第20話 我、威厳を見失う
「ここまでで、何か質問はあるか?」
「我は特にないの」
「私も、今のところはいいかな」
…………。
ユウよ。
先ほど、まだよくわからないと言っておらなんだか?
本当に質問せずともよいのか?
後になってから、我へ聞いてくるでないぞ。
まあ、コーヒー一杯で教えてやらぬこともないがな。
「なら、続けるぞ。次は授業についてだ」
千葉先生がデジタル黒板を操作すると、今度は一日の時間割が表示された。
「主要五教科は、普通科の授業をオンラインで受けてもらう」
「国語、算数、社会、理科、英語ですか?」
「算数じゃなくて数学な。それで合ってる」
おお。
そういえば、中学校からは算数ではなく数学と呼ぶのであったな。
我も知っておったぞ。
…………。
多分。
「一限目から四限目までと、昼休み後の五限目は、この五教科を一つずつ受けてもらう。普通科で行われている授業を、ここのデジタル黒板へ中継する形だ。ただし、向こうの授業を止めるわけにはいかないから、中継は基本的に一方向になる」
「質問はできないんですか?」
「授業中はな。後で担当教師へ質問できる時間を設ける」
うむ。
それが効率的よな。
校舎の違う我らに、それぞれの教科を担当する教師を別に用意するのは大変だろう。
普通科と同じ授業を画面越しに受けられるのであれば、新たな教師を配置する必要もない。
「うむ。承知した」
「はーい」
画面越しだからといって、気を抜くなということよな。
我は問題ない。
何せ、我は魔王。
一国を治めていた経験もあるのだ。
授業くらい、真面目に受けられる。
…………。
眠くならなければな。
「そして、ここからが普通科とは大きく違うところだ」
千葉先生が画面へ触れると、五限目より後の予定が拡大された。
「六限目に当たる時間は、ダンジョンに関する専門授業を行う。モンスター、素材、装備、魔法、ダンジョン内部での行動方法。必要な知識を順番に教えていく予定だ」
なるほど。
これまで機密だと言われていた内容を学ぶ時間か。
我としても、気になることは多い。
特に、クリスタルと魔法については詳しく聞いておきたいところよな。
「六限目が終わった後は、一度休憩を挟む。その時間に軽食も用意されるから、きちんと食べておけ」
「軽食も出るのですか?」
「ああ。成長期のお前たちを、昼飯だけで夜まで動かすわけにはいかないからな。それから午後七時まで、トレーニングだ。途中にも休憩と水分補給の時間は設ける」
…………。
七時?
我は黒板へ表示された予定を、もう一度見直した。
見間違いではない。
午後七時までと、はっきり書かれておる。
「随分と遅くまでやるのだな」
「ああ。格闘、武器、射撃、基礎体力の強化。ハンターとして必要な技術を身につけるには、普通の授業時間だけじゃ足りないからな」
一限目から五限目までは、主要五教科。
六限目は、ダンジョンについての専門授業。
そして、その後は午後七時まで訓練。
…………。
我ら。
中学校へ入学したのだよな?
ハンターの養成施設へ入隊したわけではないよな?
「そして土曜日は、一限目と二限目にダンジョン科の専門授業を行う。その後は昼食までトレーニング。昼食を挟んで、午後三時まで再びトレーニングだ」
…………。
おや?
平日は午後七時まで。
土曜日も午前中から専門授業を受け、その後は午後三時まで訓練。
これ、我が魔王だった頃に兵たちへ課していた訓練よりも大変なのでは?
「先生。かなり厳しい日程ですが」
ユウも黒板に表示された予定を見つめたまま、僅かに顔を引きつらせておる。
「ああ。かなりハードだ」
千葉先生は否定することなく、あっさりと認めた。
「だが、それくらいやらないと死ぬからな」
…………。
死ぬ。
千葉先生の口調は淡々としていたが、その言葉には冗談の響きがまるでなかった。
ダンジョンで相手にするのは、人へ危害を加えるモンスター。
少しの油断や判断の遅れが、命に関わることもあるのだろう。
訓練が厳しいとは覚悟しておったが、これほどとはな。
我、困惑。
「ただし、トレーニングの内容や時間については、結果次第で変わってくる」
む?
まだ何かあるのか。
「特に、お前たち二人は基礎能力が高い。最初に行うトレーニングの結果次第では、その後の内容も大きく変えることになる」
「軽くなるってことですか?」
ユウが僅かな期待を込めて尋ねる。
だが、千葉先生はすぐに首を横へ振った。
「いや。軽くなることはない」
「えっ」
「ただ、質は上がる。その代わり、トレーニングにかける時間を減らせる可能性はある」
千葉先生はデジタル黒板に表示された訓練時間を指で示した。
「すでに必要な基準へ達している能力を、長々と鍛えても意味がないからな。同じ動きを何時間も繰り返すより、次の段階へ進んだ方が効率がいい」
なるほど。
楽になるのではない。
簡単な訓練を省き、より難しい訓練へ進むということか。
時間は短くなったとしても、内容そのものは厳しくなる。
…………。
ユウよ。
そんなに残念そうな顔をするでない。
我も、少しくらいは期待しておったがな。
「つまり、我らの実力を確認してから、個別に訓練内容を決めるということか?」
「そういうことだ。お前たちに限らず、無駄な訓練をさせるつもりはない。足りない部分を鍛え、得意な部分はさらに伸ばす。それが基本方針だ」
ふむ。
厳しくはあるが、理には適っておる。
全員へ同じ訓練を課すだけでは、得意不得意によって無駄が生まれるからな。
しかし――。
我とユウの本当の力が、訓練でどこまで見抜かれるのか。
…………。
少しばかり、気をつけた方がよさそうだの。
「さて。もう少しでチャイムが鳴る。今のうちに、本当に聞きたいことはないか?」
「我はよいが……」
「大丈夫です。わからないことがあったら、マオに聞きます」
「そこは俺に聞けよ」
千葉先生が呆れたようにユウを見る。
「まあいい。では、休憩だ」
その言葉とほぼ同時に、授業の終わりを告げるチャイムが校舎へ響いた。
丁度よな。
我は椅子の背もたれへ身体を預けながら、教壇の方へ視線を向ける。
…………。
千葉先生は、まだそこにおるな。
「先生。戻らんのか?」
「どこへ?」
「職員室よ。普通、休憩になれば戻るものではないのか?」
「だって、遠いだろ」
千葉先生は面倒そうに答えると、教卓脇の椅子へ腰を下ろした。
そのまま背もたれへ身体を預ける様子を見る限り、本当に職員室へ戻るつもりはないらしい。
「隣には休憩室があるし、一階にはラウンジもある。いちいち普通科の校舎まで戻る必要はない」
確かに、ここからあちらの校舎までは随分と距離がある。
休憩のたびに往復しておれば、それだけで時間がなくなってしまうよな。
理屈はわかるのだが、遠いという理由だけで戻ることを諦めるとは。
「随分と自由な担任よな」
「仕方ないだろ。俺、現役のハンターだぞ。元々、教師って柄じゃないんだよ」
…………。
ならば、何故先生になった?
我がそんなことを考えていると、疑問が顔に出ていたのか、千葉先生は口元を僅かに緩めた。
「何故、担任になったのかって顔だな」
「うむ。自ら向いておらぬと言うのであれば、なおさら疑問よな」
「この学校で担任を引き受けた理由はいくつかあるが、その一つはお前だ。世話になっている天神博士の娘が、ここを受験すると聞いてな」
「我が?」
「それに、もう一人。白崎のことも気になっていた」
「へ? 私も?」
ユウもか。
何やら我ら、揃って千葉先生の興味を引いておるようだな。
だが、気にしているのは我ら自身だけではなさそうだ。
千葉先生の口ぶりからすると、ユウの家族についても何か知っているようだな。
「おう。お前の母親が、俺たちハンターの装備も扱ってるって知ってたか?」
「知らない。服屋だってことは知ってるけど」
「そういえば、我も詳しくは聞いておらなんだな。以前、母上へ仕事の話を持ちかけようとはしておったが」
我も、愛殿の会社がハンター向けの装備まで扱っていることは初耳ぞ。
確かに以前、ダンジョン素材を使用したラッシュガードを愛殿から貰ったことはある。
軽く、丈夫で、動きやすい。
普通の衣服とは明らかに異なる品だった。
だが、愛殿の会社の名前や、ハンター向けの装備まで扱っていることは聞いておらなんだ。
それに、ユウも知らなかったのか。
…………。
愛殿も、ユウには仕事の詳しい話までしておらなんだろうか。
それとも、話したことはあっても、ユウが覚えておらぬだけなのか。
何となく、愛殿が気の毒に思えてきたの。
「ダンソウアーマーの白崎愛といえば、ダンジョン素材に精通していることで有名だ」
千葉先生は、自分の左脇にあるショルダーホルスターへ手を添えた。
「ハンターの中にも、あの会社の製品を使ってる奴は多い。俺が使っているこのショルダーホルスターとナイフケースもそうだ」
「へ~~。ママって凄いんだ」
ユウは初めて知ったという顔で、感心したように声を漏らした。
我の父上もそうだが、愛殿も随分と凄い人物だったのだな。
思い返せば、以前貰ったラッシュガードも見事な品であった。
着ていることを忘れそうなほど軽いにもかかわらず、身体を動かしても邪魔にならず、生地も簡単には傷みそうになかった。
あれほどの物を作る会社であれば、ハンターたちが装備として使っているという話にも納得できる。
…………。
父上と愛殿が、それぞれダンジョンに関わる重要な仕事をしておる。
ならば、もしかすると仁殿にも、我らが知らぬ何かがあるのでは?
「だからパパは専業主夫なんだ。ママが仕事をできるように、家のことをして支えるって言ってたのは、そういうことだったんだ」
…………。
我、杞憂。
流石に、そこまで都合よく全員がダンジョン関係者というわけではなかったか。
だが、愛殿が仕事へ集中できるよう家を守り、ユウの面倒を見ておるのなら、それも立派な役目よな。
仁殿。
我、疑ってすまなんだ。
「ところで、さっきの話で少し気になったんだが」
千葉先生が我へ視線を戻した。
「天神の母親に仕事の話を持っていこうとしていたって、どういうことだ? 天神の家は、夫婦揃ってダンジョン関係の仕事をしているのか?」
…………。
ああ。
そういう勘違いをするよな。
父上は、ダンジョン研究所に勤める博士。
愛殿は、ハンター装備を扱う会社で働いておる。
その流れで、愛殿が母上へ仕事を持ちかけようとしていたと聞けば、千葉先生が母上までダンジョン関係者だと思ったとしても無理はない。
だが。
「否。我が母上は漫画家ぞ」
「へえ。どんな漫画を描いてるんだ?」
「そうよな。今は、週刊ダッシュの『ハンターライブ』と、月刊フルドライブの『君が神。でも、私は悪魔』を連載しておるの」
うむ。
以前は、同時に何本もの連載を抱えておった。
だが、さすがに身体への負担が大きかったのだろう。
今は二本に絞り、アシスタント諸君と共に頑張っておる。
…………。
もっとも、今は締め切りが近いため、かなり忙しそうではあるがの。
む?
どうした、千葉先生。
目を見開いたまま、固まっておるぞ。
しかも、何やら身体まで僅かに震え始めたではないか。
「……もしかして、『バンドダンク』の作者、細崎由紀先生か?」
「うむ。よく知っておるの」
細崎は、母上の旧姓だ。
漫画家として活動する時には、今もその名を使っておる。
「……サイン」
「うむ?」
「サインをくれ! 俺、先生のファンなんだ!」
…………。
おおう。
母上のサインを頼まれるのも、随分と久しぶりよな。
そういえば、小学校へ通っていた頃は、母上が漫画家であることをなるべく隠しておった。
有名な漫画家の娘だと知られれば、余計な注目を集めるかもしれぬと、母上から言われていたからな。
今は、母上から特に隠すよう言われておらぬ。
だが、母上とは名字も違うため、誰にも気づかれず、これまで話す機会もなかっただけではあるが。
…………。
我、母上が世間では有名な漫画家だということを、すっかり忘れておった。
「父上からは聞いておらんのか?」
「普通、聞かねえよ。『博士の奥さんは、どんな仕事をしてるんですか』なんて」
うむ。
我もそう思う。
仕事で世話になっている相手とはいえ、その妻の職業まで尋ねることは、そうそうあるまい。
それにしても。
先ほどまで教師らしく説明しておったというのに、今や完全に一人の読者の顔よな。
「天神。頼む。色紙は俺が用意するから、サインを貰ってきてくれ」
「別に構わぬが、母上は今、締め切り前ぞ」
「急がなくていい! いつまでも待つ!」
…………。
千葉先生よ。
そこまでなのか。
先ほど、教師という柄ではないと言っておったが。
確かに今の姿を見る限り、教師の威厳はどこかへ消えてしもうたの。




