第13話 我、聞き捨てならぬ
我、教室へ入って驚愕!
外に面した窓が、一つもない。
廊下側の壁には、先ほど中を覗いた窓がある。
だが、外に面した壁には、陽光を取り入れるための窓らしきものが一つも見当たらぬ。
室内を照らしているのは、天井に埋め込まれた照明だけ。
空調はしっかりと効いておるため、暑くも寒くもない。空気が淀んでいる様子もないのだが、それでも外がまったく見えぬというだけで、妙な圧迫感がある。
何故、窓を作らなかった?
我の魔王城には、大きな窓を幾つも設けておったぞ。
陽光を取り入れるため。
景色を眺めるため。
風を通すため。
そして――。
…………。
書類から逃げるため。
あの大きな窓には、随分と世話になったものよ。
机の上へ積まれた書類から目を逸らし、窓の外を眺めながら『国の様子を確認しておる』と言い張ったものだ。
もちろん、そのたびにモロイから怒られたがな。
「マオ? 座らないの?」
む。
ユウよ。
おぬしは、この異常な教室を見て何も思わぬのか?
外に面した窓が一つもないのだぞ?
先ほどから何事もなかったように自分の席へ向かっておるが、少しくらい気にしてもよかろう。
…………。
まあ、よい。
我もいつまでも入口に立っているわけにはいかぬな。
机の上に置かれたネームプレートを確認し、自分の名が書かれた席へ向かう。
我、着席!
「では、改めて」
千葉先生は教壇の前に立つと、我とユウへ順番に視線を向けた。
…………。
うむ?
何故、ため息を吐く?
先ほどまでの張り詰めた空気が、目に見えて緩んだぞ。
入学式では背筋を真っ直ぐ伸ばし、低く落ち着いた声で我らを先導していたというのに。
千葉先生は両手で、綺麗に後ろへ撫でつけていた髪を乱暴に掻き崩した。
髪が一気に乱れ、先ほどまでの隙のない印象が消えていく。
続いて首元のネクタイを緩め、そのまま抜き取った。
さらに、ビシッと着こなしていたジャケットも脱ぐと、教卓の上へ無造作に放った。
…………。
千葉先生よ?
「かたっ苦しい!」
突然、言葉遣いまで粗くなった。
我、驚愕。
先ほどまでの丁寧で落ち着いた教師は、どこへ消えた?
しかも、ジャケットの下から現れたものを見て、我は僅かに目を細めた。
左脇のショルダーホルスターに収められた拳銃。
右脇には、鞘に収められたナイフ。
どちらも玩具には見えぬ。
入学式の最中も、ずっと身につけておったのか?
「もう保護者も他の教師も見てないから、素でいく」
千葉先生はそう言い切ると、手にしていたネクタイもジャケットの上へ放り投げた。
…………。
うむ。
こちらが本当の姿か。
切り替えが上手いの。
教師として保護者や他の生徒の前へ立つ時には、隙のない姿を演じる。
だが、教室へ入り、我らだけになった途端に本来の態度へ戻る。
その乱れた髪。
気だるそうな表情。
銃とナイフ。
まるで、漫画の新宿辺りを根城にしておるハンターを思わせる姿よな。
「ようこそ、国立八王子中学校ダンジョン科へ。ここは中高一貫校だ。ちなみに、さっき通った校舎は一般生徒用だ」
なるほど。
やはり、あの校舎は普通の生徒たちが使う場所だったのか。
我らダンジョン科の生徒だけが、校庭の端に建てられた専用校舎へ分けられておるのだな。
疑問が一つ解けた。
だが、何故そこまで隔離されておるのかという疑問は、まだ残っておるぞ。
「俺はS級ハンターの千葉茂雄。今日からお前らS組の担任だ」
千葉先生はデジタル黒板へ指を走らせ、自分の名前を書き込んだ。
千葉茂雄。
…………。
何故、行書体?
しかも、妙に達筆。
書き慣れておるな。
崩した髪や言葉遣いとは裏腹に、黒板へ書かれた文字だけは実に威厳がある。
我、少し感心。
「さて、まずはお前たちに生徒手帳を渡す」
生徒手帳。
うむ。
どのようなものか、少し楽しみよな。
小学校にはなかったものだ。
この学校の規則や設備についても書かれておるのだろう。
我が期待しながら待っていると、千葉先生は教卓の上に置かれていた二つの手帳を手に取った。
「天神、白崎。ほい」
そして、投げた。
「むっ」
「わっ」
我とユウは、それぞれ飛んできた生徒手帳を受け取る。
先生よ。
投げるでない!
仮にも生徒へ渡す大切なものだろうが。
まったく。
我は受け取った生徒手帳を両手で持ち、表紙を確認した。
見た目は普通の手帳に近い。
だが、表紙の内側には、先ほど千葉先生が校舎の入口で使用していたカードと同じような硬質素材の認証プレートが嵌め込まれておる。
しかも、取り外せるようになっておるな。
どうやら、普通の紙だけで作られた手帳ではないらしい。
どれどれ。
我は早速表紙を開いた。
…………。
うむ。
校則。
施設の利用方法。
生徒として守るべき禁止事項。
緊急時の対応。
装備の管理。
教員への報告義務。
まだまだ続いておるな。
実に細かな規則が、山のように書かれておる。
「適当に目を通しておいてくれ。重要なことだけ、今から話す」
…………。
適当に?
千葉先生よ。
そこは、きちんと読むように言うところではないのか?
我は生徒手帳を閉じることなく、そのまま最初の頁へ視線を戻した。
これは我の癖なのだが、このような規則や契約に関する文書は、一頁目から自分の目で確認せぬと気が済まぬ性分なのだ。
重要な箇所だけ聞けばよい、という問題ではない。
後になって知らなかったでは済まされぬからな。
何せ、我、魔王!
多くの民を治める王として、規則や文書を確認するのは当然のこと。
…………。
決して、モロイに無理やり読まされ続けた結果、身についた癖ではない。
そこだけは強調しておくぞ。
「さて。明日からは私服登校でいい。ただし、基本的には動きやすい服で来い。ああ、過度なアクセサリーやネイルなんかは禁止な」
「だから制服がなかったんだ」
ユウが納得したように頷いた。
「うむ。納得よな」
そう。
今回、我らは一般的な意味での制服を着ておらぬ。
一見すれば入学式へ参加する生徒らしく見えるよう、服装を整えてきただけだ。
男子生徒たちは、スーツに近い落ち着いた服装の者が多かった。
だが、女子生徒たちは随分と色鮮やか。
ワンピース。
スカート。
パンツスタイル。
色も形も様々で、同じ服を着ている者はほとんどおらなんだ。
そういう我とユウも、黒を基調としたパンツスーツ姿。
母上たちが入学式用に選んだものだ。
我としても、動きやすくて悪くない。
だが、明日から私服となると、毎朝着るものを選ばねばならぬのか。
…………。
少し面倒よな。
「それと、入口を見たと思うが、この校舎に出入りできる人間は限られてる。中へ入る時は、生徒手帳の表紙に入ってる認証プレートを端末にかざせ。認証されれば扉が開く」
なるほど。
この生徒手帳は、身分証明だけではなく、校舎へ入るための鍵の役目も持っておるのか。
だから普通の手帳よりも硬く、カードに近い作りになっておるのだな。
我は手元にある生徒手帳を返しながら、表裏を改めて確認した。
紛失すれば、校舎へ入ることすらできなくなる。
これは大切に扱わねばならぬな。
「あと、万が一の際の身元確認にも使うから、必ず毎日携帯するように」
…………。
身元確認?
今、随分と物騒な言葉が混ざっておらなんだか?
学校へ入るための鍵。
身分証明。
そこまでは理解できる。
だが――。
万が一の際の身元確認とは、どういうことぞ?
我は手元の生徒手帳から顔を上げ、千葉先生を見た。
当の本人は、まるで忘れ物をするなと注意しただけのような、実に軽い態度で教卓へ寄りかかっておる。
…………。
千葉先生よ。
その説明。
明らかに重要なことではないのか?




