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その引き金は重く  ささやかなゴーレム戦争  作者: アーマナイト


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1-14 お願いか、命令か   シラカミ大尉視点

 シラカミ大尉視点




「……はあ」


 最近、ため息が多いと自覚してしまう。


 未処理のトラブルと問題が山積しているというのに、追加のトラブルと問題がやってくる。


 どこまでも静かに、心を穏やかにして、ゆっくりと眠れたのは、いつの話だろう。


 心身の悲鳴のような胃痛と頭痛が慢性化している。


 原因は理解してるが、解消は不可能。


 無様で場当たり的に対応することになっていると自覚はしている。


 自分の才覚に嫌悪して逃げ出したいが、投げ出せるほど私の抱えている責任は軽くない。


 そして、誰かに任せるわけにはいかないとわかってはいるのだ。


 双肩どころか心と魂にまで責任と罪悪感が重く冷たい圧力が加わり、私が自壊しようともやる必要がある。


 私が辞めても、国防隊という官僚機構は、すぐに後任を選ぶだろう。


 もしかしたら、そいつは私よりも優秀かもしれない。


 けど、ダメだ。


 きっと、そいつは私が守ろうとしたものや大切にしようとしたものに、配慮も共感もしない可能性がある。


 この立場にいることで、大切なものを守れるなら、無茶でも無理でもやり遂げるしかない。


「……そうだとしてもだ。どうしろというのだ……」


 私は国防隊の一介の大尉でしかないのだ。


 モレニドでの戦いの処理が、ようやくひと段落したところなのに。


 損傷したユキカゼの修理と、補給を認めさせるだけで、膨大な書類と口頭での説明を必要とした。


 貴重な新型の第三世代アサルトのユキカゼで戦い損傷させるとはなにごとかと、各方面から怒りのクレームなのか、現実を曲解しているのではないかと疑いたくなる愚痴を連日のように聞かされ続けている。


 アオイケ中尉たちの小隊を社会不適合者の集まりで、命令に従わない愚連隊と見なすバカたちもいるから困ってしまう。


 人権と責任という言葉を辞書で調べてきて欲しいハイエナのようなジャーナリストと、現場の状況と現地の住民の感情など把握していないで原則と法律を掲げる国会議員たちの相手も、ディスプレイ越しにリモートでしないといけなかった。


 面倒な本国の議員の相手は通常ならタニ大佐が行うのに、彼は込み入った内容だからと私に丸投げしたのだ。


 並行して、モレニドを失ったプルピジュラ侯爵や住民たちから、なぜもっと積極的に動かなかったと文句を言われた。


 共闘したモレニド守備隊の責任者の少佐がかばってくれなかったら、かなり危険だっただろう。


 プルピジュラ侯爵やモレニドの住民たちの相手は大変だが、精神的負担はそこまでじゃない。


 問題なのは、アオイケ中尉たち四人のケアだ。


 命がけで戦ったのに、彼女たちは褒められることも称賛されることもなかった。


 そして、サトムラ中尉や他に複数のルートからユトナ王女暗殺計画を耳にする。


 しかも、この計画を主導している合衆国から非公式に、我々がユトナ王女の救援に動かないように警告された。


 同盟国とはいえ、非合法な行為を非公式に警告されただけで、無視することはできる。


 だが、そのためにユキカゼを動かせるか?


 …………流されやすく、権威と権力に弱いタニ大佐と相談するのは悪手だろう。


 つまり、私が決断して行動するしかないのだ。


「はあ、士官とは、そういうものだと理解しているが、無限に増大する責任の重さは理解できていなかったな」


 ユトナ王女は助けるべきだ。


 それが、道理であり、結果的に多くを助けることになる。


 しかし、クビ皇国の一介の大尉が背負える責任ではない。


 客観的に考えれば、職責を逸脱した内政干渉と言われたら、否定できないだろう。


 それでも、動くべきだ。


 フェネック王国、クビ皇国、両国のためにも。


 そうであると、私は愛国者の一人して確信している。


 その後に、私が断罪されるとしてもだ。


「実行は、アオイケ中尉たち」


 私はアオイケ中尉たちが、妨害されることなく動けるように、後方にいる必要がある。


 私が現場に出たら、ユトナ王女の救援を有象無象に妨害されてしまう。


「部下に面倒ごとを押し付けて、戦場に立たせて、私は後方でデスクワークか……」


 絶対に必要な配置で仕事と理解しても、自分が情けなる。


 そもそも、実態として我が身可愛さに部下を死地に追い込む上官そのものではないか。


 それなのに、自己を正当化するとは情けない。


 モレニドで必死に戦ったアオイケ中尉たちに称賛の言葉はなく、こちらに届いてくるのは憎悪と怨嗟の言葉ばかり。


 そんなアオイケ中尉たちに向かって、さらに戦えとお願いをする。


 そう、お願い。


 命令じゃない。


 だから、アオイケ中尉が断ったら、それでユトナ王女の救援は不可能になってしまう。


 でも、私はアオイケ中尉が断らないと確信している。


 彼女の性格に付け込む、クズだな私は。


 …………自己嫌悪で死にたくなる。


 だが、やらないわけにはいかない。


 ユトナ王女が死ねば、フェネック王国もクビ皇国も酷いことになる。


 だとしても、アオイケ中尉がやらねばならない義務はない。


 それでも事情を説明すれば、あの感情の見えない空虚な瞳の彼女は、承諾して実行するだろう。






 私の執務室にアオイケ中尉を呼び出してから、重苦しい沈黙が続いている。


 私は言うべきことを口にできない。


 それが、恥知らずな行為だと理解しているから。


 そんな私を気づかってか、


「どうしましたか?」


 アオイケ中尉が無感動な表情で口を開く。


「周囲の騒音は大丈夫か?」


 私は回りくどくアオイケ中尉の状況を確認する。


 アオイケ中尉と小隊に対して、フェネック王国の住民だけではなく、基地のクビ皇国の連中も咎めるような視線をむけて、無色の事実と乖離した極彩色の曲解と脚色を重ねた噂を、彼女たちに聞こえるように騒ぐのだ。


 その精神的な負担は相当なものだろう。


「シラカミ大尉が対処していただいたので」


 アオイケ中尉の言葉に、自分が情けなくなる。


 私は対処をしたが、実際に効果があったとは言いにくい。


「小隊の者たちは?」


「私の目には問題がないように見えます」


 アオイケ中尉は含みのある言葉を口にする。


 アオイケ中尉の視点だと問題ないように見えるのに、実際に四人が平気かわからないというのは、


「アオイケ中尉は、自身の視点を信じていないのか?」


 ということなのだろうと、顔をしかめながら言葉を口にした。


 彼女は自己評価が低すぎる。


 謙虚というよりも、自分は優秀であるはずがないというような呪いにすらみえてしまう。


「はい、私は自分を信じていないので」


 アオイケ中尉は淡々と自分を信じていないと認めてしまい、応じる私の胸が冷たく鋭いなにかに刺されたようで悲しく痛む気がする。


「そうか。……アオイケ中尉」


「なんでしょう」


「これは命令ではない。私からのお願いだ」


 命令と言い切れいない情けない私に、アオイケ中尉は珍しく怪訝な表情で応じた。


「どういうことでしょうか?」


「してもらいたいことがある」


 私が言い終わると同時に、アオイケ中尉が口を開く。


「了解しました」


「まだ、詳細を話していないが?」


「どのみちやらねばならないのならやるだけです」


 アオイケ中尉の態度は、こちらへの気づかいや配慮によるもではない。


 状況的に必要なら、命令の正当性などの議論を無駄と断じているのだ。


 世に執着しない冷めたリアリストのようであるが、アオイケ中尉の根底にあるのは面倒を嫌い未練のない諦観だけ。


「……すまない」


 私は静かに頭を下げた。


 こんなことしかできない自分が情けなくなる。


「ただし、他の三人には配慮をお願いします」


「配慮?」


「任務後に三人が罪に問われないようにお願いします」


 淡々と紡がれるアオイケ中尉の言葉。


 小隊の三人に対する気づかいは感じられるが、彼女の言葉には自分への配慮がない。


 自分の損害を想定していないんじゃないなくて、自分の損害はどうでもいいのだろう。


 それが、わかってしまうから、悲しくなる。


 しかし、


「それは確約する」


 私が口にできるのはこれだけだ。


「大丈夫なのですか?」


「私でもそれくらいの能力とコネはある」


 一度だけなら、対応できる程度の才覚はある。


「それで、なにをすれば?」


「暗殺阻止だ」


 私の言葉に、アオイケ中尉は珍しくポカンとして口を開くのに時間がかかった。


「…………はあ? 暗殺? 誰が?」


「標的となっているのは、ユトナ王女だ」


「あの王女様が死んで喜ぶ奴なんて…………民主主義派……合衆国?」


 顔をしかめて正解にたどり着いたアオイケ中尉に、私は拍手をしながら応じた。


「素晴らしいな、正解だ」


「情報の確度は?」


「複数のルートからのリークだ。ほぼ、間違いない」


「そんなにユトナ王女を守りたいなら、自分で守ればいいのに」


 アオイケ中尉が吐き捨てるように言う。


 私は内心で深く同意しながら口を開く。


「恐らく、各勢力にとってユトナ王女はできれば死んで欲しくない程度の気持ちなのだろう」


 できればであって、絶対じゃない。


 助けるコストと、助けないリスクを冷徹に比べて、ユトナ王女の死の価値を各勢力は、そう考えている。


 国とは泣き笑い人格ある個人の生死を、どこまでも血の通わない損益で判断するのだ。


 アオイケ中尉が嫌悪で顔を歪ませながら口を開く。


「ああ、素敵な思いやりですね。世界はやっぱりゴミです。……ユトナ王女を守らなかった場合のリスクは?」


「リークは全部非公式なものだった」


 私の言葉に、アオイケ中尉はだからなんだという風に首を傾げながら応じた。


「つまり?」


「あとから、そんなリークは知らないと言うことは可能だ」


 公式には記録されていないのは確かではある。


 だから、理屈の上では強弁できるだろう。


 まあ、世論がそれで納得するかは、別の話だ。


「実際は?」


「ユトナ王女を守れずにリークを知らないといえば、クビ皇国に事前にリークしたとことをリークされるだろう」


「そうなったら現場も、本国も、炎上しますね」


「炎上だけなら、まだいいがな。ユトナ王女が死ねば、この国の戦争は泥沼化する。そして、我が国も本格的に引きずりこまれる可能性がある。それは断固として阻止する」


 実際問題、そこまで可能性が高いわけじゃない。


 しかし、声高に断言される潔い極論に世論が引っ張られるのことなど珍しくもないのだ。


 冷静に考えればバカバカしいのに、憲法を強引に解釈して泥沼化する戦場に参戦することが正しいことのように見えることもありえる。


 少なくとも現実的な妥協と現状維持に満ちた歯切れの悪い答弁よりは、誠実に見えるだろう。


 まあ、実際に根拠なく断言される極論が誠実であるかは、別の話だが。


「了解しました。しかし、そもそも、ユトナ王女を守ることは我々の任務にはいっているはずです。命令がない理由は?」


「タニ大佐が合衆国から動くなと釘をさされた」


「従う理由がありますか、それ?」


 アオイケ中尉が呆れた表情を浮かべる。


「タニ大佐は、権威や権力に弱いからな」


「合衆国が怖くて、すべき決断を下せない? それが責任者?」


「だから、正式な命令は出せない。だが、頼む」


 頭を下げる私に、アオイケ中尉は敬礼で応じる。


「了解です。ユトナ王女と連絡は?」


「しない。連絡したら、合衆国に情報を抜かれる」


 私の言葉を聞いて、アオイケ中尉の視線が鋭くなる。


「護衛対象と連絡も連携もなく、守れと?」


 アオイケ中尉の言葉は正しい。


 護衛対象と接触することなく、合衆国の仕掛ける暗殺から守る。


 冷静に考えて無茶苦茶な条件だ。


 だが、今回に限れば成功の可能性は低くない。


「無茶だと、理解はしている」


「そもそも、合衆国はどう暗殺するつもりです? 狙撃、爆殺、毒殺など選択肢は無数にありますが?」


 アオイケ中尉の懸念はもっともだ。


 私たちはアサルトの専門部隊で、身辺警護やカウンターテロに関してはほとんど素人といっていい。


 なにをしてくるかわからない合衆国から、ユトナ王女を守るのは難しい。


 だが、


「夜間に、ユトナ王女はカグツチの訓練を兼ねて、夜間の偵察に出撃したところを、偶然革命軍の部隊に襲撃される」


 合衆国側の計画がわかるなら難易度は低くなる。


 それも、ユキカゼで対処可能な作戦なのがいい。


「革命軍に偽装した合衆国の工作部隊が襲撃ですか?」


「連中は人民共和国製第二世代アサルトゴーレム炎牙を中隊分用意したようだ」


「その情報はどこから?」


「複数のルートから、スケジュールまで詳細にだ。実行部隊は、CIAとつながりの深い民間軍事会社のようだな」


 人民共和国、革命軍、貴族派、民主主義派というすべての陣営から情報の支援を非公式に受け取っている。


 ある意味で、各陣営がそれだけユトナ王女の死を望んでいないということで、合衆国の行為が歓迎されていないことを表しているのだ。


「これ、ユトナ王女も、自分が暗殺の標的になってるって気づきませんか?」


 探るような視線を向けてくるアオイケ中尉に、私はあっさりとうなずいて淡々と応じた。


「気づいているだろうな」


 ユトナ王女は天才ではない。


 だが、無能というわけでもない。


 周囲に飛び交う雑音と状況から、自分の暗殺くらいは予見できるだろう。


「カグツチの出撃をなんとか止めさせたら?」


「止めないだろうな、ユトナ王女は」


 それと同時に、私としてユトナ王女に予定通りに行動して欲しいと願ってしまう。


 合衆国のアサルトによる襲撃なら、こちらもアサルトで対処は可能だから。


「なぜ?」


「被害を最小限にしたいと動くからな」


 つまり、自分さえ死ねば被害は最小限。


 周囲を巻き込まないですむ。


 国際的に、貴族派の傀儡などと過小評価されるユトナ王女だが、実際には王族としての責任感と行動力は持ち合わせている。


「どういう意味です?」


「カグツチの偵察を止めたら、合衆国は、他の暗殺手段を選択するだけだ。周辺の知り合いや民間人ごと爆撃も否定できない」


「だから、あえて、夜間にカグツチで偵察のために出撃すると? しかし、それだと、今回暗殺を阻止できても、次の暗殺も防がないといけなくなります」


「それはない」


「なぜです?」


「ユトナ王女が襲撃されれば、フェネック王国の世論が動く。合衆国が、次の暗殺など選択できないほどな」


 そうなれば、フェネック王国においてユトナ王女の暗殺が望まれていないと、合衆国も自覚できるだろう。

次回の投稿は8月15日土曜日1時を予定しております。

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