十歳 クリスティナ王女殿下と枷の力関係
クリスティナ王女殿下が思いのほか――思った以上にとも言うけど――気さくに話し始められたので、ほかの参加者の子たちも、つられたように口を開く。
そして、一度始まってしまえば、女の子のおしゃべりだ。止まるはずがない。
「そうなんですね。交易品をよく」
「ええ。ですので、我が家には今、ローギスのものがたくさん」
ローギスは経済大国であり、それは資源大国だからだ。
天然由来の資源が豊富なあの国では、当然のように、それを基にした工業が盛んで、それが国の発展の礎になっている。
「今度、ウィシュハウゼンの国立音楽団の演奏を聴きに行くんです」
ウィシュハウゼンは学問と芸術の国として知られている。
このファルバニアとも友好関係を築いていて、留学生なども交換しているようだ。
魔塔の本部があるこのファルバニアは、周辺諸国の中では、最も魔法に対する研究に熱心で、それを学ぼうという意欲も高い。
魔塔は、国家という枠組みとしては、どこかへ所属しているわけではないとはいえ、やはり、勇者一行を生んだ国だということが大きいんだろうね。
正確に言えば、当時は、魔王を倒そうと、各国で同じような勢力があったんだけど、最終的に魔王を打ち倒したのが、このファルバニアのパーティーだったということだ。魔王もこの地に拠点を築いていたからね。いわゆる、魔王城というやつだ。
つまり、魔法師や騎士などといった、強者が集まりやすいということでもある。
それでも、他国との交易が盛んなのは、乗っ取られるかもしれないという危惧よりも、救世主に対する敬意のほうが大きいということなんだろうね。
同時に、魔王軍に寝返った勇者を生んだ国でもあるわけだけど。
まあ、あの当時のことをいうのなら、おかげでというか、せいでというか、人類の生息圏が当時最大規模の時世と比べて、半分以下にまでなってしまっていた時期があったからね。国がどうこうなんて言っていられなかったということはある。
それからすれば、魔王が倒されて数百年でここまで建て直しているのは、素直に感心に値するよね。
まあ、今では分かれて、派閥なんてものまでできているらしいけど。
それにしても。
「そうなんですね」
さっきから、この王女様、なにか、探ってるみたいなんだよね。
しかも、直接的なものじゃなくて、遠回りするように、それでも、集まってくると意味も繋がってくるような感じで。
王女様が参加するお茶会は少ないけど、城に招かれているような貴族家の令嬢たちは、ほかのパーティーなんかにも参加していて、そこでの話なんかも、楽しそうに話してくれる。
私は面倒だから参加しないだけだけど、王女ともなると、おいそれと、どことかの家のパーティーにだけ、というわけにもゆかないだろうからね。
だから、こうして、気になった家の子たちだけを集めて、口を滑らせたり、聞いたりはできない大人たちの代わりに、情報を、少しづつでも漏らしてもらおうとしている、なんていうのは、考えすぎかな。
だいたい、それにしてはやり方があざとすぎる。私に気づかれてたら、というか、誰か一人にでもばれてたら、意味ないと思うんだよね。そもそも、誰にも気づかれずにやらなくちゃいけないものだから。できないのなら、やるべきじゃない。
それとも、わざと気づかれるように?
止めた。どこからがなんて考えてたら、いたちごっこだし、他人の頭の中まで覗けるわけはないんだから。
もし、本当になにかあって探ってるんだとしたら、深く関わりたくないし、そういうのは、父に任せておけばいい。
「そもそも、私にじゃないでしょ」
「アリア様? どうかなさいましたか?」
つい呟いた言葉を、隣にいた令嬢に拾われた。
「いいえ。なにもありません」
なにも気づいていないし、なにもするつもりはない、ということ。
私がクリスティナ王女殿下を見ながらそう答えると、クリスティナ王女殿下は、ほんのわずかに眉を動かした。
この手の相手は、二通りだろう。自分一人で問題ないと判断するタイプか、最善の結果を求めるために、なりふりはかまわないタイプか。
はたして。
「アリア。ちょっとかまわないかしら」
お茶会もとくに毒が混入されたり、魔物が襲ってきたりするようなこともなく終わり、浮かれた様子の令嬢、そして令息がそれぞれの馬車へ向かうところで、クリスティナ王女殿下に声をかけられた。
「私は、姉として、イシスの側にいたいのですが」
「それなら、騎士を護衛に就けるから大丈夫よ。あなたのことは、リシウスに送ってもらえば大丈夫でしょう」
最初から私がそう言うとわかっていたように、護衛としての騎士を準備させている。
しかも、王女の誘いを断ったのに、咎める言葉もない。
「イシス。私は王女殿下に呼ばれてしまったから、先にお母様と一緒にお家へ帰っていてくれる?」
「それは……わかりました」
自分も残ると言いたかったんだろうね。
でも、一応、私もクリスティナ王女殿下も女子であることには違いなく、小さくても紳士たれと教育されている公爵家令息としては、乙女の内緒話に加わるべきではないと判断したんだろう。
もちろん、私だって、一緒に帰れるのなら、そうしたかったけどさ。
「ようやく二人きりになれたわね」
あらためて、クリスティナ王女殿下の私室なんてところに案内された。
今、部屋の中には、クリスティナ王女殿下付きのメイドの姿もない。もちろん、騎士も、魔法師も。
部屋のすぐ外の、扉の前には立っているだろうけど、普通の会話は聞こえていないはずだ。
「二人きりになる必要があったのですか?」
そりゃあ、私たちは女の子同士だし、貴族として傷がつけられるような噂が流れるようなことにはならないだろうけど。そもそも、私にはいらない心配なんだけどね。
「ええ。でも、もしかしたら、私の勘違いかもしれないし、その場合は、綺麗に忘れてくれると助かるんだけど」
「なんにせよ、お話を聞かせていただかなければ、判断のしようもないと思いますから」
さすがに私も、まったく耳にも入っていない話を推測だけで構築することはできない。
いや、小説とかが書けないって意味じゃなくてね。
「……単刀直入に聞くけど、アリアには、生まれる前の記憶ってある?」
「生まれる前の記憶、ですか?」
へぇ。
「そう。輪廻転生って考えなんだけど」
なるほどね。
なにを話したくて呼んだのかはわかった、けど。
「なんのお話しですか?」
これは、私の制約に関わってくる話だから、多分。
「つまり、自分じゃない、誰かの記憶をもって生れているとか、そういう考え方のことなんだけど」
「それは、つまり、クリスティナ王女殿下には、そういった記憶があるということなのでしょうか?」
どうするのかと思ったけど、クリスティナ王女はあっさり頷いた。
「ええ。といっても、前世っていうか、そういう記憶だけ移植されるみたいに移されたのかはわからないけど」
コピーだとしても、意思がそこにあるなら、本人と言っていいんじゃないかと思うけど。
なんにしても、無駄な探りだね、多分。
「ありますよ」
私がそう答え、クリスティナ王女が目を見開いた瞬間。
世界が崩れ――。
「あれ? えっと、どうしてアリアを呼んだんだったかしら」
やっぱり無理だったね。
「王女殿下。今日は、楽しい時間を過ごさせていただき、感謝いたします。なにか、お力になれることがありましたら、なんでもおっしゃってください」
「え? ああ、そうね。ありがとう、嬉しいわ」
私に課せられている制約の一つには、自身の境遇を明かすことはできないというものもある。
クリスティナ王女の権能というか、格が高ければ、話すことができたのかもしれないけど、今まで、この話をできたことは――正確には、したとして、覚えていられた人はいない。
つまり、私の枷――呪いのほうが力が強いということだ。
せっかく話してくれたのにごめんね。心の中で謝っておく。




