第17話 我、謝罪 (10/16書き直し)
電車を降りたマオとユウは、駅から中学校に向かって歩いていた。
小学校へ通っていた頃とは違う道。春の柔らかな陽光が降り注ぎ、学校へ続く桜並木では、満開の花が風に揺れている。時折、枝を離れた花びらが二人の前を横切り、歩道に静かに舞い落ちていった。
(うむ。実に美しい)
昨日は入学式。そして、今日から本格的な学校生活が始まる。新たな門出には、よく似合う光景だった。
もっとも、学校に近づくにつれ、マオの気分は少しずつ変わっていくことになる。
「マオ。これって……」
「うむ。入学式よな」
二人の前を歩いているのは、真新しい制服に身を包んだ生徒たち。その隣には、我が子の晴れ姿を見守る保護者の姿もあった。
その光景を目にして、昨日の自分たちの入学式が自然と思い出された。
ただし、決定的に違うことが二つある。
一つは、その人数。
昨日のダンジョン科とは比べものにならないほど、多くの新入生と保護者が学校に向かっていた。
そして、もう一つ。
周囲の新入生たちは、皆きちんと制服を着ている。
対して、マオとユウは――。
ジャージ姿だった。
「…………」
(目立つ。非常に目立つ)
すれ違う度に、新入生や保護者の視線が二人に向けられる。中には、こちらを見ながら小声で何かを話し合う者までいた。
何を言っているのかまでは聞こえない。だが、好奇の目を向けられていることくらいは、マオにもわかる。
(我、居づらい!)
もちろん、間違った服装をしているわけではない。
昨日、千葉から送られてきた予定表には、確かに『動きやすい服装』と書かれていた。だから、ジャージを選んだ。ユウも同じ。何一つ間違えてはいない。
(間違えてはおらぬのだが……周囲との落差が酷いの)
改めて周囲を見回す。
綺麗に整えられた制服。スーツや礼装姿の保護者。その間を、ジャージ姿の少女二人が歩いている。
しかも、二人揃って。
(…………むぅ)
今さらながら、もう少し別の服装でもよかったのではないかと思えてきた。だが、今から着替えに戻るわけにもいかない。
マオは前方に続く人波を眺めた後、校庭の方に視線を向けた。
「ユウよ。校庭を回って行こう」
「うん。その方がよさそう」
二人の意見は即座に一致した。
正面から一般校舎を通るのは諦め、新入生たちの流れから外れる。校庭の端に沿って歩き、建物や木々に人の視線を遮られながら、S組の専用校舎を目指した。
別に、悪いことをしているわけではない。それなのに、いつの間にか人目を避けるような道を選んでいる。
(何故、我らがこそこそ登校せねばならぬのだ?)
少々納得がいかない。だが、奇異の目を向けられ続けるよりは、遥かにましだった。
そうして、ようやくS組の校舎まで辿り着いた。
「やれやれ。これで一安心よな」
「結構見られたね」
「うむ。明日からは問題なかろう」
周囲に一般生徒や保護者の姿はなく、遠くからは入学式の音楽が微かに聞こえてくるだけだった。
マオは小さく肩の力を抜いた。
(まったく。朝から妙な疲れ方をしたものよ)
ようやく落ち着いて登校できる。
そう思い、校舎に向かおうとした――その時だった。
「待てよ!」
背後から荒々しい声が飛んできた。
「む?」
マオが足を止めて振り返ると、少し離れた場所に男子生徒が二人立っていた。
一人は短く刈り上げた黒髪の少年。苛立たしげに頭を掻き、眉を吊り上げながらこちらを睨んでいる。
もう一人は、前髪が目元まで伸びた少年だった。髪の隙間から覗く目には険しい光が宿り、こちらを責めるような視線を向けている。
(誰だ?)
どこかで見たような気はする。だが、すぐには思い出せなかった。
「誰だ? おぬしら」
「てめぇ! 昨日はよくも恥をかかせてくれたな!」
「そうだ! 龍雅君に謝れよ!」
「龍雅?」
その名前を聞き、ようやく記憶が繋がった。
(ああ。佐々木殿か)
佐々木龍雅。
昨日、新入生代表として壇上に立っていた少年である。入学式では妙にスーツが汚れており、何故かマオを何度も睨んでいた。
今日の服装はマオたちと同じジャージ姿。
だが、何より違うのは髪型だった。
昨日は綺麗に整えられていた黒髪が、今日は随分と短く刈り込まれている。坊主頭とまではいかないものの、それに近い長さになっていた。
(なるほど。道理でわからぬはずよな)
昨日とは印象がかなり違う。しかも、今朝はジャージ姿なのだから、余計に気づきにくかった。
(しかし、髪型まで変えたのか。何かあったのかの?)
少し気になったが、それよりも先に確かめなければならないことがある。
(で、何故怒っておる?)
マオは隣のユウに顔を向けた。
「ユウ。我は佐々木殿に何かしたのか?」
「マオ。本当に覚えてなかったんだ……」
ユウが呆れたように息を吐いた。
「む?」
(何故、そんな顔をする?)
マオには、本当に心当たりがない。何か迷惑を掛けた覚えもなければ、喧嘩をした記憶もない。
少なくとも、本人はそう思っていた。
「てめぇのせいでな! 俺は入学式で恥かいたんだよ! 髪までひどく汚れたから、いっそ切ったんだ!」
「我のせい?」
「そうだよ!」
佐々木の隣にいた少年が、一歩前に出た。伸びた前髪の隙間から、怒りを含んだ目が覗く。
「聞いたぞ! 昨日、龍雅君がお前に声を掛けただろ! なのにずっと無視してたから、気づかせようとして肩を掴もうとしたら、お前がいきなり投げ飛ばしたんだ!」
「…………」
マオの動きが止まった。
(我が?)
ゆっくりと隣を見る。
ユウと目が合った。
問いかけるように見つめると、ユウは力強く頷いた。
しかも、一度ではない。
何度も、念を押すように。
(…………我、失態)
言われてみれば、確かに記憶がある。
昨日、クラス分けの掲示板を眺めていた時のことだ。何故S組だけ二人なのか。何故H組ではなくS組なのか。そんな疑問が頭を占め、周囲の声などほとんど耳に入っていなかった。
その最中、背後から何者かが近づき、肩に向かって手を伸ばしてきた。
そこで、身体が反射的に動いたのだ。
伸びてきた手首を掴み、相手が踏み込んできた勢いを利用して投げた。
確か――。
植え込みに。
「そうか。あの時、我が投げたのは佐々木殿だったのか」
「今さら思い出したのかよ!」
「うむ」
「うむじゃねぇ!」
佐々木の怒声が響いた。
だが、マオとしては本当に今思い出したのだから、そう答えるしかなかった。
「あの時は考え事に集中しておってな。声を掛けられていたことにも、相手が佐々木殿だったことにも気づいておらなんだ」
「だからって人を投げ飛ばすか!?」
(…………投げたな)
間違いなく投げた。
相手の手が伸びてきた瞬間、身体が先に動いてしまったのだ。長年の経験から身についた反射的な動作だったとはいえ、相手を確認する余裕がなかったわけではない。
しかも、問題はそれだけではなかった。
(我、そのまま置いてきたよな)
植え込みに突っ込んだ少年を見た後、何事もなかったように立ち去った。ユウからも『あれ、ほっといていいの?』と聞かれた覚えがある。
あの時は別のことを考えていたため、深く気にしなかったのだが――。
(あの時、もう少し確認しておれば……)
いや、そもそも投げ飛ばした時点で問題だった。
その結果、佐々木は土まみれのスーツで新入生代表として壇上に立つことになったのである。
(…………これは、我が悪い)
少なくとも、今聞いた話では、佐々木は声を掛け、肩に手を伸ばしただけらしい。それを、相手が何をしようとしているのか確かめもせず、反射的に投げ飛ばした。その後も怪我をしていないか確認せず、そのまま立ち去っている。
(うむ。弁解の余地はないの)
ならば、やることは一つ。
マオは姿勢を正し、佐々木に真正面から向き直った。
「事情は理解した。佐々木殿、申し訳なかった」
そう告げると、素直に頭を下げた。
「なっ……」
佐々木の声が止まる。
「考え事に集中するあまり、おぬしの声を聞き流していた。さらに、何をしようとしているのか確かめもせず投げ飛ばし、そのまま立ち去った。弁解の余地はない。すまなかった」
(我はかつて一国を治めた王ぞ。己の過ちを認められずして、何が王か)
自分に非があるのなら、認めて謝る。相手が誰であろうと、それだけのことだった。
しばらくして、マオは顔を上げた。
「…………」
佐々木が目を見開いたまま、こちらを見ている。
どうやら、素直に頭を下げられるとは思っていなかったらしい。
やがて佐々木は気まずそうに顔を逸らし、舌を鳴らした。
「チッ。なんなんだ、てめぇは。それに、その変な喋り方」
(あ)
その瞬間、マオは隣の気配が変わったことに気づいた。
ユウの肩が僅かに動く。眉が寄り、口が開きかけた。
だが――何も言わなかった。
握り締めた拳に力が入っているものの、どうにかその場で踏みとどまっている。
昨日、千葉に対して怒鳴ってしまったことを思い出したのかもしれない。
(うむ。よく堪えたぞ、ユウ)
マオは内心で頷くと、改めて佐々木に向き直った。
「我の喋り方は昔からだ。悪いが、今さら変えるつもりもないし、変えられるものでもない。慣れてもらうほかあるまい」
「……知らねぇよ。お前の事情だろ」
「ならば、今知ったであろう。すまぬが覚えておいてくれ」
「お前! ……本当に調子狂うな!」
佐々木が苛立たしげに顔を歪めた。
だが、マオには何がそこまで気に入らないのか、よくわからない。
(我は、ただ事実を伝えておるだけなのだがの)
これ以上考えても仕方がない。
マオは小さく首を傾げると、ふと思い出した疑問を口にした。
「それより佐々木殿」
「なんだよ」
「昨日、我になんぞ用でもあったのか?」
「は?」
「何度も声を掛けておったのであろう?」
考えてみれば、そもそも何故、佐々木が自分に声を掛けてきたのかを聞いていない。
単に挨拶をしようとしただけなのか。それとも、何か用件があったのか。
(何度も呼び掛けておったというのなら、それなりの理由があったのだろうが……)
マオは答えを待った。
だが、佐々木は口を開きかけたまま、何故か言葉を詰まらせた。そして、隣に立つ少年に視線を向ける。
少年も困ったように佐々木を見返すだけで、何も言わない。
(む?)
先ほどまでの勢いは、どこへ行ったのだろうか。
マオが不思議に思っていると、佐々木は乱暴に頭を掻いた。
「もういい!」
それだけ吐き捨て、勢いよく背を向けた。
「龍雅君。いいの?」
隣の少年が戸惑ったように声を掛けたが、佐々木は振り返らない。
「いい!」
そのまま、自分のクラスがある校舎の方に歩いていった。
少年もマオたちを一度睨んだ後、慌ててその背中を追っていく。
「…………」
マオは遠ざかっていく二人を見送った。
(本当によかったのか?)
結局、昨日何のために声を掛けてきたのかは、わからないままだ。もっとも、本人がもういいと言うのなら、追いかけてまで尋ねることでもないだろう。
(まあ、用があるなら、また話し掛けてくるであろう)
そう考え、マオは校舎に向き直ろうとした。
ところが――。
「あいつら、許さない」
「…………」
(ユウよ)
隣から聞こえた低い声に、マオは小さく息を吐いた。
見れば、ユウが遠ざかる二人の背中を睨んでいる。握られた拳には、かなり力が入っていた。
「もうよい」
「でも、マオの喋り方を変だって」
「それくらい、我は気にせぬ」
名前や話し方について何か言われる度、ユウは自分が侮辱されたかのように怒る。小学校の頃から、ずっとそうだった。マオ自身は気にしていなくても、ユウだけは決して見過ごそうとしない。
(まったく。仕方のない奴よな)
「ほれ」
マオはユウの頭に手を伸ばし、髪を乱さない程度にゆっくりと撫でた。
「よしよし。落ち着け」
「……子供扱いしないで」
「我らは同い年だがな」
「だったら撫でないでよ」
そう言いながらも、ユウはマオの手を振り払わなかった。先ほどまで険しく寄っていた眉も、少しずつ元に戻っていく。
(うむ。こちらの方がよい)
マオは最後にもう一度だけ優しく撫でると、手を離した。
「それより、中に入ろうぞ」
「うん。……ごめんね、マオ」
「謝るでない」
マオはユウの顔を見上げ、僅かに笑った。
「我のために怒ってくれるのは、嬉しいぞ」
「マオ……」
「ただし、少しは受け流すことも覚えよ。おぬし自身が疲れてしまうからな」
「……うん。気をつける」
ユウの表情が、ようやく柔らかくなった。
(やはり、ユウは笑っておる方がよいな)
これで、ひとまず騒ぎは終わりだ。
マオは気持ちを切り替え、改めて校舎に向かった。
入口に到着すると、ジャージの内側に手を入れ、首から下げていた専用ケースを取り出した。中には、昨日渡された認証プレートが収められている。
(さて。これでよかったはずだの)
入口脇に設置された認証装置に、ケースをかざす。
すると、短い電子音に続いて、扉の内側から施錠が解除される音が聞こえた。
「おお。開いた」
「昨日説明された通りだね」
「うむ」
マオは認証プレートを再びジャージの内側に収め、扉を押し開けた。
まだ千葉の姿もなく、校舎内は静まり返っていた。外の喧騒も扉が閉まるとほとんど聞こえなくなり、廊下には二人分の足音だけが響いている。
(随分と静かな校舎よな)
先ほどまで聞こえていた入学式の音楽も、今ではほとんど届かない。
その静けさの中を歩きながら、マオは隣のユウに声を掛けた。
「さて。今日は何を教わるのかの」
「予定表だと、まだ説明だったよね」
「うむ。だが、昨日だけでも随分と変わったものを見せられたからな」
認証プレート。ハンタースマホ。スマートウォッチ。さらには、拳銃とナイフを携行したS級ハンターの担任。
普通の中学校では、まず目にしないものばかりだ。
(今日は何が出てくるのやら)
マオは期待を胸に階段を上がり、昨日と同じ二階の教室に向かった。
そして、扉を開ける。
「…………む?」
その足が、ぴたりと止まった。
「なんぞ、これ」
昨日まで何もなかった壁際。
そこに、大量の武器が並べられていた。
木刀。薙刀。片手で扱えそうな剣に、マオの身長を優に超える大剣。小型の盾から、人の身体をすっぽりと隠せそうな大楯まである。さらには、長い鞭まで用意されていた。
形も長さも、種類もばらばら。壁に立て掛けられているものもあれば、専用の台に整然と並べられたものもある。
(我、驚愕)
昨日まで普通だった教室が、一晩で武器庫のようになっていた。
「わあ……すごいね!」
後ろから入ってきたユウも、目を輝かせながら壁際を眺めている。
マオは鞄を自分の席に置くと、武器の並ぶ場所まで歩み寄った。
(ほう。なかなかの品揃えではないか)
かつて魔王国を治めていた頃には、兵士たちが様々な武器を使って訓練する姿を見てきた。剣に槍、斧や盾。魔族の中には、人間では扱えないほど巨大な武器を振るう者もいた。
それらを思い出しながら、マオは目の前の武器を一つずつ観察していく。
(……いや。実戦用ではないの)
近くで見れば、どれも訓練用に作られたものだった。剣や薙刀には人を斬るための刃がなく、鞭も先端まで安全性を考慮した造りになっている。大剣も見た目こそ重厚だが、実戦用の武器とは明らかに違った。
それでも、これほど大量に並んでいると迫力は十分である。
(教室というより、訓練場に併設された武器庫よな)
「マオ。これ、授業で使うのかな?」
「今日はまだ説明のはずぞ。予定表にも、実技を行うとは書いておらなんだ」
「じゃあ、何でこんなに置いてあるんだろう?」
「さての」
これから扱う武器の説明だろうか。あるいは、自分に合った武器を選ぶための見本かもしれない。いくつか考えられるが、答えは出ない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
(…………気になる)
これほど多くの武器が目の前に並んでいるのだ。見ているだけでは、どうにも物足りない。
マオは辺りを一度確認すると、壁際に置かれていた木刀に手を伸ばした。
(少しくらいなら、よかろう)
そっと持ち上げる。
「ほう」
見た目より軽い。
柄には特別な加工もなく、一般的な木刀に見える。片手で支え、僅かに傾けて重心を確認する。続いて握り直し、柄の感触を確かめた。
(ふむ。特に変わったところはないな)
マオの手には、少々長く感じられる。だが、重量も重心も素直で、扱いにくさはなかった。
「うむ。ただの木刀よな」
「こっちは、ちゃんと剣の形になってるよ」
「む?」
隣を見ると、ユウが木製の剣を手にしていた。
木刀とは違い、両刃の直剣を模した形状になっている。鍔があり、柄は両手で握れる長さ。剣身に刃はないものの、見た目は元の世界で見慣れた剣に近かった。
「へえ。これ好きかも」
ユウは興味深そうに眺め、軽く片手で動かして感触を確かめた。
そして――。
自然な動作で、両手を柄に添える。
片足が僅かに前に出た。
腰を落とし、身体の向きを変える。
剣先が持ち上がった。
「…………む?」
マオの表情が固まった。
(ユウよ)
その構え。
知っている。
というより、忘れられるはずがない。
足の位置。腰の落とし方。剣を構える高さ。そして、無駄なく安定した立ち姿。
まだ中学生になったばかりの少女が、訓練用の木剣を手にしているだけ。
それなのに――。
(…………おい)
マオの脳裏に、かつての勇者が重なった。
魔王城の玉座の間。
剣を構え、真っすぐにこちらを見据える少女。その目に迷いはなく、向けられた剣先は常にマオの首を捉えていた。
右から。
左から。
そして上から。
どれだけ避けても、次に振るわれる剣が狙う場所は同じ。
首。
首。
また首。
(我、首が寒い)
無意識に、マオの手が自分の首元に伸びた。
(……いや。落ち着け、我)
目の前にいるのは、今のユウだ。本人には、あの頃の記憶もない。
それは十分に理解している。
理解しているのだが――。
(何故、その構えまで同じなのだ!?)
しかも、あまりにも自然だった。考えて構えたというより、身体が覚えている動作を、そのまま再現したように見える。
(勇者の力だけでなく、剣術まで残っておるのか……?)
「ユウよ」
「何?」
「その剣先を、我に向けるでない」
「え? 向けてないよ?」
「僅かにこちらを向いておる」
「そう?」
ユウが不思議そうに剣先を見下ろした。
悪気がないことも、木剣に刃がないこともわかっている。それでも、マオはそっと半歩だけ横にずれた。
(…………嫌なものは嫌なのだ)
「マオ。この剣、すごく持ちやすいよ!」
「……うむ。そうか」
「マオも持ってみる?」
「遠慮しておこう」
「えー。何で?」
(おぬしが持っておるからだ!)
もちろん、口には出せない。
マオは何食わぬ顔で木刀を元の場所に戻し、ユウから僅かに距離を取った。
その様子を見たユウが、不思議そうに首を傾げる。
「マオ?」
「気にするでない」
(我、警戒中)
昨日は拳銃。今日は大量の訓練用武器。いよいよ本格的なハンター教育が始まるのだろう。
そのこと自体は、実に楽しみだった。
ただし、一つだけ。
(先生よ。できればユウに、我の首を狙わぬよう教えてやってくれ)
元魔王にとっては、切実な願いだった。




