1-5 攻撃ヘリ嵐針 ミケ中尉視点
ミケ中尉視点
「新たな作戦を伝える」
殺風景なブリーフィングルームに響いたタマ大佐の言葉に、再び死を身近に感じる戦場へと赴くのかと、静かに鈍い緊張感が胸の内で広がる。
「作戦ですか? 白虎が単独で、それとも黒豹と共同ですか?」
この島に派遣されている人民共和国の戦力の大半は民間軍事会社ものだ
そして、派遣されている二つの民間軍事会社のうち一つが先日全滅したテクニカル中隊の所属していた黒豹で、もう一つがオレの所属している白虎。
白虎は試作兵器の実戦での様々な実験を目的としているから、数は多くないが兵器と人員の質は悪くない。
「黒豹との共同ではあるが、ミケ中尉、君は基本的にデータ収集がメインで、やむを得ない自衛以外で敵との交戦は禁止する」
戦死を厭う臆病者と思われないように、表情を変えることなく、内心で安堵する。
基本的に前回と同じように、戦場で矢面に立つのは黒豹で、オレはある程度離れた所から、観測して記録することになるのだろう。
必要であれば戦場に立つ覚悟はできているが、一瞬で自分の命が消し飛び無価値になる戦場に好んで立ちたいとは思わない。
なにしろ、オレにとって、軍人として出世することは手段であって目的ではないのだ。
「了解しました。それで、黒豹のどの部隊が? テクニカルの部隊ですか、それとも虎の子のアサルトの部隊ですか?」
「いや、今回投入するのは、攻撃ヘリだ」
タマ大佐の攻撃ヘリという単語に、オレは首を傾げながら応じた。
「攻撃ヘリですか?」
対地攻撃任務で攻撃ヘリは有用な兵器だが、同時に高価な兵器でもある。
それこそ、並みのアサルトや戦車よりも高価だ。
黒豹にとって虎の子と言ってもいい戦力だろう。
ここ最近は大規模な会戦の可能性や、重要な人物や部隊の動きの噂も耳にしていない。
黒豹が貴重な攻撃ヘリを投入することを決断した理由が気になる。
「旧式の嵐針が六機で出撃する」
タマ大佐の言葉を聞いて、渋い気持ちになる。
人民共和国で現在も正式採用されている攻撃ヘリの嵐針シリーズ。
特出した性能や特徴のない無難な機体ではあるが、攻撃ヘリに求められる能力はすべてにおいて水準以上で満たしている。
もっとも、それは旧式の初期型以外に関してだ。
「六機ですか、なんとも中途半端な数ですね」
「この国に中隊規模で持ち込んだらしいが、整備不良で稼働可能なのが六機なのだそうだ」
「整備不良ですか? それでしたら、整備が終了するのを待って万全の態勢にしたほうがいいのではないですか?」
相手を侮り、中途半端な戦力で返り討ちにあったら、これ以上のバカらしいことはない。
作戦の都合なのかもしれないが、これでは逐次投入の愚になる可能性がある。
「無理だな。そもそも、古い機体だから、修理するための部品がない」
タマ大佐が無情に言い切ると、オレはうんざりとした気分になる。
これでは作戦というよりも、我が軍の骨董品の在庫処分ではないか。
初期型の攻撃ヘリ嵐針、五〇年以上も前に設計され生産された古い機体。
白熊帝国が設計製造したベストセラーの攻撃ヘリをライセンス生産する予定だったのに、当時の人民共和国の国家主席が、現場の都合を無視して独自に設計して生産すると強引に変更。
攻撃ヘリどころか、民間用のヘリを設計して製造するノウハウもないから、帝国や合衆国から設計などを部分的に盗用して、不格好な技術の継ぎ接ぎで生まれたのが初期型の攻撃ヘリ嵐針。
完成した機体は生産と運用の双方でトラブルが連続で引き起り、性能も世界の水準以下で、すぐに嵐針の名を継ぐ別の後継機が生まれることになる。
残された初期型の嵐針も、現地改修でなんとか現場で運用可能なレベルになるが、外観は似ていても中身に後継機と共通点がほとんどなく、そのことが近代化改修を難しくしていて、微増はしていても性能は設計当時とほぼ変わらない。
そんな物を民間軍事会社で、壊れるまで酷使するのか。
貧乏性で骨董品を前線で酷使することに、上層部には上層部なりの思惑があるのかもしれないが、そんな不安要素しかない兵器と戦場に立たなくてはいけない兵士としては、どうにも嬉しくない。
「そう、ですか。それで、標的は?」
標的が貴族派の歩兵、兵站や民間施設へのハラスメント攻撃なら、初期型の嵐針でも十分に勝算はあるが、その可能性は低いだろう。
なにしろ、現状、この島の戦場に上層部が求められているのは、様々なゴーレムに関する戦場でのデータの収集だ。
なら、相手は十中八九ゴーレムだろう。
「例のクビ皇国のアサルトの小隊だ」
タマ大佐のアサルトという単語を聞いて、不思議なことにオレは不安になると同時に、それとは相反する希望を抱いた。
相手がテクニカルよりも強いクビ皇国の第三世代アサルトというのは恐ろしいことだが、同時に前回の戦場でのことを考えると旧式とはいえ攻撃ヘリは、遠距離攻撃の手段のない連中が相手ならいい勝負ができる可能性が十分にある。
それこそ機関砲で武装した貴族派のテクニカルよりも、相性が良いかもしれない。
「相手の動きをつかめているのですか?」
出撃して交戦する相手がいなければ、燃料の浪費でしかない。
「ああ、なんでも、奇妙な商人が情報を売ってくれたそうだ」
タマ大佐が含みのある笑みを浮かべた。
タマ大佐の表情と言葉に警戒しつつ、気になることを質問する。
「商人ですか…………さすがに情報源の詳細は尋ねませんが、情報の確度は信頼できるのですか?」
「裏付けもすんでいる。情報は信頼できるだろう。まあ、自称商人とかいう貴族派の伯爵様の人間性は信頼できないがな」
なかなか衝撃的な話だ。
明確な固有名詞はぼかされているが、貴族派の伯爵となれば、それなりの責任と影響力があるはずなのに、内部情報を簡単に売るだろうか?
可能性としては、内輪もめの結果として、対立している派閥の足を引っ張るために情報を敵である革命軍に流そうとしている。
もしくは、こちらを混乱させるための嘘に満たされた欺瞞情報。
あるいは、ありえないと思うがはした金で、仲間を売ったのかもしれない。
「貴族派の伯爵……すでに、検討済みだとは思いますが、こちらを混乱させるための欺瞞情報なのではないですか?」
「同意見だ。どう見ても罠にしか見えないからな。だが、不思議なことに、提供された情報に嘘はなかった。人間としてはクズだが、商人としては真摯なのかもな」
「酷いジョークですよ」
貴族派の正気を疑う。
策謀や欺瞞情報ではなく、目の前の小金のために機密を売る。
この島に来て、この国の酷い有様をいくつも体験してきたが、今回のことはそのなかでも最上級かもしれない。
この国ではまともな倫理観や規律は機能していないのだろうか。
それはそれとして、作戦で気になることがあったので、確認のために口を開く。
「それで、攻撃ヘリの武装には対地ミサイルもあるのですか?」
まあ、否定されるとわかっている上での問いだ。
万が一、ミサイルが使える可能性があるから、聞くだけなら損ではない。
「いや、機関砲と多連装ロケットランチャーのみだ」
「旧式でもミサイルを積んでいれば、戦術の幅が広がるのですが?」
「理解はするが、そもそも、この国に攻撃ヘリに搭載できるミサイルなど一発も持ち込まれていないからな、物理的に不可能だ」
言い切るタマ大佐の言葉に、うんざりとした気持ちになる。
もはや旧式のミサイルすら配備する価値なしと見なされている初期型の嵐針。
あるいは、上層部のこの島と革命軍への期待値の低さの表れなのかもしれない。
白虎や黒豹の未来を暗示しているわけではないと信じたい。
「それは…………仕方ないですね」
「ああ、そうだな。ミケ中尉、君も気をつけたまえ」
「なにをでしょうか?」
「この国の連中は、商魂たくましいようでな。売れるなら、自分の所属や相手の立場が気にならなくなるらしい」
「革命軍の連中も、貴族派に我々の情報を売っていると?」
言いながら、脳裏で面識のある革命軍の連中を想像して、裏で貴族派に革命軍や人民共和国の情報を売っている可能性を検討してみる。
…………どうしたものか、オレのような立場だと、革命軍の連中と直接接触する機会はそれほど多くないから、言葉を交わした人数は二桁いくかいかないかくらいなのだが、その少ない革命軍の連中の大半が情報を売っていても驚かない。
酷い状況だ。
「売っていないという証拠はなく、明確な根拠があるわけではないが、革命軍からの情報漏れが疑わしい事例が多すぎる。露骨に革命軍の連中を疑う必要はないが、その可能性があるというフィルターを通すように」
「了解しました」
淀みなく敬礼で応じながらも、内心で改善の可能性のない酷い労働環境に暗澹たる気持ちになる。
「機体の状態はどうでしょうか」
自分が搭乗する試作実験テクニカルの光爪の前にいるヨレヨレのツナギを着て、先が折れ曲がった特徴的な白い猫耳の優男に声をかけた。
「問題ないですよ、すぐにでも出撃可能です。新しい作戦ですか?」
「はい、詳細はお話できませんが」
光爪を整備する白虎所属のニャーン大尉は、中尉のオレよりも階級が上だから、作戦の詳細を知っているかもしれないが、だからと言って自分から機密を話していい理由にはならない。
「ハハハ、大丈夫ですよ、私なんて一介の機械屋なんでね、機械いじりに関わらないことに興味はありませんよ」
このニャーン大尉はよく笑い人当りもいいが、どうにも胡散臭い。
笑顔や陽気さで、言葉や表情の真意を覆い隠してるかのように錯覚してしまう。
だから、オレはこの人が少しだけ苦手だ。
まあ、オレが神経質なだけかもしれないが。
「そうですか」
「ああ、そうだ。ミケ中尉、難しいとは思いますが、戦闘になった場合できるかぎり頭部への被弾は避けて下さい」
オレの乗機の光爪は最新鋭の技術の実戦データを収集するための貴重な試作実験機だから、壊すなということなら理解できるが、頭部と限定するのが不思議な忠告だと首を傾げながら応じる。
「……高価なセンサー類への被弾を避けろと?」
「違う、違う、そんな国の財布の心配なんてしませんよ。もっと、現実的な話です」
「では、頭部への被弾が機体への致命的なダメージになるとかですか?」
そんな話は聞いていないが、操縦系統に使われている技術が特殊だから、それに関連して新たにわかったことにもとづく話だろうか。
「もっと単純です。こいつの頭部に収まっている光学センサーを構成しているレンズが貴重なんですよ」
「レンズですか?」
軍用の光学センサーに使われているレンズだから、市販のものと違って、特殊で高価かもしれないが、整備に携わる者が警戒するほどだろうか。
「その通りです。なにしろ、壊れても交換用の数が限られているので」
「失礼ですが、ないのなら生産すればいいのでは?」
望んで被弾するつもりも、乗機の光爪を壊すつもりもないが、戦場とは相手に不都合を押し付ける究極の場所。
不幸の連続で、機体が損傷する可能性なんて、どの戦場でも十分にある。
それなのに、乗機が壊れたときに修理用の部品がないでは困ってしまう。
「もっともな意見ですが、無理ですね」
きっぱりと断言するニャーン大尉を、いぶかしく思いながら応じた。
「無理? 難しいではなく?」
「ええ」
「高価で貴重な素材を使っているとかですか?」
「いえいえ、素材はごく普通のものですよ」
「わかりませんね、それなのに生産できない?」
「ええ、生産できません。なにしろ、こいつの光学センサーのレンズを生産しているのはクビ皇国ですから」
ニャーン大尉の言葉は明確に聞こえているのに、脳がスムーズに処理できずに戸惑いながら応じることになる。
「…………どういうことです?」
「そのままの意味です。レンズはクビ皇国で生産されて、本国では生産されていないから、必要になっても手に入れるのが容易ではないのです」
ニャーン大尉はそれがなんでもないことのように言って、だから大変ですと付け加えながら肩をすくめた。
「確か、あの国は基本的に軍事関連の部品の輸出に関して規制しているはずでは?」
「ええ、ですから、天体観測用ということで、クビ皇国の会社には発注しています。実際、天体観測関係の団体が注文してますから、まったくの嘘というわけでもありません。そこから、交換用の予備部品という名目で、多めに届いたレンズのうちいくつかをこちらに回してもらったわけです」
「なぜ、そんな面倒なことを?」
「というと?」
「割高でも、自国で調達したほうが、部品の安定供給を考えればいいように思うのですが?」
割高でも、完成品を輸入するよりも、技術レベルの向上や維持を考慮しても、自国でライセンス生産を行った方が、外交などの政治的要因に影響されることなく、安定的に生産できるはずだ。
それが国防に関することなら、特にだ。
「まあ、本国でも生産自体は可能です。…………一応」
ニャーン大尉の歯切れが悪い。
「一応ですか」
「ええ、一つ作るの無数の失敗作を積み上げるという歩留まりのすごさに目をつむればですが」
「自国の生産能力はそれほどだと?」
ゴーレム関連の技術ならクビ皇国に先行されているかもしれないが、人民共和国のそれ以外の技術に関しては多少の差異はあっても大きく劣っていることなどないと思い込んでいた。
その前提が間違っているかもしれない。
なかなか恐ろしい話だ。
「このことで勘違いしないでもらいたいが、我が国の技術が全般的にクビ皇国に劣るというわけじゃない。ただ、この試作実験テクニカルの光爪に搭載する光学センサーの要求水準を満たすレンズを作ることに関しては、宝くじに当たるような確率でしか成功しないというだけなんだ」
「だけ……ですか」
ニャーン大尉としては自国の技術力に関してフォローしているつもりなのかもしれないが、まったくフォローに聞こえないから気が重くなる。
現状だと光爪の光学センサーに関して、予備の部品の調達に不安があり、急激な状況の改善は見込めない。
この光爪が、戦場でのデータ収集の結果、量産されることになっても、光学センサーに関してはデチューンされたものになるかもしれないということだ。
いや…………そもそも、だ。
「あの、こいつは移動可能な地上版空中管制機というのが開発コンセプトですよね?」
「そうですね、それが?」
「あくまで管制機に求められるのは、膨大な通信を送受信と迅速な情報処理能力です。偵察機ではないのですから、センサー類、特に光学センサーに関してはある程度の水準を満たしているなら、妥協してもいいのでは?」
「実際の運用コンセプトからいえば、確かに妥協できます」
「なら……」
「コンセプト的に妥協できても、上層部としては無理ですね」
「どういうことです?」
「こいつが歩く空中管制機というコンセプトで作られる前に、試作用のモックアップすら作られなかったアサルトをベースにしたモデルの計画があったんです」
「もちろん、知っています。設計段階で、どれだけ量産しても高コストで費用対効果が悪すぎるという理由で廃案にして、より低コストのテクニカルをベースにセンサーの範囲、情報の処理速度などを妥協する代わりに、配備する数でカバーすることにしたのが、こいつでしょう」
「ええ、兵器として出力、装甲、機動力などではアサルトのほうが、テクニカルよりも圧倒的に上回っています。しかし、既存のアサルトに管制機の性能を持たせようとすると、ちょっとした改造やオプションパーツでは対応するのは不可能。フレームの形状、人工筋肉の配置、マナコアの強化など別のアサルトを新規に設計するのに近く、当初の予定通りの性能だと陸軍の予算を食いつぶす高コスト機になりそうなんで、大幅に性能に妥協して、改造の比較的な容易なテクニカルをベースに、量産時のコストをアサルトの二倍程度に抑えるとことになっています」
「なら、レンズも妥協していいのでは?」
「設計担当者や歩く管制機の利便性や必要性に理解のある方々は、了承するでしょう」
「誰が了承しないと?」
「予算を握る党の方々ですよ。軍事に無知ではなくても、専門家でもない方々に戦場における管制機の有用性を説明するのはなかなか難しい。ただでさえよくわからない管制機のセンサー類の性能を従来機と同等にしてしまうと、テクニカルなのに高コストな兵器を開発する必要なしと判断されそうだったので、光学センサーも妥協できなかったのです」
「では、党の上層部は、この光爪に興味がないと?」
事実であったとしても、党の上層部が理解できないなどという言葉を口にするわけにはいかない。
悪意や向上心にあふれた誰かに、どこで聞かれ、どのように曲解されて、結果として事実確認のために口にした言葉のせいで、失脚や粛清の対象にされてしまう。
「軍の上層部は期待していますよ」
ニャーン大尉が嫌な笑顔で肩をすくめる。
党ではなく、軍の上層部が期待しているとは、なかなかややこしい組織の事情が透けて見えてしまう。
有用性の分かりにくい管制機の予算を確保するために、カタログスペック的にも分かりやすい偵察機のような性能を与えられ、部品に関して妥協できなくなったわけか。
誰かが上手く立ち回れば、もっと無駄のない計画になったのに、誰もが失敗したときのリスクを恐れて、こいつは後方の思惑でチグハグな性能の試作機になってしまったようだ。
「そういえば、君はなかなか面白いね」
重くなった空気を変えるようにニャーン大尉が、ことさら明るい口調で言った。
だが、応じるオレは表情を変えないように意識しながら、警戒レベルを上げながら応じる。
「そうでしょうか、軍人として標準的な経歴かと」
「いやいや、アートマンシステムに適性のある男性というだけでも十分に凄い」
ニャーン大尉は、思惑の有無を隠すように、感情の読めない笑顔を浮かべる。
確かに、オレはアートマンシステムに実用レベルで適応した唯一の男性の軍人、ニャーン大尉のような人物が興味を持つのは不自然ではない。
不自然ではないが……。
「偶然の産物でしょうが、ありがとうございます」
「ハハハ、本当に凄いんだよ。君……猫族じゃなかったりしないかな?」
表面的にはニャーン大尉の言葉に反応することなく、淡々と応じる。
「眼鏡か、コンタクトの購入をおすすめします」
もしくは、この場で速やかに撃ち殺したい。
この男は危険だ。
どうにも思惑や意図の有無とは無関係に、排除しておいた方が将来の安全が確保できるような気がしてきた。
「ハハハ、私にもしっかりと見えているとも、君の猫族らしい猫耳は」
「なら……」
猫族の誇りを侮辱されたように、怒りをにじませながら紡ごうとしたオレの言葉は、ニャーン大尉の言葉で遮られる。
「しかし、それが、なんだと言うんだね」
「どういう意味でしょうか?」
「……混血」
淡々と紡がれたニャーン大尉の言葉に、心臓に杭を打ち込まれたような気分になるが、応じるオレの表情や声には欠片も出さない。
「…………四代さかのぼっても、自分の家系には誇り高き猫族以外の血は入っていませんが?」
「なら、もっと前か、どこかで、書類を改竄したんですかね?」
「…………上官とはいえ、そろそろ本気で怒りますよ」
実際、偽装する必要がないくらいオレは怒っている。
ニャーン大尉が、オレの深いところに踏み込み過ぎていると。
「ふむ、気分を害したのならすまない。ただ、確認したかっただけなんだ」
「確認ですか?」
「竜族の血が、君に入っているのではないかとね」
なんでもないことのようにニャーン大尉が笑顔で告げる。
「竜族……迷信の類では?」
オレは心の荒波のように動揺していないか?
脈絡もなく迷信を聞かされて戸惑っているように、オレはニャーン大尉を騙せているだろうか?
「いやいや、実在している。少なくとも、一人は生きていた」
「いた、ですか」
「ナノマシンとの適性が高いからと、被験体の疲労を無視した実験を強行した結果、有益なデータと引き換えにこの世を去ってしまった」
「……そうですか」
心を殺して、感情を殺して、オレは反応を表に出さない。
想像のなかで奥歯を噛みしめ、拳を握りしめる。
「同情しているのかな?」
「同情? 意味がわかりません。彼は、その命を党と国家に貢献できたのですから本望でしょう」
オレは党に対して献身的で模範的な猫人民共和国の軍人だと、自分に強く言い聞かせる。
「それだけかな」
ニャーン大尉が無邪気な笑顔で聞いてくる。
「それ以外になにを思えと?」
「いや……これからも貴重なデータを頼むよ、ミケ中尉」
一瞬だけ、ニャーン大尉の視線が鋭くなったように感じたのは気のせいだろうか?
「はっ」
オレは隙のない敬礼をして、その場を立ち去る。
死んだ竜族に哀悼の念を抱きながら、ニャーン大尉への警戒を心に誓う。
次回の投稿は8月6日1時木曜日を予定しております。




