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絶望の食卓  作者: 枝鳥
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ローストビーフ

 数年前に、生涯忘れられない誕生日プレゼントをもらった。

 300グラムを少し超える肉塊。

 この肉塊を超えるプレゼントを、未だに私は見たことがない。



 ローストビーフ。



 皆さんも一度は経験がないだろうか。

 結婚式の引き出物で、カタログギフトをもらう。

 パラパラとページをめくると、肉のギフトコーナーがある。

 ハムやウィンナーに混じり、堂々と鎮座するローストビーフ。

 茶色にローストされた端から、中心に向かって薔薇色になる美しい肉。

 これにしよう。

 せっかくだから、普段はあまり食べる機会がないものを選ぼうじゃないか。

 カタログに付いている葉書に品番を書き込んでポストに投函すれば、数日後にはローストビーフが手元に届く。

 が。

 ウキウキとしてローストビーフに包丁を入れてみると、全くもって薔薇色など存在しない。

 そこにあるのは固くパサついた肉である。

 なんとも味気ない肉に、無難なウィンナーかなにかにすれば良かったと後悔する。


 何度同じ過ちを繰り返しただろうか。

 今度こそはと意気込んでは、裏切られ続けてきた。

 自宅で美味いローストビーフを食べるなんて、所詮夢物語だったんだと嘯く。



 そんな中で、半年ほど「美味いローストビーフが食べたい」とぼやいていた枝鳥に幸運が訪れたのだ。

 ハッピーバースデー。

 枝鳥聖誕祭である。

 この日だけは、あらゆる贅沢を罪悪感無しでしても許されるのである。



 さて冒頭のローストビーフ。

 A5ランクのローストビーフ様である。

 散々ローストビーフに夢や希望をへし折られ続けてきたが、これぞ枝鳥の欲するローストビーフに違いない。

 普段の仕事では『くじける心』が標準装備の枝鳥だが、こと食べ物に関してはこの呪われし装備から解放されるのである。

 ローストビーフにトキメキが止まらない!



 どうやら箱の中には他にもなにやら入っている様だ。


 トリュフソース。

 おおう、これまた何たる贅沢。

 いまいちトリュフの美味さはよくわからぬが、トリュフというだけで後光が差して見えるじゃないか。


 説明書。

 なになに?

 六十度でローストビーフを湯煎するとな。

 温度計など我が家にあっただろうか、どうしようか。

 なに?

 付属の温度計とな?


 箱を探ると温度計まで出てきた。


 ローストビーフのお取り寄せに温度計がついてくる。

 謎のお得感である。



 説明書に従ってローストビーフを湯煎する。

 素直さが大事だっていうからと、昔の曲を口ずさむ。

 機械にしろ何にしろ、説明書を読まずに失敗するなんてことはいけない。

 ましてや素晴らしい肉の説明である。

 ここは素直に一から十まで説明書通りに従うものである。


 湯煎したローストビーフをまな板に乗せ、包丁で切り分ける。

 そこには薔薇がいた。

 肉汁の雫を滴らせる薔薇。

 美しい。

 皿に美しく盛り付けてトリュフソースをかける。

 ピンク色の薔薇のような肉の断面に、黒いトリュフソースがアクセントとなっている。



 いざ実食。

 きちんとハッピーバースデートゥーミーと歌ってから、フォークでローストビーフを一切れ口にする。

 とろける。

 トロける。

 蕩ける。

 ぎゅ、牛肉って飲み物やったんや!

 枝鳥は世界の真理を知ってしまった。

 トリュフソースが何やら美味いのはおぼろげにわかるが、ローストビーフの圧倒的な肉汁と柔らかさの前にはそれも霞んでしまう。

「ホワアァ」

 あまりに美味すぎて変な声が出る。

 脂あまい。

 脂うまい。


 あまりに美味すぎる肉は、100グラムも食べれば満足してしまう。

 そんな新事実まで明らかになってしまった。



 全て切り分けてしまった枝鳥の前には、2/3残ったローストビーフ。

 美味いのはもう充分に理解した。

 しかし、今はもう満足なのだ。


 丁寧にラップをかけて冷蔵庫にしまう。


 後で、熱々のご飯に載せてローストビーフ丼にするんだ。

 冷えたローストビーフが熱々のご飯にとろけていく姿を想像するだけで幸せになれる。

 なんとも幸せな誕生日だ。




 この日以来、まだあのローストビーフには再会していない。

 畏れ多いほどのローストビーフ。

 何か、素晴らしいことがあれば買おうと心に決めている。


 淡々とした枝鳥の生活に、あのローストビーフを買う機会が訪れるのだろうか。


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