1-9 大都市モレニド ミケ中尉視点
ミケ中尉視点
「はあ? 革命軍が単独で貴族派の大都市モレニドを陥落させる?」
民間軍事会社白虎に割り当てられた簡素なブリーフィングルームで告げられたタマ大佐の言葉に、オレは首を傾げる。
モレニドは貴族派の都市のなかでも、革命派の勢力の近くにある大都市だから、攻撃目標とするのはわからなくもないが、革命軍にモレニドを陥落させる軍事的合理性がほぼない。
無意味とは思わないが、仮に勝利してモレニドを陥落させたとして、どう考えても革命軍にとってマイナスでしかない。
「らしいぞ」
「意味がわかりません。現状で革命軍がモレニドを攻略する軍事的な必然性がありませんし、黒豹や白虎と連携しない利点が思いつかないのですが」
モレニドを攻撃することも意味不明だが、革命軍が単独で攻撃する意味がわからない。
「ミケ中尉、君の見解は正しい」
「ありがとうございます」
「しかし、正しいだけだ。人の心というものを理解していないな」
苦笑しながら告げるタマ大佐の言葉に、オレは首を傾げながら応じた。
「心ですが? 戦争で重要ですか?」
戦争と心、無関係とはいわないが、正直なところ重要だとは思えない。
「はあ……むしろ、なによりも重要な要因だ。戦争で勝つとは、敵兵を殺すことでも敵国を占領することでもない。敵の心をいかにへし折るかということだ」
「心をへし折る、ですか?」
タマ大佐の言葉を自分のなかでゆっくりと咀嚼してみる。
戦争で敵国をいかに降伏させるかということを端的にいうと、なるほど敵国の心をへし折るになるのかもしれない。
「まあ、今回の革命軍の動きの根幹はな、不安だ」
「不安ですか? 現状、革命軍は盤石ではありませんが、致命的な要因もなく大きな不安など抱く理由があるのでしょうか?」
革命軍が長期的な視座で、将来の展望に不安だと思うのも理解はできる。
しかし、モレニドを攻略しなければいけないほどの短期的な不安があるとは思えない。
「ミケ中尉、君は士官として視野が狭いな。革命軍の連中はな、やる気がないのに、この戦争の主役のつもりなんだ。しかし、気づけば連中は脇役だ。進行のルートやタイミングは、よそ者の人民共和国の都合によって決められる。だから、この戦争の主役は自分たちなんだと、革命軍の連中は存在感を示したいんだ」
タマ大佐の言葉に、微妙な気持ちになる。
そもそも、革命軍の連中の装備の大半は、人民共和国が提供した物だ。
自力で戦争を継続するどころか、革命軍という組織の維持すら危ういのに、革命軍の主導権は手放したくない。
わがままなガキのようだ。
人民共和国の手を握ったということは、人民共和国の都合も受け入れるということ。
援助は欲しいが、手は出すなということが通用するわけがない。
改めて、革命軍というものにあきれてしまう。
「現状の革命軍でもモレニドは陥落させられるでしょう。しかし、あれだけの大都市を占領など不可能です。軍が駐屯することと、都市を占領することはまるで違うのですよ? 革命軍に大都市を占領するリソースがあるとは思えないのですが?」
オレは疑問を素直に口にした。
都市を陥落させて占領したら、利益になる?
そんなのは数百年前の論理だ。
都市を占領して統治するとは、行政サービスの提供することを意味する。
数十年の長期的な期間で考えれば、黒字になる可能性はなくはない。
だが、直近の数年は物凄い赤字だ。
革命軍に、そんな人的物的余剰リソースがあるわけがない。
「ああ、ないだろうな」
あっさりと肯定するタマ大佐に、オレは首を傾げながら応じた。
「はあ? あの」
「なんだ?」
「自滅しようとする革命軍を止めないのですか?」
革命軍の行動は、人民共和国にとってメリットがあるとは思えない。
だから、革命軍を掣肘しない理由がわからないのだ。
「モレニドが落ちたら、戦局は大きく動く。それこそ、アサルトとテクニカルなどのゴーレムの活躍の機会が増えるだろう」
淡々と告げるタマ大佐の言葉に、背筋が寒くなる。
もう、人民共和国にとって、革命軍の勝敗や存続は、かなり優先順位が下がった。
重要なのは、戦場でのゴーレムの運用データ。
この国で起きてる戦争は、そのための実験場。
恐怖や反論は、欠片も表に出さない。
オレが党の排除対象にならないように。
「タマ大佐、モレニド攻略において我々は待機ですか?」
「まさか、情報を収集するぞ」
タマ大佐の言葉に、オレは驚きながら応じた。
「タマ大佐も現場に?」
「白虎は人手不足だからな。それに、黒豹はこの手の繊細な作戦に使えまい」
タマ大佐の言葉に同意するが、一方で大佐クラスの人物が現場に出るのは良いことではない。
タマ大佐の実力に疑いはないが、大佐という階級は部下を使う立場だ。
これが、この国に派遣されている白虎という民間軍会社の辛い内情だろう。
民会軍事会社白虎は、人民共和国の開発した試作機や実験機を実戦でテストするための会社だ。
だから、一人一人の才覚や質、やる気は高い。
しかし、人手が多くないから、一人二役や大佐が現場に出る必要がある。
本来なら、白虎は黒豹と連携して相互に補完し合うことを党から期待されていたが、二つの組織は緩やかに反発して緊密な連携など期待できない。
「万が一革命軍が敗北した場合は?」
「革命軍の連中は、飼い主が誰か思い出すだけだ」
タマ大佐の言葉にうんざりとした気持ちになる。
革命軍が勝っても負けても、我々との関係は冷え込むだろう。
「これは酷い」
地上管制用の試作実験テクニカル光爪に搭乗して、各センサーが伝えてくる目の前の戦場の情報にうんざりする。
革命軍に気づかれないように、管制機らしく部隊間の通信や位置情報を伝えながら、戦場の情報を集めていく。
しかし、革命軍に期待はしていなかったがあまりにも酷い。
オレの言葉に、タマ大佐が通信ごしにため息交じりに応じた。
「確かにな」
「練度と連携が低すぎます」
大隊レベルの連携どころか、小隊レベルの連携すら怪しい。
オレが光爪でサポートしなければ、革命軍の部隊間の通信を維持する体制がないことも自覚していないから、ある意味で恐ろしくなる。
軍隊というより、武装しただけの烏合の衆。
「軍隊とは呼びたくない質だな。だが、それでも革命軍が優勢ではある」
タマ大佐のいうように、攻撃側の革命軍が優勢なのは事実だ。
「はい、敵軍の数が予想以上に少ないようです」
「理由は?」
「逃げ出す貴族の護衛に戦力を割かれたようです」
オレの搭乗する光爪が収集した情報を共有すると、タマ大佐が嫌悪の感じられる声で応じた。
「はあ、自己中心的素人同士の戦争か。同情する気がしなくなるのは助かるな」
「しかし、予想以上に革命軍のテクニカルの損害が大きいですね」
「革命軍のテクニカルは、歩兵の対戦車ロケットランチャーにかなりやられているな。あの程度の待ち伏せは、歩兵と連携すれば対処可能なんだがな」
「テクニカルがバラバラに都市部に突入して、やられています」
突出したテクニカルが、物陰に隠れた敵兵の対戦車ロケット弾を受けて破壊されている。
死角の多い市街地で、テクニカルが歩兵と連携しない意味がわからない。
練度と連携がましなら、被害は半分以下だっただろう。
オレがひっそりとサポートしてこれなのだから、サポートしていなかったら普通に革命軍がモレニドの守備隊に負けていた可能性もある。
「まったく、黒豹の指導はどうなっているんだ?」
タマ大佐が呆れたように言った。
基本的に、革命軍に対するテクニカルの操縦と運用、他の兵科と連携を教導するのは、黒豹の仕事のはずなのだ。
だが、革命軍からは、訓練を受けたような気配を感じられない。
「ミストリーダー、クビ皇国の通信を確認。撤退する貴族の護衛にクビ皇国のアサルトが駆り出されたようです」
確認できた情報をタマ大佐の操縦する猫人民共和国製第三世代アサルトの焼牙と即座に共有する。
「クビ皇国? 新型のアサルトでか?」
「はい、二個小隊で展開しているようです」
「連中の謹慎が明けたかな? それにしても、新型のアサルトのユキカゼが二個小隊で、逃げ出す貴族を護衛か?」
タマ大佐からは困惑の気配が感じられる。
こんな戦場にクビ皇国が、ユキカゼを展開させる意味も、運用の仕方も理解不能なのだろう。
運用に制限の多いクビ皇国のアサルトでも、使い方次第では有用な戦力になる。
しかし、ユキカゼは貴族の護衛しているのだ。
なかなか面白い構図をしている。
上手く活用できれば、オレの手柄になるかもしれない。
「どちらかといえば、貴族に追撃がこないための殿ですね」
「とはいえ、こちらから手を出すわけにいくまい」
「はい、そうですね。……ミストリーダー、提案なのですが、焼けたモレニドとなにもしないクビ皇国のアサルトを撮りませんか?」
オレは意を決してタマ大佐に提案する。
人々の惨たらしい死体と焼け崩れた市街地というこの世の地獄を前に、まるで傍観者のように遠巻きに棒立ちのユキカゼの構図。
平和ボケしたクビ皇国の連中には、さぞ刺激的で愉快なことになるだろう。
派遣されている部隊の手足が縛られできることなどほとんどないと、クビ皇国の国民は知ろうともしないと想像できる。
「……プロパガンダか?」
「はい、陥落するモレニドとモレニドの市民を見捨てたクビ皇国という構図です。党にとって悪くない一手かと」
「ミストツー、君は広報の者か? 有用だとは思うが、専門外であまり目立つと軍や党の広報の専門家を敵に回す可能性がある。今回は大丈夫だとは思うがな」
タマ大佐の言葉に、オレは心臓を冷たい手で握られたような気分になりながら応じた。
「……ご指導、ありがとうございます」
「構わん。しかし、ユキカゼに接近しすぎるわけにもいくまい。望遠で撮るか?」
「こちらの丘からなら、撮影は可能かと」
地形情報などを共有しながら意見を提案する。
「了解だ」
タマ大佐の焼牙が先行する。
潜ませていたポイントからオレも光爪を静音機動で移動。
隠密性を重視して、各センサーはパッシブで起動している。
それでも、色々とわかってしまう。
この戦争に大義名分などないと。
両軍の砲兵による砲撃でモレニド周辺の道路と畑は滅茶苦茶なり、戦車の攻撃で昨日まで平穏に住民が暮らしていた民家や商店が吹き飛び、ときに延焼して黒い無慈悲な炭になり、あとには灰と瓦礫。
歩兵の銃弾が逃げ惑う人々を血塗れの死体に変えて、あるいは無自覚にテクニカルが怯えてうずくまる母と子供たちを踏みつぶし血と肉のシミになり、戦車の履帯が哀れな死体と助けを求める横たわる重傷者を轢殺して尊厳のないミンチに変えていく。
この地獄のような光景に、正義などないことだけは確かだ。
あるいはだからこそ、オレは動かないクビ皇国を非道と非難したいのかもしれない。
オレはこの地獄を作る側の存在で、これからも直接的にも間接的にも地獄を作るのだという現実から目をそらしたいのかもしれない。
クビ皇国の連中にとっては、身勝手な八つ当たりでかなり迷惑な話だろう。
だが、オレはクビ皇国の敵だ。
躊躇する理由がない。
……あるいは、少しだけ期待しているのかもしれない。
理不尽をはねのけるクビ皇国の部隊なら、なにかを見せてくれるのではないかと。
クビ皇国の連中にとっては無責任で迷惑な期待だろう。
とはいえ、冷めた思考が吐き捨てる。
ユキカゼは動かない、と。
いや、そもそも話だ。
今さらユキカゼが数機、戦場に加わったところで、モレニドの失陥は免れない。
そうだ、ユキカゼが動いたところで、できることはたかが知れている。
クビ皇国の部隊には動くメリットがない。
それなのに、クビ皇国が動くことを心のどこかで期待してしまう。
撮影に、最適なポジションに到着して、手前に地獄となった崩壊した大都市モレニド、奥に動かないユキカゼという構図になるように調整する。
そとのき、センサーが複数の情報を感知した。
鼓動が速くなる。
まるで、これでは恋する乙女じゃないかと、自嘲する。
距離があるが、確かに光爪のセンサーが捉えた。
ユキカゼの出力が上昇したのだ。
戦わないなら、アサルトの出力を上げる必要はない。
それはつまり…………。
光爪の光学センサーが、その光景を捉える。
振動剣を手に装備するユキカゼの姿を。
自分の提案した計画がダメになったのに、オレはわけもわからず涙が出そうで安堵している。
この地獄に、人がいてくれたと。
次回の投稿は8月10日月曜日1時を予定しております。




