第9話 同じクラスの美少女が女装男子を妹にした理由
蕾が俺を妹にした理由を知るのは思ったよりも早かった。
四月も終わりへと差し掛かり、もう少しでゴールデンウィークに突入するだろうという頃。同時に、五月の中旬にある期末とは別の中間考査まであまり時間がないことを告げてくる。
段々と遠くの空から灰色の雲が押し寄せて来る。梅雨の時期も、なんだかんだ一ヶ月くらい先。高校二年生になったばかりだというのに、過ぎる時間が早くて何だか目まぐるしいように感じる。
「あっ」
「偶然ね、雲雀さん。おはよう」
「ん、おはよ」
同じ電車に乗っていたみたいで、改札を抜けるとばったり蕾と出逢った。お互いに挨拶を交わすとどちらからでもなく横になって歩く。
なんだか新鮮だ。いつも教室に着いてから彼女と顔を合わせるから、蕾と同じ景色を見て同じ場所へ向かうというのはちょっとむず痒さもあるけれど、こんなふうに居られたら毎日楽しいんだろうなとも感じる。
だが、どうも今日は鬱屈とした気持ちから抜け出せない。曇りだからだろうか、空を見上げながら物思いに耽っていると、背中がゾクリとした。背後を振り向くと同じ制服の男連中は俗物的視線を浴びせてくる。胸の奥底に薄汚れた泥のようなものが溜まっていく。
ああ、不愉快だ。この不愉快さを俺は知っている。女装での登校初日に感じた視線と同じものだ。蕾はいつもこんなものを浴びて来ているのか。よく耐えられるな、と感心していると、彼女はどこか楽し気な様子でこちらに目を向けた。
「それにしても、雲雀さんは朝からその恰好してるの?」
「あぁ女装のこと? まあ慣れたからねぇ」
「私の妹だという自覚が出たようで何より」
「誰もそんなこと言ってないんですけど!」
「では何の為に女装を?」
「何の為って、そりゃあ……あれ、何の為だっけ」
「やっぱり妹としての自覚が芽生えたのね」
「それだけは絶対に違うと言える」
朝から不毛なやり取りを繰り広げられ、早々に疲労が蓄積されつつあると俺たちの横に一台の黒い車が止まった。やたらと磨かれた車体が太陽の光を反射するように眩しさを放つ。
いったいどんな人が乗っているのだろう。少し気になっていると、蕾の口がわずかに開いていて、「どうして」と本人さえ無自覚な言葉が出ていた。
知り合いなのだろうか。
好奇心だけでこの場にとどまっていると、後部座席から一人の着物姿の女性が出てきた。どこかキツそうな目つきをしているが、ぱっと見はかなり若いように見える。というか、俺のよく知ってる人に面影を感じる。
そう思いチラッと蕾に視線を向けると、彼女は開いた口を動かした。
「──お母様」
そうだよなと思いながら蕾と彼女の母親を見比べる。口許のあたりが特に似ていて、親子なんだなと実感した。
だけど、どうも母親に会うことを蕾は望んでいないみたいで。顔が青ざめていくのをすぐに感じた。
大丈夫なのか心配の言葉を掛けようとしたが、それより早くに蕾の母親の言葉によって遮られてしまう。
「そちらの学生は蕾の友達ですか?」
「……そうですけど、何か問題でもありますか」
「ふむ、男ではないようなのでひとまずいいでしょう。友達と一緒にいるのは結構ですが、勉学をおろそかにしないように。成績が落ちていたら、塾と習い事漬けの日々になりますからね」
「心に留めておきます」
「よろしい。では失礼いたします」
蕾の母親は俺に向かって一礼をしてきたので慌てて不格好ながらに頭を下げた。なんとも綺麗な所作に軽くすぐに車に戻りどこかへと行ってしまった。残された俺たちは学校に向かわないといけないが、蕾の身体がやけに震えているのが見えてしまい保健室に連れて行くことにした。
道中、他人の視線が鋭く感じた。まるで見世物のように俗物に向ける目をしていて、視線を感じる度に背中を刃物で刺されたような痛みが生じ、心底気分が良くなかった。蕾の母親に会った影響もあるかもしれない。あまり他人の親をどうこう言いたくはないが、あまりにも冷たい口調に蕾を自分の子どもとして見ていないように思えてしかたがない。
保健室に着くとすぐベッドに座らせ、養護教諭の人がいくつかの質問をして回答をバインダーに挟んである紙に記入していく。必要事項を聞き終えると、養護教諭は気を使ってか保健室から出て行ってしまい、気まずい空気が流れ出す。
座らせたままなのも気分悪いだろうと思い、横になるよう促したが否定されてしまう。
「雲雀さん、私の隣に座ってもらえないかしら」
「え、いやでも」
「お願いだから」
か細く、そっと呟くみたいに消え入りそうな声でのお願い。彼女の弱った姿は凛々しさの欠片なんて無く、どこまでも孤独で我慢を強いられた子どもみたいに見えた。
今の蕾は、それこそ吹けば飛ぶような存在に思えてしかたない。
言われた通り、彼女の横に座ると肩に頭が乗せられた。
ドキッと胸の高鳴りを感じたが、ブレザーの袖をキュッと握る力が弱くて苦しそうに口を結ぶ様が心を締め付けてくる。
何も喋らず彼女が落ち着くまで同じ態勢のままでいると、ホームルームが始まるチャイムが鳴り響く。
養護教諭から連絡は入っているはずだけど、少しだけ心配にはなる。噂が立ってなければいいけど。
チャイムの余韻さえ消えた後だった。
「私、昔から母に男子とは関わるなと言われ続けたの」
蕾が話し始めた。
母との関係と、俺を妹にした理由を。
「キッカケは父との離婚だった。それから言い始めて、過度な期待を寄せてきて。最初は嬉しかった。私のことを自慢の娘として見てくれてるんだって。でも、段々と愛されていないのだと知ってしまった。あの人は、私を道具のようにしか見ていなかったの」
「いや、そんなことはっ」
「あるのよ、これがまた。あの人は私を鏡写しのように思っているみたいで、相当父と出会ったことさえ後悔しているのでしょうね。男の人と関わらなかったら、というあの人のありもしない第二の人生を押し付けているだけなのよ」
本当に、たったそれだけ。
昔話を締め括るように、蕾はそっと目を閉じた。
母親との亀裂がどういうものか理解した。友人関係さえ縛られている生活なんて、元から友達が出来ない俺からしたら、作ろうと思えば作れますがと言われているような気がしてちょっとイラッときた。
でも、そんな生活を俺は想像できない。
それに、どうしてそこから俺に繋がるのかがわからない。
まだ疑問だらけの道半ば。蕾は俺の手を取ると寂しげな瞳を向けてくる。
「家でも学校でも求められる理想を演じていて息苦しく感じてる時に、女装をしたあなたを見つけた。偶然かもしれないけど、これならあの人を欺くことができるんじゃないかって思って」
「……声を出さなきゃ性別がバレないから?」
「その通りよ。見た目だけなら誰よりも可愛らしいのだから」
なんともむず痒い感想に目を逸らしてしまう。美少女から可愛いなんて、そんなの嬉しいのかどうかわからなくなるよ。
まあ、可愛いのは自負してるからいいんだけどね。
「だから完璧って言ってたのか……あれ? じゃあ妹っていうのは?」
「あれは……友達という間柄でもないけど、顔見知りなんて浅い関係にしたくなかったから。その、咄嗟に出たのがそれだったの」
「じゃあ、あの愛することがっていうのは」
「少しは母の気持ちがわかるかなって思ったのだけど、ダメだった。あなたをイジるのがあまりにも楽しすぎたもの」
蕾はクスッと力なく笑う。
震えている手が、やけに冷たく感じた。何かに似ているなとずっと思っていた。母親に会ってから、今までずっと。それが何なのかわからなかったが、ああそうか、迷子に似ていたんだ。
自分の居場所を探し、途方もなく彷徨い続け、微かに照らす光だけを頼りに進む、自分のことをよくわかっていない心の迷子。
だからだろうか。彼女は母親に立ち向かうことを諦め、現実という檻を受け入れようとしているのに気付いてしまった。
目を背けたい気持ちはよくわかる。今でもたまに、この女装姿を現実だと思いたくない。
でも、逃げてしまったら、彼女が灯した反抗心は無意味という烙印を押してしまうことになる。
それはあまりにも、可哀想だろ。
ギュッと彼女の手を握り返す。蕾が目を見開いて俺に顔を向けたのがわかった。
せめて、俺だけは。
蕾の理解者で居てあげたい。
目を背けたい現実を味わった者同士。今、彼女の苦しみを知っているのは俺だけだから。
そっと息を吸い込んで、俺は口を開いて彼女に言葉を掛けた──
正直この話と次の話を飛ばして11話を読んで欲しい
◇感想など貰えたら嬉しいです◇




