1-4 食堂での対話 ツザキ中尉視点
ツザキ中尉視点
「終わった」
簡易的にアートマンシステムと接続できる専用のヘルメットを外して、肉眼で目の前の物を見る。
ゴーレムサイズの先端のとがった長い棒と、変わった形に見えるお玉のような物。
シラカミ大尉に言われて、急造したアサルト用の新装備。
予算の都合でコストはかけられなかったが、精度や微調整には神経を使った。
手抜きの一切ない会心の仕事と言えるかもしれないが、これを装備してアオイケたちに出撃して欲しいと思うことはできない。
結局のところ、これらは法律や制度の隙間をついた歪な存在だ。
仮に、この装備が戦場でどれだけ結果を残したとしても、外国で採用されることはないと断言できてしまう。
なにしろ、普通の機関砲を用意したほうが、継戦能力も火力も確実で簡単だ。
だから、あたしがここでこの装備に心血を注いでも、一しかない間に合わせの性能が完璧な百になるわけじゃない。
それでも、シラカミ大尉の新装備開発の要請を無視して、アオイケたちに撃てない支援砲と、近づかないと使えない振動剣だけ持たせて出撃させるわけにもいかないから、自分で納得できない妥協の産物を作ることになっている。
「はぁ、メシ食いに行こ」
一仕事終えたはずなのに、晴れやかな気持ちとは程遠い状態で食堂に行き、カウンターで料理の盛り付けられたプレートを受け取ると、席をどこにするか見渡して、知り合い二人が座るテーブルに空きがあるのでお邪魔することにした。
「ここ、いいか?」
「ええ、どうぞ」
あたしの方には軽く視線を向けて、すぐに四本角の美人アオイケは元の作業を再開させる。
艶やかで綺麗に切りそろえられた黒髪と、切れ長の瞳とシャープな顔立ちが、気難しく見えるかもしれない。
しかし、実際は、繊細かもしれないが、真面目で面倒見のいい奴ではある。
今も、アオイケは誰かに命令されたわけでもないのに、隣りにいる車イスの少女キリナへの食事の介助をしている。
内心、アオイケがここまでする必要もないのにと、思わないでもない。
一見すると生まれつき手足を持たないキリナは、普段の生活に不自由しそうだが、彼女の座っている車イスは触れることなく思考で移動できて速度や方向を制御できる優れもので、物を取ったり食事をしたりするときにはアートマンシステムを応用して制御するアームも備えているから、食事どころかこの基地で生活するなら他人の介助なんて一切必要ないだろう。
それどころか、車イスのアームで食べた方がスムーズかもしれない。
しかし、そんなことを考えていると、急に背筋が寒くなる。
反射的にキリナの方へ視線を向ければ、余計なことは言うなという殺気の込められた視線とぶつかることになった。
あたしやアオイケと同い年とは思えないくらい、キリナは小柄な体形をしているが、庇護欲を誘わないのは本人の我の強さが原因だろう。
「座らないの?」
キリナの口へ食事を運ぶ動作を止めて、アオイケがあたしの方を向いて不思議そうにする。
アオイケの視線が、届かなくなるとキリナの視線が、二人の時間を邪魔をするなと凶悪になった。
……誰だよ、このお嬢さんを国家と企業のモルモットにされた哀れな少女だなんて言った奴。
手足がない状態で生まれたキリナを、両親は治療という名目で、国防隊と密接に関わりのある最先端技術の研究機関に送った。
そこでキリナは安全の確認されていない、成長や健康や人格に影響が出るかもしれない薬品とナノマシンを体内、特に脳に長期間にわたって投与されている。
これが、現在、クビ皇国がアートマンシステムを搭載して自分の体のように動かせる第三世代アサルトを開発できた一因だ。
事実だけを並べればキリナは被害者と言えるかもしれないが、それで世界に救いがないと絶望する少女でもない。
アオイケが自分の箸でつかんだ料理を、前のめりで嬉しそうに食べるキリナの様子は、幸せな仲のいい姉妹にすら見える。
「ああ、座るよ」
できるかぎりキリナの視線を無視して、アオイケの対面の席に座る。
「忙しいみたいですね。ユキカゼにトラブルですか?」
クビ皇国どころか、世界初の第三世代アサルトのユキカゼ。
その機体が初の実戦を経験して、護衛対象を守るためとはいえ、肩部装甲の表面がわずかに欠けたことで、クビ皇国の各方面からアオイケの元に苦情が集中したらしい。
最新鋭の機体を傷つけるとは何事だと、文句を言ってきたバカな奴もいたそうだ。
まったく、そんなに大事なら、本国から出すな。
もしくは、戦争中の国で護衛任務させるなと言いたくなる。
まあ、言ったところで、耳を傾けるどころか、あたしの経歴を考えると失職してしまうかもしれない。
「いや、あんたの小隊のユキカゼは問題ない。シラカミ大尉の率いてる小隊が少しな」
新装備に関しては、そこまで複雑な作業でもなかったから、モチベーションの問題を抜きにすれば負担じゃなかった。
それよりも、予定外の装備を製作するための予算を確保するために、シラカミ大尉自らが先頭に立ってユキカゼでユトナ王女から探索を許可されたダンジョンに連日アタックしたことで、その整備が大変だった。
別に、ダンジョンでユキカゼにダメージがあったわけじゃない。
けど、ただ一回の出撃で戦闘機動をしただけで、万全な状態を維持するために、ゴーレムという物には整備が必要だ。
一週間ぐらいなら、途中で整備しなくても連続で動かせるかもしれないが、装甲やフレームの亀裂や歪み、人工筋肉の損傷やズレを見逃して、結果的に重大な事態をまねくことになるかもしれない。
「イレギュラーでも発生した?」
「イレギュラーと言えばイレギュラーだが、ここのところ実機で連日訓練したようなものだ」
ただ、新装備を製作するための予算を確保するために、ダンジョンにアタックすると言ってしまうと、国のアサルトの私的な運用になってしまうらしいので、ダンジョンでの実戦を意識した訓練ということにするために、シラカミ大尉が上に許可を得るために書類を苦慮しながら作成していた。
官僚機構というのは、末端の行動を制約するときは迅速なくせに、自発的な解決の許可をするのは酷く鈍い。
「実機で? 訓練データならシミュレーションで十分なんじゃ?」
キリナの口に運ぶ手を止めることなく、アオイケが不思議そうに首を傾げる。
アートマンシステムによって機体と搭乗者の意識をつなげられる第三世代アサルトの特徴として、従来よりもリアルで誤差の少ない訓練のシミュレーションを仮想現実で行うことが可能だ。
第二世代のアサルトと合同で行うのでなければ、第三世代の訓練は基本的にローコストで安全な仮想現実のシミュレーションで行う。
だから、アオイケは実機での訓練という言葉に違和感を覚えたのかもしれない。
「あまり深く聞かないでくれ。機密ってわけじゃないが、誰構わず言える話でもないからな」
「書類上は私もシラカミ大尉も同じ部隊に所属してるんだけど」
「変な勘違いするなよ、どちらかといえばこれはシラカミ大尉の気づかい…………だと、思う」
断言はできない。
シラカミ大尉がダンジョンに挑んで、新装備の費用を稼ぎながら、手続きと調整に忙殺されて、アオイケと対話する時間的な余裕がなかった可能性も十分にある。
どちらにしろ、あたしの口から説明するのは少し野暮だろう。
「ふーん、別にいいけど」
アオイケはあっさりと引き下がると、キリナへの餌付けのような食事の介助を再開させる。
少し重くなってしまった雰囲気を変えるために、別の話題を口にした。
「それより、休暇はどうだった?」
「特になにも。普通だった」
「聞いた話だと、現地の連中と揉めたらしいじゃん。無理、してない?」
理解できないことだけど、この国の連中はどうにも外国の人間を下に見る傾向がある。
死んだ前の王様の圧政による重税で、日々の食料を自分たちで確保しなくてはいけなかったから、国民の大半が肉や果物、野菜を手に入るダンジョンの探索を日常的に続けているベテラン。
結果として、国民の平均的な魔力量も、先進国の平均を大きく上回っている。
そのことが、妙な自信というか、過信になっているようで、先入観で外国の人々は弱いと思っているようだ。
ただ、この国の連中が強いといっても、素手でのケンカなら、ダンジョン未探索者に勝てるレベルで、銃で武装した兵士に勝てるほどじゃない。
それなのに、ユトナ王女に協力しているうちの国防隊を兵器に頼る軟弱者と見なしている。
それなのに、クビ皇国にゴーレムや多脚輸送車の支援を求めるあたり、この国の連中は色々と歪んでいると思ってしまう。
「ああ、それは大丈夫。ここの人たちは気持ち悪くないから、どんな事を言われても私は大して気にならない」
「気持ち悪くない?」
「だって、この国の人たちは思ったことを言うだけ、クビ皇国の人みたいに本音と建前の使い分けをしないから、私としては楽」
「そう……なのか。けど、結構強い言葉を投げつられたりしたら」
「うーん、さっさと戦争を終わらせろとか、こんなところで油を売ってないで戦場に行ってこいとかは言われたけど、そんなに思うなら他人に願ってないで自分でやればいいのにと思うだけだから」
そう口にするアオイケは無表情で、心底どうでもよさそうだった。
あたしは、このアオイケの気力を感じさせない目が苦手だ。
絶望に染まっているわけでもない、なのに希望の色が一欠けらも見いだせない。
「ねえ、アイナ」
キリナがアオイケに笑顔を浮かべて問いかける。
「なに?」
「敵?」
「…………違う。ここの人たちは、哀れで滑稽な、ただの道化」
「……そう」
それで興味を失ったのか、キリナはアオイケの運ぶ食事を食べることを再開させる。
ここでアオイケが敵だって肯定していたら、キリナがなにをしでかすかわからない。
元引きこもりという経歴のアオイケたちとは違い、キリナは著しい自己肯定感の低さとかはほとんどないけど、これまでずっと第三世代アサルト開発のための実験動物のような生活だったせいで、他の連中に期待できるような常識が欠落していたりする。
「この間も任務後に、貴族派の連中に文句を言われたりしたんだろ。不快になったらあんまり我慢しないで言えよ。あたしだと、愚痴を聞くぐらいのことしかできないけど、口にして誰かに聞いてもらって楽になることも少なくないからな」
別にあたしは聞き上手ってわけでもないけど、直接的な上下関係があると口にしずらいこともあるだろうから、おまじないのように口にする。
アオイケは渇いた笑みを浮かべながら応じた。
「ツザキは優しいね」
「愚痴、言いたくなったら、私にいってね。私のほうがいっぱい聞いてあげるから」
一度、こちらをにらんだキリナが上半身を乗り出して言った。
こういうところは、独占力の強い子供っぽくて可愛げがある。
「そうだね、言いたくなったら、お願いする。それで、鹵獲した機関砲の火器管制システムはどう?」
アオイケの言葉に、あたしは渋い気持ちで応じる。
「一応、暗号化されていたけど、軍用とは思えない低レベルなもので、部隊間で共用されていたから一つ解くだけで全部使用可能になった」
「軍用として、そんなセキュリティで大丈夫なの?」
「まあ、あるかどうかわからない敵に奪われるリスクよりも、部隊間で兵装を迅速に共用できるメリットを優先したんだろう」
実際問題、ゴーレム用の機関砲などの兵装が奪われる状況というのは、実戦で頻発するとは思えない。
それよりも、前線で装備に不具合が出たときに、部隊内で装備のやり取りを迅速に行えることを重視している可能性はある。
まあ、クビ皇国と猫人民共和国とで、ドクトリン、危機意識、お国柄の違いが強く表れているのかもしれない。
「じゃあ、使えるんだ」
いざとなった使うと、アオイケの表情がわかりやすく語っている。
だから、一応、釘を刺す。
「物理的には使用可能。でも、ユキカゼに装備できないからな」
「規格の問題?」
「上の問題。シラカミ大尉から口頭で禁止された」
「律儀だね」
「あたしみたいな経歴の者は、別の生きる道なんてほとんどないようなものだから」
友達を助けるために、そんな理由があった気がするけど、あたしの経歴として記録されているのは他人に対して勝手に因縁つけて暴力を振るい傷つけた前科者。
運が良いのか悪いのか、第三世代アサルトのアートマンシステムに適性があったから、国防隊に所属することで罪を帳消しにしてもらえた。
もっとも、あたしの適性はアオイケたちほど高くないから、すぐにパイロットを養成するコースから外れたけど、アートマンシステムを利用した機体の整備が計画されて、そちらに回されて今にいたる。
一般人に比べれば、自由が制限されていて、多くのことに不満もあるけど、逃げ出したいほどじゃない。
次回の投稿は8月5日水曜日1時を予定しております。




