第19話 我、父上の凄さを知る
「先生。何故、私たちにその可能性があるとわかったんですか?」
うむ。
そこは我も気になっておった。
我もユウも、この学校で本当の力を見せた覚えはない。
我は魔法を隠しておるし、強化魔法を使ったところなど、当然ながら誰にも見せておらぬ。
ユウも幼い頃こそ力を上手く抑えられず、我を抱えたまま走るようなことをしておったが、今では普段から加減できておる。
…………。
たまに我のことで頭に血が上り、暴走しかけることはあるがの。
それでも、この学校の者たちにS級へ至る可能性を見抜かれるほどの力を見せたとは思えぬ。
「いい質問だ」
千葉先生は満足そうに頷くと、デジタル黒板へ新たな画面を表示した。
「入学試験の時、運動能力テストを受けただろ?」
「はい」
「うむ。走ったり、跳んだりした試験よな」
「あれには、ちょっとした仕掛けがあってな」
仕掛け?
我は画面へ目を向ける。
そこには、試験会場に設置されていた測定機器らしきものが映し出されておった。
「ダンジョンの出現によって生まれた技術の一つだ。簡単に言えば、その者が現在持っている基礎能力と、体内に特殊な力が存在するかどうかを測定する」
「特殊な力の反応とな?」
「ああ。筋力、持久力、反応速度、感覚の鋭さ。そういった身体の基礎能力に加えて、普段は表へ出していない力が体内に存在するかどうかも調べられる」
…………。
その説明を聞いた瞬間、我――驚愕。
そして、一つの可能性へ思い至った。
我の知るサーチ魔法に、よく似ておる。
対象の内側にある力や性質を読み取り、情報として捉える魔法だ。
我が元の世界でも、相手の能力を調べるために使われておった。
もちろん、これが本当に同じものなのかはわからぬ。
だが、対象の内側にある力を読み取るという点では、原理も近いのかもしれない。
その現象をこの世界の科学技術と組み合わせれば、読み取った情報を解析し、数値として可視化する装置を作ることも可能なのだろう。
つまり、入学試験で我らがどれほど力を抑えていようとも関係ない。
実技で表へ出した力だけではなく、我らの身体そのものが持つ基礎能力まで測られていたということか。
…………。
科学。
魔法に似た現象を、そこまで利用しておるのか。
我、科学が恐ろしい。
「ただし、何でも正確に測れるわけじゃない。装置にも測定上限がある。それを超えた力については、具体的な数値ではなく、異常値として表示されるだけだ」
「では、我らは?」
「二人とも、複数の項目で測定上限を振り切っていた。最初は上限の設定が低すぎるのか、それとも機器が故障しているのかとまで疑われたらしいぞ」
千葉先生は少し可笑しそうに笑った。
我は笑えぬぞ。
正確な数値までは測られておらぬ。
だが、装置の上限を超える力が我らの内側にあることまでは知られてしまったということか。
どこまで見抜かれた?
魔王としての力までは把握されておらぬよな?
装置が捉えたのは、あくまで身体の基礎能力と、特殊な力が存在するという反応。
魔法を使って身体を強化した状態でもなければ、我が魔王であると示すものでもないはずだ。
ならば、正体まで知られたわけではない。
…………。
多分。
「その測定結果を基に、お前たちはS組へ振り分けられた。二人の正確な能力値はわからなくても、少なくともS級へ至る可能性があると判断するには十分だったということだ」
千葉先生はそこで一度言葉を切り、デジタル黒板に映る測定機器へ視線を向けた。
「そして、この技術の実用化を主導したのが、天神博士だ」
…………。
父上が!?
我は思わず身体を前へ乗り出した。
「父上が、この装置を作ったのか?」
「ああ。正確には、ダンジョンから発見された現象を解析し、現代の測定技術と組み合わせた研究チームの責任者だな。今では、ハンターの能力測定に欠かせない技術になっている」
我、絶句。
「もっとも、機密に関わる技術だから、開発責任者の名前まで一般には公表されていない。研究者や現場のハンターの間では有名だがな」
なるほど。
父上の名前をニュースなどで見た覚えがないのは、そのためか。
父上が行政のダンジョン研究所で働いていることはもちろん知っておる。
世界各地へ呼ばれ、ダンジョンの調査に関わっていることも。
だが、まさか。
我の知るサーチ魔法にも似た、ダンジョン由来の現象を科学技術へ組み込み、ハンターの能力を測定する装置を作り上げていたとは。
父上。
我が思っていた以上に、とんでもない人物なのではないか?
「でだ、お前たち。試験では、かなり力を抑えていたな?」
…………。
そこまで見抜かれておるのか。
「何故、そう思うのだ?」
「測定装置では、二人とも複数の項目で上限を振り切っていた。なのに、実技で出した記録は、一般的な受験生と大きく変わらない。全力だったと考える方が無理だろ」
なるほど。
装置には我らの正確な力まで測れなかった。
だが、測定上限を超える基礎能力を持つ者が、実技では平凡な記録しか残していない。
それだけ差があれば、意図的に加減したと考えるのは当然よな。
「……そこまで比べられておったのか。随分と意地の悪い試験よな」
「そうだね。こっちは頑張って抑えてたのに」
我とユウが不満を口にすると、千葉先生は肩を竦めた。
「文句を言うなら、天神博士に言ってくれ。それと、あの測定でわかったことは他にもある」
千葉先生は、デジタル黒板へ表示された我らの名前を指し示した。
「天神、白崎。二人からは、どちらも強い魔力反応が検出されている」
…………。
魔力反応。
やはり、装置が捉えた特殊な力とは魔力のことか。
「ただし、測定でわかるのは、体内に魔力が存在するということだけだ。すでに魔法を使えるのか、それとも、これから発現する段階なのかまでは判断できない」
なるほど。
我がすでに魔法を扱えることや、どのような魔法を使えるのかまでは見抜かれておらぬのだな。
それならば、まだ正体を知られたわけではない。
…………。
父上よ。
それでも、随分と厄介な装置を作ってくれたものだ。
我がどれほど力を隠そうとも、内側に存在する魔力そのものまでは隠せぬではないか。
「魔法……本当に現実にあるんですか?」
ユウが信じられないというように目を見開いた。
…………。
ユウよ。
おぬし自身、勇者の力を持っておるのだぞ。
とはいえ、ユウは勇者だった頃の記憶を持っておらぬ。
前の世界でも、この世界でも、ユウが魔法を使う姿を我は一度も見たことがない。
いずれ我が教えてやろうかとも考えておったが、どうやらその必要はなさそうだな。
「ああ。これもダンジョンが現れたことで使えるようになったものだ」
千葉先生は我らへ片手を向けた。
「詳しいことは後の授業で説明するが、基本的には魔法クリスタルを使って習得する。ごく稀に、クリスタルを使わず自然に発現する者もいるがな」
自然に発現する者。
我は元から魔法を扱えるため、魔力反応が出た理由はわかる。
だが、ユウはどうなのだ?
勇者としての力を受け継いでおる以上、本人が知らぬだけで、魔力まで内側に残っているということだろうか。
「例えば――こんなふうにな」
次の瞬間、千葉先生の手のひらへ魔力が集まり始めた。
入学式で感じたものと同じ反応。
やはり、あの時感じた力は魔力だったのだ。
そして、千葉先生の手のひらから風が放たれた。
「むっ」
「わっ!」
教室の空気が一気に流れ、我とユウの髪やジャージの裾が大きく揺れる。
ただの風ではない。
千葉先生の手を中心に生まれ、狙った方向へ放たれておる。
間違いなく、風の魔法。
この世界の人間が、実際に魔法を使っておる。
「習得方法や、どうやって使うのかについては授業で教える」
千葉先生は何事もなかったかのように手を下ろした。
だが、その言葉を聞いた我は、長年抱えていた疑問を思い出す。
クリスタル。
前の世界では、我ら魔族にとって非常食であり、携帯できる弁当のようなものでもあった。
魔素を凝縮した塊。
少なくとも、我の知るクリスタルとはそういうものだ。
だというのに、この世界では様々な資源へ加工され、さらには魔法を習得するためにまで使われておる。
何故、そのようなことが可能なのだ?
もしかすると、この世界のダンジョンから得られるクリスタルは、我の知るものとは性質そのものが異なるのだろうか。
それとも、科学技術によって、前の世界では知られていなかった使い方が生み出されたのか。
…………。
わからぬ。
我の疑問が、また一つ増えてしまった。
「そっか。だから教室が閉ざされているんだ」
ユウが周囲を見回しながら、納得したように頷いた。
「そういうことだ。魔法の存在を含め、習得方法や術式、個々が持つ能力の詳細は、一般には公開されていない」
千葉先生は、我とユウへ視線を向けながら説明を続けた。
「それだけじゃない。さっきも話したとおり、これから扱う授業内容の多くには機密が含まれている」
なるほど。
授業中に誰がどのような魔法を使ったのか。
どのような技術や装備を扱い、何を学んでいるのか。
それらを外部から簡単に見聞きされるわけにはいかぬということか。
「だから、この校舎には外から中を覗ける窓がない。出入りにも認証が必要になるし、普通科とは校舎そのものを分けている」
外に面した窓がなく、校舎へ入るために認証まで必要だった理由。
普通科とは校舎を分け、専用の設備が整ったこの場所で学ばせている意味。
ようやく、少しずつ繋がってきたの。
「ここまでは理解できたか?」
「うむ。大体は理解したぞ」
「マオ、わかったの? 私、まだよくわからないのに」
「ふっ。我は賢いからな」
ユウよ。
何故、そこで拳を振り上げる?
少しばかり自慢しただけではないか。
その拳を下ろせ。
我、別におぬしを馬鹿にしたわけではないぞ。
「お前ら、本当に仲がいいな」
「幼馴染だからね」
「うむ」
千葉先生は我とユウを交互に見た後、僅かに笑みを浮かべた。
「そうか。じゃあ、続けるぞ」
千葉先生がデジタル黒板を操作すると、画面に校舎全体の見取り図が表示された。
「まずは、この校舎の説明だ。地上四階、地下三階のダンジョン科専用校舎になっている」
地上四階だけではなく、地下にも三階まであるのか。
外から見ただけではわからなんだが、思っていた以上に大きな建物よな。
「三階と四階は、来年以降、お前たちの進級や新入生の入学に合わせて使う予定だ。ただ、S組については来年も作られるかどうかわからんがな」
「私たちが特別ってことですか?」
「ああ。特別ではある」
千葉先生は素直に認めた後、少しだけ表情を引き締めた。
「だが、自分たちが上だと勘違いして、他の生徒を見下すようなことはするなよ。いじめを経験したことがあるなら、その辺りはわかってると思うが」
「なぜ知っておる?」
我は思わず問い返した。
我が小学校でいじめを受けていたことなど、千葉先生へ話した覚えはない。
ユウが話したのか?
いや。
隣で目を丸くしておるところを見る限り、違うようだな。
「入学前に、小学校へ確認したからだ」
千葉先生は何でもないことのように答えた。
「天神。お前、小学校で伝説になってたぞ」
…………。
伝説。
ああ。
あの職員室での一件か。
いじめについて担任へ報告したにもかかわらず、悪戯として片づけられそうになり、我が少しばかり腹を立てた時のこと。
我としたことが、つい魔力を僅かに漏らしてしまったのだ。
ほんの少しぞ。
誰かを傷つけたわけでもなく、職員室の空気が凍りついただけ。
…………。
それが、まさか伝説にまでなっておるとは思わなんだな。
「何したの、マオ?」
「何もしておらぬ。少しばかり話し合っただけぞ」
「その話し合いの後、学校の調査が入って、教師が一人いなくなったらしいけどな」
「それは我のせいではないぞ」
我は、いじめがあると報告しただけ。
その後に何が判明したのかは知らぬが、教師がいなくなったのは学校側が調査を行った結果だ。
うむ。
我、無関係。
「まあ、その辺りは後でいい。校舎の説明へ戻るぞ」
千葉先生が画面へ触れると、一階の見取り図が拡大された。
「一階には、ラウンジスペース。そこには自動販売機があるぞ。それから、男女別の風呂。地下へ行くためのエレベーターも一階だ」
…………。
風呂?
ラウンジで休憩や食事ができることはわかる。
実技の授業を行うのであれば、汗を流すための設備が必要になることも理解できる。
だが、先ほど見た宿泊室に加え、男女別の風呂まで用意されておるのか。
食事のできるラウンジ。
宿泊室。
そして、風呂。
…………。
やはり、この校舎。
本当にここだけで生活できるように作られておらぬか?
「先生。もしかして、ここに寝泊まりすることがあるんですか?」
ユウよ。
よくぞ聞いてくれた。
我も、まさにそれを聞きたかったところぞ。
「ある。もっとも、まだ先の話だけどな。詳しいことは、その時までのお楽しみだ」
千葉先生は、それ以上説明するつもりはないらしい。
何故、中学校の校舎へ泊まる必要があるのか。
我、余計に気になるではないか。
「次。地下一階はトレーニング室だ。最新の設備が一通り揃っている」
デジタル黒板の画面が切り替わり、様々な器具が並ぶ広い部屋が映し出された。
走るための機械。
重りを持ち上げる器具。
それ以外にも、我には用途のわからぬ設備が幾つも並んでおる。
「地下二階は道場。ここでは格闘訓練や、武器の扱いを学んでいく」
再び画面が切り替わる。
今度は、広々とした道場が映し出された。
壁には様々な武器が並び、床には衝撃を和らげるためなのか、厚みのある素材が敷かれておる。
教室に置かれていた木製の武器も、そこで使用するものなのだろうな。
「そして、地下三階は射撃場だ。ここで銃の扱いを覚え、腕を磨いていく」
画面に映し出されたのは、幾つもの標的が並ぶ細長い空間。
射撃場。
我が一番興味を惹かれたのは、そこだった。
元の世界には存在しなかった、銃という武器。
小さな筒から弾丸を放ち、離れた場所にいる相手を撃ち抜く。
漫画や映像では何度も見たことがあるが、実際に撃った経験はない。
…………。
我、撃ってみたい。
一体どれほどの威力があるのか。
魔法と比べて、どれほど扱いやすいのか。
早く試してみたいものよな。
「ちなみに、昼食は弁当が配達される。昼になったら、一階のラウンジで受け取れ。好き嫌いせず、きちんと食べるようにな」
「先生! 魚はなしにできますか?」
「知らん」
千葉先生は、ユウの問いを即座に切り捨てた。
…………。
ユウよ。
我、恥ずかしい。
入学早々、教師へ堂々と好き嫌いを申告するでない。
「おこちゃま」
「何? マオ」
聞こえておったか!
「何も言うてはおらぬ」
「…………」
ユウよ。
無言で睨むでない。
我は事実を小さく呟いただけぞ。
魚を食べられぬなど、まだまだ子供よな。
「白崎。一応、弁当を用意するところには確認しておいてやる。アレルギーや体質に合わせた献立変更もあるから、魚を抜けるかどうかくらいは聞ける」
「本当ですか?」
「ただし、お前の場合は単なる好き嫌いだろ。なるべくなくせ。ダンジョンへ入れば、食べたいものを好きに選べるとは限らないからな」
千葉先生の声が、僅かに真剣なものへ変わる。
「長時間戻れないこともある。携帯食しか残っていない状況で、嫌いだから食べられませんでは済まないぞ」
「……わかりました」
ユウは少し不満そうにしながらも、素直に頷いた。
なるほどの。
単なる好き嫌いの話ではなく、ダンジョンで生き残るためにも必要なことなのか。
食べられる時に、食べられるものを口にする。
元の世界で遠征へ出た兵たちも、同じようなことを言っておったな。
…………。
ユウよ。
今のうちに魚を克服しておくがよい。
我は食べてやらぬぞ。




