1-6 消化試合 ミケ中尉視点
ミケ中尉視点
「こちらファングリーダー、のぞき屋、こちらを確認できるか?」
自分自身が直接相手と交戦する予定はないとはいえ、交戦予想地点を観測できるの丘の裏で緊張しながら身を潜ませて作戦の開始を待っていると、予定にない不快な通信が届く。
ファングリーダー、この島に派遣された黒豹の攻撃ヘリ部隊のトップ。
作戦前のブリーフィングで顔を合わせたが、仲良くできないと断言できるし、感情を抜きにして上手くやるのも難しいという印象だったが、その予感はハズレていないらしい。
「こちらのコールサインはミストツーです。そもそも、今回の作戦では不要な通信を制限されているはずでは?」
連中の不用意な通信で、連中が発見されて不幸な事態に陥っても気にしないが、オレが巻き添えで発見されるのは非常に困る。
「必要だとも。臆病なのぞき屋が、ちゃんと危険な戦場にこれているか確認しないと、後で報告する戦果に疑義が出てしまうからな」
「…………」
「まあ、臆病者は、安全なところから、兵器モドキの人形よりも、攻撃ヘリのほう役に立つと記録してくれ」
「……ずいぶんと高度が低いようですが、匍匐飛行をする必要が?」
オレの言葉に、ファングリーダーは見下すというよりもあきれたような調子で応じた。
「……はぁ、確か、お前は中尉だったな」
「そうですが?」
「下士官までならギリギリ許せるが、他の兵科のこととはいえ士官なら、知っていて当然のレベルだと思うが」
「それは……」
確かに、オレは第三世代アサルトのアートマンシステムとの適性があるからと、特例で促成されたにわか士官だから、知識に穴があるのは悔しいが事実ではある。
「この程度の高度での飛行は匍匐飛行とは呼べんよ。それでも、対空砲火があるなら危険な高度ではあるがな」
「……なら、もう少し高度を上げた方がいいのでは?」
最悪を想定するなら、クビ皇国のアサルトの護衛小隊は火器を装備していないとしても、護衛される多脚輸送車は自前で砲塔などを増設して多少なりとも自衛できる程度の火器を装備している可能性は十分にあるのだ。
「使える火器を持たない相手に高度を取る必要性が感じられんな。まあ、臆病で不勉強な連中の集まりの白虎では事情が違うのかもしれないがな」
ファングリーダーが嘲るように言い捨てる。
「…………」
悔しいが事実が含まれているだけに、うかつには反論できない。
「地べたを這う、護衛の人形と、ムシモドキを発見。護衛の人形を一気に潰すぞ」
ファングリーダーが率いる攻撃ヘリの部隊が、速度を上げる。
こちらでも、光学センサー及び複数のセンサーが、四機のアサルトに護衛される六台の多脚輸送車の車列を確認した。
こちらの予定通りに敵がいる。
いいことだが、こちらの情報取集と分析によるものではなく、相手の内部から漏洩された情報によるものだということが、薄ら寒くなってしまう。
今は、機密情報を漏洩された相手を笑っていられるが、明日はこちらが重要な情報を抜かれている危険がある。
この国の国民の刹那的な倫理観は、理屈で動く理解しやすい敵よりも恐ろしい。
「……クソ」
思わず、毒づいてしまう。
黒豹の攻撃ヘリを認識したクビ皇国の第三世代のアサルトのユキカゼが、魔力、電波、赤外線など複数のセンサーに対するジャミングをしかけてきたのだ。
空から攻撃される側としては順当な一手だが、黒豹の攻撃ヘリを相手に有効とは言えない。
なにしろ、黒豹の攻撃ヘリ嵐針は何度も改修されているとはいえ、製造は半世紀も前で、施された改修も近代化とは呼べない応急処置のようなもの。
そもそも、敵に妨害されて困るような機器を積んでいるのかも怪しい。
むしろ、ジャミングは後方から記録しているこちらに、センサーの数値に誤差やノイズなどが発生して影響が大きいといえる。
まだ、光爪のアートマンシステムを起動させていないから、ジャミングを直接的な不快感として伝わってないからまだいい。
しかし、ジャミングの効果が今一つとだと理解したのか、ジャミングを止めてユキカゼの右腕を嵐針の部隊に向けて突き出す。
「なんだ?」
魔法攻撃の可能性を考えたが、すぐに否定した。
生身の歩兵や、装甲されていない民間の重機や自動車ならともかく、軍用の抗魔力処理された装甲を使用されている兵器に、アサルトの魔力で攻撃魔法を放ったとしても、牽制以上の効果は期待できない。
答えはすぐに出た。
白で空の青をすべて覆いつくすように、閃光が炸裂した。
降り注ぐ太陽の光を一瞬とはいえ、塗り替える魔法の光。
高度な電子機器や魔力機器が積まれた通常の軍用機なら、この程度の光は攻撃の支障にならない。
しかし、黒豹の六機の嵐針は、攻撃ヘリとして旧式でろくな電子機器を積んでいないせいで、目視による情報が重要なために、相対的に他の部隊に比べて強烈な光の目くらましが有効ではあるのだろう。
実際、嵐針の編隊は乱れて、無様に散開している。
黒豹の部隊の醜態ではある。
しかし、それだけだ。
ユキカゼの小隊に、現状を打破する手段はない。
いや、それどころか、反撃の手段すらないだろう。
使い方によっては、主力戦車の装甲すら切断する振動剣だが、対象が空を飛んでいるとなれば、どうやっても攻撃が届くことはなく、切りようがない。
そこで、ようやく遅まきながら気づく。
ユキカゼが支援砲を装備していないのだ。
撃てない以上、視覚的、心理的な牽制以外の効果を期待できないから、以前の任務以降、装備しなくなったとしても納得はできる。
できるが、その代わりに、六台の多脚輸送車の護衛をしているユキカゼの全四機が、細長い棒のような物を何本か背負っている。
槍?
だが、長柄の振動剣にしては、振動すべき刃が見当たらない。
それはまるで、槍というよりもアサルトと同じくらいのサイズの針のようだ。
用途がわからない。
ファングリーダーに警告すべきか?
一瞬だけ、迷うがすぐに決断した。
通信を開くことなく、各パッシブセンサーを最大にして、ユキカゼの動きを記録する。
我が身可愛さで日和ったという側面も否定できないが、ユキカゼがどういった反撃に出るのか、そちらのほうが情報収集という点で重要だ。
まあ、仮に警告したところで、ファングリーダーは白虎に所属しているこちらの意見に耳を貸すことなどないだろう。
ユキカゼが一機、不思議な行動に出た。
背負っている物よりも小型のオタマのような棒に、背負った槍の一本をセットすると、振りかぶるように構える。
「槍投げ……投槍器か」
確かに、あれなら、クビ皇国の上の許可や安全装置の問題はクリアできるだろう。
しかし、実用的だとは思えない。
第三世代アサルトの能力で、強化して投げれば、飛んでいる嵐針にも命中するかもしれない。
だが、それだけだ。
攻撃ヘリである嵐針の防御力は、戦車どころかアサルトよりも低いが、それでも軍用兵器。
アサルトサイズの大きさとはいえ、投げただけの槍に攻撃ヘリが落とされることはない。
と、いうのが、軍に所属する者にとって常識的な判断だ。
しかし、組織と命令系統によって支援砲を前線で運用できないからと、クビ皇国がそんな誰でもわかるような無用の長物をわざわざ前線に持ち出すだろうか?
あの槍には、なんらかの手品が仕込まれているのかもしれない。
結果をすぐに目撃することになる。
一機のユキカゼが、槍を構えて走り出し、時速百キロぐらいで地面を蹴って飛び上がり槍を放つ。
放たれた槍は一瞬で音を置き去りにして、空を飛翔し、目標物に突き刺さる。
「ファングリーダー、ダウン」
まさかという思いと、やはりという思いが同時にわき起こる。
「どうなっている?」
「隊長? 隊長!」
「なにが……どうなっているんだよ!」
残された嵐針の部隊のパニックになった通信が聞こえてくる。
オレはそれに反応することなく、記録した映像を冷静に見返す。
「魔力の増大、それが槍へと集中……しかし、それだけでは説明できない」
簡易的な分析だが、ユキカゼは槍を投げる直前に、魔力を高めて槍へと送っている。
かなりの高魔力だが、軍用の強化術式によるエンチャントだとしても、ここまでの威力になるとは思えない。
少なくとも、人民共和国の強化術式だと、ここまでの威力は出ないと断言できる。
これは人民共和国の術式が特別劣っているというわけではない。
仮に、クビ皇国が投げた槍を対象にするなら、あのサイズでもアサルトどころか、民間のワークゴーレムのマナコアの出力でも余裕で限界まで強化できるだろう。
そう物質には、術式などで魔力的に強化できる上限があり、ユキカゼが発したような出力で強化術式を発動させても、大半の魔力が無意味に周囲へと離散するはずなのだ。
しかし、ファングリーダーを落とした攻撃、単純な威力だけなら、平均的なアサルトの機関砲よりも威力は上かもしれない。
まあ、そうだとしても、これが世界的に模倣されることはないだろう。
高い威力を出して見せた詳細はわからないが、同時にわかったこともある。
槍へ込めた魔力の量は第三世代のアサルトのマナコアの出力を考えてもかなりのものだ。
少なくとも通常は作戦行動中に常時発動している装甲への強化術式を切らねばならないほど、魔力が必要なのだろう。
確かに、威力はそれなりだが、射程も連射性も機関砲の方が上。
その上、槍を投げるたびに、敵にいつ攻撃されるかわからない戦場で防御力を低下させる必要がある。
こんな効率が悪くて、リスクの高い攻撃を採用するのは、色々と歪なクビ皇国くらいだろう。
残された嵐針は五機。
パニックになりながらも、一機が低空は危険だと気付いたのか、高度を上げるがすぐにユキカゼからの反応がある。
ユキカゼが十秒以上の時間をかけて構築した術式で、レーザーのような光の攻撃魔法を放ち、高度をとろうとした嵐針を低空へと追い立てていく。
「バカが……」
明らかに嵐針側の悪手だ。
ユキカゼの光の攻撃魔法は、生身の人間なら瞬殺できる威力だろう。
だが、抗魔力処理をしている攻撃ヘリには脅しや牽制以上の意味がない。
もっと言えば、術式を構築して魔法を放つまでに十秒以上という交戦中の戦場では、かなりの長い時間を必要とし、迅速な連射がきかないのだろう。
それなのに、初手でファングリーダーが落とされたことが影響しているのか、こんな自明なことも思い至らないようで、攻撃されると同時に嵐針のパイロットは思考のともわない条件反射のような低空への回避を選択した。
再び、白い閃光が空で炸裂する。
光学センサーが白で覆いつくされるが、オレは慌てることなくスムーズにセンサーを赤外線主体のものに切り換えていく。
高度な索敵用の機器を積んでいるオレの機体にはほとんで影響はないが、嵐針にはなかなか効果的なようだ。
牽制か、あるいはわきあがる恐怖心を振り払うかのように、残された嵐針の五機は機関砲を撃ち、砲弾をなにもいない空間にばらまいて浪費する。
「ファングスリー、ダウン」
ファングリーダーを落としたのとは別のユキカゼが、先ほどの光景を再現するように、飛び上がって槍を投げ、ファングスリーを撃墜した。
嵐針は残り四機。
クビ皇国の三機のユキカゼが、視覚が回復してきたであろう嵐針の連中の前で、煽るように腕を掲げたりしている。
四機の嵐針は、砲弾とロケットを放ちながら、逃げるユキカゼを追い立てていく。
「嵐針の連中、ユキカゼたちによって護衛対象である多脚輸送車の車列から、引き離されているという自覚があるのかも怪しいな」
そもそも、ユキカゼへの攻撃や機動にしても短絡的で、しっかりと指揮権がファングツーに継承されているのかも疑わしいレベルの対応だ。
嵐針が高度を取ろうとしたり、進路を多脚輸送車の方へと向けようとすると、ユキカゼのレーザーのような光魔法で牽制され、部隊の連携が確立しそうになると視界を遮る閃光が炸裂し、連携が乱れると間髪入れずに槍を構えたユキカゼによって落とされる。
追いかけているのは攻撃ヘリの嵐針で、追われているのがユキカゼなのに、脳裏で牧羊犬に追い立てられる羊にしか嵐針が見えない。
その後も、消化試合のような作業のように、嵐針が一機、また一機と落とされて、全滅するのに、十分とかからなかった。
酷い光景だ。
クビ皇国の護衛小隊のユキカゼは、撃墜した攻撃ヘリに興味がないかのように、周囲を観察して脅威が排除されたと判断すると、すぐに六台の多脚輸送車の周辺に展開して、何事もなかったかのように去っていった。
「フーーー」
色々とたまっていたものを押し出すように、大きく息を吐いた。
運のいいことに、オレはユキカゼによって発見されなかったか、あるいはセンサーで探知できても積極的に動かないから脅威ではないと判断されたのかもしれない。
今の戦闘を考えると、オレの士官としての知識が欠けているのは事実だが、黒豹の連中もなかなか酷いのではないかと思えてしまう。
攻撃ヘリの部隊が一方的にアサルトを蹂躙すると考えていただけに、結果だけ見れば、黒豹の予想外の完敗だ。
原因として、遠距離攻撃手段がないと思われた相手に、槍を投げるという理解の範疇外の反撃手段を用意していたことかもしれないが、これは決定的な要因ではないだろう。
嵐針が高度をとろうとすると、牽制するようにレーザーのような光魔法をクビ皇国の連中は多用していたが、最初の一撃以外は、直接目視でもしない限り害にならない低出力で、だからこそ連射できていた。
そもそも、ユキカゼの出せる速度は時速百キロぐらいで、嵐針の最高速度はその二倍以上あるのだ。
不利を悟ったなら、無理に交戦を続けずに、速度で振り切るという選択肢もあった。
それどころか、速度でかく乱して、逆襲する目もあったと思われる。
そう、冷静に相手を観察して分析できていれば、嵐針の連中はここまで一方的にやられることはなかっただろう。
普段、黒豹は歩兵を主体とした民兵やゲリラを相手にしているから、同格以上の兵器で武装している相手と交戦する経験が不足しているのかもしれない。
まあ、そもそも、民間軍事会社である黒豹が想定している交戦相手は、強くても旧式の戦車か、出来の悪いテクニカルぐらいのものだ。
間違ってもアサルトとの戦闘など、考えられていない。
しかし、それは過去の話。
黒豹を運用するのは、人民共和国であり、党だ。
運用者がアサルトとの交戦を求めるのなら、経験がないと拒絶することなどできない。
絞りだしてでも、なんとかするだけだ。
できなければ、戦場で倒れるか、上に用済みとして処理されるだろう。
だが、これは黒豹だけではなく、白虎にも言えることだ。
本格的にタマ大佐と相談して、対処法を考えたほうがいい。
次回の投稿は8月7日金曜日1時を予定しております。




