十歳 クリスティナ王女殿下
◇ ◇ ◇
あくまで、このお茶会の主役というか主体は、初めてお茶会というものに参加することになっている、第一王女のクリスティナ姫だ。
「ようこそお越しくださいました」
何度も練習したのだろう、マーク殿下の隣に立つドレスの女の子が、丁寧な所作で挨拶をする。
髪の色、瞳の色はマーク王子と同じ、でも、女の子であるその子が、クリスティナ王女殿下なのだろう。
たしか、イシスと同じくらいの年齢だったはずだ。だから、今は四才かな。
さすがにというか、堂々としているね。帝王学なんてものは、すくなくとも、まだ、習ってはいないはずだけど、王族としての気品は感じられる。
「それでは、ご案内いたします」
案内っていっても、数メートルも離れていない、なんなら、目視だってできるテーブルまでだけど。
そのクリスティナ王女殿下の視線は、私たち参加者を一度見回してから、可憐さに呆けている様子の男の子たちをスルーして、私とイシス――正確には、私を捉える。
「あなたが、アリア・ユーイン? 騎士団長のリシウスの娘さんの?」
この年齢の子供が、娘さん、なんて。
思わず笑いそうになったけど、もちろん、そんなことは表情には出さない。
「お初にお目にかかります、クリスティナ王女殿下。リシウス・ユーインの娘、アリアでございます」
たとえ、年下でも、王族は王族。
失礼などないよう、慎みをもって、頭を下げた。
「クリスティナ・ファルヴァニアよ。私、ぜひ、あなたとお話がしてみたかったの」
クリスティナ王女殿下は、当然、女の子で、私も十歳女児だ。しかも、王族からの誘いを断ることなどできはしない。
「イシス。大丈夫よね?」
「はい、姉様」
一応、イシスに声だけかけると、クリスティナ王女殿下に手を取られた。
「おい、クリスティナ」
「お兄様はホストとしてお相手があるでしょう。私が今日のお茶会への参加を決めたのは、お兄様からアリア公爵令嬢が来ると聞いていたからよ」
クリスティナ王女殿下は、マーク殿下に取り合わず、言いたいことだけ言ってのけた。
それで、なんだって? 私が来るから、今日のお茶会へ参加することを決めただって?
どういうことなの? と私はマーク殿下に視線を向ける。不敬かもしれないけど、言葉にしたわけじゃないし、このくらいは許されていいよね?
対して、マーク殿下は、視線を逸らした。いつも、いつも、本当に。まさか、ほかの公の場でやったりしてないよね?
成長がない。
というか、参加者の制定に関して、お茶会に慣れていないクリスティナ王女殿下が慣れやすいよう、みたいな理由づけが、一応されていたと思うんだけど、この性格なら、べつに、そんな必要はなかったんじゃないのかな。
「いいわよね? アリア公爵令嬢」
「王族の方からのお誘いを断ることなどできませんから」
たとえ、多少強引でも、一応は筋を通している以上、聞かないことは……できなくもないだろうけど、まあ、マーク王子に直接誘われるよりはましだからね。決して、マーク王子を嫌っているとか、断じて、そういうことではないけど。
「ありがとう、アリア。それから、皆さんも、参りましょう?」
クリスティナ王女殿下は、その場の女の子たちにも声をかけて、一緒のテーブルに誘われた。
とはいえ、こちらから、なにかお尋ねになりたいことがあったのでは? なんて聞くことはできないから、勧められた席について、クリスティナ王女殿下が口を開くのを待つ。
「さっきも言ったけど、このお茶会は私がどうしててもアリアに会って、話をしてみたかったから開いたの。もちろん、皆さんとも友好を築けたらとは思うけど」
イシスと同い年だったと思うけど、そのわりには随分しっかりしているね、というのが、第一印象だった。
というより、ほかの同年代と比べて、と言ってしまっていいかもしれない(さすがに私みたいなのは除く)けど。
「知っていると思うけど、今日、こうして集まっていただいた皆さんのほかにも、王家で主催しているお茶会への招待状を送った方はいらっしゃるわ。もちろん、男性も、女性も。だから、はっきり言って、お兄様への気持ちが少しでもあるのかということを確認したかったの」
多分、この調子なら、父への聞き取り調査なんかも、すっかり済ませているんだろうね。当然、マーク殿下には、何度も話をねだったんだろう。
「私には、今のところ、マーク殿下と結婚、婚約する意思はございません」
だから私も、誤解のないように、はっきりと言った。
下手に、言葉尻とかを捕らえられても困る――面倒だし。
「お兄様には魅力は感じない? 見た目は悪くないし、第一王子で、いずれ、あと数年程度で国王の地位に就かれるのよ?」
「王妃という地位の話でしたら、まったく、微塵も興味はございません」
それなら、まだ、マーク殿下のほうが興味はあるってくらいに。
いや、興味があるとはいっても、異性としてってことじゃないよ? もちろん、シャーロックに対して興味があるから、ということでもない。
それにしても、そんな風に言うってことは、私にその座を勧めたいとでも考えているのかな?
「そうだと思ったわ」
しかし、それで落胆するか、意外そうな顔でもするかと思ったクリスティナ王女殿下は、予想どおりという感じで頷いた。
「お兄様がアリアに――あっ、さっきから、アリアと言ってしまっているけれど、かまわないわよね?」
「どうぞ、お好きなようにお呼びください」
いまさらだし、私個人だと識別できれば、名前なんて、それでいい。
「じゃあ、へちゃむくれのこんこんちきのぱっぱらぱーとか、銀の髪の美しい君とか、小悪魔天使の聖女様とかでもいいかしら?」
「どうぞご自由に」
そんな風に話しかけたいと思うのなら。
加えて、そんな名前で呼ばれたところで、いくら相手が王族とはいえ、私は返事をしない可能性だってある。
だいたい、最初のやつ以外は、完全な悪口とも言い切れないし。
「なるほどね」
とりあえず、クリスティナ王女殿下の中では、ひとまずの解決は見たらしい。納得したように頷かれた。
一応、ふざけているという自覚はあったのか。
「ごめんなさい、そんな風に変な感じでは呼ばないわ。アリアでいいかしら?」
「光栄です、クリスティナ王女殿下」
このお茶会は、一応、クリスティナ王女殿下の初めてのお茶会。お茶会そのもの、あるいは社交の場に慣れるためという名目ではあったはず。
しかし、今のやり取りを考えるに、そんな風に物怖じするような性格とも思えない。
まあ、もともと、私の話をマーク殿下から聞いていたのなら、身内みたいに考えている可能性はあるけど。
「私のこともクリスでいいのに。そうじゃなければ、ティナでもかまわないわよ」
「まさか。そのようなことは」
さすがに、会ったばかりの王族相手に、愛称で呼ぶわけにはいかないでしょ。
その後のことが恐ろしすぎるからね。
じゃあ、家族同然ね、みたいにとんとん拍子に話を持って行かれたりでもしたら、たまったものじゃないよ。今のクリスティナ王女殿下の態度を見るに、完全に冗談で済むとも思わないし。
しかも、こんなお茶会みたいな公――完全にそうとは言えないけど、他者の目があるという意味で――の場で。
「まあ、それは、いずれでいいかしらね」
いずれもなにもないんだよね。
この子、私のなにを気に入って、自分の兄とくっつけようとしているのかな。
「ところで、皆さん。お家のほうでは、許嫁とか、幼馴染とか、そういう話はないかしら?」
いや、これは、ただ、恋愛の話がしたいだけかな?
それで、一番身近だった、自身の兄の話を最初に振ってみたとか。むしろ、自分の家族と、使用人くらいしか、王族が気軽に話のできる相手なんていないからね。




