第21話 我、見て回る
その時、休憩の終わりを告げるチャイムが校舎へ響いた。
「天神、頼んだからな。細崎先生には、くれぐれもよろしく伝えてくれ。何なら、俺も何でも手伝うから」
「先生よ。それは止めておいた方がよいの。八時間も消しゴムをかけ続けるのは、結構きついぞ」
そう。
締め切り前に手伝った、あの消しゴムかけ。
ペン入れを終えた原稿から下描きの線を消すだけなのだが、紙を傷つけぬよう力を加減し続ける必要があり、思っていた以上に神経を使う。
あの時は母上が何本もの連載を抱えておったからな。
アシスタント諸君も次々と倒れかけておったし、我も長時間の作業で随分と疲れたものよ。
「八時間か……望むところだ」
千葉先生は一瞬だけ遠い目をしたものの、すぐに気を取り直した。
「よし。サインの件は頼んだからな。では、次は今週の予定を話しておこう」
何故、今の話でやる気が出る?
本当に母上のファンなのだな。
「まず、通常の授業が始まるのは来週からだ。今日入学した普通科の新入生と、授業の開始日を合わせることになっている」
うむ。
それはそうよな。
我らだけ先に授業を始めても、普通科から中継される主要五教科を受けられぬからな。
「予定表にも書いてあるが、今日は二限目で終了だ。明日からは、まず身体能力テストや適性検査を行う」
「適性?」
ユウが首を傾げる。
「ああ。どのような戦い方が向いているのか、どの武器と相性がいいのかを確認する。今朝、お前たちが教室で触っていた武器も、道場へ持っていって実際に使ってもらう予定だ」
なるほど。
木刀や剣、大剣に盾。
あれらは説明の見本ではなく、我らの適性を確認するために用意されておったのか。
「それと、地下三階の射撃場で銃も持ってもらう」
何?
銃とな!
我は思わず机へ両手をつき、身を乗り出した。
「では、銃を撃てるのか!」
「マオ。何でそんなに前のめりなの?」
「銃が撃てるかもしれぬのだぞ。ならば、撃ってみたいと思わぬか?」
「う~~ん。特には」
ユウよ。
おぬしの好きな漫画にも、銃を使う登場人物はおるだろう。
離れた場所から小さな弾丸を放ち、正確に標的を撃ち抜く武器ぞ。
元の世界には存在しなかったのだ。
実物を手にできる機会があるのなら、撃ってみたいと思うのが普通ではないのか?
我は撃ってみたい。
非常に撃ってみたいぞ。
「先生よ。今日、試すことはできぬか?」
「駄目だ。今日は説明だけだ」
「少しくらいよかろう」
「銃は駄目だ。代わりに身体を動かしたいなら、普通のトレーニングには付き合ってやるぞ」
くっ。
それでは意味がないではないか。
我が今したいのは、身体を鍛えることではない。
銃を撃つことぞ。
「それに明日も、まずは持ってもらうだけだ。いきなり撃たせるわけじゃない」
「ならば、意味がないの」
「マオって、時々馬鹿になるよね」
「そうかの? 我はそうは思わぬが」
銃を手にできると聞けば、撃ちたいと思う。
至極当然の感情ではないか。
我は何もおかしなことを言っておらぬぞ。
「では、今から校舎内を案内する。まずは二階の残りを見せて、その後は一階から地下まで順番に回るぞ。認証プレートを忘れるなよ」
「うむ。行こうぞ」
「楽しみだね。どんなところなんだろう」
「ほら、喋ってないで行くぞ」
我とユウは席を立ち、教室を出た千葉先生の後へ続いた。
まず案内されたのは、同じ二階にある更衣室。
「ここが更衣室だ。男女で分かれてはいるが、S組は天神と白崎しかいないから、男子更衣室を使う生徒はいない。だから俺が使う」
「それは職権乱用では?」
我、そういうのは……よいと思う。
誰も使わぬ場所を空けたままにしておくより、必要な者が使った方が効率的だからな。
元の世界にいた頃、我も似たようなことを何度かしておった。
まあ、その都度モロイから小言を言われておったがの。
「いいんだよ。誰も使わない方が勿体ないだろ」
「そうだね」
ユウは、あっさりと受け入れた。
むしろ我よりも気にしておらぬな。
「入口に認証システムがある。自分の認証プレートをかざせば扉が開く仕組みだ。ちなみに、お前たちのプレートでは男子更衣室は開かないからな」
「先生のプレートでは、女子更衣室も開かないんですか?」
「ああ。俺のものも同じだ。ただし、火事や事故のような緊急事態が起きた場合に限り、教師の権限で開けられる」
ふむ。
通常時は利用者以外が入れず、緊急時には教師が対応できる。
セキュリティーは万全よな。
「お前ら、男子更衣室を覗くなよ」
「それはこちらの台詞ぞ」
「お前らみたいな子供の着替えを覗くほど暇じゃない」
…………。
それはそれで失礼ぞ。
まあ、我も本気で気にしてはおらぬがな。
「とりあえず、実際に入ってみろ。中のロッカーは、すでにお前たちへ割り当ててある」
「はーい」
ユウが女子更衣室の入口にある読み取り機へ、認証プレートをかざした。
短い電子音が鳴り、扉の鍵が外れる。
「マオ、開いたよ」
「うむ。入ってみようぞ」
ユウに続いて中へ入ると、壁際には五つのロッカーが並んでいた。
その向かいには、全身を確認できる大きな鏡。
さらに奥には、洗濯機と乾燥機も置かれておる。
五人で使うとなれば、必要な設備が一通り詰め込まれていることもあり、少し手狭かもしれぬ。
もっとも、我とユウの二人で使う分には十分すぎるがな。
「先生。ロッカーにプロテクターが入ってますけど、これって私たちのですか?」
なに?
我も確かめてみるか。
五つ並んだロッカーの中から、魔王と書かれたものを見つける。
我、オープン。
扉を開くと、中には黒を基調とした装備が収められておった。
ふむ。
全身を覆うような鎧ではないな。
胸部や腕、脚など、身体の一部を守るための軽量な防具。
プロテクターという名のとおり、必要な箇所だけを保護するものらしい。
持ち上げてみると、見た目ほど重くもない。
「それは明日の身体能力テストで使う。二人とも、装着した状態で動いてもらうからな」
「どうやってつけるんですか?」
「つけ方は、ロッカーの中にある説明書に書いてある。今日は中身を確認するだけでいい」
我はプロテクターの下に置かれていた説明書へ視線を落とした。
なるほど。
明日は、これを身につけて身体能力を確かめるのか。
そして、その後には武器の適性確認。
さらに、銃も持たせてもらえる。
…………。
撃てぬとはいえ。
我、少し楽しみになってきたぞ。
「次、行くぞ」
うむ。
我もロッカーを閉めて、更衣室を出るとするか。
……む?
ユウは、もう外へ出ておるのか。
速いの。
「次は休憩室。文字どおり、休憩するための部屋だ」
千葉先生に続いて中へ入ると、まず目に入ったのは床に敷かれた畳だった。
壁際にはテレビが置かれ、その近くには小さなキッチンと冷蔵庫まで備えつけられておる。
「畳にテレビ。ちょっとしたキッチンと冷蔵庫か。何故、ここまで至れり尽くせりなのだ?」
「訓練がきついからだな。その分、休憩中の過ごし方については多少自由にしている」
そうか。
これほど設備を充実させなければならぬほど、訓練が厳しいということか。
それは少し怖いの。
「10分休憩の時に、ここでのんびりしてもいい。昼休みなら、畳で寝ても構わないぞ。学校にいる間は、俺も基本的にここを使う」
「職員室には行かないんですか?」
ユウよ。
我も、そう思う。
「行ったところで、俺は本職の教師じゃないからな。ダンジョンやハンターのことを教えられる教師なんていない。だから、現役の俺が担任をやってるんだ。朝に顔を出して必要な報告を済ませたら、職員室ですることはほとんどないんだよ」
「楽そうですね」
「そうでもないぞ。午後からは、お前たちを鍛えないといけないからな」
そう言われてしまえば、返す言葉は――。
いや。
「だが、午前中は楽よな」
「いや、一応俺も現役のハンターだからな。午前中はハンターの仕事でいないこともある。いつも休憩室で寝ているわけじゃないぞ」
…………。
それは本当か?
休憩室で一日中くつろいでおるのを誤魔化すためではあるまいな。
我、疑う。
「じゃあ、次。宿泊室だ。ここも男女別になっている」
今度は我が認証プレートを取り出し、女子宿泊室の入口にある読み取り機へかざした。
短い電子音が鳴り、扉の鍵が外れる。
我が扉を開けて中へ入ると、ユウもすぐ後に続いた。
うむ。
狭いの。
室内には二段ベッドが二つと、一人用のベッドが一つ。
それ以外には、荷物を置くための棚がある程度で、装飾らしいものは何もない。
実に簡素よ。
「寝るだけの部屋だからな。これ以上のものは必要ないだろ」
「それはそうだけど……」
「うむ。少し簡素すぎる気もするの」
休憩室には、テレビやキッチンまで用意されておったというのに。
こちらは本当に、眠るためだけの場所らしい。
「お前たちは、まだいい方だぞ」
「そうなの?」
「ああ。他のクラスは五人いるからな。それに、クラスによっては全員男のところもある」
千葉先生は、並んだベッドを見ながら僅かに顔を引きつらせた。
「男五人で、この部屋に泊まるんだぞ。地獄だ」
…………。
ふむ。
確かに、少しばかり暑苦しそうではあるの。
「トイレは別に説明しなくていいな。次は一階に行くぞ」
千葉先生はそう言うと、宿泊室を出て階段へ向かった。
我とユウも、その後に続いて一階へ降りていく。
そういえば、昨日は二階へ案内されたため、一階の様子をきちんと見ておらなんだな。
「ここがラウンジだ。そこそこ広いぞ。入口には認証が必要ないから、出入りは自由だ」
千葉先生が扉を開けると、その先には広々とした空間が広がっておった。
「このラウンジは、いずれ三学年がそろった時に備えて、一度に15人までくつろげるよう作られている。まあ、今はお前たち二人……いや、俺を入れても三人しかいないから、S組には少し贅沢か」
そうよな。
室内には幾つものソファーとテーブルが並び、壁際には大きなテレビが置かれておる。
その隣にあるのは、ラジオか?
休憩室にも十分な設備が揃っておったが、こちらはこちらで随分と充実しておるな。
「うむ。少し申し訳ないの」
「うん。でも、自動販売機の飲み物が偏ってるね」
む?
どれどれ。
我も自動販売機の前まで行き、並んでいる商品を確認する。
スポーツドリンク系。
エナジードリンク系。
そして、これは……プロテイン系か?
我、初めて見るぞ。
だが、商品が入っていない空欄も随分と多いな。
「ああ、それは今のところ適当に入れてあるだけだ。中身は俺の好みで選んだがな」
なるほど。
この偏りは千葉先生の趣味か。
「今度、お前たちからリクエストを聞いて、用意できるものは入れてもらう予定だ」
「本当?」
「ああ。それと、飲み物だけじゃなく、軽食や菓子の自動販売機もあるぞ」
千葉先生が指差した方を見ると、飲み物のものとは別に、食品用の自動販売機が二台並んでおった。
我は早速、その中身を確認する。
「こちらは、プロテインバーが多いの」
「うん。どれも硬そう」
袋越しではあるが、確かに柔らかそうには見えぬな。
菓子というより、訓練後に栄養を補給するための携帯食といったところか。
「こっちも、今度リクエストを聞いて決める。今の中身に文句を言うな」
千葉先生は我らへ軽く手を振ると、ラウンジの出口へ向かった。
「じゃあ、次に行くぞ。今度は風呂だ」
風呂か。
更衣室や宿泊室まで用意されておるのだ。
一体どの程度のものなのか、少し気になるの。
「男湯と女湯。ここも認証プレートで扉が開くようになっている。中を見てこい」
「なら、マオ。見てみよう」
「うむ。どのようになっておるのか、気になるの」
我とユウは女湯の前へ移動し、入口にある読み取り機へ認証プレートをかざした。
短い電子音と共に、目の前の扉が開く。
その先へ入ると、さらにもう一枚の扉があった。
なるほど。
最初の扉を開けただけでは、外から中の様子が直接見えぬようにしておるのか。
しかも、後ろの扉が完全に閉じなければ、次の扉は開かぬ仕組みらしい。
どちらか一方しか開かぬようになっておるのだな。
随分と配慮が行き届いておる。
「マオ! 中、広いよ!」
「なに?」
ユウに続いて二枚目の扉を抜けた我は、その先に広がる光景を見て足を止めた。
…………。
これは。
まるで銭湯ではないか。
無論、我は本物の銭湯へ行ったことはない。
だが、漫画では何度も見たことがあるぞ。
何人も並んで使えそうな大きな鏡。
その前には椅子が並び、壁際には幾つものドライヤーが用意されておる。
櫛まで置かれているではないか。
我、驚愕。
そして、少し感激。
漫画に出てくる、頭を入れて髪を乾かす機械がないのは少し残念だがな。
「マオ! お風呂も凄いよ。泳げそう!」
「何?」
泳げそうなほど広い風呂とな?
それは興味深い。
我はユウの声がした方へ急いで向かい、浴室の扉を開いた。
…………。
これは、よいのか?
中には身体を洗うための場所が幾つも並び、その奥には大きな浴槽が広がっておる。
我とユウの二人で使うには、明らかに広すぎる。
本当に、漫画で見た銭湯のようではないか。
ただし、壁に富士山の絵はない。
サウナも見当たらぬな。
そこだけは少し残念ではあるが、それ以外は漫画で見た光景そのものぞ。
「我、感動した」
「そんなに?」
「うむ。漫画の中にしか存在せぬと思っていた銭湯が、ここにあったのだな」
まさか中学校へ入学して、漫画で見た銭湯のような風呂を目にするとは。
ダンジョン科。
我が思っていた以上に、奥深い場所よな。
「湯が張ってあれば、そのまま浸かれたのにな」
「……マオ。こんなに興奮してるマオを見るの、久しぶりだよ」
そうか?
我は、ただ感動しただけなのだがな。
漫画で何度も目にした光景が、実際に目の前へ広がっておるのだ。
少しくらい興奮しても、おかしくはあるまい。
我、不思議。




