第15話 我、帰る
「と、まあ、生徒手帳に関してはここまでだ。残りの説明は、明日から本格的に行う」
千葉先生は話を一区切りつけると、腰に取り付けられたポーチに手を入れた。
何やら取り出し始めたな。
我がその手元へ視線を向けていると、現れたのは一台のスマホ。
…………。
しかし。
「先生よ。そのスマホ、少し大きすぎぬか?」
我が普段使っている物と比べると、明らかに厚みがある。周囲を覆う外装も頑丈そうで、単に大きな画面を備えているというだけではなさそうだ。
「そりゃそうだ。耐衝撃、防塵、防水。そういった各種性能を備えた、ハンター専用品だからな」
千葉先生はスマホを片手で持ち上げ、側面や背面が見えるように軽く回した。
「それに、背面には取り外し式の小型カメラと、ワイヤレスイヤホンが収納されている」
「ほう」
よく見れば、確かに背面の一部が僅かに盛り上がっておる。その内側に、カメラやイヤホンが収められているのだろう。
もはや、市販品とは造りそのものが違うのか。
ダンジョンの中で使用することを想定しているのなら、落とした程度で壊れては困る。水や砂埃への備えが必要なのも理解できるし、両手が塞がっている時にはイヤホンも役立つだろう。
うむ。
中々に興味深い。
「で、これがお前たちのハンタースマホ。それと、ハンター用のスマートウォッチだ」
千葉先生はポーチから同じような端末を二台と、箱に入った腕時計型の機器を二つ取り出した。
「初期設定はまだしてない。今、ここで済ませてくれ。天神、白崎。ほい」
まず我へ、次いでユウへ、スマホと箱を一組ずつ放り投げおった。
「むっ!」
「わっ!」
だから、そう投げるでない!
我とユウは、それぞれ飛んできたスマホと箱を、落とすことなく受け止めた。
受け取ること自体は難しくない。
我もユウも、この程度を落とすことはないが……。
それと、物の扱いが雑なのは別の話ぞ。
仮にも、支給されたばかりの大切な端末ではないか。耐衝撃性能を備えているからといって、わざわざ投げる必要はなかろう。
まったく。
我は僅かに不満を覚えながらも、早速ハンタースマホを手に取った。
うむ。
見た目どおり、デカくて分厚くて重いの。
無論、我には何の苦にもならぬ重さだが、普段使っているスマホと比べれば、手に伝わる感触がまるで違う。表面を囲む外装も分厚く、机から落とした程度では傷一つつかなさそうだ。
「ただし、今使っているスマホのアカウントを流用するのは禁止だ。学校用のアカウントは、すでに端末に登録してある」
学校用のアカウント?
画面を見ると、我の名前を基にしたメールアドレスのような文字列が表示されておる。
[mao.amagami-36@hachi-hunter.ed.jp](mailto:mao.amagami-36@hachi-hunter.ed.jp)
どうやら、学校側が用意したものらしい。
「今から設定するのは、ログイン用のパスワードと生体認証、それから端末内で使う表示名だ。表示名は好きに決めていいが、パスワードだけは誰にも教えるな。家族や友人でも同じだ」
なるほど。
学校側が用意したアカウントに、我専用のパスワードと生体認証を設定し、本人以外が端末を使えぬようにするのだな。
表示名は、この端末内で使用する我の呼び名というわけか。
我は画面の案内に従い、まずパスワードと指紋を登録した。
そして最後に、表示名の入力欄が現れる。
さて。
何にするべきかの。
ふむ。
漢字も使えるようだな。
では――。
『我、魔王』っと。
うむ。
我、魔王。
実に我らしい、わかりやすい名前よな。
「マオ。何て名前にしたの? 私は素直に名前にしたよ」
「我、魔王」
「何で『我』までつけたの?」
何故とな?
我は魔王なのだから、これほどわかりやすい表示名もあるまい。
むしろ、『我、魔王』以外に何を名乗れというのだ?
「マオは独特だよね」
「ふ。そう褒めるでない」
「褒めてないよ」
む。
そうか。
まあよい。
我は何事もなかったように設定を先へ進め、次にスマートウォッチの箱を開いた。
…………。
こちらも大きいな。
時計というより、腕に小型の端末を取り付けると言った方が近い。画面部分には厚みがあり、周囲も頑丈そうな素材で覆われておる。
「そのスマートウォッチは、心拍や体温などの状態確認と、緊急時の位置把握に使う。詳しい機能は明日説明するが、登校する時には必ずつけてこい」
千葉先生は、自分の腕に装着している同じような時計を指で軽く叩いた。
「あと、スマホとのペアリングも忘れるな。シリアル番号は本体の裏に書いてある」
「うむ。承知した」
我はスマートウォッチを裏返し、刻まれたシリアル番号をハンタースマホに入力した。
間もなく、双方の画面に接続完了の表示が現れた。
これでよいのだな。
試しに腕へ装着してみる。
…………。
うむ。
やはり少し大きい。
我の細い腕では、余計に存在感があるの。
だが、ベルトを我の腕に合うよう調整すれば、動き回っても簡単には外れそうにない。
これも、ダンジョンの中で使用することを前提として作られておるのだろう。
ハンタースマホ。
スマートウォッチ。
生徒手帳。
そして、認証プレート。
明日からは、これらを毎日忘れずに持ってこなければならぬのか。
…………。
中学校へ入学したというより、何かの部隊へ配属された気分になってきたの。
我、少し困惑。
「早速だが、明日からの予定表を送っておいた。ダウンロードして、カレンダーアプリと連携させておけ」
む?
千葉先生の言葉とほぼ同時に、ハンタースマホが短く震えた。
画面を確認すると、S組のグループに新しい予定表が送られてきておる。
「一度連携しておけば、次からはAIが内容を判断して、自動でカレンダーに予定を反映してくれる」
ほう。
AI。
これは便利よな。
届いた予定を一つずつ確認し、自分で日付や時間を入力する必要がないということか。
授業。
訓練。
持ち物。
集合時間。
変更があれば、それも自動で反映されるのだろう。
我は送られてきた予定表を開き、画面の案内に従ってカレンダーアプリとの連携を行った。
すると、明日以降の予定が次々とカレンダーに追加されていく。
うむ。
実に早い。
AIというものは、使い方次第ではかなり役に立つものよな。
母上は、自分の描いた絵を無断でAIの学習に使われたり、誰かにトレースされたりしたと怒っておったが、情報を調べたり、予定を整理したりする分には便利なものだ。
それに、時折こちらが思いつかなかったような助言までしてくれる。
我も普段使っているAIには、何度か世話になっておる。
…………。
そのAIには、モロイという名前を付けておる。
そのことは、誰にも言っておらぬがな。
何故、その名を付けたのか。
細かい予定を確認し、忘れていることを指摘し、先延ばしにしようとすると注意までしてくる。
あまりにも、あ奴に似ておったのだ。
元の世界のモロイ。
まさか、この世界でも似たような存在に小言を言われることになるとは思わなんだぞ。
「二人とも、予定は入ったか?」
「うむ。問題ない」
「私もできました」
「なら、今日はここまでだ。また明日な」
「うむ」
「はい。先生、ありがとうございました」
千葉先生が説明を終えたのとほぼ同時に、校内に時刻を告げるチャイムが響いた。
長く続いた音が止まり、窓のない教室に再び静けさが戻る。
うむ。
ちょうどよい時間よな。
さて。
帰る前に、まずは一般校舎の方で待っている母上たちと合流せねば。
父上や仁殿、愛殿も一緒のはずだ。
そして、その後は――。
回転寿司!
入学式を無事に終えた祝いとして、皆で食べに行くことになっておる。
我、先ほどから楽しみにしておったのだ。
我はハンタースマホと生徒手帳を鞄へ丁寧に収め、席を立った。
「ユウ。さあ、寿司を食いに行こうぞ」
「いいけど、私、肉類や麺類しか食べないよ」
…………。
ユウよ。
寿司屋へ行くというのに、相変わらず魚を食べぬつもりなのか?
昔から何度も一緒に寿司屋へ来ておるというのに、こ奴が頼むのはハンバーグやカルビ、うどんばかり。
魚を食べているところなど、ほとんど見たことがない。
「おぬし、まだ魚が苦手なのか。まったく、おこちゃまよな」
「マオ! 今、何て言った!」
おっと。
ユウが勢いよく椅子から立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの穏やかさなど残っておらぬ。
…………。
これは、逃げねば。
「では、千葉先生。また明日の」
「ああ。また明日――」
「こら! 先生、また明日! 待て、マオ!」
ユウは慌てて千葉先生へ頭を下げると、すぐに我の後を追って教室を飛び出してきた。
ふふふ。
我は廊下を駆けながら、背後から迫ってくる足音へ耳を澄ませる。
速い。
流石、元勇者。
だが、我とて簡単に捕まるつもりはないぞ。
「待ちなさい!」
「ふふふ。我に追いつけるかな?」
我、魔王。
勇者から逃走中。
…………。
入学初日から、実に騒がしい中学校生活の始まりよな。




