第17話 我、謝罪
電車を降り、駅から中学校へ向かう。
その道は、小学校へ通っていた頃とは、また違った景色に見えた。
春の柔らかな陽光を浴びながら、我とユウは学校へ続く桜並木を歩いていく。
頭上では満開の桜が咲き誇り、風が吹くたびに淡い花びらが舞っておる。
実に美しい。
新たな学校生活の始まりに相応しい光景よな。
…………。
だが。
「マオ。これって……」
「うむ。入学式よな」
我らの前を歩くのは、真新しい制服に身を包んだ生徒たち。
その隣には、子供の晴れ姿を見守る保護者たちもおる。
どうやら今日は、ダンジョン科ではない一般生徒たちの入学式が行われるらしい。
そして、その中を歩く我とユウは――。
ジャージ姿。
…………。
目立つ。
ものすごく目立つ。
我らが横を通るたびに、新入生やその保護者たちが僅かに視線を向けてくる。
中には、何故入学式の日にジャージを着ているのかと、不思議そうな顔をしておる者までいた。
我、居づらい!
昨日、千葉先生から送られてきた予定表には、動きやすい服装で登校するようにと書かれておった。
故に、我らの服装は間違っておらぬ。
間違ってはおらぬのだが……。
周囲が正装ばかりでは、どうしても場違いに見えてしまうの。
「ユウよ。校庭を回って行こう」
「そうだね。その方がよさそう」
正面から一般校舎を通るのは諦めた。
我とユウは人の流れから離れると、逃げるように校庭へ回り込む。
そのまま校庭の端を抜け、S組の校舎へ向かってショートカット。
なるべく入学式へ向かう者たちの目に入らぬよう、建物や木々の陰を選びながら進んでいく。
…………。
何故、我らが隠れるように登校せねばならぬのだ?
少し納得がいかぬ。
だが、余計な注目を浴び続けるよりはよいよな。
そうして我らは、ようやくS組の校舎へ到着した。
「やれやれ。これで一安心よな」
周囲には、一般生徒やその保護者の姿も見当たらぬ。
ここまで来れば、もう妙な視線を向けられることもないだろう。
「まあよい。では、早速――」
「待てよ!」
うむ?
誰ぞ?
背後から荒々しい声を投げつけられ、我は足を止めた。
振り返ると、少し離れた場所に二人の男子生徒が立っておる。
一人は不機嫌そうに眉を吊り上げ、その後ろには、こちらを責めるような目で睨む少年がもう一人立っておる。
どこかで見たような顔ではあるが……。
「誰だ? おぬしら」
「てめぇ! 昨日はよくも恥をかかせてくれたな!」
「そうだ。龍雅君に謝れよ!」
龍雅。
…………。
ああ。
佐々木殿か。
入学式で、新入生を代表して誓いの言葉を述べておった者よな。
昨日はスーツ姿で、しかも全身を土で汚しておったため、すぐにはわからなかったぞ。
今日は我らと同じく、動きやすそうなジャージ姿。
なるほど。
お互い、予定表の指示にはきちんと従っておるようだな。
…………。
で、だ。
我、何ぞしたか?
「ユウ。我は、こ奴らに何かしたのか?」
「マオ。本当に無意識だったんだ……」
ユウは驚くというより、仕方がないと言いたげな顔で小さく息を吐いた。
何故、そのような顔をしておる?
我、本当に何も覚えておらぬぞ。
「てめぇのせいでな! 俺は入学式で恥をかいたんだよ!」
「知らん。適当なことを言うでないわ」
我が知らぬ出来事を、我のせいだと決めつけられても困る。
確かに佐々木殿は、昨日の入学式で土まみれになっておった。
だが、我は何故そのような姿になっていたのか、まったく知らぬ。
それどころか、何故我を睨んでおったのかすら、今までわかっておらなんだぞ。
「適当じゃねぇ!」
佐々木殿の後ろにいた少年が、一歩前へ出た。
「昨日、龍雅君がお前に声をかけたんだよ! なのに、ずっと無視してたから、気づかせようと肩に手を伸ばしたら、お前が龍雅君を投げ飛ばしたんだ!」
…………。
我が?
佐々木殿を?
そのまま我は、隣にいるユウへ視線を向けた。
ユウよ。
まさか、本当に?
我の問いかけるような視線を受けたユウが、力強く頷く。
一度ではない。
二度。
さらに、念を押すように三度。
…………。
我、失態。
そういえば昨日、クラス分けについて考えておった時、後ろから誰かが騒いでいたような気もする。
そして、我へ向かってきた何かを軽く受け流し、そのまま植え込みへ転がしたような……。
…………。
うむ。
やったな。
我、間違いなくやっておる。
「そうか。あれは佐々木殿だったのか」
「今さら思い出したのかよ!」
「うむ。あの時は考え事に集中しておってな。声をかけられていたことにも、佐々木殿を投げ飛ばしたことにも気づいておらなんだ」
「気づかずに人を投げ飛ばす奴がいるか!」
ここにおるぞ。
…………。
いや。
それを言えば、さらに怒らせるだけよな。
それにしても、肩へ手を伸ばしただけとな?
我には、拳が向かってきたように感じられたのだが……。
いや。
あの時の我は、クラス分けについて考えることに集中しておった。
相手の姿もろくに確かめず、迫ってきた腕を反射的に攻撃と判断したのかもしれぬ。
実際に殴ろうとしていたのか。
それとも、友人の言うとおり、肩へ触れようとしただけなのか。
今となっては、我にもわからぬ。
だが、相手が誰なのかも確かめず、植え込みへ転がしたことは事実。
しかも、そのまま何が起きたのか確認することもなく、入学式へ向かってしまったのだ。
我は姿勢を正し、佐々木殿へ身体を向けた。
「事情は理解した。佐々木殿、申し訳なかった」
我は素直に頭を下げる。
佐々木殿にどのような意図があったにせよ、相手を確かめずに植え込みへ転がし、そのまま立ち去ったのは我だ。
土にまみれた姿で壇上へ立つことになった原因の一端が、我にあることは間違いない。
ならば、謝罪するのは当然よな。
我は魔王。
かつて国を治めていた王ぞ。
己の非を知りながら、意地を張って謝らぬほど狭量ではない。
「本当に気づかなかったのだ。とはいえ、相手が誰かも確かめずに投げ飛ばし、何が起きたのかも確認せぬまま、その場を立ち去ったことに変わりはない。改めて謝罪する。すまなかった」
我が頭を下げると、佐々木殿は毒気を抜かれたように僅かに目を見開いた。
怒鳴り返されるか、言い訳をされるとでも思っておったのだろうか。
だが、すぐに不機嫌そうな表情へ戻ると、苛立たしげに舌を鳴らした。
「……チッ。なんなんだ、てめぇは。それに、その変な喋り方」
あ。
それは禁句ぞ。
隣で、ユウの肩が僅かに動いた。
今にも佐々木殿へ言い返そうとしたのだろう。
だが、昨日のことを思い出したのか、開きかけた口を閉じ、拳を強く握ったまま踏みとどまった。
その目には、隠しきれぬ怒りが浮かんでおる。
それでも、何も言わずに耐えておるな。
うむ。
よく堪えたぞ、ユウ。
「我の喋り方については放っておけ。昨日からこうなのではない。昔からぞ」
「……知らねぇよ」
「ならば、今知ったであろう」
我はそれ以上取り合わず、改めて佐々木殿へ視線を向けた。
「それで、佐々木殿。我になんぞ用でもあったのか?」
昨日は、我へ何度も声をかけてきたらしい。
単に入学式前に絡みたかっただけとも思えぬ。
何か話があったのではないだろうか。
だが、佐々木殿は我の問いかけに答えず、調子を崩されたように顔を歪めた。
「……調子が狂うな。もういい!」
そう吐き捨てると、佐々木殿は勢いよく背を向けた。
「龍雅君。いいの?」
後ろにいた少年が戸惑ったように問いかけるが、佐々木殿は振り返ろうともせず、そのまま歩き去っていく。
…………。
うむ。
本当によかったのか?
結局、昨日我へ何の用があったのか、聞けずじまいではないか。
まあ、本人がもうよいと言うのであれば、我から追いかけてまで問いただす必要もあるまい。
「あいつら……許さない」
ユウよ。
そう低い声を出すでない。
遠ざかっていく二人の背中を見つめながら、拳を強く握り締めておる。
「ユウ。もうよい。佐々木殿も、苛立ってつい口にしただけであろう」
我の名前や喋り方について何か言われるたび、ユウは己が侮辱されたかのように怒りよる。
だが、そのたびに腹を立てていては、ユウ自身が疲れてしまうではないか。
まったく。
仕方のない奴よな。
我はユウの頭に手を伸ばし、宥めるようにゆっくりと撫でてやった。
「よしよし。だから、落ち着け」
「子供扱いしないで」
そう言いながらも、ユウは我の手を振り払おうとはせぬ。
先ほどまで険しく寄せられていた眉も、少しずつ元へ戻っていく。
うむ。
これでよい。
「それよりも、中へ入ろうぞ」
「うん。ごめんね、マオ」
「謝るでない。我のために怒ってくれるのは嬉しいぞ。ただ、少しは受け流すことを覚えよ。誰かが何か言うたびに怒っていては、おぬしが疲れてしまうからな」
「……うん。気をつける」
うむ。
ようやく笑顔が戻ったな。
ユウは、やはり怒った顔よりも笑っている方がよい。
ならば、改めて校舎へ入るとしよう。
我はジャージの内側へ手を入れ、首から下げていた専用ケースを取り出した。
ケースに収められた認証プレートを、入口の脇に取り付けられた認証装置へかざす。
短い電子音。
続いて、施錠が解除される音が扉の内側から聞こえた。
うむ。
開いたな。
昨日説明を受けたとおり、生徒手帳から取り外した認証プレートが、校舎へ入るための鍵になっておる。
我は扉を押し開き、まだ誰もいない校舎の中へ足を踏み入れた。
「さて。今日はどうなるのか、楽しみぞ」
「そうだね」
そう言って、我らは二階へ上がり、昨日と同じ教室へ向かった。
そして、扉を開けた我――驚愕。
なんぞ、この武器の山は?
昨日まで何も置かれていなかった教室の壁際に、数え切れぬほどの武器が並べられておる。
木刀。
薙刀。
片手で扱う剣。
我の身長よりも長い大剣。
片腕に装着できそうな小型の盾に、人の身体を隠せるほど大きな大楯。
さらには、長い鞭まで用意されておった。
まさに、近接武器のオンパレード。
形も長さも異なる武器が、壁に立てかけられたり、専用の台に整然と並べられたりしておる。
教室というより、訓練場に併設された武器庫そのものよな。
…………。
いや。
近くで見れば、どれも実戦用ではないようだな。
剣や薙刀、盾は木製。
鞭も、先端まで柔らかな訓練用の素材で作られておる。
刃がついているように見える剣も、重厚な大剣も、実際に人を斬れる作りではない。
訓練に使用するための模擬武器なのだろう。
それでも、これだけの数を一度に目にすると中々の迫力があるの。
「マオ。これって、これからの授業で使うのかな?」
「否。今日はまだ説明のはずぞ。昨日送られてきた予定表にも、そう書いてあった」
うむ。
我らは、まだ学校について簡単な説明しか受けておらぬ。
今日一日を使い、授業内容や施設の利用方法について、本格的な説明を行う予定だったはずだ。
武器を使った実技へ入るとは書かれておらなんだ。
「じゃあ、これは何で置いてあるんだろう?」
「う~む。わからぬの」
説明に使う見本か。
それとも、これから扱う武器を選ばせるために用意したものなのか。
考えていても答えは出ぬ。
どれ。
少しくらい手に取って確かめてもよかろう。
我は壁際に並べられていた木刀に手を伸ばし、ゆっくりと持ち上げた。
見た目よりも軽い。
柄に滑り止めとなる布も巻かれておらず、形も特別なものではない。
我は手の中で重心を確かめるように、木刀を僅かに傾けた。
「うむ。ただの木刀よな」
「こっちは木でできてるけど、ちゃんと剣の形だね」
ユウも隣に置かれていた木製の剣を手に取り、興味深そうに眺め始めた。
鍔があり、柄も両手で握れるように作られている。
木刀とは異なり、実際の両刃剣を模した形なのだろう。
…………。
ユウよ。
眺めるだけならよい。
だが。
何故、そこで構える?
ユウは剣の柄を両手で握り、剣先を僅かに持ち上げた。
その姿勢。
見覚えがある。
非常に見覚えがあるぞ。
…………。
我、首が寒い。
忘れようとしていた嫌な記憶が、鮮明に蘇ってきおる。
魔王城へ乗り込み、我の首ばかりを執拗に狙ってきた勇者。
右から。
左から。
上から。
どれだけ避けても、次に狙ってくるのは我の首。
…………。
首。
首。
また首。
我、恐怖!
「ユウよ」
「何?」
「その剣先を、我の方へ向けるでない」
「向けてないよ?」
いや。
僅かに向いておるぞ。
本人にそのつもりがなくとも、我には十分すぎるほど気になる。
我は無意識に自分の首元に手を添えながら、ユウから少しだけ距離を取った。
木製。
刃はない。
その程度は理解しておる。
だが、嫌なものは嫌なのだ。




