1-7 多重エンチャント ミケ中尉視点
ミケ中尉視点
「これは実に、そう! 実に面白いですね」
槍の原形のない粉々の金属を前に、無邪気にはしゃぐの白衣の成人男性というのは、どうにもシュールでどこか不気味だ。
この小躍りしている白衣の優男、ニャーン大尉のことは元々苦手だったが、ますますお近づきになりたくなくなる。
嵐針の部隊が全滅した戦場から、オレが回収したクビ皇国のアサルトが投げた槍の残骸は、どうにもニャーン大尉の琴線に触れたらしい。
槍の残骸。
そう、残骸だ。
アサルトの出力で投げて嵐針に命中させたから、当然破損していると思ったが、折れるか曲がっている程度ではなく、大半が砂のようになり、一番大きい残骸でも数センチの小石のような欠片。
一目見てすぐに、これは普通の物理現象以外のなにかが影響していると思い。
タマ大佐だけではなくゴーレム関連の技術の知識に造詣の深いニャーン大尉にも見てもらったのだが、彼の奇怪な反応を見ると当たりのような外れのような微妙な気持ちだ。
「なにがです、ニャーン大尉?」
オレの言葉に、ニャーン大尉は振り返ることなく興奮した口調で応じる。
「構造が壊れているんですよ!」
「はぁ、まあ、粉々ですね」
オレの反応がお気に召さなかったのか、ニャーン大尉は勢いよく振り返るとオレの両肩をつかみ口を開く。
「違います! 注目すべきは、物理的に壊れていることではなく、この金属のアストラル構造がズタズタになって壊れているというのです」
「えっと…………つまり?」
どうすればいいのだろうか、ニャーン大尉の言葉で壊れているということ以外わからない。
「これが、投げた槍で嵐針を撃墜できた手品の種です」
「槍を粉々にすることがですか?」
「違います、何を聞いているんですか、ミケ中尉」
「すみません」
「重要なのは、クビ皇国の多重エンチャントですよ」
「……多重エンチャントですか? ありふれた普通の術式では?」
多重エンチャント、クビ皇国どころか、広く民間を含めて採用されているありふれた術式だ。
例えば、鉄の槍を魔術によるエンチャントで強化しようとすると、槍側の術式を受け入れる上限までしか強化できない、単純な術式では。
そこで登場するのが、多重エンチャントの術式。
槍の強化する上限が十だとして、一瞬で百のエンチャントを強制的に施すことで三十の強化を成立させるもの。
ただし、この術式にはデメリットも多い。
まず、消費魔力が強化される結果に比べて多すぎる。
そして、なにより、この多重エンチャントの術式をかけられた物体は、その負荷に耐え切れずに、すぐに壊れてしまう。
それでも、ある程度の魔力を用意できれば、安価な素材でもそれなりの性能になるので、使い捨ての道具に使う術式としてよく採用されている。
「なにを言っているんですか、ミケ中尉。あなたは多重エンチャントの結果、対象が砂になるなど目撃したことがありますか?」
「それは……」
ない。
多重エンチャントの負荷で対象に亀裂が入ったり、砕けたりすることはあっても、砂になるという話は聞いたことがない。
「確かに、多重エンチャント自体はありふれた技術です。しかし、この槍に使われたクビ皇国の多重エンチャントは、他の術式とは別物……いえ、異次元と言ってもいいレベルの術式です」
「そこまで、なのですか?」
「もちろんです。極論ですが、クビ皇国の多重エンチャントは使い捨て前提で膨大な魔力供給源が確保できれば無敵の矛と盾が作れるでしょう。まあ、クビ皇国の連中は実際に作っているわけですが」
ニャーン大尉の説明によれば、クビ皇国の多重エンチャントは、強化する上限が十の物対して、百ではなく、千のエンチャントをかけ、八百の強化を成功させるというもの。
クビ皇国の第三世代アサルトのユキカゼの装甲にも、この技術が使われているようで、六角形のハニカム構造の網目のなかに設置された、一つ一つが直系十センチ程度の六角形のタイルのような装甲は一定以上の威力の攻撃を受けると、多重エンチャントで瞬間的に主力戦車の正面装甲並みの防御力を発生させ、効果を発揮した後は粉々に砕ける。
この一見すると普通の拘束セラミック装甲のようなカワラと呼ばれる特殊装甲は、スライム系の樹脂で作られているためかなり軽量で、最新の軍用とは思えないほど調達コストが低いらしい。
使い捨てで、消費する魔力が大きいとは言っても、一撃だけなら確実に主力戦車の火力も防げるのは、凄いというよりも恐ろしい。
オレが乗る試作実験テクニカル光爪が主力戦車に撃たれたら、一撃で確実にスクラップだ。
今回の高威力の槍に使われた多重エンチャントも、クビ皇国が保有する技術の応用だろう。
「ニャーン大尉、残骸から術式の復元は可能ですか?」
タマ大佐の問いかけは、当然と言える。
クビ皇国の多重エンチャントの術式がどれだけ複雑だとしても、前線で活動するアサルトが急造品の槍に応用できる程度の複雑さだということだ。
「ある程度時間をいただけるのなら、八割くらいはやってみせましょう」
この要請をニャーン大尉は積極的に喜ぶかと思ったのだが、その不承不承という表情から後ろ向きなことがうかがえる。
「それなら」
「あらかじめ言っておきますが、術式の八割が分かっても、ほとんど意味がありませんよ」
「それはどういうことです?」
「八割の解読でも、技術や知識の蓄積という意味では無意味じゃありません。しかし、それだけでクビ皇国の多重エンチャントの術式がすぐに再現できると考えるのは間違いです」
ニャーン大尉の言葉に、思わずオレは口を開いてしまう。
「うん? そうなのですか?」
「復元できる八割の術式は、既知の術式の応用や発展で、ある程度の知識と経験があれば誰にでも推測して導くことできます。しかし、残りの二割は完全なる未知です。残骸に残留している破損して書き換わっているかもしれない術式では、ほとんど参考になりません。柔軟な思考のノイズになるかもしれませんから、いっそのこと見ないほうがいいかもしれません」
「しかし、二割くらいなら」
なんとかなるのではと続けようとしたオレの言葉は、ニャーン大尉によって遮られる。
「くらい……くらいと言いましたかミケ中尉」
「はい、えっと、すみません」
「例えばです、有名レストランの美味しいと評判のスープのレシピを再現せよ言われて、参考として料理の素材の大半はわかっていますと胸を張って告げられたら、水を使用していますと言われたようなものです。確かに、スープの八割以上は水でしょう。しかし、それがわかったところで、料理のレシピがわかりますか?」
「えっと、その……」
オレがなにも言えないでいると、ニャーン大尉は吐き捨てるように口を開く。
「わかるわけがないんですよ。出汁の取り方や調味料の分量と加えるタイミング、完成した料理の重量から言えば微々たる量のそれらが重要なんです」
「大変なんですね」
「そうですね、残骸から術式を復元するのは大変なんですよ。まあ、でも、ミケ中尉は手柄を自慢して、無茶をこちらに押し付けないからありがたいです」
「…………」
確かに、手柄の自慢などはしないが、どちらかといえば他者に自慢するだけの手柄を立てていないだけとも言える。
それに、作戦での嵐針部隊の行動と最期を告げに行ったら、黒豹の連中からは他人を戦わせて、隠れて盗撮するのは楽しいかと言われてしまった。
任務の内容や黒豹の被害を考えれば、言われるのも仕方がないが、だからといって言われて楽しいわけではない。
「本当に、資料編纂室のような無茶を言わなくて助かります」
ニャーン大尉は、本当にうんざりしたように肩をすくめる。
「資料編纂室ですか?」
オレは聞いたことがない名前に首を傾げながら、上司は知っているのかと視線をタマ大佐の方へと向ける。
「資料編纂室か。なかなか、活発に活躍しているみたいだな」
タマ大佐が認めたから、ニャーン大尉の妄想ではなく、実在の部署のようだ。
「活躍ですか? 党直轄の諜報機関だからって、自分たちの活動は冒険小説のように誇張して、現実と乖離した部分を我々のような現場に押し付けるような活躍ですけどね」
ニャーン大尉は平然とした表情で、普通の愚痴でも言うように、党を批判しているかのようにも聞こえるなかなかきわどい発言を口にする。
「あの、資料編纂室なんて、諜報機関は聞いたことがありません。軍ではなく、国の直轄ですか?」
一般には公表されていない機密のベールに包まれている組織だと、不用意に単語すら口にすることも危険かもしれない。
「いや、軍や国ではなく、党直轄の部署だ。規模自体はそこまで大きくないが、権限と予算が大きい」
ニャーン大尉の党直轄という恐ろしい言葉に、オレは警戒しながら口を開く。
「今まで聞いたことがないのですが、自分が知っても大丈夫なのですか?」
「大丈夫、別に秘密の組織とかじゃない。なんなら、党の機関紙だか、ホームページだかにも紹介されている」
「……諜報機関を公表していいのですか?」
機関誌やホームページで公表されている諜報機関となんだろう?
「まあ、表向きは諜報機関じゃないから」
「えっ?」
「党のために、権限と予算を最大限活用して、必要とされる資料を編纂する部署だから。そういう活動してたら、たまたま、諜報機関のような活動をしていたってだけっていう理屈らしい」
「下手に存在を隠すよりも上手いやり方ですね」
「権限と予算に対して、実力が追い付いていないけど」
「えっと、それは」
「まあ、主要な構成メンバーが、実力じゃなくて党上層部の縁故で選ばれている時点で当然かもね」
そこからは、ニャーン大尉による資料編纂室への不満の爆発だった。
そもそも、資料編纂室とニャーン大尉の付き合いは長いらしい。
数年前に、始まりはクビ皇国の第三世代アサルトが完成目前だと知った党の上層部が、対抗するために国産の第三世代アサルトを開発しようとしたところから。
しかし、人民共和国における第二世代までのアサルトは、外国に輸出で売れるテクニカルを開発するための技術を獲得するために実験機のような扱い。
最近になってようやくゴーレム系兵器に関心を示すようになった上層部だが、当時はクビ皇国が開発して配備しているのに、人民共和国で国産の第三世代アサルトを配備しないわけにはいかない、という軍事的ではない、見栄にまみれた計画だった。
そんな軍事的な必然性の薄いと思われている計画に大規模な予算などつくわけもなく、新兵器の開発予算としては低すぎる予算で独自に第三世代アサルトなどできるわけもないから、完成品のデータを盗みガワだけ人民共和国らしくした第三世代アサルトをでっちあげることになる。
そこで登場するのが、創設されてから歴史が薄く、明確な実績を欲していた党直轄の資料編纂室だったというわけだ。
ただ、資料編纂室が入手した情報は、ゴーレムに関してそれなりに知識があれば誰でも知っているものばかりで、第三世代の開発は難航したそうだ。
結局、資料編纂室以外の諜報機関や白熊帝国に協力を頼み、クビ皇国よりは性能で劣るが一応第三世代アサルトの開発に成功した合衆国からも情報を入手することで、なんとかニャーン大尉たちは第三世代アサルトを開発することに成功した。
「大体ですね、アサルトだろうが、テクニカルだろうが、ワークだろうが、ゴーレムなんてフーレムも循環液も人工筋肉もスライム由来なんですよ。そんなクソみたいな情報を機密情報だ、手柄だって騒ぐなって言うんですよ」
よほど、資料編纂室への鬱屈がたまっているのか、オレとタマ大佐に背を向けて、ニャーン大尉が愚痴を吐き続ける。
「タマ大佐、よろしいのですか?」
「なにがだ?」
「ニャーン大尉の発言です。党への批判と解釈できる発言を含んでいるように思えます」
「問題ない」
「しかし……」
この手の発言は放置すると、周囲も同じと党からみなされてしまう。
「ニャーン大尉に危険性はないと、党は正式に判断している。ただ、周囲に誤解を与えてしまう危険を考慮して、軍ではなく白虎に配属させたわけだ。だが、ミケ中尉の心配も理解している。ニャーン大尉と会話するときは気をつけるように」
タマ大佐の言葉を翻訳すれば、ニャーン大尉は有用だから危険な発言をしても消されることはないが、それにつられて周囲が同調したり同意してしまうと党に目をつけられてしまう危険がある。
「了解しました」
「それよりも、聞いたか?」
「なにをでしょうか?」
「例のクビ皇国の護衛小隊だがな、しばらく護衛任務から外れて後方に下がるようだ」
「今回のことで、さすがに危険だと判断したのでしょうか?」
クビ皇国は第三世代アサルトのユキカゼを、無為に喪失する危険性に今さらながら気づいたのかもしれない。
「いや、攻撃ヘリ部隊に対する先制攻撃の疑いがあるから、後方での事実上の武装解除だな」
「……あの国は、戦場や戦争という言葉を理解しているのでしょうか?」
確かに、あの戦場でクビ皇国の護衛小隊は、攻撃ヘリの部隊に警告をしなかった。
急接近して、攻撃をしてくる嵐針を相手に、悠長な警告をしている余裕がなかったのだろう。
「辞書的に、法律的には理解できているのだろうが、それだけだろう。この話を聞いたときに、私はクビ皇国ではなく人民共和国の軍人で良かったと思ったよ」
「同意します」
次回の投稿は8月8日金曜日1時を予定していします。




