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その引き金は重く  ささやかなゴーレム戦争  作者: アーマナイト


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1-1 邂逅 ミケ中尉視点

 ミケ中尉視点




「センサーに感、アサルトが四に、多脚輸送車が六です」


 にじり寄ってくる死への恐怖で揺れそうになる心に平静であれと強く思うが、自分の喉から発せられた声なのに、冷たく巻き付くような緊張で硬くなり、まるで他人の声であるかのようだ。


 初めての実戦になるかもしれない。


 遅まきながら、かくも儚い命が一瞬で無残に吹き飛ぶ戦場に来たのだと自覚してしまう。


 着任前にはあったはずの覚悟と使命感は、黒い霧のような恐怖に覆われて確認できない。


「どこの連中だ? 貴族派どもか?」


 見え隠れする死の恐怖に震えるオレと違い通信に応じる大尉の声は、実戦経験があるから落ち着いている。


 いや…………少し興奮しているか?


「貴族派の輸送部隊をクビ皇国のアサルトが護衛しているようです」


 オレの緊張に満たされたどんよりとした心とは違い、空はまぶしいほどの晴天で視界は良好。


 しかも、見渡す限り多少の起伏はあれど、遮蔽物のない荒地。


 自殺志願でもなければ物資を輸送するために、わざわざ敵であるこちらの勢力圏を横切るようなルートを選ばなくてもよさそうだが、嫌なことに貴族派の連中が目の前にいる理由を容易に想像できてしまう。


 この島に派遣されて三カ月も経っていないが、何度もオレ自身が経験している。


 この国は、主要な幹線道路でさえ未整備で、整備されているところでも、補修と点検が行き届かずに、軍用トラックどころか、履帯を装備した車両ですら通行不能な場所に、いくつも出くわした。


 センサーが捕捉した輸送部隊にしても、計画では安全なルートを進むはずが、履帯以上の走破性を誇る多脚輸送車を退ける悪路に出会い、急遽こちらの勢力圏を通過する危険なルートを選ぶことになったのだろう。


 敵だから進路に嫌われオレに発見された運のない連中に同情はしないが、酷いすぎるこの国の現状には色々な意味でウンザリする。


「クビ……ふん、キツネに従属するゴブリンどもか。総員、戦闘用意」


 大尉の言葉に、実戦を意識させられ、じんわりと全身から嫌な汗が噴き出す。


 一応、党は祖国の猫族は品位あるエリート民族を自称しているから、クビ皇国の鬼族をゴブリンと呼ぶのは国際的に禁止されている差別用語で、党と猫族の品位を傷つけると意見の具申しようかと思ったが、それよりも重大ことを大尉が口にした。


 戦闘用意と。


 アサルトを相手に、テクニカルで戦闘など冗談ではない。


「お待ちください、交戦する気ですか?」


 大尉の正気を疑いたくなる。


「当たり前だ。敵が目の前にいて攻撃をしない理由があるかね」


 理由など、いくらでもある。


 そもそも、エサを見せられた飢えた獣でもないのだから、敵がいるからと条件反射的に交戦を選ばないでもらいたい。


「護衛についているゴーレムは、我々と同じテクニカルではなく、アサルトなんですよ、無謀です」


 輸送部隊を守っている護衛のゴーレムは、アサルトと呼ばれる軍用として始めから設計された正真正銘の兵器。


 一方のオレや大尉たちが乗っているのは、テクニカルと呼ばれる作業用の重機であるワークゴーレムに簡易的な装甲やセンサーなどの兵装を施した兵器だ。


 どちらも六メートル以上七メートル未満の人型で、サイズ的には似ているが、兵器としてはまったくの別物。


 だから、考えるまでもなく、純正の兵器であるアサルトに、急造兵器のテクニカルで挑むなど自殺行為でしかない。


 そもそもテクニカルとは、ピックアップトラックなどの荷台に機関銃を乗せただけの代物の呼び名だった。


 しかし、世界中でクビ皇国のワークゴーレムが普及するなかで、レアメタル採掘場などでテロリストやゲリラから身を守るために、現場で作業するワークゴーレムに機関銃やロケットランチャーを装備させたものがテクニカルゴーレムの起源だ。


 だが、多くの者にとって予想外のことに、この装甲もろくにない案山子にしかならないと思われた急造兵器であるテクニカルゴーレムが強かった。


 戦車や攻撃ヘリと戦えば確実に負けるが、ただの歩兵や民兵が相手なら、無双とは言わないがかなり善戦できる。


 しかも、このテクニカルは、ベースとなるワークゴーレムの値段にもよるが、戦車や攻撃ヘリの十分の一以下のコストで調達が可能。


 テロリストやゲリラだけではなく、貧乏な国も正式に兵器として採用するほど、世界中にテクニカルゴーレムは広がった。


 現在では、テクニカルといえば、ピックアップトラックを改造した物よりも、こちらのテクニカルゴーレムを指すことが多い。


 そんな世界的に使われるようになったテクニカルを相手にする兵器として各国で開発されたのが、通称アサルトと呼ばれるアサルトゴーレムだ。


 対テクニカルに特化したような兵器である軍用のアサルトに、兵器モドキのテクニカルで挑むなど正気ではない。


「ちっ、腰抜けが。いいか、我々は十二機のテクニカル中隊に、貴様の試作実験テクニカルが加わって十三機だ。こちらが数で圧倒している」


「グレイリーダー、アサルトとテクニカルのキルレシオを知らないのですか。一機のアサルトを撃破するのに、最低でもテクニカルだと五機は必要と言われています。現状、相手よりもこちらが必ずしも優勢とは判断できかねます」


 このキルレシオも、テクニカル側に甘めのデータで考えてだ。


 ゴーレム先進国で、アサルト先進国のクビ皇国のアサルトが相手なら、一機撃破するのにこちらは十機以上が必要でも驚くに値しない。


 そもそもテクニカルは歩兵が相手なら強いが、アサルトと交戦することをほとんど考慮されていないのだ。


「黙れ、臆病者め」


「しかし」


 正直、大尉たちが敵を見誤って死ぬのはかまわないが、道連れにされるのは困る。


 オレはこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。


「貴様こそ、クビの連中を知らんのだな」


「どういうことです?」


「連中は撃てんよ」


 侮蔑するような口調で紡がれる大尉の言葉。


 さて、侮蔑されているのはオレか、クビ皇国の連中か、あるいはその両方か。


「まさか、攻撃されて反撃しない軍隊など存在しません」


「その通りだよ、ミストツー。わかっているじゃないか、連中は軍隊ではない」


「は? それはどういう」


「クビ皇国の国防隊は軍隊ではない。専守防衛の特殊な武装集団だ」


「あの国の概要は知っています。しかし、撃たれて反撃を禁止するなど」


 建前として、クビ皇国の国防隊が軍隊を名乗っていないのはオレも知っている。


 しかし、実態として戦闘機、戦車、アサルトという兵器で武装しているのだ。


 それなのに、反撃しないなどありえない。


「禁止はしていない。連中も正当防衛に関しては、法的に認められている」


「それなら」


「反撃に関して恐ろしく面倒な手続きを必要とする。少なくとも、我々が連中をハチの巣にするまでに発砲許可が下りるとは思えんな。アサルトがどれだけ高性能でも、反撃できなければ案山子だ」


「しかし」


「……もういい、ミストツー、貴様は私の直属ではないしな、せいぜい貴様のような臆病者は、安全な後方から我々の勇姿でも記録していたまえ」


「…………」


 沈黙しながら、オレは内心で大尉を賞賛する。


 大尉から、正式に記録を命じられた。


 これで後からクビ皇国のアサルトと積極的に交戦しなかったことを上から咎められるリスクを減らせるだろう。


「よし、ケチがついたが、他に臆病者はいないな」


 大尉の言葉に、複数の見下すような笑い声が、通信で聞こえてくる。


 連中にはオレが、どうしょうもない臆病者に見えるのかもしれない。


 しかし、オレは連中の正気を疑う。


 テクニカルでアサルトに挑むなど、軍事の素人でもわかる自殺行為だ。


 そんな命令に対して、オレを侮蔑しながら、大尉に意見を具申することもなく、従うなど中隊の連中が理解できない。


「アサルトを潰したら、多脚輸送車を鹵獲するぞ」


「「「了解」」」


 通信に興奮した中隊の連中の声が響く。


 基地に帰還したら鹵獲した物資で、パーティーでもするつもりなのかもしれないが、護衛してる四機のアサルトが、こいつらには認識できないのだろうか?






「敵アサルト、こちらに照準用レーザーを照射しています」


 明確に、こちらを指向する照準用レーザーに恐怖する。


 クビ皇国のアサルトが装備するのは支援砲と命名している多用途の大砲。


 クビ皇国ではアサルトを山岳地帯や市街地などの地形を選ばずに展開できる自走砲として運用することを考えているようで、アサルトの主兵装も世界的に主流な機関砲ではなく、より大口径で強力な支援砲。


 地面に固定しなければ、軍用のアサルトでも手持ちでは反動が殺せずに撃てない大砲だが、威力は強力だ。


 支援砲を撃たれたら、こちらのテクニカルだと、装甲を貫通することを重視した徹甲弾どころか、爆発する榴弾の至近弾でも危うい。


 そして、こちらに照準用レーザーを照射する支援砲は、地面に三脚のような物で固定されているので、砲弾が大きく外れることも期待できないだろう。


 運が悪ければ、その大砲に狙われて無慈悲に死ぬ戦場にいる。


 その事実を照準用レーザーを向けられることで、再認識させられて、胃が締め付けられ、鼓動は早鐘を打ち、口の中が恐怖で急速に乾いていく。


「こちらはクビ皇国の第二護衛小隊です。それ以上接近すれば、攻撃意志のありと判断し、攻撃します」


 クビ皇国のアサルト発せられた警告。


「グレイリーダー」


 一応、無駄になると思うが、テクニカルでアサルトに無謀な挑戦しようとする中隊へ警告をしようとするが、大尉に遮られる。


「黙れ、ミストツー。こんなものは脅しにすぎない」


「しかし」


「この距離は、すでにあのデカ物の有効射程だ。それなのに、我々は撃たれず、ゴミのような警告と照準用レーザーを照射されだけ、なぜだ?」


「それは」


 大尉の言い分も一理ある。


 ある……が。


「ふん、連中に撃つ気がないからだ。これで証明されたな、勇敢なる中隊諸君、本国から来た臆病な客人に本物の戦争を見せてやれ」


「「「了解」」」


 見下すような中隊の連中の笑い声が聞こえる。


 これが数分後に阿鼻叫喚に変わらないことを切に願わずにはいられない。


「中隊、攻撃開始」


 大尉の号令で、中隊が攻撃のために動き出す。


 四機の小隊規模で散開して、三方向から襲い掛かるようだ。


 クビ皇国のアサルトは支援砲を発砲することもなく動かない。


 ……いや、機体は動かしていないが、通信量が増えていると、こちらのセンサーが捉える。


 軍用の暗号化された通信なので、内容はわからないが、通信の分析により、それが護衛部隊間の通信ではなく、遠くの司令部などの上層部との長距離通信だと思われる。


 大尉の言う通り、クビ皇国のアサルトは上層部に発砲の許可を求めているのだろう。


 敵前で、相手よりも優秀な兵器で武装しながら、後ろの都合で連中は発砲することができない。


 専守防衛の体現というには、あまりにも皮肉的だ。


 おそらく、クビ皇国の支援砲は仕様で、上の許可がなければ。物理的に発砲できないのだろう。


 つまり、現場が処罰を覚悟しても、支援砲を強引に撃つことは不可能。


 まったく、素晴らしきシビリアンコントロールだ。


 相手からの発砲がないことでさらに、大尉たちが大胆に距離をつめる。


 数秒後には、十二機のテクニカルが機関砲を一斉に発砲するだろう。


 事態がどう推移するかと、後方から観察していると通信を頻繁に行っていた隊長機と思われるアサルトが、構えていた支援砲から離れた。


 一瞬、理不尽な状況に絶望して降伏でもするかと思ったが、それは相手の行動によって否定されることになる。


 相手の内部の魔力量が増大。


 戦闘出力だったと思われるマナコアを最大出力にまで引き上げたのだろう。


 諦めて降伏する者が兵器の出力を上げるわけがない。


「グレイリーダー、アサルトの出力が上がっています」


「黙れ、臆病者。そんなものはただのこけおどしだ」


 オレの警告に対する大尉の返答は一理ある。


 一理あるが、あれが本当に、ただのこけおどしだろうか?


 見ていると、隊長機と思われるアサルトがわずかに腰を落としだ。


 そう、まるで、全力で動き出す寸前のように。


「全機、発砲……」


 大尉の命令は途中で止まった。


 静止していたクビ皇国のアサルトが、地面を蹴り、放たれた矢のように疾駆する。


「撃て、撃て、撃て。勇敢なる中隊諸君、恐れることはない。動いたところで、連中には体当たりぐらいしか、反撃の手段がない」


 大尉の言葉で、クビ皇国のアサルトの動きで乱れかけた中隊の空気が、落ち着きを取り戻す。


 部下を鼓舞して中隊の統制を安定させた大尉の手腕は、実戦経験者として見事なものだ。


 しかし、大尉の言葉は中隊に、落ち着きと同時に相手を侮るような、わずかな弛緩を生み出している。


 嫌な感じだ。


 言い知れぬ寒気を感じているのに、不快な汗が止まらない。


 十二機のテクニカルによる一機のアサルトに対して、機関砲の一斉射撃。


 こちらの砲弾が、アサルトの装甲を貫通できない可能性は予想できていた。


 しかし、


「これは、なんだ……」


 それ以上の言葉が口から出てこない。


 目の前に広がるのは悪夢の体現。


 いや……我々の悪夢か。


 乗用車を一瞬でスクラップに変える砲弾の雨を、クビ皇国のアサルトは一発たりとも被弾することなく、回避し続ける。


 それも、砲弾に追い立てられるような、無様に足掻いて延命するための必死の回避ではない。


 捉えようとする、すべてのものから逃れる、実態のない木の葉のようで、さながら舞のように優美ですらある。


 クビ皇国のアサルトの公式カタログスペックを信じるのなら、その速度の上限は時速百キロ程度。


 条件によっては、百キロ以上は出るかもしれないが、そのことにどれほどの意味があるのだろう。


 確かに、センサーが捕捉するアサルトは、百キロ以上の速度を出していない。


 なのに、十二の機関砲から撃ち出される砲弾を、一機の前進するアサルトが悠然と避け続ける。


 ありえない、光景だ。


 そう、ありえない。


 こちらのテクニカルの火器管制システム、センサー、情報の処理速度は、確かに軍用として二流品。


 だが、それでも、十二機で撃って、一機を相手に一発も命中しないなど、理解できない。


 本国のアサルトが相手でも、装甲を抜くことができずに、負けることはあっても、一発も命中させることができないなんてありえないだろう。


 野太い咆哮を上げて、不快なオーケストラで暴力的な金属をバラ撒いているのはこちらで、相手は攻撃することなく実態のない幻影かと疑いたくなるような非現実的な回避を続けているだけなのに、この場の主導権を握っているが誰で、支配者が誰なのか、嫌でも理解できてしまった。


 反撃されることなく、相手に圧倒される、これが悪夢でなくてなんなのだ。


 特徴的な前方に突き出した角のようなブレードアンテナに、曲線を多用した流線形のどこが女性的なシルエットの深緑色のクビ皇国の第三世代アサルトのユキカゼ。


 シルエットだけではなく動きも滑らかで、飛び交う凶悪な破壊の砲弾を、回避するというよりは、砲弾と砲弾の間を優雅に滑り込むよう。


 一方、攻撃している中隊の灰色の都市迷彩で塗装された猫人民共和国製テクニカルの明爪は、世界的に珍しく初めからテクニカルとして運用されることも想定して設計されているワークゴーレムがベースだ。


 明爪は武骨で直線的な野暮ったいシルエットで、動きもどこかもっさりとしているが、これはパイロットの腕が悪いわけでも、使用しているテクニカルが粗悪品というわけではない。


 パイロットとテクニカルのどちらも、世界的に見て平均以上の水準にあるだろう。


 そもそも、本国で正式に採用されている第二世代アサルトの炎牙でも、クビ皇国のアサルトのようにシャープかつ滑らかに動くことはできない。


 相手は回避しかしていないのに、こちらは色々な意味で圧倒されている。


 しかし、同時に思う。


 相手も手詰まり、ではないかと。


 被弾ゼロでも、こちらを攻撃する手段がなければ、状況を打開することはできない。


 中隊の半数ぐらいが弾切れになったら、撤退を提案するかと、考えていたら、相手の動きに変化があった。


 曲線を描いていたユキカゼの動きが直線的になる。


 嫌な予感がわき上がり、不安が増大していく。


 ユキカゼの軌道の先は…………大尉!


「グレイリーダー、狙われています」


「黙れ、臆病者。こいつに反撃手段などない」


 確かに、大尉の言うように、ユキカゼは火器を装備していない。


 唯一装備していた火器、支援砲は最初にいた場所に放置している。


 しかし、なら、なぜ、ユキカゼは大尉の明爪との間合いをつめる?


 体当たりでもするつもりか?


 無意味とは言わないが、ユキカゼでも明爪を体当たりで無力化するのは、一撃では難しく、有効な攻撃手段とは言い難い。


 二機の距離は、もう二十メートルを切っている。


 大尉とユキカゼの距離が近すぎて、誤射を恐れ中隊の機関砲が沈黙した。


 中隊の連中も移動して機関砲の射線を確保しようとするが、足の遅い明爪では、動きの速いユキカゼが相手だと、それも難しい。


「クソが、死ね、死ね、死ね」


 通信でも感じ取れるほどの焦りとイラ立ちの混じったような大尉の声。


 至近距離に迫りながらも、ユキカゼに砲弾が命中しないことに、大尉は戸惑い混乱しているようだ。


 そして、これが彼の最期の言葉となった。


 大尉の乗る明爪は胸部から一瞬だけ火花をまき散らすと、それらをかき消すように黒い循環液を噴き出す。


 循環液。


 アサルト、テクニカル、ワークなど種類を問わずに、現代のゴーレムには必ずと言っていいほど使用されている物で、魔力の伝達、魔力の供給、術式の記憶、冷却、衝撃吸収、人工筋肉などの部品の修復と、その機能は多岐にわたる。


 民間のワークゴーレムや資金力のない勢力が運用するテクニカルゴーレムは、安定性が高く長期での連続使用が可能で調達コストの低い白い循環液を使用している。


 一方で性能は高いが寿命が短く頻繁な交換を必要とする黒い循環液を使用するのは、軍用のゴーレムか資金力のある勢力だ。


 その黒い循環液も、スライムなどを主原料としているらしいが、結局のところ人工物。


 人の血液とは、まったくの別物。


 だから、いくら人型でもゴーレムは無機物で、命なんて宿っているわけがないのに、血と錯覚してしまう黒い循環液を流しながら、四肢を細かく痙攣させて機能を停止させる様は、あまりにも人の死に際のようだ。


「……大尉の生命反応、ロスト」


 誰に聞かせて、なんのため口にしたのかもわからないまま、大尉の死を自覚して、頭はぼう然として動かないのに、体は叩き込んだ訓練通りに役割を果たす。


 状況の分析、大尉の死亡と、明爪の機能停止を確認。


 ユキカゼの攻撃手段は?


 一目瞭然だ、現在進行形で大尉の機体の胸部を貫いている。


 光学センサーが映す画像の一部を拡大させると、はっきりと見えた。


 明爪の胸部を貫く片刃の剣。


 ユキカゼの手には振動剣が握られている。


 …………振動剣?


 意味がわからない。


 これは別に、振動剣が珍しいからではない。


 振動剣など、世界中の工事現場や災害救助などで使用されているありきたりな物だ。


 そう、振動剣は、剣と呼ばれているが、敵を攻撃する軍用兵装というよりも、倒壊した樹木や建物を切断するためのワークゴーレムのアタッチメント。


 間違っても、戦場でゴーレムが近接戦で使用するための物ではない。


 同時に、なるほどと納得してしまう。


 振動剣は世界中の軍でも使用されているが、世間で兵器とは認識されていない。


 つまり、振動剣は火器と違い魔道具や電化製品と同じように、スイッチを入れれば、上の許可がなくても使用可能といえる。


 ある意味で、この場のユキカゼの武装として最適と言えるかもしれない。


「隊長」


「……隊長?」


「隊長、無事ですか」


 次々に、中隊の者たちが、大尉の安否を心配する言葉を通信で口にする。


 自分たちの上官を心配することは悪いことではない。


 悪いことではないが、現在進行形で戦闘状態の中隊がすることではない。


 自分の頭も色々なことが衝撃的で、明瞭に動いているとは言い難いが、死人の心配をしている場合ではないことだけはわかる。


「大尉の生命反応はロスト、指揮権の引継ぎを」


「黙れ! よそ者になにがわかる。大尉が死ぬわけないだろう」


「いや、しかし」


「うるさい、大尉はこれまで一度も死んだことがないんだぞ」


 中隊の連中の言葉にあきれてしまう。


 これまで一度も死んだことがない?


 そんな当たり前のことを口にすることからも、中隊の動揺の大きさがうかがえる。


 さて、どうしたものか?


 極論だが、オレにとっては、自分の命と、国からデータ収集を任されて乗っている試作実験テクニカル光爪が無事で、基地に帰還できればそれでいい。


 所属と命令系統の違う大尉の死や中隊連中の生き死にも、重要ではない。


 重要ではないが、戦闘は始まっていて、おそらくユキカゼはこちらを認識している。


 機関砲の十字砲火を悠々と避けながらも、ユキカゼの複数のアクティブセンサーでこちらを捕捉していた。


 ユキカゼが中隊を片付けて、すでに認識しているオレを見逃すだろうか?


 護衛している多脚輸送車の安全のためにも、念のために排除すると考えるべきだ。


 そうなると、この戦場で自分が生存するためにも、この残骸のような中隊という心もとないリソースを最大限に活用するしかない。


 腹のあたりがどんよりと重くなり、思わず底のない泥沼のような絶望的な気分にひたりたくなる。


 だが、悲しくも残念なことに、生きるためには、絶望している時間的、心理的な余裕はない。


 もっとも、事態は推移する。


 こんな数秒の逡巡をしている間に、ユキカゼはこちらの停滞を見逃すことなく動き出す。


 大尉の明爪から振動剣を引き抜くと、次の目標に向かって疾駆する。


「中隊、発砲、敵の接近を許すな」


 とっさに出したオレの指示に、命令に従うという軍人の条件反射なのか、中隊は言葉で返事をしない代わりに、発砲することで応じてみせるが、なかなかひどい。


 位置や発砲のタイミングなど、相互の連携がまるでないバラバラの反撃。


 大尉が指揮していても、捉えることのできなかった射撃が、バラバラの連携になってユキカゼに命中するわけがない。


「く、くるなぁーーー」


 ユキカゼに狙われた明爪のパイロットは、狂ったように叫びながら、機関砲をろくに狙うこともなく連射する。


 滑るように、機関砲の射線を逃れたユキカゼは、明爪の横を通り過ぎるときに、ついでのように振動剣を振るい、胴を輪切りにしていく。


 一瞬だけ、明爪の装甲が火花を上げて抵抗するが、次の瞬間には切断面から内臓のように飛び出した灰色の人工筋肉と血を想起させるような黒い循環液をまき散らす。


 テクニカルやアサルトはガソリンのような可燃物を使用していないので、撃破されても燃えて爆発することはほぼない。


 それだけに、撃破された無残な仲間の姿をまざまざと見せつけられて、死の足音を聞いたような恐怖を増幅させる。


 仲間の死に衝撃を受けたのか、バラバラに撃っていた機関砲が停止してしまう。


 残った中隊の姿は、これでも本当に実戦経験者かと、疑いたくなる醜態だ。


 しかし、彼らの経歴を考えれば当然かもしれない。


 連中がこれまで経験していた戦争は、ろくな武器も持っていない歩兵を中心とした相手を、一方的にテクニカルで蹂躙していただけ。


 手痛い反撃を受けて、危機的な状況になったことがないのだろう。


 頭の痛い問題だが、嘆いている時間はない。


 機関砲がわずかな時間とはいえ沈黙した。


 その結果は?


 簡単だ。


「た、助けてぇーーー」


 通信から聞こえてくる新たな戦死者の声をかき消すように、不快な音を奏でる振動剣の一撃によって、明爪が袈裟切りにされる。


 生命反応ロスト。


 これで中隊の残りは九機。


 オレの機体を入れても十機。


 ユキカゼを相手にするには心もとない。


 突如として、耳慣れない異音が周囲に響きわたる。


 なんの音かはすぐにわかった。


 ユキカゼの装備していた振動剣の刀身が、鍔元のあたりで砕けたのだ。


 考えてみれば当たり前のことで、振動剣は本来、ゆっくりと切る対象に押し当てるようにして使用する。


 間違っても、ユキカゼがしてみせたような装甲を高速で切り付けるような使用法は想定されていない。


 つまり、そんな乱暴な使用に耐えられる強度が、クビ皇国の振動剣にはないのだろう。


 とにかく、これであの一機は非武装になったと、安堵したからだろうか?


 すぐに、残酷な現実を見せつけられる。


 ユキカゼは壊れた振動剣を捨てると、すぐに右の腰に手を伸ばしてもう一本の振動剣を装備してしまう。


 なぜ、もう一本装備していたことに気づかなかったのかと、思うと同時にどうにかなるかもしれないと思った。


 振動剣の強度は、明爪を三機破壊するのが限界。


 何機か、振動剣で切られれば、結果的に相手の振動剣を破壊できるかもしれない。


 これは…………ダメだな。


 少し考えて、すぐに廃案にする。


 この中隊に仲間のために、犠牲となることに立候補する者がいるかもわからないし、なにより相手は目の前のユキカゼだけではなく、多脚輸送車の車列の近くにとどまっているユキカゼが三機いるのだ。


 振動剣を壊すために中隊を犠牲にしていたら、数が足りない。


「大尉、大尉ーーー」


 死者にすがるなよと、言いたいが、もはや意味がない。


 また、一機の明爪があっけなく切り伏せられる。


 残り八機。


 本格的に、まずい。


 現状を打破する解は?


 なにか、ヒントはないかと周囲を見回して、気づいた。


 鈍重そうな多脚輸送車の車列に。


 多脚輸送車はタイヤや履帯に比べても走破性がよく、デコボコの悪路も、ものともしないが、その代わりに、スピードが遅くて燃費も悪いから、道路が整備されている先進国では、効率が悪いのであまり見かけない。


 まあ、それでも地震などの災害が多いクビ皇国では非常時に有用なのか、それなりの数を保有していたはずだ。


 それはともかく、ユキカゼの動きが機関砲の砲弾を回避できるほどよくても、多脚輸送車には無理だ。


 しかし、護衛である連中に護衛対象を見捨てられるだろうか?


 仮に、現場が緊急避難として、護衛対象を見捨てる決断をしたくても、交戦中に支援砲を撃たせない融通のきかないクビ皇国の上層部が許可をするとは思えない。


「中隊、生き残りたければ、後方の多脚輸送車の車列を狙え」


 一瞬の停滞が戦場を支配し、すぐに残存する明爪の保持する機関砲が一斉に多脚輸送車の車列を指向する。


 八つの砲弾が、多脚輸送車の車列に向かって撃たれるが、一発も命中することはなかった。


 緑色の疾風が戦場を駆け抜け、放置しても外れる三発は無視して、多脚輸送車に命中する五発の砲弾を防いでみせる。


 ユキカゼが、細身で流線型のシルエットには不釣り合いな、大きな盾のような左の肩部装甲で、砲弾を受けたのだろう。


 砲弾を防ぎ切った相手に気圧されたのか、中隊の機関砲がわずかに沈黙するが、すぐに野太い咆哮を響かせた。


 ユキカゼは動かない。


 こちらからの集中砲火を受けながらも、的確に砲弾を防ぎ、一発たりとも多脚輸送車への被弾を許さない。


「やれるぞ、大尉の仇だ」


「おう、ぶっ殺せ」


 ユキカゼの肩部装甲の一部が繰り返される集中砲火で、ほんの少しだけ欠けると、通夜のように黙っていた連中が騒ぎ出す。


 思わず、ため息をしたくなる。


 こいつら、相手のユキカゼについて知らなすぎだ。


 確かに、中隊の集中砲火で、ユキカゼの装甲の一部がわずかに欠けた。


 しかし、これは何重にも重ねられた積層装甲のうち、一番外側の一部を破壊したにすぎない。


 それも通称カワラと呼ばれている構造的には、交換の容易な拘束セラミック装甲によく似た消耗品の装甲を傷つけただけ。


 装甲を完全に無力化するのに、どれだけの時間がかかってしまうのか、そんな悠長な時間がないことだけは確かだ。


 それよりも、中隊の残弾が心もとない。


 ここは、あのユキカゼを砲撃で多脚輸送車の車列の前に、拘束しつつ徐々に後退すべきだ。


「中隊、機関砲の残弾が少ない。アサルトを牽制しつつ後退するぞ」


「ふざけるな、奴は大尉の、仲間の仇だぞ、ここで殺す」


 中隊の一人が、息まいて通信で怒鳴ると、他の連中も同調して通信で吠える。


「……そうか」


 好んで中隊の連中に死んで欲しいわけでもないが、自分たちでその道を望むのなら仕方がない。


 オレとしては、散りゆく彼らの命を最大限に活用するまでだ。


 大きく深呼吸をして、心を整え備える。


「アートマンシステム起動」


 ヘルメットを通して脳へ、あるいはもっと深い魂への接続が開始される。


 変化は一瞬。


 ヘッドマウントディスプレイ越しに見ていた事象を直接認識し、操縦桿とペダルで操っていた乗機を自身の肉体であるかのようになる。


 同時に、コックピットに搭乗しているはずの自身の肉体と五感が希薄になっていく。


 各センサーを自身の五感として処理できるようになり、情報の処理速度が急激に速くなると、無敵の全能感に満たされると同時に、自身の自我が光爪から生身の人に戻れなくなるのではないかと少しだけ不安になる。


 これが試作実験テクニカル光爪に、搭載されている新技術。


 アートマンシステムは、ナノマシン、人工知能、人工精霊等の最先端の技術の結晶。


 もっとも、胸をはって誇れることではない。


 なにしろ、技術の根幹となる部分は、ゴーレム先進国のクビ皇国から盗用したもので、おそらく相対しているユキカゼにもアートマンシステムが搭載されている。


 いや、同じどころか、ユキカゼの動きを考えると、技術的にはより洗練されているだろう。


 そんな事実を知っているだけに、アートマンシステムの起動で満たされた全能感など、すぐに消えていく。


 そして、なによりアートマンシステムを起動したところで、機体の出力が上がるわけでもなく、この機体のできないことはできないのだ。


 この機体でユキカゼ四機を相手に無双どころか、一機を相手にしても勝てるとは思えない。


 それでも、離脱の目はある。


 中隊が、ユキカゼへの集中砲火に熱中している間に、少しずつ後退して距離を稼ぎつつ、タイミングをはかる。


「あ……」


 センサーが捉えた戦場の変化を、中隊に伝えるべきかと一瞬だけ思ったが、連中には俺が離脱するための囮になってもらう。


 それは、風というよりも、さながら緑色の三つの閃光だ。


 中隊が一機のユキカゼに集中砲火をしている間に、多脚輸送車の周囲に配置されていた残りの三機のユキカゼが動いた。


 数秒間に、中隊の明爪がすべて切り伏せられ、残るのは振動剣を構えた四機のユキカゼ。


 同時に、こちらも動く。


 五発、閃光の術式を込めた砲弾を的確な位置に放ち、炸裂させる。


 強烈な光が戦場を覆う。


 魔力かく乱効果のある大量のチャフスモークを展開しながら、複数の種類のセンサーに対するジャミングを最大強度で行い、こちらの位置を特定しにくくしたところで、各センサーをパッシブに切り換えて魔力もれを抑えた静音機動で出せる最大の速度で、戦場から離脱する。


 このチャフスモークにまぎれれば、ユキカゼでもこちらを捉えることは難しい。


 だが、このチャフスモークはいつまでも展開できるわけでもなく、なにより相手に捕捉されないがこちらも相手を捕捉することができないという状態になっている。


 いつ、チャフスモークをかきわけて振動剣が襲ってくるかと、不安にさいなまれ続けながら離脱した。


 これが、後に『小さな世界戦争』『ゴーレムの見本市』『PMCの楽園』と呼ばれることになる戦争におけるオレの初陣となる

次回の投稿は8月2日1時日曜日を予定しています。

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