるのはやめだ。
我は気を取り直し、黒い上半身用スポーツインナーを手に取った。
頭を通し、両腕を袖へ入れて裾を下ろす。
身体に密着しておるにもかかわらず、締めつけられるような苦しさはない。
ユウはスポーツブラを着けた上から、同じインナーを身につけておる。
どうやら、これは胸を支えるためというより、上半身に密着し、動きを妨げぬよう作られた衣服らしい。
胸元は生地が二重になっており、他の部分よりもしっかりとした造りになっておる。
腕を上げ、肩を回し、腰を捻ってみる。
それでも裾や肩口がずれる感覚はなく、生地に引っ張られるような窮屈さもない。
縫い目も肌へ当たらぬな。
続いて、その上からTシャツを着る。
下半身にはレギンスを穿き、さらにオーバーショーツを重ねた。
軽く屈伸してみるが、膝や腰を曲げても窮屈さはない。
吸水性や速乾性については、実際に汗を流してみなければわからぬ。
だが、以前のラッシュガードも、濡れた後の不快感は少なかった。
今回も期待してよかろう。
次は、スポーツシューズ。
足を入れ、踵までしっかりと収めて紐を結ぶ。
その場で数回跳ねてみると、靴底の柔らかな感触が、着地の衝撃を僅かに和らげてくれた。
踏み込んでも沈みすぎず、足元がぐらつくこともない。
うむ。
これなら、随分と走りやすそうだ。
最後に、黒いスポーツパーカーを羽織る。
前を閉じ、襟元を軽く整えてから、我は大きな鏡の前へ立った。
「うむ。我、完璧」
鏡の中には、黒を基調とした運動着に身を包む我の姿。
普段のジャージとは随分と印象が違う。
身体に合った細身の装いではあるが、上半身用スポーツインナーの上にはTシャツを着ており、レギンスの上からはオーバーショーツを重ねている。
動きやすさを損なうことなく、身体の線も必要以上に目立たぬ。
軽く腕を組んでみる。
ふむ。
まるで、漫画に登場するスポーツ選手のようではないか。
いや。
これから身体能力テストへ挑むのだ。
今の我も、十分にアスリートと呼べるのではなかろうか。
…………。
まだ何もしておらぬがな。
そうだ。
運動するのであれば、髪もまとめておいた方がよいな。
我の髪は長い。
このままでは動くたびに顔や背中へまとわりつき、邪魔になるだろう。
「そうだ、マオ。私、これも持ってきたんだ」
む?
ユウが鞄の中から取り出したのは、幅の広い黒色のヘアバンドだった。
「ヘアバンドか?」
「うん。普通に売ってるものだけど、マオの分も用意したの」
「そうか。わざわざ我の分まで、申し訳ないな」
「いいって。いつも由紀おばさんの漫画を読ませてもらってるし」
そういうものなのだろうか。
母上の漫画を読んでおるのは、ユウ自身が好きだからであろう?
我への礼とは少し違う気もするが……。
まあ、ユウが気にするなと言うのであれば、遠慮なく使わせてもらうとしよう。
「ならば、ありがたく頂こう」
我は長い髪を後ろで一つにまとめ、動いても解けぬようしっかりと結ぶ。
その後、前髪が落ちてこぬようヘアバンドを頭へ通し、鏡を見ながら位置を整えた。
うむ。
これでよし。
視界を遮る髪もなく、身体を大きく動かしても邪魔にはならぬだろう。
黒いスポーツウェア。
軽量なスポーツシューズ。
そして、前髪を押さえるヘアバンド。
我、アスリート。
「準備ができたの」
「私も」
隣を見ると、ユウも青を基調とした同じ装いに着替え終えていた。
長い髪も動きやすいようにまとめられておる。
黒の我と、青のユウ。
並んで鏡に映ると、何やら同じチームの選手のようにも見えるな。
悪くない。
「では、千葉先生のところへ向かうか」
「あっ、マオ。認証プレート忘れてる」
「おお、すまぬ」
ユウが指差した先。
我のロッカーの前に、専用ケースに入れた認証プレートが置かれたままになっておった。
危ないところだったの。
あれがなければ、更衣室からは出られても、エレベーターを動かすことができぬ。
それどころか、校舎の設備も満足に使えなくなる。
我は認証プレートを手に取り、忘れぬよう首から下げた。
「これで本当に準備完了ぞ」
「今度は忘れ物ない?」
「うむ。完璧よ」
…………。
恐らくな。




