1-2 フェネック王国における革命と頓挫 ミケ中尉視点
ミケ中尉視点
一つの島を支配する斜陽の王国。
王政のその国は、現王があまりにも暴君かつ暗君であるために、国民による革命が計画される。
障害となりそうな主要な貴族たちも協力はしないが妨害もしないという黙認という消極的な了承をさせたことで、革命軍は計画の成功を確信した。
この段階で計画を知るものは、誰もが思った、完璧だと。
その通り、計画は完璧だった。
ただ、現実は計画通りにいかなくなっただけだ。
現王を革命軍のリーダーのエパノワが排除し、王政と貴族制を終わらせながらも、王の唯一の子供であるユトナ王女と結婚することで、権力掌握の正当性と権威の確保をしつつ、王族の権威を革命軍の制御下におくというものだった。
こうすることで、圧政の限りをつくす現王には反発しながらも、歴代の王には敬意を持つ大多数の国民に対して配慮することができる。
できる、はずだった。
しかし、革命の計画は、発動の直前に狂いだす。
それも、現王の死という形でだ。
王の死因は、ある種の心筋梗塞。
視察という名目で城下を散策して、見かけた美女を誘拐して強引に押し倒し行為に及ぼうとしたところで、王は死んだ。
状況だけを聞けば、一国の王の最期としてはあまりにも情けない、間抜けな笑い話だが、現実は笑い話ですまない。
革命のトリガーとなる王の排除。
それがなくなってしまった。
それでも、革命にかかわる者たちは、事態を知っても焦らなかった。
王の排除というプロセスを抜きにして、次の段階に計画を進めればいい。
しかし、ここで、揺らぎが生まれる。
革命を黙認する予定の貴族たち。
なにしろ、いつ自分たちに理不尽な矛を向けるかわからない王の存在は彼らにとっても、危険で邪魔だった。
だからこその革命の黙認。
貴族制の終了を覚悟した。
しかし、王は死んだ。
革命とは無関係に。
幾人かの貴族が思った。
このまま革命に付き合う必要があるのだろうかと。
革命が成功すれば、生命と一定の財産の保証、革命後の政権で大臣や議員の席が約束されているとはいえ、自分たちは貴族という特権階級ではなくなる。
決断すると、貴族たちは早かった。
王の死と同じくらい革命において、重要となるユトナ王女の身柄を確保すると、国軍と領地の軍を動員して、革命軍を奇襲で先制した。
一方の革命軍は、儀礼的に王都に入れば自分たちの革命は成功すると思い込んで、戦いになると思っていなかっただけに、数で上回っていた革命軍が、少数の貴族派に追われるかたちとなる。
貴族派による思わぬ反撃を受けた革命軍は、王都から一度大きく本拠地のある南部の地域まで後退して態勢を立て直すと、攻勢に出て状況を互角にまで持ち直す。
一時は、そのまま北上して王都を武力制圧できるかと思われたが、革命軍は内部の問題によって進軍を停滞させることとなる。
停滞の原因は、革命軍内部の士気低下だ。
元々、彼らには本気で戦争をする気がないか、あったとしても暴虐な王を排除する目的のために、革命軍に加わっていた。
そう彼らの革命は、貴族制を打倒するということを目的としていない。
しかし、その王はいなくなった。
革命軍の何割かのメンバーにとって、国の支配者が誰かということにあまり関心がなく、暴虐な王がいなくなり、これまでよりもましな支配体制になるなら、わざわざ自分の命をかける理由がないというものだ。
こうして革命軍は、団結と士気の回復のために、貴族派を排除できたかもしれない、千載一遇の機会を失うことになる。
一方の貴族派も、革命軍が揺れている間に、大規模な全面攻勢に出れば、あるいは勝利できたかもしれないが、こちらも誰がユトナ王女と婚姻を結び国の実権を握るかで、大きくもめて早期に戦争を終わらせて勝利する機会を喪失した。
それから、双方とも一致団結できないままズルズルと半年以上、泥沼の交戦状態を維持している。
これが、この国の現状。
双方共にプロパガンダとしての大義を口にすることもなくなり、誰にも出口戦略の見えない絶望という暗闇に包まれ、実にろくでもない状況で、好き好んで他国が介入したい情勢でもない。
しかし、残念なことに、我が偉大なる猫人民共和国は、すでにこの戦争に深入りしてしまっている。
革命軍の創設初期の段階から、物資に技術、資金まであらゆる援助をしていた。
人民共和国の狙いとしては、革命軍を支援して、革命を成功させて将来的に国際社会で恒久的に自分たちに都合のいい一票が手に入るというものだ。
安くもないが、国際社会での一国の投票権の値段としては高くもない…………はずだった。
革命軍だけではなく、障害になりそうな力のある貴族たちからも黙認された、人民共和国にとっても短期で終結するローリスクでハイリターンな革命。
しかし、現実はそうならなかった。
実際には、現王の排除を起点とした早期に達成する革命の失敗により、この革命軍への投資は不良債権になりかけている。
これは今後、革命軍が最終的に貴族派に勝てたとしても、ほぼ変わらない。
それというのも、この国には差し押さえの対象になるものが、あまりにもないのだ。
天然のレアメタルや宝石などなく、ダンジョン由来の資源にしてもありきたりで、値が付かないわけではないが、わざわざこの国に投資するほどの価値もない。
そんなことをするくらいなら、よほど自国の開発に予算を回したほうが有意義だろう。
政治的、安全保障の観点でも微妙だ。
地理的に見れば、クビ皇国と合衆国の間にある海域の中央あたりにあるから、一見有用そうだが、空港を整備したとしても、飛行機は中継地点としてわざわざ空港に着陸するより、経由しないほうがコストパフォーマンスがいい。
飛行中にトラブルが起きたときの緊急着陸先としての活用法はありそうだが、収益という観点では期待できないだろう。
それに比べれば、海路には発展の余地がなくもない。
だが、それでも、クリアすべき問題が色々とある。
一番の問題が、長年放置された海中のダンジョンだ。
発生したダンジョンを攻略せずに放置していると、当然のことながらダンジョンの外へモンスターがあふれ出る暴走状態になる。
ダンジョンの外にモンスターがあふれても、ダンジョンの出入り口から一定の範囲以上にはあまり出ないから、過疎地や険しく踏破の難しい辺境などのダンジョンは暴走を引き起こしても、費用対効果の面から周囲に警告だけして放置されることもある。
だから、国が暴走を引き起こしたダンジョンを放置することは珍しいことではないし、それが攻略の難しい海中のダンジョンとなれば攻略を断念することも仕方がない。
仕方ない…………が、そのことで引き起こされる不便を許容できるかは別の話だ。
この国の海中ダンジョンはたちの悪いことに、水竜やクラーケンなど大型で強力なモンスターが出現するダンジョンだった。
しかも、島を囲むように海中のダンジョンが点在しているために、島から船で外に行く場合は、モンスターの行動範囲に入らないように細く蛇行している数少ない安全な航路を進むか、ある程度のトン数を備え装甲と爆雷や魚雷などを装備して強引に最短距離を進む方法がある。
どちらも一長一短があり、その上、確実な航路の安全が保障されているわけではない。
事実、人民共和国の五万トンクラスの輸送船が、この大きさなら襲われても大丈夫だろうと、護衛をともなわない浅慮な判断を下して、水竜に襲われて沈んでいる。
それでも、この国の発展性自体は、それなりにあるのだが、人民共和国の注ぎ込んだ投資を回収できるか、回収できるとしてもどれくらいの期間がかかるかと考えると、やはり微妙だ。
そもそも、革命軍が勝利して、政権を握れたとしても、国民から広く支持されているわけでもないので長期の安定政権になるとは思えない。
投資を回収するために、政権を持続させようと思えば、追加の資金を投入することが必要で、本末転倒でしかない。
どこかの時点で、損切りをしたほうがいいだろう。
例えば、巡回中のテクニカルの中隊が、遭遇戦で全滅した場合など、もしかしたら撤退のきっかけになるかもしれない。
…………さて、どうしたものか。
大尉から後方で記録していろと言われているから、オレは自分自身の責任問題は回避できるかと思っていたが、基地に帰還して冷静になってみれば、党や軍の上の連中から革命軍の援助を打ち切るための言い訳に使われそうだ。
そうなれば人民共和国へ帰還することは絶望的で、半分以上の確率で処分される。
もしも、すぐに殺されなかったしても、使い捨ての人員として危険かつ胸糞悪いダーティーワークに死ぬまで従事させられるだろう。
…………最悪だな。
しかし、絶望するのはまだ早い。
オレの未来が、絶望か、希望なのか分かるのは、目の前の猫族らしい黒い猫耳のタマ大佐が告げたときだ。
戦場で味わったものとは別種の鈍色でどんよりとした恐怖と緊張に侵食される。
「自分の処分は?」
意を決して口を開いた。
「……処分、なんのことだ?」
普段なら、タマ大佐の三十代とは思えないくらい若々しい容姿と、切れ長の瞳が威圧的に思えるのに、不思議そうに首を傾げる仕草は無防備だと感じられた。
緊張しているオレへの上官としての彼女なりの配慮かもしれない。
もっとも、それで、こちらの緊張が解けるとは限らない。
「は?」
思わず間抜けな声がオレの口から出た。
タマ大佐の言葉の意味はわかるのに、上手く理解できない。
オレの処分は?
あるいは、これも遠回しな暗喩か?
「その…………黒豹のテクニカル中隊ですが」
民間軍事会社黒豹に所属するテクニカル中隊が全滅。
これだけでも党や軍の上層部の誰かが、不快になる事案だと容易に想像がつく。
上層部の癇癪で発生する小さな突風程度ならやり過ごせるが、一帯を根こそぎ瓦礫に変える暴風に見舞われる可能性も十分にある。
しかも、交戦した相手は人民共和国と歴史的に色々とあるクビ皇国。
上層部の荒れ具合によっては、オレだけではなくタマ大佐の首も物理的に飛ぶかもしれない。
「ああ、上の連中は喜んでいたよ」
ほほ笑みながらタマ大佐に告げられた言葉の意味がわからない。
「は? 喜んでいた?」
黒豹の中隊が全滅したという事実に、上層部が喜ぶ内容が含まれるとは思えない。
それはそうだろう、国にとって失われても痛くない連中を集めたような消耗が前提の懲罰部隊ならともかく、ダーティーワークをやらせることがあったとしても、民間軍事会社の看板を掲げているが黒豹は、人民共和国傘下の重要な組織。
ことのほか面子を重要視する人民共和国が、傘下の組織の受けた損失を笑顔で受け流す可能性は低いだろう。
「より正確に言うなら、アサルトという兵器への関心だな」
タマ大佐の言葉に、オレは事態への理解を深めるよりも、さらなる混乱へと陥っている。
「申し訳ありません、大佐。自分には話の意図が……」
正直に、上層部の思惑を察することができないと告げようとするが、楽しそうなタマ大佐の声に遮られる。
「いかんな、もっと察しがよくないと本国では出世できないどころか、気づかぬうちにスケープゴートにされてしまうぞ。だが、まあ…………今はいい。革命軍のテクニカル中隊が全滅するまで、上層部はアサルトという新興の兵器を侮っていた。高額の予算を使って開発して生産する価値があるのかとな。なにしろ、我々のようなテクニカルやアサルトなどのゴーレム関連の兵器に関わる派閥は軍では少数派だったからな。だが、テクニカル中隊が少数のアサルトを相手に全滅したと知ると軍の主流派の連中から、ゴーレム関連の者たちに声が頻繁にかかるそうだ」
タマ大佐が告げた上層部が侮っていたゴーレムという存在が活躍して注目するという理屈は、オレにも理解できる。
しかし、注目を集めているのは、我が国のゴーレムではないのだ。
「それは……しかし、テクニカル中隊を撃破したのはクビ皇国のアサルトです」
歴史的に因縁のあるクビ皇国の連中に、自分の末端がやられれば、ゴーレムという存在に注目するかもしれないが、上層部が怒りのともなう不快感を抱いていてもおかしくはない。
「ああ、なるほど、ミケ中尉、君はクビ皇国のアサルトが、我々が支援する革命軍のテクニカル中隊を全滅させたから、上層部が不快に思い処分を下すと考えたのだな」
「はい、あの国と我が祖国は色々とありますから」
そう、口にしながら内心で首を傾げる。
革命軍のテクニカル中隊?
やられたのは黒豹の中隊で革命軍ではないはず、どういう意味だ。
「確かに……しかし、だ。上層部も不快感だけで、下を処分するほど浅慮ではないよ、そうだろう」
同意を求める上司の言葉。
上層部の報復人事や意に添わなかった者の末路を知る身としては反射的に否定したくなるが、そんな本音は心の奥にしまって、模範的な人民共和国民であるかのように即座にうなずく。
「はっ、同意します」
「なによりも、君がもたらした情報で、気づいたようだ」
「気づいた?」
「そう、人民共和国の中枢にいる者たちにとって、アサルトとは陸戦において次代を担う兵器という認識ではなく、輸出用のテクニカル開発のための副産物という認識だった」
「戦車の信奉者が、多いですからね」
人民共和国は強権的な一党独裁だが、人の集団であれば当然のように派閥ができてしまう。
我が軍も残念なことに例外ではなく所属、出身地、学歴などによって様々な派閥にわかれて、出世と予算を確保するために、日々激しく争っている。
「確かに、戦車には歴史に裏打ちされた実績があるからな。よくわからないアサルトの開発に予算を割きたくないという気持ちもわからないではない」
「そんな戦車の信奉者が宗旨替えですか?」
宗旨替え、まさしく兵器への信頼は信仰に近く、その価値観を覆すのは容易ではない。
こんな辺境の国の地方で発生した小規模な遭遇戦の報告で、価値観が変わるのだろうか?
「君の持ち帰ったデータを元に、本国であそこに展開していたのが、テクニカルの明爪ではなく、戦車中隊だったらどうなっていたかというシミュレーションをしてみたそうだ」
歩兵の有無など前提条件が違うから正確とはいえないが、シミュレーションとして考えればそれなりに面白い。
「結果は?」
「……そもそも、シミュレーションが成立しないという結果だ」
「は?」
「おいおい、君は忘れてしまったのか、この国の道路事情を」
道路事情というタマ大佐の言葉で、すぐにシミュレーションが成立しない理由が察せられた。
「ああ、そういうことですか」
戦車というゴーレム以上の重量ある兵器を迅速に展開できるような道路など、この国では少数の例外なのだ。
「そもそも、革命軍に供与するようなレベルの戦車では、戦場まで展開することすら不可能という結果だ」
「ゴーレムの悪路での走破性に気づいて、宗旨替えですか?」
「それだけではないがな。上層部としては、ゴーレムという存在を見極めるためにも、この国を実験場とするようだ」
上層部がゴーレムに興味を持っているということが、即座にゴーレムの大規模な採用という流れにはならない。
あくまでもゴーレムという兵器をより深く知るためのもの。
その結果によって、自国で大規模に運用するか、他国が運用するゴーレムへの対応策、もしくは予算を割く価値はないと見切りをつけるか。
「実験場ですか? それでは革命軍への支援は?」
「基本的な革命軍への支援や方針に変更はない。ただし、我々の主眼が、支援から情報収集になると思ってくれ」
タマ大佐の言葉を聞いて、わずかにうんざりとした気分になる。
革命軍への支援や方針に変更はないとは、表立って支援の量や質を低下させることはないが、その目的が戦場でのゴーレムの情報収集になり、革命軍の勝敗はあまり重要視されない。
場合によっては、データ収集のために、終戦を遅らせたりと革命軍にとって不利益になる工作をすることになるかもしれない。
別に、人民共和国の都合で道化のような立ち位置になる革命軍に同情しているわけではなく、自分の乗機の特性を考えて少し憂鬱になっているだけだ。
索敵と情報の収集と分析に特化した地上用の動く安価な管制機というコンセプトで作られた、私の乗る試作実験機のテクニカル光爪。
上層部の都合で酷使される未来が容易に想像できる。
それでも、上層部に注目されて出世の機会を得たと喜ぶべきか、前線に派遣されて死の危険が増えると恐れるべきか、なかなか難しい。
「上層部の君への期待は大だ。はげみたまえ」
「はっ。…………それで、黒豹の戦死者は」
「ミケ中尉、気をつけたまえ。戦死者などと口にしたら、まるで彼らが戦争に従事していたようじゃないか。彼らはワークゴーレムを使用した革命軍への後方支援業務中に不幸な事故で死亡したのだ。そう、事故死で間違っても戦死者などと誤解を与える表現は控えることだ」
「失礼しました。以後、十分に気をつけます」
戦死した中隊の連中には同情する。
純粋な忠誠心だけで戦場にいたとは言えないどころか、私利私欲にあふれていたが、それでも遺族には異国での事故死と報告されて、民間人ということで戦死者の家族に支払われる遺族年金などが、国から支払われることもない。
死してなお哀れだ。
オレは任務を果たせばすぐに、軍に戻れる白虎に所属しているから、ましと言えなくもないが、国の意で動く民間軍事会社など上層部から見れば五十歩百歩の使い捨てだろう。
次回の投稿は8月3日1時月曜日を予定しております。




