1-13 ユトナ王女暗殺計画 ミケ中尉視点
ミケ中尉視点
革命軍のとある建物の会議室には、革命軍のリーダーエパノワ、民間軍事会社黒豹と民間軍事会社白虎のフェネック王国に派遣された部隊のそれぞれのトップであるミャア大佐とタマ大佐、そして一介の中尉であるオレの四人がいる。
爆撃や砲撃を警戒して作られた地下の会議室には窓が一つもなく、魔灯が部屋を十分に明るくしているのに、どうしようもなく雰囲気が冷たくまとわりつくように重苦しい。
「それで? どういうことかな、エパノワ殿」
革命軍のリーダーとは思えない中肉中背の黒髪の二十代の地味な鼬族の男性であるエパノワを、切れ長のアイスブルーの瞳で睨みつけながら猫族のミャア大佐が、淡々とした口調して告げる。
淡々としているのは冷静だからではなく、ある意味でミャア大佐がブチギレているからだろう。
ミャア大佐は、乱雑な灰色のショートヘアで、左の頬に特徴的な傷跡があり、筋肉質でがっしりとした百九十センチという大柄の女性。
党への忠誠心は確かで、党から命令されれば乳幼児の虐殺を躊躇わずに実行するだろう。
冷酷非情だが、素早い決断力は確かだ。
そのミャア大佐が、誤解の余地なく不機嫌でキレている。
理由は簡単だ。
革命軍が、西獣連合から派遣される船舶にロコヴァツィーア港の使用を認めたのだ。
フェネック王国における革命軍の押さえている港はそこだけではないが、人民共和国が独占していた場所を連絡もなく、西獣連合に利用させる。
革命軍側から相談や事前の連絡すらないのだから、フェネック王国に派遣された黒豹のトップでもあるミャア大佐がキレない理由はない。
革命軍の行いは、人民共和国側への侮辱であり、挑発にしか思えない行為だ。
「申し訳ない、私が事態を把握したのは、すでに革命軍の一部が西獣連合にロコヴァツィーア港を解放した後で……」
辛そうにうつむくエパノワは二十代前半とは思えない童顔だから、教師に説教されている高校生のようだ。
「エパノワ殿、アタシは言い訳を聞きたいんじゃない。革命軍のリーダーとして我々への誠意を見せと欲しいのだが?」
「それは……」
エパノワの言葉が続かない。
というより、エパノワはなにも口にすることができないのだろう。
エパノワは、革命軍の強硬派を制御することに失敗どころか、強硬派との緊密なコミュニケーションすら危うく、強硬派の暴走すら気づけなかった。
ある意味で、エパノワは革命軍での力を失っている。
とはいえ、強硬派のように西獣連合と手を組めば上手くいくなんて楽観しない程度には、エパノワも状況を理解しているから人民共和国との関係を必要としているのだろう。
もちろん、人民共和国側としてはムカつく状況だが、すでに革命の行く末などに関心はなく、フェネック王国という戦場はテクニカルやアサルトの実験場でしかない。
だから、現状で人民共和国側が、エパノワをトップとした革命軍と手を切ることはない。
……まあ、それはそれとして、ムカつくのは事実なのでエパノワにプレッシャーをかけて再発防止を促すのは当然だ。
「しかし、これから、どうする? 黒豹は西獣連合からの客人たちと仲良くできるか?」
タマ大佐の試すような言葉を、ミャア大佐は鼻で笑う。
「仲良く? それはなんの冗談だ、タマ大佐」
「なら、西獣連合の客人たちと、戦うのか?」
「……チッ。臨機応変に対処はするがな、うちの連中は血の気が多い。面倒な事故は不可避だ」
人民共和国と西獣連合では、思想信条にドクトリンまで何もかもが違う。
かなりグレーな民間軍事会社の者同士が顔を合わせて穏便にすむわけがない。
「事故をゼロにはできないだろうな。しかし、減らすことは可能だ」
タマ大佐の言葉に、ミャア大佐が興味を示す。
「ほう? どうする気だ?」
「ミケ中尉、エパノワ殿とミャア大佐に説明を」
タマ大佐に指名されて、オレは口を開いた。
「はっ! 革命軍の強硬派と西獣連合から上陸してくる連中にはロコヴァツィーア港からモレニドまでを任せればよろしいかと」
有用な港湾都市であるロコヴァツィーアを我々が利用するのに制限がかかるのは痛いが、ならば西獣連合からの新しい客人たちに面倒なモレニドを任せればいい。
強硬派が勝ち取った輝かしいトロフィーでもある大都市のモレニド。
大量の瓦礫と憎悪を身に宿した住民たちが、色々な手法で西獣連合からの客人たちをもてなすだろう。
モレニドの戦果にこだわる強硬派と、人権と人道上の支援を叫ぶ西獣連合たちは、どれほど負担になっても、重いと朽ちた王冠のようなモレニドを投げ出すことはできない。
なんなら、人権にこだわる西獣連合に縁のあるジャーナリストたちを、モレニドに張り付かせればある種の見栄とやせ我慢という感動的な醜態をさらすことになるだろう。
それ以上に、軍用の輸送車でも通行の難しいフェネック王国の最低なインフラ事情に絶望するかもしれない。
「フェネック王国でも有数の大都市モレニドを強硬派と西獣連合から来る連中にまかせるか。白虎所属のお前、名前は?」
値踏みするような視線のミャア大佐に、敬礼しながらオレは応じた。
「ミケ中尉です」
「アタシ好みの愉快な性格だ。白虎を追い出されたら、声をかけろ。うちで使ってやる」
白虎から黒豹に?
あまり魅力を感じない。
オレの目的は、党でのし上がること。
軍でのキャリアはその手段にすぎない。
一生軍人や民間軍事会社に所属する気は皆無だ。
そもそも白虎を追い出される事態など、来てほしくはない。
「私の目の前で、部下を口説かないでもらえるか? 嫉妬してしまう」
タマ大佐がミャア大佐を睨みつける。
「陰険女が、嫉妬? 面白い冗談だ」
ミャア大佐が腹を抱えて笑う。
猫人民共和国製多脚軽装甲車薄尾をオレが運転していると、ミャア大佐が車内で口を開く。
「それで、なにかあるのかタマ大佐」
「ユトナ王女暗殺計画がある」
タマ大佐がとんでもないことをあっさりと言う。
オレは事前にタマ大佐から説明されていたから動揺はないが、ミャア大佐の表情を見ればその衝撃を理解できる。
フェネック王国のユトナ王女は聡明で善良ではあるが、幸か不幸か困難な状況をひっくり返す英雄や天才ではない。
一応、貴族派の勢力にいるからユトナ王女は敵側なのだが、オレが個人的に悪意や敵意を向ける対象ではないだろう。
どちらかといえば、彼女には哀れみや同情を感じている。
王女であるから各勢力から重要視はされているが、どこまでも個人としてのユトナという存在は気づかわれない。
そして、なにより、この国にいるとわかる。
王族というものが、この国の民からどれだけ愛されているのかということを。
前王が、あれだけの暴君であったのに、この国の民の王族への敬意は強い。
国民たちは、事情により問題のある一人の王を憎み排除を願うことはっても、歴史ある王制の廃止を願うことはまれだ。
この感覚は、王制ではない猫人民共和国の国民であるオレたちには理解が難しい。
王制という制度も王家への忠誠も、不合理なものにしか見えないのだ。
「はあ? ユトナ王女の暗殺だ? そんなことするメリットがうちにはないだろ?」
ミャア大佐が顔を大きくしかめる。
どうにも、ミャア大佐はタマ大佐の言葉を党からのユトナ王女の暗殺指示と勘違いしたようだ。
「失礼、言葉足らずだった。合衆国によるユトナ王女暗殺計画だ」
合衆国は実に勤勉で迅速なことだ。
今まで、フェネック王国の情勢に無関心だったことが嘘のように王制という古い体制が、悲劇を生んでいると合衆国の国内向けに、フェネック王国を支援して民主主義国家にするというロビー活動を頑張っている。
国際向けですらない、国内の選挙向け行為。
実際、合衆国は、フェネック王国が合衆国の助力で民主主義国家になるという結果に興味はあっても、それまでの過程や現実の住民の実情などに関心はない。
なぜなら、それらのことは選挙に影響が少ないから。
「貴族派は容認するのか?」
ミャア大佐が疑問を口にする。
複雑なのだが、プルピジュラは合衆国の助力を得るために王制を廃止して民主主義へ移行を掲げていても、彼は貴族派の一員なのだ。
革命軍における強硬派のように、貴族派のなかに民主主義派ができたような状態だったりする。
だから、ミャア大佐は疑問に思ったのだろう、民主主義派以外の貴族派がユトナ王女の暗殺を容認するのかと。
「いや、だから、情報がこちらに漏れてきた」
タマ大佐の言葉に、ミャア大佐は不機嫌そうに吐き捨てるように口を開く。
「チッ、自分の国の王女を敵であるアタシたちに守らせると? 恥知らずどもが!」
「それは、いまさらだな」
「しかし、民主主義派はそんなに勢力があるのか?」
ミャア大佐の疑問は自然なことだ。
民主主義派は誕生してから、一か月前後でしかない。
それなのに、貴族派内で民主主義派は、それなりの勢力になっている。
疑問に思っていると、
「モレニドを失ったプルピジュラ侯爵以外にも領地を失った貴族はそれなりにいる。戦争でボロボロになった領地を奪還するよりも、合衆国の後ろ盾で戦後の権力を確保したいようだな」
タマ大佐が説明してくれた。
先祖が獲得した既得権益を手放しても、自分の権力確保を優先する。
ある意味で民主主義派の連中は決断力と行動力があるのだろう。
「はあ、クズと無能しかいないな、この国は。それで、本国の党の判断は?」
「臨機応変に判断せよと」
タマ大佐の短い言葉に、ミャア大佐はため息交じりに応じた。
「自由裁量を与えられたのか、現場に責任を押し付けられたのか」
要するに、ユトナ王女の暗殺をどうするかの判断は現場に任された。
だが、どの方針を選択したとしても、党と国家に不利益な結果になったら、責任は現場が負うことになる。
フェネック王国という現場においては、タマ大佐とミャア大佐だ。
「現場の自由を保障するから責任を迫るのは当然だな。無責任な責任者など、害悪でしかない」
淡々と言い切るタマ大佐に、ミャア大佐は顔をしかめながら応じた。
「微妙だな。ユトナ王女を助ければ、変化は抑えられる。だが、ユトナ王女の暗殺を許した場合のフェネック王国内の変化によるリスクを予想できない」
「阻止するほうが、リスクは少ないな」
「とはいえ、どうやって助ける? 一応、ユトナ王女と私たちは敵だぞ?」
ミャア大佐の疑問も当然だ。
問題となっているユトナ王女がいるのは、貴族派の勢力圏。
つまり、敵勢力の中心。
表立ってユトナ王女を助けることは不可能に近い。
だから、
「失礼、よろしいでしょうか?」
オレは薄尾を運転しながら口を開く。
「うん? なんだ?」
視線をオレにむけるミャア大佐に、落ち着いて口を開く。
「ユトナ王女を守るなら適任がいます」
「近衛か?」
ミャア大佐の言葉に、失笑しそうになる。
王家への忠誠心以外に特徴も実力もないフェネック王国の近衛が、合衆国によるユトナ王女暗殺を阻止する?
不可能だ。
それなら、まだ、合衆国の自滅による暗殺の失敗するほうが期待できる。
「いいえ、クビ皇国の連中を使いましょう。そうすれば、失敗したときも、クビ皇国の失点にできます」
クビ皇国が動くなら、ユトナ王女の生死に関係なく我々のリクスはかなり減る。
なにしろ、猫人民共和国とクビ皇国は、明確な敵国ではないが微妙な距離感でクビ皇国の失態を党は歓迎する。
万が一に発生するかもしれないユトナ王女の死という我々の失態よりも、クビ皇国の失態という点を党は評価するだろう。
だから、ユトナ王女暗殺にクビ皇国が絡めば、我々の責任問題というリクスは回避できる。
まあ、ユトナ王女が死んだ場合に起こるリスクには対処する必要があるが、党に責任を問われるよりはマシだ。
「なかなか小賢しいな」
ミャア大佐はバカにしたように鼻で笑うが、オレは淡々と感謝の言葉を口にする。
「ありがとうございます」
「ようは、責任の丸投げだろう?」
「助け合いの精神ですよ」
「それは、素晴らしい心構えだな。しかし、クビ皇国は合衆国の同盟国だぞ? 動くのか?」
ミャア大佐がもっともな懸念を口にする。
「合衆国は、王族や皇族への敬意や忠誠心を軽く見積もりすぎです。動きますよ」
どうにも合衆国は、王制を不合理だからと、古臭い時代遅れの制度だと見下す傾向にある。
確かに、王制は不合理だ。
だが、家族でも友人でもない、王という他人のために命をかける人々は存在する。
もっとも、合衆国は、それらを不合理な例外として、視界に入っても検討すらしないで理解もしない。
だから、恥知らずに民主主義の押し付けを、世界中で同じような失敗をしても繰り返す。
合衆国は、クビ皇国が打算的に同盟国を選ぶと決めつけている。
「ここで、なぜ、皇族が関係する?」
「フェネック王国の王族は、クビ皇国の皇族と血縁関係があるので」
数百年前に、クビ皇国の皇族が政争で負けて島流しとなり、偶然にも現在のフェネック王国がある島にたどり着き、現地住民と交わりフェネック王国を建国した。
数百年前の歴史であり、血縁というには遠すぎる。
だが、クビ皇国やフェネック王国の国民は、この話にロマンを感じて大切にしているらしい。
だから、ユトナ王女の暗殺は、クビ皇国の古い血縁を殺すということではなく、こういったロマンの破壊だ。
ユトナ王女の死は、クビ皇国とフェネック王国を盛大に刺激するだろう。
しかし、それは、合衆国が期待するような反応ではないと断言できる。
色々と調べて良かった。
初陣で黒豹のテクニカル中隊の中隊長に指摘されたように、傲慢にもオレは実に不勉強だった。
だから、クビ皇国やフェネック王国について、常に調べるようにしている。
自分を成長させれば、それだけで目的に近づけると過去のオレは思い込んでいた。
愚かな視野狭窄でしかない。
無知の恐ろしさ、知識の重要さを理解できるようになってきた。
そういう意味でも、あの初陣はオレにとって重要だったといえる。
「……ああ、そんな話も聞いたな」
「合衆国は、クビ皇国に動かないように警告するかもしれませんが、クビ皇国は動きますよ」
「動かなかったら?」
ミャア大佐が、こちらを試すような声色で言う。
「クビ皇国が、ユトナ王女を見捨てたという構図にすればいいかと」
オレにも理解はできないが、クビ皇国にとって皇族とは政変が起こるほど重要なのは間違いない。
数百年前に分かれているとはいえ、皇族の血縁を見捨てたとなったら、大いに荒れるだろう。
それこそ、党が笑顔で絶賛するほど。
「なるほどな。そっちの仕込みはこちらでやろう」
「はい、お願いします」
次回の投稿は8月14日金曜日1時を予定しております。




