四歳 マニエール男爵家訪問 魔物の襲撃
◇ ◇ ◇
お世話になりましたと礼を告げて、私たちはマニエール男爵家を後にする。
詐欺師と遭遇っていう予定外は起こったけど、当初の目的だった挨拶は済ませたからね。
何日もいて迷惑をかけるわけにもゆかないし、父と母も、寂しがっているとまでのほどじゃあないだろうけど、当初の予定どおりに帰らないと心配をかけるからね。
「ロレーナはもうすこしいたかった?」
また家族と離れて過ごすことになるけど。
「いえ。少し心配にはなりましたが」
騙されて財産を失うところだったからね。
男爵は鑑定ができていなかったみたいだけど、あの程度の質の偽物なんて、二束三文もつかないような代物だ。
「貴族だからって、誰でも見分けられるようなものでもないからね……」
たとえば、偽物だと誰もわからないような模造品なら、本物と変わらないわけだし。
それと同じで、当人がそうと信じているなら、それでかまわないものかもしれない。もっとも、今回のものは、わかる人にはわかる程度のものだったから、社交場なんかでは恥になったかもしれないけど。
「でも、せっかくなら、あれも引き取っておけばよかったね。どうせ、ケイリスだって、子供の小遣いにもならない程度の値段で仕入れたか、作ってるかしてるんだから」
もっとも、犯罪の証拠ともいえるものを、見破られているとわかっていて引き渡すなんて輩はいないだろうけどね。
それに、こっちも価値が低いとわかっているものをわざわざ引き取るなんて馬鹿な真似はしたくないし。
他家への警告というか、報告という意味なら、べつに、その実物がなくても、公爵家の娘が言っているという事実だけで十分だろう。
私とケイリス、もちろん、私はただの公爵家長女だけど、どちらを信じるのかっていうことは、明白に思える。それこそ、偽物の証拠品まで持っていれば、より。
「そういえば、もうすぐお嬢様のお誕生日なのですよね?」
「そうだっけね」
私がそっけない調子なんで、ロレーナは眉を寄せるけど、もうすぐとはいっても、まだ、ひと月以上は先だよね。
「楽しみではないんですか?」
「そこまで……この前、マーク王子の誕生日のパーティーに出席したよね。あのときの当人ほどには楽しみにはしてないかな」
少なくとも、私にとって、浮かれたりするような行事ではない。
だって、誕生日ということは、もちろん暦なんかは違うんだけど、命日でもあるんだから。
私にとっては、新しい生が始まるということは、前の生で死んだのだということ。あまり、大手を振って喜べるような日でもない。
私は記憶なんかを引き継ぐけど、それは、忘れることができないということでもある。そして、私の生の最後は、大抵が碌でもないことだから。
「では、当日はお嬢様が心よりお楽しみいただけるよう、私どもも心を尽くしますね」
「……うん。楽しみにしてるよ」
とはいえ、祝ってくれるという気持ち自体は、嬉しいものだからね。
私にとっては呪いでも、周りの人たちが嬉しいとか、喜びなんかを感じてくれるのなら、意味はあるんだろう。
そんな風にロレーナと話しながら揺られていた馬車が、停車する。
まだ、公爵家に着いたわけではないと思うけど。
「なにかありましたか?」
御者に尋ねれば。
「道の真ん中に人が倒れております」
窓から確認してみると、どうやら、大人の男性のようだけど。
「いかがいたしますか?」
今、この馬車の主は私だ。
助ける、拾うなんかの判断は、私の一存次第ということだ。もちろん、そのまま放っておくということも。
「確認してもらえますか?」
まだ、町に近いとは言えないし、本当はただ寝ているだけかもしれない。
一応、ここも近くには森だか、林だかがあって、そこに採集なんかに入ったものの、いろいろあって、ここで力尽きていた、という可能性も、なくはない。
そして、私が出ていっても仕方がない。
倒れているのが大人の男性ということは、私では助け起こすこともできないし、もちろん、馬車へと運んだりすることもできない。
それなら、わざわざ出ていっても邪魔になるだけのことだ。
「お嬢様。この者なのですが……」
御者が顔を顰めて連れて――引っ張り上げてくる。
「なんだ、ケイリスじゃない」
なんでこんなところで倒れているんだろうね。
今はしっかり、御者から羽交い絞めの格好で捕まっていて、目も瞑って、気絶している風だけど。
「はあ。まあ、このままっていうのも寝覚めが悪そうだし、悪いんだけど、ロレーナ。私の隣に座ってくれる?」
今は、馬車の中で、私たちは向かい合うように座っているけど、そこに人ひとり横たえさせるだけのスペースはある。もちろん、私たちが座ったうえで、成人男性一人となると、結構ぎりぎりだけど。
「……お嬢様の決められたことですが、大丈夫なのですか? もちろん、人を助けようとなさるのは立派なことですが」
「この程度、立派でもなんでもないよ。さすがに、あれを放置はできないし」
それに、もしかしたら、私たちとは全然関係ない理由かもしれないし。
因果応報ともいうけど、それにしたって、見捨てられる命なんてないからね。
「わかりました。ですが、安全の確保だけはさせてください」
それは、ロレーナも御者も同意見で、譲るつもりはないらしい。
怪我しているみたいだし、丁度良かったなんて言えないけど、結果として、悪人を捕らえることになった。
怪我までしているケイリス本人には同情しないでもないけど、このまま騎士団の駐屯地か、ギルドかに連れていこう。
ケイリスの荷物も回収できたし、これだけ証拠が揃っていれば十分でしょ。
「それにしても、なにしてたんだろうね?」
ケイリスと私たちが、ここ以前に最後に顔を合わせたのは、昨日の話だ。
馬車に乗っているとかってことじゃなくても、こんなところで倒れているような理由は思い浮かばない。
ケイリスも誰か、あるいは、なにかに襲撃されたとか?
「はっ」
目を開いたケイリスは、きょろきょろと辺りを見回した。
「気がつきましたか?」
「これは、馬車の中ということですか……」
ケイリスは安堵したような表情でため息をついた。
「あなた方に助けられるとは、思ってもいませんでしたよ」
「……丁度、用事もありましたからね」
このまま然るべきところに連れて行くという。
「ところで、この馬車は無事なようですね」
「あなたのところではなにがあったのか、お聞かせいただけますか?」
ロレーナが警戒している様子を崩さず、軽く睨むような視線を向ける。
「運悪く、魔物に襲われてしまいましてね。乗っていた馬車は、どうやら、壊れていたようですね。ほかに誰かいませんでしたか?」
「あなたのほかには誰もいませんでしたよ。一応、荷物で目についた分は回収いたしましたが」
あとで、証拠として突きつけるためにね。
「それより、魔物というのは、どの程度の魔物ですか? 大きさと数は?」
「黒い、狼のような魔物でしたね。数は五匹程度。私は逃げ出せましたが……」
そちらの御者は……。
ほかの荷物は食べられたりはしていないだろうけど、拾いに行くのは無理だろうね。
「ロレーナは魔物の気配とか感じる?」
「……はい。それほど遠くないところから、数は、六匹ですね。こちら向かってきているようです」
怪我人もいるし、急いだほうがいいんだけど。
もう、鳴き声はそこまで迫っている。
行きには襲われなかったんだけど。マニエール男爵からも、この辺に魔物が出るようになったという情報はもらっていない。
ロレーナまで一緒にいるというのに、その情報を教えないとか、ましてや、それほど広くはなくても、この辺の領主である男爵家に情報が来ていないなんてこと、ありえるのかな? むしろ、広くはない分、情報の伝達も早いんじゃないの?




