第18話 我、バレる(バレてない)
「お前ら、勝手に触るな――と言いたいところだが、これだけ並んでいれば無理もないか」
む?
教室の入口から声が聞こえた。
振り返ると、そこには千葉先生が立っておる。
昨日、教室で見せた姿と同じく、髪は乱れ、ネクタイも締めておらぬ。どうやら今日は、最初から外向きの教師を演じるつもりはないようだな。
「おお。千葉先生ではないか」
「朝から随分と楽しそうだな」
千葉先生は、我が持つ木刀と、ユウが構えている木剣を順番に見た。
その視線には呆れが混じっておる。
「ほら。武器を元の場所へ戻して、さっさと席につけ。朝礼を始めるぞ」
「うむ」
「はーい」
我は木刀を、先ほど置かれていた場所へ丁寧に戻す。
ユウも木剣を台へ戻したが、少しだけ名残惜しそうな顔をしておるな。
まったく。
これから授業で扱う機会はあるだろう。
そう急ぐでない。
それよりも――。
我は己の席へ向かいながら、壁際に並んだ武器の山へもう一度視線を向けた。
一体、今日の説明で何をするつもりなのだろうな。
昨日以上に、気になることが増えてしまったではないか。
「朝礼といっても、今日は特に話すことはないんだが……お前たちも見たと思うが、今日は普通科の入学式だ」
「今朝、校門の辺りに集まっておった者たちよな。我らは完全に場違いであったぞ」
「そうだね。みんな制服だったのに、私たちだけジャージだったし。完全に浮いてたよね」
うむ。
思い出すだけでも、少し居心地が悪くなるの。
真新しい制服や正装に身を包んだ生徒たち。
その隣を歩く、我とユウのジャージ姿。
周囲から向けられた、何故この二人だけその格好なのだろうという視線。
間違った服装ではないとわかってはいても、あれだけ見られれば多少は恥ずかしくなるものよ。
我、魔王。
人前へ立つことには慣れておる。
だが、場違いな者として注目を浴びることには慣れておらぬぞ。
「あれ? 伝えてなかったか?」
千葉先生は、さも今思い出したと言いたげな顔で首を傾げた。
「お前たちは、別に正門から入る必要はないぞ。この校舎まで直接来ればいい」
…………。
聞いておらぬぞ。
「聞いてません」
ユウが即座に答える。
我も無言で深く頷いた。
「そうか。伝え忘れてたか」
千葉先生は悪びれる様子もなく、軽く頭を掻いた。
…………。
千葉先生よ。
その表情。
本当に忘れておったのか?
口元が僅かに緩んでおるように見えるのだが。
まさか、我らが正門から登校し、普通科の生徒たちに囲まれて困る姿を想像して、わざと黙っていたのではあるまいな?
少し怪しいぞ。
「まあ、いい。次からは校庭側を通って、直接ここへ来い。それと、普通科の校舎には、用もなく入らないようにな」
「何故?」
我はすぐに問い返した。
校舎が分かれているだけならば、まだ理解できる。
扱う授業や設備が違うのだから、それぞれに専用の建物を用意する理由もあろう。
だが、わざわざ立ち入りを控えさせるのは何故だ?
同じ学校へ通う生徒同士ではないのか?
「う~ん……」
千葉先生は腕を組み、少しだけ考え込むように視線を上げた。
言ってよいものか迷っているのか。
それとも、どこまで説明するべきか考えておるのか。
「まあ、いいか。今日はもう朝礼で話すこともないし、このまま予定を進めるとするか」
そう言うと、千葉先生は我とユウへ改めて視線を向けた。
「別に、普通科の生徒と話すなという意味じゃない。ただ、普通科の校舎には用もなく入るな。授業も設備も違うからな」
千葉先生はそこで一度言葉を切ると、僅かに表情を引き締めた。
「それと、ダンジョン科で学んだ内容を、不用意に口外するな。こっちは機密の問題だ」
「機密とな?」
中学校の授業に、機密。
我は壁際に並んだ木製の武器へ視線を向ける。
確かに、この学校では銃器や爆発物も扱うと聞いておる。
ダンジョンに関する情報の中には、一般には公開できぬものもあるのだろう。
「ああ。ダンジョン内部の情報、ハンターの装備、使用されている技術。それに、一般には公開されていないモンスターや素材についても学ぶことになる」
千葉先生の声から、先ほどまでの軽さが僅かに消えた。
「普通科の生徒が信用できないって意味じゃない。家族や友人にも同じことが言える。本人に悪気がなくても、何気なく話した内容が、そこから外へ漏れることはあるからな」
なるほど。
普通科の生徒との交流そのものを禁じているのではない。
ダンジョン科で知った情報を、誰かに軽々しく話すなということか。
「だから、普通科の校舎へ用もなく出入りするな。授業内容について聞かれても、勝手に答えるな。それだけ覚えておけ」
「なるほどの」
悪意がなくとも、情報は漏れる。
本人は大した話ではないと思っていても、聞いた者にとっては重要な情報かもしれぬ。
そこから家族へ。
友人へ。
さらに別の者へ。
一度広がってしまえば、回収することは難しい。
国を治めていた頃にも、似たような問題は幾度もあったな。
我、少し納得。
「そういえば、天神」
「うむ?」
「お前の父親って、天神博博士で合ってるよな?」
「うむ……父上は天神博で間違いないが」
博士。
我はその呼び方に、僅かに首を傾げた。
「父上は、博士と呼ばれておるのか?」
我、初めて知ったぞ。
父上が行政のダンジョン研究所で働いていることは知っておる。
研究所に勤めておる以上、何らかの研究に携わっているとは思っていた。
だが、具体的にどのような仕事をしているのかまでは聞かされておらぬ。
ましてや、周囲から当然のように博士と呼ばれる立場だとは知らなんだ。
「そうか。俺も博士には世話になってるからな」
「千葉先生が、父上に?」
「ああ。俺が使う装備の調整や、ダンジョン調査に持ち込む機材のことで、何度も世話になっている」
千葉先生は何でもないことのように答えた。
だが、我にとっては聞き捨てならぬ話ぞ。
S級ハンターである千葉先生が使う装備や、ダンジョン調査用の機材に、父上が関わっておる。
つまり父上は、単に研究所へ勤めているだけではないということか?
「その様子だと、博士は家で何も話してないみたいだな」
「うむ。仕事について聞いたことはあるが、いつもかなり濁されておったの」
ダンジョンについて尋ねた時もそうだった。
父上は我とユウへ話せる範囲では教えてくれたが、詳しい内容になると口を閉ざしておった。
その時は、研究所の決まりがあるのだろうと思っていたが……。
まさか、我らがこれから学ぶ内容と、父上の仕事が繋がっておるとはな。
「詳しいことは、何も聞いておらぬ。ただ、やたらと海外へ呼ばれ、そのたびに長く家を空けておることだけは知っておるが」
アメリカ。
エジプト。
それ以外にも、父上は世界中を飛び回っておる。
新たなダンジョンが発見されるたび、現地へ向かっているようにも見えた。
我はこれまで、行政の研究所に勤めておれば、そのようなこともあるのだろうと考えておった。
だが、千葉先生の口ぶりを聞く限り、父上は我が思っていたよりも、随分と重要な仕事をしておるのかもしれぬ。
…………。
父上。
一体、外で何をしておるのだ?
「と、まあ、ダンジョン科で知った情報を不用意に話すなという理由はわかったな。では、次に行こうか。問題だ」
いきなり問題とな?
先ほどまで機密や父上について話しておったというのに、随分と唐突な切り替えよな。
千葉先生が教卓のデジタル黒板を操作すると、画面の中央に大きな文字が表示された。
『ハンターの階級は、全部でいくつあるでしょう?』
…………。
知らぬよ。
昨日、千葉先生がS級ハンターであることは聞いた。
故に、S級という階級が存在することだけはわかる。
だが、それ以外については、まだ一度も説明を受けておらぬではないか。
「七つですか?」
ユウが少し考えた後、手を挙げて答えた。
「不正解。天神は?」
「ならば、八つかの?」
「それも不正解だ。正解は、全部で18段階ある」
18段階。
我が予想した倍以上ではないか。
随分と細かく分けられておるのだな。
千葉先生が画面へ触れると、表示されていた問題文が消え、代わりにハンターの階級を表した一覧が映し出された。
「ハンターの階級は、G級から始まる。そこからF級、E級、D級、C級、B級と上がり、まずはA級。ここまでが標準的な七段階だ」
なるほど。
G級が最も低く、A級へ近づくほど高くなるのだな。
「じゃあ、先生のS級はかなり凄いんですか?」
ユウよ。
目を輝かせておるな。
先ほど木剣を手に取った時と同じ顔ぞ。
だが、我もそれは知りたい。
標準的な階級の最上位がA級であるならば、その上に位置するS級は、どれほどの実力を持つ者なのだろうか。
「ああ。定められた基準を突破した者だけが、S級になれる」
千葉先生が再び画面を操作すると、A級より上に新たな階級が表示された。
「ただし、もちろんS級が最高というわけじゃない。その上にも階級はある」
画面に並んだのは、S級。
続いて、S1級、S2級、S3級、S4級、S5級、S6級、S7級、S8級、S9級。
そして、その頂点には大きくZ級と記されておった。
「見てのとおり、S級はまだ人を超えた最初の一歩というところだ。そこからS1級、S2級と順番に上がっていき、S9級のさらに上に、最終階級であるZ級がある」
人を超えた、最初の一歩。
千葉先生は何気なく口にしたが、その言葉が持つ意味はかなり重い。
A級までは、どれほど優れていても人の範囲。
だが、S級へ至った瞬間、その境界を越えるということなのか。
「もっとも、Z級にはまだ誰も到達していない。現在確認されている最高位は、S4級だな」
最高峰ですら、Z級には届いておらぬのか。
ならば、S級より上に存在する者たちは、一体どれほどの力を持っておるのだろうな。
「じゃあ、先生はもう人じゃないってことなんですか?」
…………。
ユウ。
それは少し失礼ぞ。
いくら「人を超えた」と説明されたからといって、本人を前にして人ではないのかと尋ねる奴がおるか。
千葉先生は気分を害するどころか、声を上げて笑っておるがな。
「いや、俺も人間だ。簡単に言えば、能力測定で定められた人間の基準上限を100%とした場合、それを超える数値を出せるってことだ」
「100%以上?」
「ああ。身体能力、感覚、能力の出力。何が基準を超えるかは人によって違うが、S級になった者は、従来の人間では到達できないとされていた領域へ足を踏み入れている」
なるほど。
人ではなくなるという意味ではない。
人の身体を持ったまま、これまで人間には越えられぬとされていた基準を上回る。
それが、S級。
…………。
あれ?
我とユウ。
もう、超えておらぬか?
我は、魔王としての力を今も残しておる。
今の身体では、以前の魔王だった頃ほど自由に力を引き出せぬ。それでも、普通の人間と比べれば、身体能力は大きく上回っている。
さらに、我は元から魔法を扱える。
今の身体では素の力に限界があるものの、強化魔法を使えば、魔王だった頃の標準的な力を引き出すことも可能だ。
そして、ユウも同じ。
理由はわからぬが、こ奴は勇者としての力をそのまま引き継ぎ、この世界へ生まれておる。
幼い頃には我を抱えたまま平然と走っておったし、力加減を誤れば、同級生の骨を簡単に折りかねぬほどの力を持っておる。
…………。
いや。
間違いなく、我らは普通の人間の範囲には収まっておらぬよな?
「そして、ここでクラス分けの意味が出てくる」
我が考え込んでいると、千葉先生は画面を切り替え、A組からS組までの文字を表示した。
「何故、ダンジョン科がここまで細かくクラスを分けているのか。その理由だ」
我は黒板に並んだクラス名を見つめる。
A。
B。
C。
D。
E。
F。
G。
そして、我らのS。
…………。
「まさか……我らはS級になり得る。そういうことか?」
「正解だ」
千葉先生は迷うことなく頷いた。
「正確には、S級へ到達する可能性がある。なおかつ、もしかすると、すでに人間の基準上限を超えているかもしれない。そう解釈するのが正しいな」
…………。
我、絶句。
隣にいるユウへ視線を向ける。
ユウも目を見開いたまま、言葉を失っておる。
我らが普通の人間より強いことは、以前からわかっていた。
だが、それは我らが魔王と勇者だったからだ。
この世界の人間も、ダンジョンによってもたらされた力により、勇者と同じく、人の限界を超える領域へ足を踏み入れているということなのだろうか。
もちろん、勇者と同等の力を持つという意味ではない。
ただ、人間という枠を越えた者が、この世界にも存在するということ。
あるいは――。
これも、我から失われたダンジョンマスターの力が、この世界へ与えた恩恵なのか?
…………。
わからぬ。
そもそも、ダンジョンが我の力によって生まれたという確証すらない。
ただ、無関係だと切り捨てるには、あまりにも多くのものが重なりすぎておる。
「後の授業でも教えるが、ハンターは基本的に五人一組で行動する」
千葉先生は、我らの反応を気にすることなく説明を続けた。
「戦闘、探索、支援。それぞれの能力を補い合い、一つのチームとしてダンジョンへ入るんだ。各クラスの定員が五人なのも、その編成を前提にしているからだ」
なるほど。
他のクラスに五人ずつ生徒がおるのは、そのためか。
日頃から同じ教室で学ばせ、将来は一つのパーティーとして行動できるように育てるつもりなのだな。
「だが、クラス分けの基準は、五人を合わせた総合力じゃない。入学試験や適性検査の結果から、一人一人が将来どの階級まで到達できるかを予測し、その評価を基準に分けている」
「なら、A組にいる生徒は、一人一人が将来A級へ到達する可能性を持っているということですか?」
「ああ。現時点では、そう評価されている」
千葉先生は頷いた後、僅かに表情を引き締めた。
「ただし、これはあくまで入学時点の予測だ。これからの訓練や成長次第で、到達する階級は大きく変わる。A組へ入ったから、必ずA級になれるわけじゃない。反対に、B組以下からA級へ到達する者が現れることもある」
ふむ。
一人一人の力と将来性を測り、近い評価を受けた者たちを同じクラスへ集めておるのか。
そして、我らS組は二人だけ。
つまり――。
今年、S級へ到達する可能性があると評価された者は、我とユウしかおらぬということか。
…………。
随分と大きな評価を受けておるのだな。
「ただし、このクラス分けの意味を知っているのは、教師と一部の学校関係者、それに今年のS組であるお前たちだけだ」
「他の者たちは、知らぬのか?」
「ああ。A組からG組の生徒には、卒業するまで詳しい基準を明かさない決まりになっている」
千葉先生は我とユウを順番に見ながら、念を押すように続けた。
「最初から、自分はA級候補だ、自分はG級程度だと意識させれば、慢心する奴もいれば、成長を諦める奴も出てくる。それを避けるためだ」
なるほど。
まだ何者にもなっておらぬうちから、将来の可能性だけを知らされれば、それに心を縛られる者もおるだろう。
「だから、今話したクラス分けの基準は、他のクラスには絶対に話すな。それに、お前たちがS級候補だということも、今の段階では伏せておけ」
「うむ。承知した」
「わかりました」
我は頷きながらも、もう一度、黒板へ表示されたSの文字を見つめた。
人を超えた、最初の一歩。
そして我らは、すでにその境界を越えている。
少なくとも、我自身は間違いない。
ユウも、恐らくは同じ。
だが、その事実を学校側がどこまで把握しているのかはわからぬ。
…………。
我。
入学早々、随分と重い話を聞かされておらぬか?




