十歳 クリスティナ王女が話したかったこととはなんなのか
一応、まったく覚えておくことができないということじゃない。
でも、それは、聞いた相手が私の言葉をまったく信じていない場合に限られる。ようするに、冗談みたいな類だととられている場合だ。
今、クリスティナ王女は、私の話を信じた。それゆえに、世界から干渉を受けて、記憶が改変されたのだ。
おかげで、私だけが――いや、まだ確証はないけど――クリスティナ王女の秘密の一つを握ってしまった、かもしれない。
どう考えても――私が言うのもあれだけど――あんなの普通の四歳児の言動じゃない。
べつに、そこまで隠す必要がある秘密かどうかってことはあるけど、秘密の大小なんて、当人にしか測ることのできるものじゃないからね。
「付き合わせて悪かったわね、アリア。馬車で送るよう、頼んでくるわね」
「ありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ありません」
せっかく打ち明けてくれた話にも、回答は残せなかったし。
たとえ、疑問には思ったとしても、私を直接部屋に呼ぶまでして話したかった、つまり、相談したかったことがあるということなのだろう。
それは、おそらく、城で、ほかの誰かには話したりはできないこと。でも、同じ転生者である私になら話すことができるかもしれない、と考えたんだろうね。希望を持っていたとも言える。
転生するといっても、私の場合だけど、何十年も生きてからすることもあれば、数年でしてしまうこともある。
そして、相手が自分のほしい、望んでいる知識、回答を持っているかどうかもわからない。しかし、自分の正体は明かしてしまう――すくなくとも、悟らせてしまう危険性は高い。
普通、記憶に世界が介入してくることはないからね。しかも、当人だけじゃなく、関わった相手すべてに。
私は、この永遠に繰り返される転生の孤独を、誰かと共有することはできない。それが、私への枷の一つだ。いろいろと、制約を回避するだけの権能がその相手にあれば、話は違ってくるんだけど。
それはそれとして、今は。
「クリスティナ王女は、なにを知っているんだろうね」
もちろん、転生とかの話じゃなくて、おそらくは、この城で起きている、あるいは、起ころうとしていること。
知っているというよりは、知ってしまったって感じなのかな。
それが、まだ城にいる他の誰にも気づかれた様子ではないということは、誰にも話せないでいるということ。父王や、騎士団長、魔法師団長にも。
それは、誰が関わっているのかわかっていないからということ。逆に言えば、誰が関わっていてもおかしくはない。
王城内で、国家の最高責任者でもある、国王陛下や妃殿下にも話すことのできない内容なんて、そうそうないはずだけど。というより、話したほうがスムーズに解決するはずなんだけど。
それができないのは、どこに敵がいるかわからないから。
私に話したということは、クリスティナ王女的には、父はシロだと考えているんだろうけど。
それでも、父には話せないのは、クリスティナ王女自身、自分がまだ子供だからまともには扱われないと思っているからなのか。
父に知られたとわかれば、相手も計画を破棄、あるいは、延期するかもしれないけど……。
「さすがに、クーデターとまでになると、関係ないとも言っていられないんだよね」
というより、王城の騎士団長をしている父がいる時点で、城での事態に関して、知らないふりではいられないし、無関係を装うこともできない。
そもそも、クーデターというのなら、公爵家であるユーイン家も標的になっている可能性は高いし。
さすがに考え過ぎ……と言ってしまいたい。でも、言えないのは、つい先日、父の口から、近いことを聞かされたからだろうね。
私は、自分のことがばれてしまうことを恐れているわけじゃない。ばらそうとしても、ばらすことができないというだけで。
そして、それを抜きにして、どうやってクリスティナ王女への協力を――。
「アリア。準備が整って――どうかしたの?」
考え込んでしまっていたら、クリスティナ王女が戻ってきた。
この人も、誰にも話すことのできない秘密を抱えている――誓約的なものではなく、感情、状況的なものだろうけど――という意味では、私と近い立場かもしれない。彼女が転生者だということを含めて。
「少し考えごとをしてしまっていました」
どうしたら、誓約を避けることができるだろうか。
単純に協力するだけならば、問題はない。ただし、それは本当にクーデターなどが計画されていたらの話だ。
そのためには、まずクリスティナ王女からことの真意を聞き出す必要があるんだけど。
今を逃すと、時期がもうない、という話じゃないことを信じたい。明日にでも計画が始動しそうだというのなら、今日私に話したところで、どうにかできるはずもないからね。いくら、中身を転生者だと思っていたとしても。
こうなったら、本当に、できることなら、王家との個人的な関係なんて持ちたくはなかったんだけど、転生者である『私』としてじゃなくて、この世界のアリア・ユーインとして、クーデター(確定しているわけじゃないけど)の計画があるのかもしれないということを聞き出すしかない。
つまり、クリスティナ王女と、そういった個人的な、それも、かなり大きな秘密まで共有できるまでに親しくならなければならないということ。
子供の様子が見たい、なんて言ってはいられないよね。なにせ、王女殿下が相手なんだから、いくら騎士団長の娘とはいえ、しかも、予想どおりなら、クーデターが画策されているかもしれない状況で、そう簡単に会えるとも思えない。個人的な繋がりでもなければ。
「そう。今日は付き合ってくれてありがとう」
ありがとう、と言いながら、クリスティナ王女の顔には影が差している。
やっぱり、不安なことがあるのは確実みたいだね。
「こちらこそ。また、お目見えできる日を楽しみにしていますね」
できることなら、クーデターの中で、なんて場所じゃなくてね。
部屋を出ると、廊下を行ったり来たりしているマーク殿下と出くわした。
クリスティナ王女が馬車を呼びに行っていたから、私がそろそろ帰るのだろうと考えて、待ち伏せていた?
なんにしても、さすがに、スルーすることもできなくて。
「殿下? なにをなさっているんですか?」
「いや、これは、偶然だな、アリア」
なにが、偶然なんだろうね。
もう、十三歳くらいだったと思うけど、相変わらずだね。次期国王筆頭候補が、こんなに腹芸が下手でいいんだろうかと、心配になるよ。
「姫殿下にお話があるのでしたら、いらっしゃればよかったのではありませんか?」
まあ、女の子同士のいる部屋に入ってくるのは無粋だとは思うけど。
「それが、クリスティナには、今日はお兄様はお部屋にいらっしゃらないでくださいと、言いつけられていてな」
まあ、自分が実は転生者です、なんて話を、ほかの誰かに聞かせたいとは思わないだろうからね。
というか、にもかかわらず、こうして部屋の前をうろついていたのなら、それはそれでまずいんじゃ。クリスティナ王女の機嫌を損ねるだろうという意味で。
「もちろん、アリアたちが中でしていた話も聞いていないから安心してくれ」
私としては、聞いていてくれたほうが良かったんじゃないかと思うけど、クリスティナ王女が聞かせたくないと判断した話だ。私の口から話すのは違うだろう。
ただ、下手をすると、マーク殿下の生死に関わってくる可能性すらあるんだよね。
マーク殿下はなんとなくそわそわとしているように見えて、私たちの話は気にはなっていたんだろうね。
それにしても、アリアって……まあ、いいけど。
「殿下。クリスティナ王女殿下のことが気になるのでしたら、御自身の思いをはっきりぶつけられるのがよろしいかと。誠実な気持ちが伝われば、ご家族ですから、お話しくださるかもしれません」
転生者がどうこうではなくて。
「……わかった。アリア、今日はもう帰るのだろう。気をつけてな」
「はい。ありがとうございます、殿下」




