1-15 二人の抵抗 ファダンシス少佐視点
ファダンシス少佐視点
突然、ユトナ王女から部屋に呼ばれた。
腰に帯びた拳銃と軍刀を確かめて、ユトナ王女の部屋へと足を進める。
以前から、王女であるユトナを軽んじる雰囲気が貴族派の連中にはあったが、最近は流言飛語が周囲を騒がせているから頭が痛い。
その騒ぐ連中のなかに、近衛の同僚たちがいるから困ってしまう。
不明瞭な状況に不安を覚えて、未確認のことを知りたいと思うのは自然なことだ。
しかし、それなら、確度の高い情報だけを精査すればいいのに、根拠のない出来の悪い噂にすら飛びつく有様で、心底嘆かわしい。
もっとも、一方的に近衛の同僚たちを責めることもできない。
飛び交っているのは、ユトナ王女暗殺という話だ。
そして、問題なのは、ユトナ王女の暗殺計画の存在が嘘ではないということ。
発信源は民主主義派を自称する領地を失った負け犬たち。
ユトナ王女や他の貴族派と協議することなく無断で民主主義派の連中は、合衆国に泣きついた。
通常なら、合衆国から遺憾の意でも表明されて終わり。
援助なんて得られるわけがなかった。
だが、時期が悪かった。
あるいは良かったのか。
合衆国は選挙直前。
それも二つの政党の支持率は、なかなか接戦らしい。
合衆国の与党は、その天秤を傾けるために、王制を打倒して民主主義国家を建国したと成果を合衆国の国民にアピールしたいようだ。
……我が国の状況は、合衆国にとって選挙の宣伝材料以下の価値しかない。
まあ、プルピジュラ侯爵以外の民主主義派の連中にとっては、合衆国によるユトナ王女の暗殺は寝耳に水なようで、自己保身と言い訳なのか貴族派の連中や近衛の私たちに泣きついて、情報を流してきた。
民主主義派の連中には、歴史ある貴族としての誇りも意地も節操もない。
いや、そもそも貴族派も不甲斐ない。
ユトナ王女の暗殺計画を聞いて貴族派連中は、民主主義派の連中を連日糾弾している。
そう、糾弾しているだけだ。
具体的に、ユトナ王女を守るための行動に移す者はいない。
そろいもそろって、責任感と行動力が欠如している。
それなのに、利権は失いたくないというのだから、頭が痛くなる。
貴族派の連中も、ユトナ王女の暗殺計画は知っているし、容認はしていない。
止めるべきだとは思っているし、その必要性も理解はしている。
ただ、失敗したときの責任を取りたくないから、彼らは動かない。
誰かが、ユトナ王女を助けてくれないかと、無責任に他人事のように願うだけ。
貴族派が一丸となって動き外交をすれば、ユトナ王女の暗殺計画は立ち消えになる可能性もあるのに。
権力も権威もあるのに、連中はいつも肝心なときに動かない。
内心では暗澹たる気持ちで、ユトナ王女の部屋の扉をノックする。
「殿下、失礼します」
「どうぞ」
私は内心を押し殺して表情を引き締めてユトナ王女の部屋に入る。
部屋の主であるユトナ王女は、うつむいて震えている。
「殿下、本日の夜間の実機での訓練は」
私は続きを言えなかった。
青い顔で怯えて涙を流すユトナ王女に抱きしめられたから。
「ごめんなさい」
ユトナ王女は、その言葉を泣きながら繰り返す。
訳が分からないけど、ユトナ王女の気持ちは理解できた。
できてしまった。
私が忠誠を尽くすべき主であり、もっとも信頼する親友であるユトナは、自分の状況を分かっている。
合衆国によるユトナ王女を暗殺するための状況が整っていると。
それを彼女に覆すことができないことも。
そして、貴族派が彼女を助けないことも。
なら、ユトナ王女の謝罪の意味は?
諦めへの謝罪?
……違う。
だから、
「殿下、私は最後まで側でお守りします」
私から口にする。
ユトナ王女の謝罪の意味は、一緒に死んで欲しいということだ。
合理的に被害を最小限にするだけなら、ユトナ王女は単独で出撃して暗殺されることだろう。
それでも、ユトナ王女は私に側にいて欲しいと望んだ。
第三者から見れば、ユトナ王女は無責任で無意味に、私という犠牲を増やす決断をしたことになる。
けど、私にとっては誉だ。
これから暗殺されると分かっているユトナ王女が、身を切るような罪悪感に苛まれながらも、私に最後まで側にいて欲しいと思ってくれた。
無二の親友として、迷いなき忠臣として、私にとって喜びでしかない。
だからこそ、彼女に最後まで言わせない。
最後まで彼女の側にいるのは、彼女の甘えではなく、私のわがままな意思。
「…………ありがとう。弱い私でごめんね」
「殿下の苦悩、努力、嘆き、迷いを近くで見てきました。殿下が両肩に身に余るものを乗せて、耐え続ける毎日を。殿下の側にいられて私は幸せでした」
「っ…………」
しばらく、ユトナ王女は私の胸のなかで泣き続けた。
理解はできるし、納得もできる。
しかし、不満はある。
この世に、死にたい者などいないだろう。
だから、ユトナ王女が私と二人で出撃すると言ったときに、近衛の他の部下たちが安堵するのも当然のことだ。
だが、それでも、あいつらは近衛なのだ。
最後まで、同行すると言い出す奴が一人もいないことが嘆かわしい。
もちろん、あいつらも、命令されれば命がけで同行する。
でも、待機を命じられて、なお食い下がる忠臣がいないというだけだ。
忠誠心の高い者を集めた近衛ですら、このような目を覆いたくなる状況。
この国の実情のような人任せなことなかれ主義を見せられているようで、心が砕けるように痛いし、どこまでも苛立たしい。
そんな悩みも、ある意味で、もうすぐ終わるのか。
民主主義派のプルピジュラ侯爵が提案して指定した夜間偵察のルート。
要するに、合衆国が襲撃してくるポイントまでの道行。
死への行軍。
だが、無抵抗に死を受け入れるつもりはない。
この理不尽な状況を二人で切り抜ければ、未来は続くはずだ。
それに、私たちのルートが指定されているということは、相手の襲撃ポイントも割り出せるという意味でもある。
待ち伏せしている相手を、こちらが逆に奇襲すれば勝利も……。
…………ああ、わかっている。
こんな作戦に投入されるなら、相手はテクニカルではなくアサルト。
数も十機以上で中隊規模はあり得る。
そいつらを、二機のハイエンド機とはいえテクニカルで撃退する?
……無理なんだ。
……わかってる。
儚い希望と虚ろな夢にすがっているだけだって。
だからって、相手の都合で暗殺が決められて、勝機がないから棒立ちのままハチの巣になれと?
ふざけるな!
絶望的な勝率でも、生きることを諦めてあっさり死んでやる義理はない。
意地汚く、生にしがみついて、最大限の嫌がらせをしてやる。
私が操縦するカグツチのセンサーが、斜め後ろで行軍するユトナ王女の操縦するカグツチを捉える。
……それでも、私は奇跡を願ってしまう。
ユトナ王女だけでも助かって欲しいと。
まったく舗装されていないタイヤでの走行が困難だと一目でわかる道と呼ぶことが恥ずかしくなる荒野に作られた国道を二機のカグツチが進む。
街灯なんてものはないから、周囲はどこまでも深い夜の闇に包まれていている。
生身だったら目の前に敵がいても気づかないだろう。
しかし、今はカグツチに搭乗している。
カグツチに搭載されているセンサーが、問題なく周囲を捉えているから、暗闇でも行動に支障はない。
けど、センサーは敵に気づかれないように、念のためにパッシブのみ。
無線も使わずに、テクニカルのハンドサインでユトナ王女と意思の疎通をはかる。
予定のルートから外れて、敵が待ち伏せているであろうポイントに対して奇襲できるように動く。
無駄に拡張された自分が、無意味な不安を無限にイメージしてしまう。
敵は、戦闘経験のあるプロの連中だ。
こちらが奇襲しようとするのを読んで、さらに待ち伏せされている可能性は?
……否定できない。
心のなかの自分が増殖する冷たく真っ黒な不安に押しつぶされそうだ。
肩に衝撃。
ユトナ王女の乗るカグツチが、私の乗るカグツチの肩に触れたのだ。
機体越しで温度も、息づかいも、言葉も、視線すら確認できない。
でも、間違いなくユトナ王女の私を案じる心を感じた。
……私は、バカだ。
不安と罪悪感で、つらいはずの主に気づかわせてしまった。
情けない…………そして、下らない。
不利も、危険も、理解して、不安に迷う贅沢が私に許されると?
この身はユトナのために。
全身全霊で彼女を一秒でも守るのだ。
折れかけた心に芯ができた。
忠義か、友情か、愛情か、わからないけど、私はもう崩れない。
幸運なことに、予想通りのポイントで待ち伏せしているアサルトを十二機確認。
機種は猫人民共和国製の第二世代アサルト炎牙。
連中の機体が合衆国製の第二世代アサルトのクレイではないことに、少しだけ驚く。
ユトナ王女とカグツチでハンドサインのやり取りをして、奇襲のタイミングを整える。
周囲には、岩山が点在している。
待ち伏せに適した地形だが、奇襲にも適しているといえるだろう。
見晴らしのいい平原でやり合うよりも、数による不利をどうにかできる。
手近な岩山に半身を隠しながら、機関砲で目標を狙う。
相手に気づかれないようにするために、あえて照準用のレーザーは照射しない。
命中精度は下がるが、仕方がないだろう。
今の私は意識がカグツチとなっているから、呼吸も鼓動も意識の外にある。
それらが乱れて集中を阻害することはない。
外す可能性と、外した場合の状況が、無数に脳裏をよぎるけど、私は淡々と意識を乱すことなく、それらの情報をノイズとして処理。
発砲。
機関砲から放たれた砲弾は、推定合衆国が運用している猫人民共和国製の第二世代アサルト炎牙に命中した。
ユトナ王女の放った砲弾も目標を外さなかった。
だが、それだけだ。
私の放った砲弾は、炎牙が保持する機関砲を破壊して、ユトナ王女の放った砲弾は別の炎牙の肩部装甲に弾かれてしまった。
機関砲が壊れた炎牙にしても、予備の機関砲をすぐに装備している。
奇襲できたのに、戦力をほとんど削れなかった。
けど、もう止まれない。
私は閃光術式を込めた砲弾を上空に放つ。
瞬間的に、強い光が周囲の深い夜の闇を一掃する。
だが、それだけ。
でも、これでいい。
無意味な一手か、起死回生の一手となるか不明だけど、使える手段は全部使う。
柄付きの手榴弾に似た形状の魔力攪乱効果のあるチャフスモーク弾を、投擲して煙幕を展開。
同時にジャミングを最大にする。
相手は軍用機で、訓練を受けた兵士。
効果はあまり期待できないが、気休め程度の効果でも無意味ではないはずだ。
チャフスモーク弾と岩山などの地形を最大限に活用して、ユトナ王女の機体と相互に連携して相手に対抗する。
とにかく動く。
そして、主導権を相手に握らせずに、数の有利を活用させない。
……それが、理想だ。
自分の機体、ユトナ王女の機体の位置と状態、それぞれの状態、周辺の地形を把握。
機体に搭載されたアートマンシステムが最適な戦術を演算して、最適の機体制御を行う。
待ち伏せしていた連中は三流ではないが、私たちよりも隔絶した技術を持つ一流でもない。
連中の連携や機体制御、状況判断には粗が見える。
クビ皇国の連中よりかなり技量が低い。
けど、
だけど、
拡張された演算能力が現実を見せてくる。
目の前の敵たちは個々に粗があり、隙があるのは事実だ。
だが、その見えた粗や隙を生かせる力が、こちらにはない。
現状でいうなら、数と機体性能。
仮に、近衛を無理矢理同行させて、数の有利を消しても機体性能の差で敗北するだろう。
同行者が増えても、負けるまでの時間を引き延ばせるだけ。
勝利の夢を見ることすら難しいだろう。
……ああ、そうだ。
現実はどこまでも冷たくて残酷で、どうやっても上手くはいかない。
三分二十秒。
それが、私たちの連中に対抗できた時間。
私とユトナ王女のカグツチは四肢が破壊されて、中隊規模のアサルトに囲まれている。
生路なし。
「クソが、手間をかけさせんなよ」
私のカグツチの胸部のコックピットに、機関砲先端を押し付ける炎牙のパイロットが、わざとこちらに聞かせるために通信ではなくスピーカーで喚く。
「どうする?」
「王女の死体だってわからないとダメだから、コックピットは撃ち抜くなよ。ミンチじゃ、誰だかわからないから、ニュース映えしない」
ユトナ王女を殺すことも、尊厳を破壊することも気にしない連中に、自身のなかの殺意が振り切れる。
「なあ、王女って、美人なんだろう? 殺す前に、少し楽しまないか?」
「うーん、殺して処理するから、問題ないか」
「よし、テクニカルから引きずり出すぞ。小便漏らしてないといいがな」
「小便漏らしてる王女の無様な死体もありじゃね」
背負いきれない責任に苦しみながら、それでも逃げずに背負い続けたユトナを、こいつらは笑い辱めようとしている。
許していいはずがない。
連中の位置を確認。
半数は道連れにできるだろう。
不用意に接近した自分たちを呪うがいい。
カグツチのマナコアを最大出力で動かしてオーバーロックさせて、絞り出した魔力で爆発術式を即座に発動させる準備をしていく。
ユトナも巻き添えになるが、助けられないなら、私の手で介錯すると決意を固めた。
下品な野獣のような連中に悟られないように、自爆の準備をしながら願ってしまう。
……どうか、ここからユトナだけでも、幸せな未来があって欲しいと。
憎悪と、諦観と、自己嫌悪と罪悪感が混じり合う最悪の気分で、自爆をしようとしたら、目の前の機関砲を構える炎牙の両腕が吹き飛んだ。
「こちらクビ皇国の第二護衛小隊、ユトナ王女殿下を救出する。脅威を排除する」
こんなときでも淡々としたやる気を感じさせないアオイケ中尉の言葉に、私の胸はよくわからない感情で溢れている。
次回の投稿は8月16日日曜日1時を予定しております。




