第18話 我、バレる(バレてない) (10/17書き直し)
「お前ら、勝手に触るな――と言いたいところだが、これだけ並んでいれば無理もないか」
教室の入口から聞こえた声に、マオとユウは揃って振り返った。
「む?」
そこに立っていたのは、担任の千葉だった。
昨日のようなスーツ姿ではない。紺色のジャケットにグレーのTシャツ、下は動きやすそうなデニム地のスラックス。随分と気楽な服装である。
(ほう。今日は最初から普段着なのだな)
「おお。千葉先生ではないか」
「朝から随分と楽しそうだな」
千葉はマオの木刀に視線を向け、続いてユウが両手で握っている木剣を眺めた。その表情には、僅かな呆れが浮かんでいる。
「まあ、興味が湧くのはわかるが、次からは許可を取れよ。ほら、元の場所に戻して席に着け。朝礼を始めるぞ」
「うむ。承知した」
「はーい」
マオは木刀を元の位置に戻し、ユウも木剣を専用の台に置いた。ただし、ユウは最後まで名残惜しそうに柄を眺めている。
(まったく。これから授業で扱う機会もあろう。そう急ぐでない)
もっとも、マオ自身も少し残念だった。これほど様々な武器を目にすると、一つずつ手に取って確かめたくなる。それでも教師から指示された以上、これ以上勝手に扱うわけにはいかない。
二人は大人しく席に戻った。
途中、マオは壁際に並ぶ模擬武器をもう一度見た。
昨日まで何もなかった教室に、一晩で用意された大量の武器。
(さて。今日は一体何をするつもりなのだろうな)
期待に、自然と頬が緩む。
「朝礼といっても、今日は特に話すことはないんだがな」
マオとユウが席に着いたのを確認すると、千葉は教卓に片手をつき、気だるそうに話し始めた。
「お前らも見たと思うが、今日は普通科の入学式だ」
「うむ。今朝、校門の辺りに集まっておった者たちよな。我らは完全に場違いであったぞ」
「そうだね。みんな制服なのに、私たちだけジャージだったし」
ユウが苦笑した。
その言葉に、マオも今朝の光景を思い出す。
真新しい制服を着た大勢の新入生。スーツや礼装姿の保護者。そんな人々の間を歩く、ジャージ姿の少女二人。
(あれは流石に居心地が悪かったの)
人前に立つことなら慣れている。かつては王として、大勢の家臣や民を前に話すこともあった。だが、それと場違いな格好で注目されることは、まったく別の話である。
そんな二人を見て、千葉が不思議そうに首を傾げた。
「あれ? 伝えてなかったか?」
「む?」
「お前ら、別に正門から入る必要はないぞ。校庭側から直接この校舎に来ればいい。普通科の昇降口を通る必要もないし、ここは土足のままでいいからな」
「…………」
「聞いてません」
ユウが即答した。マオも深く頷く。
「そうか。伝え忘れてたか」
千葉は悪びれる様子もなく、軽く頭を掻いた。だが、その口元には笑みが浮かんでいる。
(…………怪しい)
どうにも、わざとらしい。
そもそも、昨日の説明で校舎の入退室について散々話していたではないか。それなのに、登校経路だけ伝え忘れるなどということがあるのだろうか。
(もしや、わざと教えなかったのではあるまいな?)
何も知らずに登校した二人が、一般生徒や保護者の間で困り果てる姿。それを想像して面白がっていたとしても、目の前の教師なら不思議ではない。
もっとも、証拠はない。
(……いや。今の笑みが証拠ではないか?)
マオは疑わしそうに千葉を見つめた。だが、当の本人はどこ吹く風である。
「まあ、いい。次からは校庭側を通って直接ここに来い。それと、普通科の校舎には用もなく入るなよ」
「む? 何故だ?」
マオはすぐに首を傾げた。
ダンジョン科の校舎が一般校舎から離れている理由なら、昨日説明を受けている。危険な武器や装備を扱うため、専用校舎は一般生徒が自由に立ち入れないように造られている。それは理解できる。
だが、逆はどうなのだろうか。
(我らが普通科の校舎に入ることまで控えねばならぬ理由があるのか?)
同じ学校に通う生徒なのだから、何か用事があれば普通科の校舎を訪れることもあるだろう。わざわざ注意するということは、それなりの理由があるはずだ。
「うーん……」
千葉は腕を組み、少し考えるように視線を上げた。そして、二人を見直す。
「まあ、いいか。朝礼で話すこともないし、そのまま今日の説明に入るぞ」
そう告げると、教卓から身体を離した。先ほどまでの気だるげな様子が薄れ、表情が引き締まる。
「まず、勘違いするなよ。普通科の生徒と話すなって意味じゃない。交流するのは自由だ。ただ、用もなく向こうの校舎に出入りするな。授業も設備も違うし、迷惑になるからな」
「ふむ」
「それと、もう一つ大事な理由がある」
千葉はそこで一度言葉を切った。
「お前らがこれから学ぶのは、ダンジョンのことだ。モンスターの生態、探索の方法、武器の扱い方。それに……まあ、あまり綺麗な言い方じゃないが、殺すための技術も覚えることになる」
「……殺す?」
ユウの表情が変わった。
「ああ。モンスターをな」
千葉は曖昧にせず、はっきりと言い切った。
「ダンジョンに入れば、モンスターと戦う。そいつらを倒さなければ先に進めないこともあるし、殺さなければ自分たちが殺される状況だってある」
教室に、僅かな緊張が走った。
マオは黙って千葉を見つめる。
元魔王であるマオにとって、戦闘や殺し合いは未知のものではない。むしろ、嫌というほど経験してきた。だが、その重さを理解しているからこそ、千葉の言葉を軽く受け止める気にはなれなかった。
「もっと悪い言い方をすれば、ここで教わるのは人間だって簡単に殺せる技術だ。お前らがそういうことをするって意味じゃないぞ。だが、使い方を間違えれば、それだけ危険な知識と技術を身につけることになる」
ユウは唇を引き結び、千葉の話に耳を傾けていた。
「だから、何を学んでいるのか、どんな訓練をしているのか、軽々しく周囲に話すな。余計な誤解を招くこともあるし、情報によっては外部に漏らすこと自体が問題になる」
「……予防ということですか?」
「そうだ。お前ら自身を守るためでもある。それに、これからは守秘義務が必要な情報も扱うことになる」
「守秘義務?」
マオの眉が僅かに上がった。
(中学校で、機密とな?)
学校で学ぶ内容に、外部へ漏らしてはいけない情報が含まれている。改めて言われると、なかなか物騒な話だった。
マオは自然と壁際の模擬武器に視線を向けた。
この学校では、いずれ実際の銃器や刃物も扱う。ダンジョンについても学び、ハンターとして活動するための技術を身につけていく。普通の中学生が知る必要のない情報が含まれていても、不思議ではない。
「ああ。ダンジョン内部の詳しい情報や、ハンターの装備、そこで使われる技術。それから、一般には公開されていないモンスターや素材についても学ぶ」
千葉の声から、先ほどまでの軽さは消えていた。マオもユウも、自然と背筋を伸ばす。
「普通科の生徒が信用できないって話じゃないぞ。家族や友人だって同じだ。本人に悪気がなくても、何気なく話した内容が別の人間に伝わって、そこから外へ広がることはある」
(なるほど)
その説明なら、マオにもよく理解できた。
何でもない世間話のつもりでも、そこに他人の知り得ない情報が混じれば、話は変わる。一度人の口から広がった情報を、後から止めることなどできない。
(人の口に戸は立てられぬ、か。実にうまいことを言うものよな)
元の世界でも、似たような問題には何度も頭を悩ませたものだ。
「だから、普通科の校舎に用もなく出入りするな。ダンジョン科の授業内容について聞かれても、勝手に詳しく話すな。それだけ覚えておけ」
「うむ。理解した」
「わかりました」
二人の返事を聞き、千葉は満足そうに頷いた。そして、ふと思い出したようにマオを見る。
「そういえば、天神」
「なんぞ?」
「お前の親父って、天神博博士だよな?」
「…………む?」
マオは首を傾げた。
天神博。
確かに、父の名前である。
だが――。
「父上は天神博で間違いないが……博士と呼ばれておるのか?」
「ん? そうだけど」
「ほう……」
(我、初めて知ったぞ)
博が行政のダンジョン研究所で働いていることは知っている。研究所に勤めている以上、何らかの研究に携わっていることも理解していた。
しかし、具体的に何をしているのかについては、ほとんど聞かされていない。ましてや、千葉が当然のように博士と呼ぶほど、ハンターの間で知られた人物だとは思っていなかった。
「いやな。昨日の入学式で博士の姿を見かけてな。天神って名字も同じだし、もしかしてと思ったんだ。俺たちハンターや研究所の関係者には、博士を知ってる奴が結構いるからな」
「そうなのか?」
「ああ。俺も博士には何度も世話になってる」
「千葉先生が、父上に?」
「そうだ。俺が使う装備の調整とか、ダンジョン調査に持っていく機材とか。その辺でな」
「…………ほう」
千葉は何でもないことのように答えた。だが、マオにとっては聞き流せる話ではなかった。
(待て。それは、なかなか凄いことではないか?)
目の前にいる千葉は、S級ハンターである。その千葉が実際に使う装備や、ダンジョン調査に持ち込む機材に、父の博が関わっているという。
(父上。もしや、我が思っておったよりも重要な仕事をしておらぬか?)
もちろん、研究者なのだから研究をするのは当然だ。だが、実際にハンターから頼られているとは思ってもみなかった。
「その顔だと、博士は家じゃあんまり仕事の話をしてないみたいだな」
「うむ。聞いたことはあるが、いつもかなり濁されておった」
以前、ダンジョンについて詳しく尋ねた時もそうだった。博は話せる範囲では丁寧に答えてくれた。だが、一定のところを越えると、それ以上は教えてくれなかった。
当時は研究所の決まりもあるのだろうと納得していたが、今の話を聞くと、その意味が少し変わってくる。
(父上の仕事そのものが、我らの学ぶ内容と深く関わっておるのか)
「詳しいことは何も聞いておらぬ。ただ、やたらと海外に呼ばれて、その度に長く家を空けておることくらいだな」
アメリカ。エジプト。
それ以外にも、博は仕事で世界中を飛び回っている。新たなダンジョンが見つかる度、調査に向かっているようにも見えた。
マオはこれまで、行政の研究機関に勤めているのだから、そういうこともあるのだろうと思っていた。
だが――。
(父上。一体、外で何をしておるのだ?)
今まで以上に気になってきた。
「マオ。今度、詳しく聞いてみようよ」
「うむ。そうであるな」
二人が頷き合うと、千葉が小さく笑った。
「まあ、聞くのは自由だ。博士が答えてくれるかは別だけどな」
「む?」
「で、今のでわかったか?」
「何がですか?」
ユウが首を傾げた。
すると、千葉は教卓に片手をつき、口元を吊り上げた。
「機密情報を扱う時の怖さだよ」
「…………」
(む?)
「俺が今話したことは、別に機密じゃない。だが、もしあの中に機密事項が混じっていたらどうだ? 俺は何気なく情報を漏らしたことになるし、お前らはそれを聞いて、もっと詳しく調べようとしていたことになる」
「…………あ」
マオの動きが止まった。
「悪気がなくても、そういうことは起こる。今は博士の話だからいいが、これが他人の装備やダンジョンの未公開情報だったら、そう簡単には済まないぞ」
「むぅ……」
マオは悔しそうに唸った。
つい先ほど、情報管理の重要性を理解したばかりだというのに、父の話が出た途端、もっと詳しく聞こうとしていた。
(我、見事に引っ掛かった……)
一国を治めていた身として、これは少々悔しい。
「そういうことだ。じゃあ次だ。問題」
「…………む?」
(切り替えが早すぎぬか?)
先ほどまで真剣に情報管理について話していたというのに、千葉はあっさり次の話題に移ってしまった。
マオが何とも言えない顔をしている間にも、千葉はタブレットを操作する。
すると、教室前方のデジタル黒板に、大きな文字が表示された。
『ハンターの階級は、全部でいくつあるでしょう?』
(…………知らぬよ)
マオは思わず眉を寄せた。
昨日、千葉がS級ハンターだということは聞いている。つまり、S級という階級が存在する。だが、他の階級について詳しく教わった覚えはなかった。それなのに、いきなり問題を出されても困る。
「七つですか?」
隣のユウが手を挙げた。
「不正解。天神は?」
「むぅ……ならば、八つか?」
「それも不正解。正解は18段階だ」
「18?」
「そんなにあるんですか?」
二人の声が重なった。
予想していたより、随分と多い。
(なかなか細かく分けられておるのだな)
千葉が画面を切り替えると、問題文が消え、ハンター階級の一覧が表示された。
「まずはG級。そこからF級、E級、D級、C級、B級、A級。この七つが標準階級だ」
説明に合わせて、デジタル黒板に階級が順番に並んでいく。最も下にあるのがG級。そこから上がるにつれ、F級、E級と続き、標準階級の最上位がA級となっていた。
(ふむ。ここまではわかりやすい)
だが、そこには千葉の階級であるS級が含まれていない。
「じゃあ、先生のS級って、かなり凄いんですか?」
ユウが目を輝かせながら尋ねた。
(ユウよ。随分と楽しそうだの)
先ほど木剣を手にした時と、よく似た表情である。
もっとも、マオ自身も気になっていた。標準階級の最上位がA級なら、その上に位置するS級とは、一体どのようなものなのだろうか。
「ああ。決められた基準を突破した奴だけが、S級になれる」
千葉がタブレットを操作すると、A級の上に新たな文字が追加された。
S級。
続いて、S1級からS9級まで。
そして、その頂点にはZ級と表示されていた。
「S級が最高じゃないんですね」
「ああ。S級は、言ってしまえば人間の基準を超えた最初の段階だ。その上にS1級からS9級まであって、最終階級がZ級になる」
標準階級の七段階。S級と、その上にある九段階。そしてZ級。合わせて18段階というわけだ。
(人間の基準を超えた、最初の段階……)
マオの視線が、S級の文字で止まった。
千葉は何気なく口にしたが、その言葉には大きな意味がある。A級までは、どれほど優れていても人間の範囲。だが、S級に到達した者は、その境界を越えるということなのだろうか。
「もっとも、Z級にはまだ誰も到達してない。現在確認されている最高位はS4級だ」
「S4級で最高なんだ」
ユウが一覧を見上げた。
つまり、S5級から上には、まだ到達した者がいないということになる。
(では、そのS4級という者は、どれほど強いのだ?)
この世界にも、人間の基準を大きく超えた強者が存在する。しかも、その上にはまだ誰も到達していない階級が残されているという。
(実に興味深いの)
元魔王として、一度はその実力を見てみたいものだった。
「じゃあ、先生ってもう人じゃないってことですか?」
「…………」
(ユウよ)
マオは思わず隣を見た。
(本人に向かって、よく聞けるの)
流石に少し失礼ではなかろうか。
だが、千葉は気分を害するどころか、声を上げて笑った。
「ははっ。いや、俺も人間だ。『人間を超えた』ってのは、そういう意味じゃない」
千葉はデジタル黒板のS級を指差した。
「簡単に言えば、能力測定で定められた人間の基準上限を100%とした時、そこを超える数値を出せるってことだ」
「100%以上?」
「ああ。身体能力や五感、能力の出力なんかだな。何が基準を超えるかは人によって違うが、S級に認定される奴は、それまで人間には到達できないと考えられていた領域に入ってる」
「なるほど。人知を超えるということか」
「まあ、そういうことだ」
人間でなくなるわけではない。
人間の身体のまま、従来の測定基準を超える能力を発揮する。
それがS級。
そこまで理解したところで――。
(…………待て)
マオの思考が止まった。
そっと自分の手を見下ろす。
小さく、華奢な少女の手。見た目だけなら、普通の中学生と何も変わらない。
だが、その身体に宿る力まで普通ではない。
(我とユウ。すでに超えておらぬか?)
マオには、魔王だった頃から引き継いだ力がある。今の身体でも、普通の人間とは比べものにならない身体能力を持ち、魔法まで使える。
そしてユウもまた、勇者だった頃の人間離れした力を残している。
(…………うむ)
どう考えても、普通の中学生ではない。
(我ら、完全に基準を超えておるよな?)
問題は、学校側がその事実をどこまで把握しているかだった。
「そして、ここでクラス分けの意味が出てくる」
「む?」
千葉の言葉に、マオは顔を上げた。
デジタル黒板の表示が切り替わる。
今度は、A組からG組までの七クラスと、その下にS組の文字が並んだ。
「何故、ダンジョン科が八つのクラスに分かれているのか。その理由が、今の階級の話に繋がる」
マオは画面を見つめた。
A、B、C、D、E、F、G。
そしてS。
(…………まさか)
頭の中で、先ほど聞いたハンター階級とクラス名が重なった。
「千葉先生よ」
「ん?」
「我らは、将来S級に到達する可能性がある。だからS組なのか?」
「正解」
千葉は迷うことなく頷いた。
「正確には、S級に到達する可能性があると判断された生徒だ。それと、お前ら二人については、現時点ですでに同年代の人間の基準上限を超えている可能性も疑われてる」
「…………」
マオの動きが止まった。
(…………バレておる?)
隣を見ると、ユウも目を大きく見開いていた。
学校側は、自分たちをS級候補として評価している。それだけではない。すでに普通の人間の範囲を超えている可能性まで疑われているという。
(いや。正体まで知られているわけではないはずだ。だが……)
マオは僅かに眉を寄せた。
少なくとも、自分たちが普通ではないことは見抜かれている。
(何を見て判断したのだ?)
答えは出ない。
だが、千葉が「あくまでも可能性」と言ったことだけは確かだ。魔王だったことも、ユウが元勇者であることも、知られているわけではないはず。
(…………とはいえ、随分と際どいところまで来ておるな)
そこでマオは、改めてデジタル黒板に並ぶ階級へ視線を戻した。
S級。
人間の基準を超えた者が立つ領域。
その上には、さらに九段階もの階級が存在している。
(この世界にも、それほど強い人間が存在するのか)
マオ自身が特殊な存在であることはわかっている。ユウも同じだ。
だが、この世界には二人以外にも、人間の限界を超える者たちがいるという。
(もしや、ダンジョンと何か関係があるのだろうか?)
マオが転生した日。世界で最初に現れたダンジョン。元の世界で持っていた、ダンジョンマスターの力。そして、この世界で以前から確認されていたという、特殊な能力を持つ人々。
どこまでが繋がっていて、どこからが無関係なのか。
今は何一つ、確かなことがわからない。
(まったく……考える材料ばかり増えていくの)
マオがそんなことを考えている間にも、千葉の授業は続いていた。
「後の授業でも詳しく説明するが、ハンターは基本的に五人一組で行動する」
千葉がタブレットを操作すると、デジタル黒板に五人の人型が表示された。それぞれに異なる役割を示す文字が添えられている。
「戦闘、探索、支援。互いに足りない部分を補いながら、一つのチームとしてダンジョンに入る。各クラスの定員を五人にしてるのも、それを前提にしてるからだ」
「なるほど」
マオは小さく頷いた。
(最初から将来のパーティー編成を見据えておるのだな)
日頃から同じ教室で学び、共に訓練する。そうすれば、互いの得意不得意や行動の癖も自然と理解できる。実際にダンジョンでパーティーを組む際にも、連携しやすくなるだろう。
かつて魔王国の軍を率いていたマオにも、その考え方はよく理解できた。
もっとも、五人という人数がすべての状況に適しているとは限らない。だが、基本となる編成を決めておくことには意味がある。
(ふむ。なかなか合理的ではないか)
「ただし、クラス分けは五人を合わせた強さで決めてるわけじゃないぞ」
千葉は続けて画面を操作した。
デジタル黒板には、入学試験と適性検査、それぞれの評価に関する項目が追加されていく。
「入学試験や適性検査の結果から、一人ずつ将来どの階級まで到達できる可能性があるかを予測する。その評価を基準に、近い生徒を同じクラスに入れてるんだ」
「じゃあ、A組にいる人は、一人一人がA級になれる可能性があるってことですか?」
ユウが手を挙げて尋ねた。
「現時点では、そう評価されてる」
「おお……」
マオは今朝会った佐々木の姿を思い浮かべた。
(佐々木殿は、確かA組だったな)
つまり、将来A級へ到達する可能性があると評価されているということだ。
今朝は随分と怒っていたし、昨日はマオに投げ飛ばされていた。正直なところ、そこまで高い評価を受けているとは思っていなかった。
(いや。あれは我が悪かっただけで、佐々木殿の実力とは無関係よな)
相手がどれほど優れていようと、不意を突かれれば対処が遅れることはある。ましてや、本人に戦うつもりがなかったのなら尚更だ。
そう考え直したところで、千葉の声が少し強くなった。
「ただし、勘違いするなよ。これは、あくまで入学時点での予測だ」
二人の視線が千葉に向く。
「A組に入ったからって、絶対にA級になれるわけじゃない。訓練を怠れば届かないこともあるし、逆にB組以下からA級まで上がる奴だっている」
「未来が決まったわけではない、ということよな」
「そういうことだ」
千葉は頷いた。
「現時点での能力と将来性を評価してるだけだ。努力もせずに上へ行けるわけじゃないし、低い評価だったからといって、上を目指せないわけでもない」
(ふむ。道理よな)
どれほど優れた才能を持っていたとしても、磨かなければ意味がない。逆に、最初は力が足りなくとも、経験と鍛錬によって成長する者はいる。
元の世界でも、そうした者たちを何人も見てきた。最初は剣をまともに振れなかった兵士が、数年後には部隊を率いるほど成長したこともある。才能だけで将来が決まるわけではないのだ。
(ならば、我らS組も同じということか)
学校からS級候補として評価された。ただ、それだけである。
将来S級になることが保証されたわけではないし、今すぐS級ハンターとして活動できるわけでもない。これから学ばなければならないことは山ほどある。その点は、他のクラスと何も変わらないのだろう。
そして――。
(だから、S組だけ二人だったのだな)
入学式の日から抱えていた疑問が、ようやく解けた。
A組からG組までは、それぞれ五人。だが、S組はマオとユウの二人だけ。
単に人数が足りなかったわけでも、特別に少人数へ分けられたわけでもなかった。今年の新入生で、S級に到達する可能性があると評価されたのが、二人だけだったのである。
(……随分と大きな評価を受けておるの)
マオは改めて隣のユウを見た。
ユウもこちらを見ていた。
目が合うと、互いに小さく首を傾げる。
どうやら、二人とも少し戸惑っているらしい。
「ただ、このクラス分けの意味を知ってるのは、教師と一部の学校関係者。それから今年のS組――お前ら二人だけだ」
「む?」
マオは千葉に視線を戻した。
「他の生徒には教えておらぬのか?」
「ああ。A組からG組には、詳しい振り分け基準を明かさない決まりになってる」
「何故ですか?」
ユウが不思議そうに尋ねた。
「簡単な話だ」
千葉はデジタル黒板に表示されたクラス一覧を指差した。
「入学したばかりで『自分はA級候補だ』なんて知れば、慢心する奴が出てくるかもしれない。逆に『自分はG級程度だ』と思い込んで、最初から上を目指すのを諦める奴もいるだろう」
「なるほどの……」
マオは納得して頷いた。
(確かに、そういう者は出てくるであろうな)
元の世界で兵士たちを育てていた頃にも、似たような光景は何度も見てきた。才能に驕って伸び悩む者もいれば、周囲の予想を覆すほど成長する者もいた。
(ふむ。教育というものも、なかなか難しいの)
「だから、今話したクラス分けの基準は、他のクラスには絶対に話すな」
千葉が二人を順番に見た。
「特に、お前らがS級候補だってことは、今の段階では伏せておけ」
「うむ。承知した」
「わかりました」
二人は揃って頷いた。
今朝、千葉から教わったばかりである。情報の扱いには気をつけなければならない。しかも、今回は自分たちに関することだ。下手に口外すれば、余計な騒ぎになるかもしれない。
(佐々木殿に知られでもしたら、また面倒なことになりそうよな)
今朝のやり取りを思い出し、マオは小さく息を吐いた。
ただでさえ、妙に対抗心を向けられている。そこにS級候補などという話が加われば、何を言われるかわかったものではない。
(うむ。黙っておくに限る)
そう結論づけ、マオはもう一度デジタル黒板を見上げた。
S組。
その文字が、先ほどまでとは違って見える。
人間の基準を超える可能性を持つ者たち。
学校側は、そう判断して自分たちをこのクラスに入れた。
だが――。
(…………やはり、気になるの)
マオは机の下で、そっと手を握った。
入学試験で、本気を出した覚えはない。
魔法も使っていない。
ユウも、試験中に特別な力を見せた様子はなかった。
それなのに、二人だけをS組に振り分けた。
(学校側は、我らの何を見て判断した?)
入学試験。適性検査。能力を測る技術。そして、父の博が関わっているという研究。
一つずつ思い返してみても、肝心なところまでは繋がらない。ただ、学校側が二人について何らかの情報を掴んでいることだけは確かだった。
(我が魔王だったことまで知られておるとは思えぬ。だが……)
普段隠している力の一端まで、何らかの方法で見抜かれているのだとしたら。
そして、もう一つ。
(父上は、どこまで知っておるのだ?)
千葉が世話になっているという、ダンジョン研究者の博。
自分たちがS級候補として選ばれたことと、父の研究に何か関係があるのだろうか。
もちろん、今の段階では何の証拠もない。単なる考えすぎかもしれない。
だが、一度浮かんだ疑問は、そう簡単には消えてくれなかった。
(まったく……入学二日目にして、随分と面倒なことになってきたの)
マオは小さく息を吐き、背筋を伸ばした。
今は、まだわからないことばかりだ。
ならば、学ぶしかない。
この世界の技術も、ハンターの仕組みも。そして、自分たちが何故S組に選ばれたのかも。
(うむ。いずれ確かめてやろう)
そう決意したマオは、教壇に立つ千葉を真っすぐに見つめた。
ただ、一つだけ。
(我、入学早々……かなり際どいところまで見抜かれておらぬか?)
元魔王の胸に、小さな不安が残っていた。




