1-8 近衛とカグツチ ファダンシス少佐視点
ファダンシス少佐視点
「殿下、後方です」
私が操縦するテクニカルの各センサーや赤外線という聴覚や嗅覚とは違う自分にはない感覚が、敵の存在を告げる。
「えっ……」
ユトナ王女が操縦する七メートル近い大きさの人型兵器テクニカルは、後方からの奇襲に反応することができずに、敵の機関砲から放たれる砲弾に蹂躙されて沈黙する。
「殿下!」
ろくな光源のない夜の闇に覆われた廃棄された無人の市街地でも、テクニカルの機械仕掛けの感覚はユトナ王女の機体が循環液を血のようにまき散らしながら倒れ伏すのをしっかりと捉えてしまう。
わき上がる複数の感情で、血液が沸騰して頭がどうにかなりそうだ。
そもそも、最後尾で殿下の後ろを守っていた連中はなにをしていたのか?
位置的に、私よりも連中が先に反応しないでどうするのだ。
このテクニカルを受け取ったばかりで、完熟していない?
確かに、その通りだ、十全にカタログスペックを引き出せるとは言い難いだろう。
なによりも、生身での警護が前提で、少し前までテクニカルに慣れるどころか、触れることすら考えていなかった。
しかし、それがなんだというのだ。
私たちの任務はユトナ王女を守ることだ。
そのために、テクニカルの操縦が必要なら、習熟するしかない。
今までの訓練と違うだとか、泣き言を口にする余裕などないのだ。
「速い」
各センサーが、ユトナ王女を襲った相手を捉えているのに、機関砲の射線で捉えることができない。
人工知能と人工精霊が、相手の戦術予測から、火器管制システム、機動予測、推奨される複数の機動パターンなどのサポートをしてくれるのに、最適な射撃位置につこうとすると、するりとかわされる。
「なに!」
予想外の位置から、機関砲の照準用レーザーを照射される。
急いで射線から外れるが、その機動を読むように、マナコアの出力を絞って潜んでいたであろう相手に襲われた。
強い衝撃。
各センサーが捉えたのは、テクニカルの装甲を貫く振動剣の存在。
「負けたな」
テクニカルに搭乗して仮想空間での訓練。
こちらは十六機の中隊で、あちらは四機の小隊。
なのに、小隊に中隊が一方的に蹂躙された。
負ける可能は考えていたけど、一機も撃破できずにこちらが全滅するとは思わない。
練度の差だ。
装備は互角、数ではこちらが有利だった。
なのに、まともな反撃すらできていたか怪しい。
敗北の原因は、相手が優秀だったというのはある。
でも、こちらの怠慢、傲慢なところが原因でもあるだろう。
敗北はいいとしても、負け方としても軍人として私たちの中隊は落第だ。
私たちはユトナ王女を守るための近衛部隊。
王女に仕える近衛は、血筋とやる気と忠誠心のある女性を中心に集められている。
軍人としての才覚は二の次なのは確かだ。
だが、それでも、私たちは近衛なのだ。
ユトナ王女を守れないのでは本末転倒だろう。
そんな思考をしていると、体が重く鈍くなる。
……ああ、違う。
テクニカルに搭載されたアートマンシステムとの同調が切れただけ。
体だけじゃなくて、思考も鈍い。
アートマンシステムにつながっていれば、一つの思考から無数の思考の海が広がるのに、今はなにも起きない。
生身の私のスペックはその程度。
しかし、全能感を与えてくれる力を無理矢理奪われたようで気持ち悪い。
そこまで考えて気分がさらに沈む。
この全能感を与えてくれる凄いテクニカルの制御システムを使っていたのに、私たちは負けたのだ。
もっとも、相手にも同様のアートマンシステムがあったから、アートマンシステムはアドバンテージじゃない。
それ以上に、あの全能感は仮初で、私たちは無能だと見せつけられたようで惨めだ。
「ファダンシス!」
近寄ってくるユトナ王女に向かって私は鈍い体に気合を入れて無理矢理立ち上がり敬礼する。
「殿下、お休みしなくていいのですか?」
「ええ、大丈夫。私たちは未熟ですね」
ユトナ王女は寂しそうで悔しそうな表情を浮かべて、近くに駐機しているテクニカルに視線を向ける。
「カグツチがどうかしましたか?」
赤と白を基調として所々が金色で派手な塗装がされたテクニカルのカグツチ。
クビ皇国製のテクニカル。
正確には、クビ皇国製のワークゴーレムのなかでも災害時に使用されるハイエンドのレスキューゴーレムのカグツチだ。
それをこの国の治安を考慮して特別に自衛できるように、カグツチを改良したモデル。
だから、厳密にいうならこのカグツチはテクニカルじゃない。
でも、テクニカル仕様のカグツチは装甲と各センサー、火器管制、制御系は並みのアサルト以上の性能で、クビ皇国の最新技術が使われている。
「私たちには過ぎた装備ですね」
ユトナ王女がうつむきながら自嘲するようにつぶやいた。
「そのようなことは……」
現状と、さきほどの訓練結果を考えると、ユトナ王女の言葉を否定できない現実がある。
「クビ皇国を縛る条約や法律の隙間をついて、なんとか手に入れた力なのに。私はこれを有効に活用できているでしょうか?」
ユトナ王女の言うように軍用のアサルトではなく、災害時の使用を想定されているとはいえ民間の重機として分類されているカグツチを導入したのは複数の事情が複雑に絡み合った結果だ。
そもそもだが、クビ皇国には国産の兵器の輸出を禁止する法律がある。
だから、どれだけ望んでもクビ皇国が国産のアサルトの輸出を認めることはない。
その代わりに、民間の重機であるカグツチをテクニカルに改造するということで対応した。
厳密にいうなら、改造したレスキューゴーレムであって、テクニカルではない。
改造に使われている部品も一応高価な物でも民生品で、純粋な軍用品は使われていないのだ。
カグツチが装備する機関砲は軍用品だが、あれは合衆国製の物でクビ皇国製じゃない。
しかし、恐ろしいことだ。
世界的に見て第三世代アサルトが採用されている国も少ないというのに、その第三世代に使われている制御系の廉価版を実験的に搭載してデータを集めている。
この国でクビ皇国は開発した物を実験しているんだ。
少しモヤモヤした気持ちになる。
けど、そんな打算にすがらないと、テクニカルに改造したカグツチを中隊規模で貴族派ではなく、ユトナ王女が入手することはできないだろう。
そもそも、王家にも国にも、それだけの資金がない。
「そのための訓練なのでは?」
現状、私たちは貴重なカグツチを乗りこなせているとはいえない。
しかし、手放すわけにはいかないだろう。
カグツチはユトナ王女の数少ない手札だ。
改造したカグツチは世界的にみればハイエンドのテクニカル。
それでも、現在主流の第二世代のアサルトに勝つのは難しい性能。
もっとも、戦えないほどの性能差じゃない。
運用と練度で克服は可能。
現状、近衛部隊の練度が怪しいのが問題だ。
「ファダンシス、私は平和を望んでいます」
うつむいて静かに紡がれるユトナ王女の言葉。
貴族の人形、あるいは傀儡。
信念のない流されるだけの王族。
それが、ユトナ王女を直接知らない外国の者たちが抱く感想だろう。
確かに、ユトナ王女に英雄的な才覚や決断力はない。
だが、それでも、ユトナ王女は国のためにできることを考えて模索している。
「それは……」
言葉が続かない。
ユトナ王女はなにもできなかったわけじゃないのだ。
それでも、平和への一助になっているとは言い難い。
王族で、この国で重要な存在なのに、ユトナ王女自身にできることは限られている。
「私の命、私の人生を代償にして平和になるなら、喜んで捧げます」
「殿下……そのようなこと」
「なのに、私は戦争の中心で、平和のためにしたことも、さらなる犠牲と悲劇を招いただけじゃない?」
「そのようなことは……」
私は最後まで言葉を紡げない。
ユトナ王女の行為が、結果として戦争の犠牲者を拡大させていることは否定できないのだ。
「私が遠いつながりを頼ってクビ皇国の方たちを無理に招いたのに、彼らは戦争の中心になりつつある」
クビ皇国がユトナ王女に助力する理由は血だ。
ユトナ王女には、数百年前にこの国に嫁いだクビ皇国の皇女の血が流れている。
その縁で、クビ皇国は法律が許す範囲で助力してくれたことになっているのだ。
もちろん、クビ皇国側にも打算はあるのだろう。
「長期的な視座でみれば悪くないのでは?」
「その長期的視座のために犠牲を容認しろと? ファダンシス、犠牲とは命なのですよ?」
「申し訳ありません」
「私こそごめんなさい。無力な王族の無意味な戯言です。でも……」
「でも?」
「私はこの国に生まれたこの国の王女なのに、日に日にこの国を嫌いになりそうになる自分が嫌です」
わずかな嫌悪の色が見えるユトナ王女の表情。
この国の連中は他責で他力本願なうえに、自己保身と他人へのマウントで精神性を構築している。
もちろん、まっとうな民も大勢いる。
だが、嫌悪すべき連中も多いのだ。
もっとも、民がそうなったのは、死んだ前王の長年に及ぶ悪行のせいでもある。
民の心から優しさと思いやりを削り、他責と自己保身の心を肥大させた。
それでも、ユトナ王女は民と国を捨てられない。
報われない責任感と使命感だ。
「殿下、訓練の時間を増やしましょう」
「そう、ですね」
「ユトナ殿下、よろしいですか?」
横から声をかけてきたのは、クビ皇国のアオイケ中尉。
彼女たちの小隊が実戦で攻撃ヘリを撃墜したことをクビ皇国で問題になっているらしく、輸送部隊の護衛任務から、しばらくは私たちの教導に専念するように命令されたらしい。
私はこいつが苦手だ。
やる気や使命感をみせないのに、火器が使えないなかで見捨てることなく全力で護衛対象を守る。
素晴らしい功績なのに、ユトナ王女から褒められても、彼女は儀礼的に微笑むことすらしない。
だが、彼女は結果を残して、実力もある。
「はい、なんでしょうかアオイケ中尉」
首を傾げるユトナ王女に、アオイケ中尉はタブレットを渡す。
「こちらが先程の訓練の簡単な総評です」
「もうですか?」
ユトナ王女が驚くのも当然だ。
あまりにも早すぎる。
訓練が終わってから、一時間も経っていないのだ。
「これだけ時間があったので」
「アオイケ中尉の意見は?」
私の言葉に、アオイケ中尉は不満そうにため息をしてから応じた。
「……はあ、操縦に関しては、練習時間を考えれば及第点ですね。ただ……」
「ただ?」
「全体的に動きに統一感がありません」
「それは訓練不足という意味ですか?」
「というより、目的意識が共有できないですよね?」
アオイケ中尉の言葉に、私は首を傾げながら応じた。
「目的意識の共有?」
「はい、さっきの訓練、戦場で敵を倒すか、殿下を守るかの大枠すら決めていないか、決まっていても行動できるように徹底されていない」
「それは……」
私は続く言葉を口にできない。
思い当たることがありすぎるから。
確かに、私たちは戦場での優先順位が明確じゃない。
「あとは、殿下が戦場にいる状態での命令系統の混乱があります」
「私の命令が部隊を混乱させたと?」
ユトナ王女の言葉を、アオイケ中尉は首を横に振って否定しながら応じた。
「違います。戦場でユトナ殿下と部隊長のファダンシス少佐の命令の優先度を決めていないでしょう?」
「そんなことは……」
「ユトナ殿下は守る対象なのか、部隊の指揮官なのか、曖昧なのでは?」
「……私が邪魔を」
うつむくユトナ王女を私がフォローしようとしたら、
「殿下、それは」
どうでもよさそうなアオイケ中尉の言葉に遮られる。
「なら、反省して同じ失敗を繰り返さなければいいだけでしょう」
「はい、私のすべきこと……」
ユトナ王女が自戒するような決意の言葉を口にする。
臣下として喜ぶべきなのかもしれない。
けど、ユトナの友として私は、彼女に王族なんて役割を無責任に放棄して逃げ出して欲しいと願ってしまう。
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