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魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~  作者: 珈琲ノミマス
第一章 我の学校生活編

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第19話 我、父上の凄さを知る (10/18書き直し)

「先生。何故、私たちにその可能性があるとわかったんですか?」


 ユウが不思議そうに尋ね、マオも千葉に視線を向けた。


(うむ。そこは我も気になっておった)


 入学試験では、マオもユウも本来の力を見せていなかった。


 マオは魔法を使えること自体を隠している。身体能力についても、普段から魔法で強化しているわけではなく、試験中に強化魔法を使った覚えもなかった。


 ユウも同じだ。


 幼い頃こそ力の加減がわからず、マオを抱えたまま、とんでもない速度で走り回っていたこともある。だが、今では自分の力を理解し、普段から上手く抑えられるようになっている。


 そう考えると、S級に至る可能性を見抜かれるほどの力を、入学試験で見せたとは思えなかった。


「いい質問だ」


 千葉は満足そうに頷くと、教卓のタブレットを操作した。


 デジタル黒板に新たな画面が表示される。


「入学試験の時、運動能力テストを受けただろ?」


「はい」


「うむ。走ったり、跳んだりした試験よな」


「あれには、ちょっとした仕掛けがあってな」


「仕掛けとな?」


 マオが首を傾げると、デジタル黒板に見覚えのある測定機器が映し出された。


 入学試験の際、身体能力測定を行った体育館に設置されていた装置だ。


「これは、ダンジョンの出現によって生まれた技術の一つだ。簡単に言えば、その人間が持つ基礎能力と、体内に特殊な力が存在するかどうかを測定できる」


「特殊な力?」


 ユウが首を傾げる一方、マオは画面に映る装置を見つめたまま、動きを止めていた。


(…………待て。その説明には、覚えがある。否、正確には、よく似た魔法を知っておるぞ。サーチ魔法ではないか?)


 元の世界にも、対象が持つ力や性質を調べる魔法が存在していた。相手の内側にある魔力や能力を探り、その情報を読み取る。魔王だった頃には、マオ自身も何度となく使用した魔法だ。


 もちろん、目の前の装置が同じ原理で動いているとは限らない。だが、対象の能力を調べるという点では、非常によく似ている。


(まさか……魔法に似た現象を、この世界の科学技術と組み合わせたのか?)


 もしそうなら、実技試験でどれほど力を抑えていても関係ない。実際に発揮した力だけでなく、身体そのものが持つ能力まで調べられていた可能性がある。


 マオは改めて画面を見つめた。


(科学……恐ろしい。魔法のような現象を、そこまで利用できるとは)


 元魔王にとっても、驚くべき技術だった。


「ただし、何でも正確に測れるわけじゃないぞ」


 千葉は画面に表示された測定項目を指差した。


「装置にも測定上限がある。同年代を想定して設定した測定範囲を超えると、具体的な数値までは出せず、異常値として表示されるだけだ」


「ふむ。では、我らは?」


「二人とも、複数の項目でその測定上限を振り切っていた」


「…………」


「最初は上限の設定が低すぎるのか、それとも機器が故障してるのかとまで疑われたらしいぞ」


 千葉が少し可笑しそうに笑うが、マオとユウは笑えなかった。


 正確な数値までは測定されていない。それでも、装置の上限を超えるほどの力があることは、すでに学校側に知られている。


(どこまで見抜かれた?)


 マオは思わず自分の手を見下ろした。


 見た目は普通の少女と何も変わらない。だが、その身体には前世から引き継いだ魔王の力が宿っている。


 もし、その正体にまで迫られていたとしたら――。


(いや。落ち着け、我)


 千葉の説明では、装置が測定するのは基礎能力と特殊な力の反応。それだけで魔王だったことまで読み取れるとは思えない。


(ならば、正体まで知られたわけではあるまい)


 マオは僅かに肩の力を抜いた。


(…………多分)


「その結果を基に、お前たちはS組に振り分けられた。正確な能力値はわからなくても、S級へ至る可能性があると判断するには十分だったってことだ」


「なるほどの……」


 マオが納得しかけたところで、千葉はさらに言葉を続けた。


「それと、この技術の実用化を主導したのが、天神博士だ」


「…………む? 父上が!?」


「ああ。正確には、これまでに確認された魔法の特性や、ダンジョンで発見された現象や素材を解析し、現代の測定技術に応用した研究チームの責任者だな。今じゃ、ハンターの能力測定に欠かせない技術になってる」


「…………」


 マオは口を開けたまま固まった。


(我、絶句)


 先ほどまで厄介だと考えていた測定装置。その実用化を主導したのが、まさか自分の父親だったとは。


(父上……おぬし、一体何をしておるのだ?)


 博が行政のダンジョン研究所で働いていることは知っている。世界各地で新たなダンジョンが発見される度に調査へ呼ばれ、長期間家を空けることも珍しくない。


 だが、詳しい仕事内容を尋ねても、核心となる部分までは教えてもらえなかった。千葉が使う装備や調査機材にも関わっていると聞いていたが、これほど重要な技術の実用化まで主導していたとは思わなかった。


「父上が、この装置を作ったのか?」


「もちろん博士一人で作ったわけじゃないぞ。研究チームをまとめて、実用化まで持っていったんだ。特に、基礎となる技術を確立した功績は大きい」


「ほう……」


「もっとも、機密に関わる技術だからな。開発責任者の名前まで一般には公表されていない。まあ、研究者や現場のハンターの間では有名だがな」


 マオはゆっくりと頷いた。


(なるほど。道理で知らなんだわけだ)


 ニュースやインターネットで、父の名前を見かけた覚えはない。以前、ダンジョンについて話を聞いた時も、博は公表されている範囲のことしか説明してくれなかった。


(父上……我が思っておった以上に、とんでもない人物なのではないか?)


 家では漫画を読み、娘に可愛い服を買ってやりたがる、少々親馬鹿な父親。その姿と、ハンターの能力測定技術を実用化した研究者という肩書きが、どうにも結びつかなかった。


「でだ、お前たち」


 千葉が二人を見比べた。


「入学試験では、かなり力を抑えていただろ?」


「…………」


 確信を込めた千葉の問いに、マオもユウも動きを止めた。


(そこまで見抜かれておるのか?)


「何故、そう思うのだ?」


「簡単な話だ。二人とも、複数の項目で同年代を想定した測定上限を振り切っていた。ところが、実技試験の記録は一般的な受験生と大して変わらなかった」


 千葉は肩を竦めた。


「それで全力だったと言われても、信じる方が難しいだろ」


「むぅ……」


 マオは思わず眉を寄せた。


 装置が捉えた能力と、実際に出した記録。その二つを比較されれば、意図的に力を抑えていたことなど容易に推測できる。


(何ということだ……)


 全力を出さなければ、普通の人間として扱われる。そう考えていたのだが、むしろ逆だった。


(我、完全に見誤った……)


「……そこまで比べられておったのか。随分と意地の悪い試験よな」


「そうだね。こっちは頑張って抑えてたのに」


 二人が揃って不満を漏らすと、千葉は愉快そうに笑った。


「文句を言うなら、天神博士に言ってくれ。装置がなければ、お前らの力も見抜けなかったかもしれないからな」


(父上……余計なことをしてくれたものよな)


 もちろん、研究そのものが悪いわけではない。ハンターの能力を把握できれば、本人の適性に合った訓練を行える。危険なダンジョンに挑む際にも、能力を知っておくことは重要だ。


 マオにも、その有用性は十分理解できる。だが、自分たちの隠していた力まで暴かれるとなれば、話は別だった。


(厄介極まりない!)


「それと、あの測定でわかったことは他にもある」


 千葉がデジタル黒板を操作すると、今度はマオとユウの名前が表示された。


「天神、白崎。お前たち二人からは、どちらも強い魔力反応が検出されている」


「魔力……ですか?」


 ユウが首を傾げる一方、マオは思わず息を呑んだ。


(やはり、魔力か!)


 先ほど千葉が説明していた特殊な力。その一つが、魔力ということらしい。しかも、これまで魔法を使う素振りすら見せなかったユウからも、強い反応が検出されているという。


「ただし、測定でわかるのは体内に魔力が存在するということだけだ。すでに魔法を使えるのか、それとも、これから発現する段階なのかまでは判断できない」


「そうなんですか」


「ああ。魔力があるからって、誰もが最初から魔法を使えるわけじゃないからな」


 その説明を聞き、マオは僅かに肩の力を抜いた。


(うむ。ならば、まだ大丈夫そうだの)


 魔力の存在は知られてしまったものの、すでに魔法を使えることや、どのような魔法を扱えるのかまでは把握されていない。


 少なくとも、今すぐ正体が露見する心配はなさそうだった。


「魔法……テレビや動画サイトで見たことはあるんですけど、実際にはどんなものなんですか? ゲームに出てくるような奴です?」


 ユウが興味深そうに尋ねた。その表情を見て、マオは思わず隣に顔を向ける。


(ユウよ。おぬし自身、勇者の力を持っておるのだぞ?)


 もっとも、ユウには勇者だった頃の記憶がない。元の世界でも魔法を使うところは見たことがなく、この世界に転生してからも、そのような素振りは一度も見せていなかった。


 身体能力だけは明らかに常人を超えているものの、魔法については何も知らない。


(魔力を持っておるとわかれば、いずれ我が教えてやろうかとも考えておったが……まさか、学校で学ぶ機会が先に訪れるとはの)


「ゲームみたいと言えばそうだが、ちょっと違う」


 千葉は少し面白そうに笑いながら、片手を持ち上げた。


「詳しいことは後の授業で説明するが、魔力を持たない者は、ダンジョンから採れる魔法クリスタルを利用して魔法を習得する。一方、生まれつき魔力を持っている者は、何かのきっかけで魔法が発現することもある。例えば――こんなふうにな」


 千葉が手のひらを二人に向けると、そこに魔力が集まり始めた。


 次の瞬間、集まった魔力が風に変わり、二人に向かって吹き抜けた。


「わっ!」


「おおっ!」


 突然の風に二人の髪が大きくなびき、ジャージの裾が揺れた。


 だが、ただの突風とは明らかに違っていた。


 風は千葉の手のひらから生まれ、狙った二人に向かって真っすぐに吹き抜けている。しかも、マオには魔力が風に変化する過程まで、はっきりと感じ取れた。


(間違いない。風の魔法ぞ!)


 元の世界では、ありふれた魔法の一つ。だが、目の前でそれを使っているのは、この異世界の人間である。


(……実に興味深い)


 千葉が手を下ろすと、それに合わせて風も収まった。


「今のが風の魔法だ。習得方法や使い方については、これからの授業で教える」


「すごい! 本当に魔法だ!」


 ユウが興奮したように身を乗り出した。その目は、先ほど木剣を手にしていた時と同じように輝いている。


(ユウよ。随分と楽しそうだの)


 マオにとって、魔法が存在すること自体は驚くような話ではない。むしろ気になるのは、この世界の人間がどのような方法で魔法を習得しているのかという点だった。


 特に、魔力を持たない人間が、どうやって魔法クリスタルから力を取り込むのかがわからない。


(ふむ……まさか食べるのか?)


 元の世界でマオが口にしていた魔素塊は、魔素が凝縮して生まれる結晶であり、魔族にとっては非常食のようなものだった。遠征の際には、ダンジョン内で手に入れ、弁当代わりに食べることもあった。


 だが、この世界では、クリスタルをエネルギー資源として利用する研究まで進められている。さらに、魔法を習得するためにも用いるという。


(何故、そのようなことが可能なのだ? この世界のクリスタルは、元の世界に存在したものと同じなのだろうか)


 見た目こそ似ているが、性質まで一致しているとは限らない。あるいは、科学技術によって、元の世界では知られていなかった利用方法が生み出されたのかもしれない。


(わからぬ……我の疑問が、また一つ増えてしまったぞ。まったく、退屈する暇もないの)


「ざっと説明してきたが、ここまでは理解できたか?」


「うむ。大体は理解したぞ」


「マオ、わかったの? 私、まだよくわからないのに」


 ユウが不思議そうにマオの顔を覗き込むと、マオは僅かに胸を張った。


「ふっ。我は賢いからな」


「…………」


 ユウの眉がぴくりと動いた。


 そして、何故か右手がゆっくりと持ち上がる。


(…………む?)


 その手は、しっかりと握られていた。


 マオはそれを見た途端、僅かに身体を引いた。


(ユウよ。何故、そこで拳を握る? 少しばかり自慢しただけではないか)


 別に馬鹿にしたつもりなどない。


(我は賢いと言っただけぞ? おぬしが賢くないとは言っておらぬ!)


 そんな心の抗議が届くはずもなく、ユウは不満そうにマオを見つめている。


「お前ら、本当に仲がいいな」


「幼馴染だからね」


「う、うむ」


 マオは頷きながら、そっとユウの右手を確認した。


 幸い、先ほどまで握られていた拳は開かれている。


(ふぅ……助かった。まったく、油断も隙もない)


 元勇者の拳など、冗談でも受けたくはなかった。


「まあ、仲がいいのは結構なことだ。じゃあ、続けるぞ」


 千葉がタブレットを操作した。


 デジタル黒板の表示が切り替わり、今度は校舎全体の見取り図が映し出された。


「まずは、この校舎の説明だ。ここは地上四階、地下三階のダンジョン科専用校舎になっている」


「ほう……」


 マオは画面を見上げ、映し出された見取り図を確認した。


 地上四階に加え、地下にも三階分の施設が広がっている。


(思っておった以上に大きな建物よな)


 外から見た時には、そこまで特別な建物には見えなかった。だが、地下部分まで含めれば、相当な広さがある。


「ちなみに、三階と四階は来年以降に使用する予定だ。お前たちの進級と、新入生の入学に合わせて使うことになる」


「では、今は使っておらぬのか?」


「ああ。設備の準備は進めているが、本格的に使うのは来年からだな。ただ、S組については来年も作られるかどうかわからんが」


「私たちが特別ってことですか?」


 ユウが首を傾げた。


「ああ。特別ではある」


 千葉はあっさり認めたものの、すぐに表情を引き締めた。


「ただし、自分たちが上だと勘違いして、他の生徒を見下すようなことはするなよ」


「うむ」


「S組に選ばれたから偉いわけじゃない。お前らだって、まだ何も学んでいない新人なんだからな」


 千葉の声には、先ほどまでとは違う真剣さがあった。


「お前たちは小学校で嫌な思いをしたことがあるそうだな。だったら、力を持ったからといって、今度は自分たちが同じことをする側になっちゃいけない。それだけは覚えておけ」


「…………む?」


 マオは顔を上げ、千葉に訝しげな視線を向けた。


「何故、知っておる?」


 小学校でいじめを受けていたことなど、千葉に話した覚えはない。隣のユウを見ても、同じように驚いた顔をしている。


(ユウが話したわけでもなさそうだの)


「入学前に、小学校に確認したからだ」


 千葉は何でもないことのように答えた。


「天神。お前、小学校で伝説になってたぞ」


「…………」


 マオの表情が固まった。


(伝説……とな?)


 その言葉を聞き、脳裏に浮かんだのは、小学校四年生の頃の出来事だった。


 いじめへの対応を求め、職員室で担任の西村を威圧してしまった一件。


 マオはそっと視線を逸らした。


(まさか、あれが伝説にまでなっておるとは……)


「職員室での話は聞いたけど、そんなに大騒ぎになってたの?」


 ユウが不思議そうに尋ねてきた。


「何もしておらぬ。少しばかり話し合っただけぞ」


「その話し合いの後、学校側の調査が入って、教師が一人いなくなったらしいけどな」


「それは我のせいではないぞ!」


 マオは思わず声を上げた。


 あの時、自分はただ、いじめが存在することを報告しただけである。その後、学校側が調査を行い、担任の西村が姿を見せなくなった。


 何が判明したのかまでは知らない。


(あれは学校側の問題であり、我には関係ないはず……我、無関係)


 マオは一人で頷いた。


(……多分)


 もっとも、あの時の職員室が異様な空気に包まれていたことまで否定するつもりはない。威圧魔法まで使ってしまったことには、少々やり過ぎたという自覚もある。


(まあ、過ぎたことよな)


「まあ、その辺りは後でいい。校舎の説明に戻るぞ」


 千葉が再びタブレットを操作した。


 画面が切り替わり、一階の見取り図が拡大された。


「一階にはラウンジスペースがある。自動販売機も置いてあるから、休憩する時なんかは利用するといい」


「ほう」


「それから、男女別の風呂。地下に行くためのエレベーターも一階にあるぞ」


「…………む?」


 マオは首を傾げた。


(風呂?)


 ラウンジは理解できる。実技の授業もあるのだから、汗を流すために風呂が用意されていても不思議ではない。


 だが、画面をよく見れば、宿泊室と書かれた部屋まである。


(…………待て)


 ラウンジ。風呂。宿泊室。


(これ……学校よな?)


 どう考えても、単に授業を受けるためだけの建物とは思えなかった。


(ここだけで生活できるようになっておらぬか?)


 マオがそんな疑問を抱いていると、隣のユウが手を挙げた。


「先生。もしかして、ここに寝泊まりすることがあるんですか?」


(おお!)


 マオは思わずユウを見た。


(よくぞ聞いてくれた!)


 まさに、マオも同じことを考えていたところだった。


「あるぞ」


「えっ、本当ですか?」


「ああ。もっとも、まだ先の話だけどな」


 千葉は意味ありげに笑った。


「詳しいことは、その時までのお楽しみだ」


「むぅ……」


 マオは不満そうに眉を寄せた。


 何故、中学校の校舎に泊まる必要があるのか。それも、普通科ではなくダンジョン科だけである。


 何か理由があるのだろうが、千葉はそれ以上説明するつもりがないらしい。


(先生よ。そこまで言ったのなら、最後まで教えてくれてもよかろうに)


「次。地下一階はトレーニング室だ」


 千葉が画面を切り替えると、様々な器具が並ぶ広い部屋が映し出された。


「最新の設備が一通り揃っている。身体を鍛えるための場所だな」


「おお……」


 マオは興味深そうに画面を眺めた。


 走るための機械や、重りを持ち上げる器具。それ以外にも、用途のわからない設備が幾つも並んでいる。


(ほう。なかなか立派ではないか)


 元の世界にも、兵士たちが身体を鍛える訓練場は存在していた。だが、そこにあるのは重い石や丸太、訓練用の武器などが中心だった。


 それに対して、この異世界では専用の機械を使って身体を鍛える。


(科学というものは、こんなところにまで使われておるのだな)


「地下二階は道場。ここでは格闘訓練や、武器の扱いを学んでいく」


 画面が切り替わると、今度は広々とした道場が映し出された。


 床には厚みのある素材が敷かれ、壁際には、先ほどの教室と同じように様々な武器が整然と並んでいる。


(おお。こちらも立派なものよな)


 マオは思わず身を乗り出した。


(今後、どのような武器を扱わせてもらえるのか。実に楽しみぞ)


 もっとも、一つだけ気になることもあった。


 隣では、ユウが目を輝かせながら道場の画面を見つめている。


(…………)


 マオはそっと自分の首元に手を添えた。


(できれば、ユウの剣術訓練には付き合いたくないの)


 先ほど見せられた、あの構え。元勇者の剣術が今も身体に残っているのだとしたら、訓練相手になるのは少し恐ろしかった。


「そして、地下三階は射撃場だ」


「むっ!」


 マオの意識が、一瞬で画面に集中した。


「ここで銃の扱いを覚え、腕を磨いていく」


 映し出されたのは、幾つもの標的が並ぶ細長い空間だった。


 射撃場。


(おお……銃か!)


 元の世界には存在しなかった武器。小さな筒から弾丸を放ち、離れた場所にいる相手を撃ち抜く。


 漫画やアニメでは何度も見たことがあるが、実際に撃った経験は一度もない。


(我、撃ってみたい!)


 魔法と比べて、どれほどの威力があるのか。射程や命中精度はどうなのか。何より、魔力を持たない人間でも強力な攻撃ができるという点が、非常に興味深かった。


 まだ扱い方すら知らないというのに、マオの口元は自然と緩んでいた。


(早く試してみたいものよな)


 そんな様子にも気づかず、千葉は説明を続けた。


「ちなみに、昼食は弁当が配達される。昼になったら、一階のラウンジで受け取れ」


「ほう。弁当か」


「好き嫌いせず、きちんと食べるようにな」


「先生!」


 ユウが勢いよく手を挙げた。その表情は、先ほどまでの魔法や訓練設備の説明を聞いていた時にも負けないほど真剣だった。


「魚はなしにできますか?」


「知らん」


 千葉の返答は、実にあっさりしたものだった。


 マオはゆっくりとユウに顔を向けた。


(ユウよ……何故、ここに来て魚なのだ)


 入学早々、教師に堂々と好き嫌いを申告するとは。


(我、恥ずかしい。少々情けないではないか)


 もっとも、ユウが魚を苦手としていることは、昔からよく知っている。回転寿司店に行った時でさえ、ハンバーグや肉ばかり注文していたほどだ。


(まったく。相変わらずよな)


 マオは小さく息を吐くと、つい口が滑った。


「おこちゃま」


「何? マオ」


「…………む?」


 ユウがこちらに顔を向けた。


 しかも、笑っていない。


(聞こえておったか!)


 マオは慌てて首を横に振った。


「何も言うてはおらぬ」


「…………」


 ユウは無言のまま、じっとマオを見つめている。その視線が妙に痛い。


(むぅ……少しばかりからかっただけではないか)


「白崎。一応、弁当を用意するところには確認しておいてやる」


「本当ですか?」


 千葉の言葉に、ユウの顔がぱっと明るくなった。


「ああ。アレルギーや体質に合わせて献立を変更する場合もあるからな。魚を抜けるかどうかくらいは聞ける」


「ありがとうございます!」


「ただし、お前の場合は単なる好き嫌いだろ?」


「うっ……」


 ユウの勢いが途端に弱くなった。


 千葉は小さく息を吐き、二人を見た。


「なるべく好き嫌いはなくしておけ。ダンジョンに入れば、食べたいものを自由に選べるとは限らないからな」


 千葉の声から、先ほどまでの軽さが消えた。


「予定より探索が長引いたり、何らかの事情で食料の補給ができなくなったりする場合もあるんだ」


「…………」


 ユウが黙って千葉を見つめた。


「そういう時、手元に残っているのが携帯食だけだったらどうする? 嫌いだから食べられません、では済まないぞ」


「……はい」


「食べなければ体力が落ちるし、判断力も鈍る。戦わなきゃならない状況で、十分に動けなくなる可能性だってある」


 千葉は真剣な表情のまま続けた。


「好き嫌いをなくせと言ってるのは、単に行儀の問題じゃない。ダンジョンで生き残るためにも必要なことなんだ」


「……わかりました」


 ユウは少し不満そうな顔をしながらも、素直に頷いた。


 その様子を見て、マオも小さく頷く。


(うむ。実に正しい教えよ)


 元の世界で遠征に出た際にも、食料の確保に苦労したことがあった。長期間の移動や戦闘が続けば、満足に食事が取れないこともある。


 そんな時、兵士たちがよく口にしていた言葉がある。


 食べられる時に、食べられるものを食べておけ。


 それが、過酷な環境で生き延びるための基本だった。


 マオは隣のユウを見た。まだ少し不満そうな顔をしているが、千葉の説明には納得したらしい。


(ユウよ。今のうちに魚を克服しておくがよい)


 これからダンジョンで活動するのであれば、食べられるものは多い方がいい。


 そして何より――。


(我は食べてやらぬぞ)


 いつもいつも、ユウの代わりに魚を食べるわけにはいかない。


 もっとも、マオ自身は魚が好物である。


 特に、寿司。


 イカ、エビ、そしてえんがわ。


 好きな寿司ネタを思い浮かべた途端、口元が緩んだ。


(…………)


 マオはそっと自分の腹に手を当てた。


(何故だろうな。寿司が食いたくなってきたぞ)


 まだ昼食の時間ではない。しかも、今日の弁当に寿司が入っているとは思えない。


 マオは小さく息を吐いた。


(まあ、よい。今日の弁当を楽しみにしておくかの)


 そう気持ちを切り替え、再び千葉に視線を向けた。


 能力測定に魔法。父が関わっていた研究。そして、想像以上に充実した専用校舎の設備。


 入学してまだ二日目だというのに、知らなかったことが次々と明らかになっていく。しかも、これから学ぶことは、まだ山ほど残っているのだ。


(うむ。実に楽しみぞ)


 マオは満足そうに頷いた。


 ただし、一つだけ気になることがある。


(父上……)


 先ほど見せられた能力測定装置が、再び脳裏に浮かんだ。


(帰ったら、一度じっくり話を聞かせてもらおうかの)


 自分の父親が、一体どれほど凄い研究者なのか。そして何より、あの装置がどこまでの能力を測定できるのか。


 ぜひとも確かめておきたい。


 もっとも――。


(機密だと言われたら、また教えてもらえぬのであろうな)


 そう考えた途端、マオの肩が僅かに落ちた。


 父親が優秀な研究者であることは、素直に誇らしい。だが、それはそれ。これはこれ。


(父上……娘が必死に隠しておる力まで見抜くとは、随分と厄介なものを作ってくれたものよな)


 マオは小さく息を吐いた。


(帰ったら、一言くらい文句を言ってやろうかの)

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