第8話 女装男子は意外と家庭的なのかもしれない
「雲雀くんって食べ方きれいだよね。今日はお弁当みたいだけど、どれも見た目美味しそうだし」
三人で弁当を食べていると、唐突に詩がそんなことを言ってきた。俺はそうか? と自分のことだから首を傾げたが、近くに座る蕾がコクコクと頷くのを見て目を丸くする。
そうなんだ、俺って食べ方綺麗なんだ。そう言われるのは嬉しい反面、見られていたことに対して恥ずかしさが湧いてくる。
昼休み。これまで通り被服部で昼食を取ろうと思ったが、いつまでもいると迷惑になりかねないので担任に相談してみた。そしたら個人的な理由ではと渋られたが、蕾が「雲雀さんがこの格好に慣れるまでの間だけでも」と交渉するとなぜか許可を得ることに成功。空き教室を使っていいとのことで有難く利用させてもらっている。なぜか詩というおまけ付き。
改めて思うが、蕾が委員長を任されるだけのことはあるなと感じる。こうやって一つの教室をまるまる借用させてもらえるなんて、よっぽど教師から信頼されてないと無理なはず。
俺の前で見せる姿がどれだけおかしいのかも総じて理解させられるため、頭を悩ませてしまうけれども。
「雲雀さんのお弁当は誰が作ってるんですか?」
蕾のことを考えていたせいか、彼女に尋ねられて思わず目を見開いてしまう。心臓がドクッと刃物でも突き付けられたかのような緊迫感を纏ったが、すぐに冷静さを取り戻す。
「俺、だけど……」
親が共働きだから、朝時間があれば自分で作るようにしている。それが中学からともなれば自然と慣れるもので、余裕ある時は弁当を持参。購買は時間がなかった時のみ使わせてもらっている感じだ。
「手作りなんですか!?」
「すごっ、わたしにはこんな凄いの作れないよ」
「同感です。何をしたらこれほどのものが出来るのですか」
二人の視線が俺に向く。
早く理由を教えろ、とでも言いたげな熱意という名の圧が籠った瞳から目を逸らせない。一瞬でも離した瞬間に、蕾から私だけを見なさい、なんて言われそうな気がする。
「あなたは24時間365日私だけを見てればいいの」
もっと酷いことを言ってきたわ!
想像以上にぶっ飛んだことを言ってきた蕾に驚いていると、詩が目の前にいるというのに彼女は俺の頬に両手を添えて自分だけを俺の瞳に写すように固定される。
隣の方から「ひゃあ……!」と見てはいけないものを見てしまった時のような声が聞こえた。目を手で覆うが、指の隙間から覗いているのが目に浮かぶ。
そのまま数秒が経過し、蕾の方から手を離してきた。つまらなそうに唇を尖らせている。きっと俺が面白い反応をしなかったからだろう。
俺はため息を吐きながら弁当の中身を口に放り込む。
「ふ、二人ともキスしちゃうんじゃないかと思ってドキドキしちゃったよぉ」
「そうね。雲雀さん、今からしましょうか」
「するかよ! なんで小鳥遊さんとしなきゃいけないんだ!」
「つまり、詩さんとはしたいと」
「ふぇ!?」
「い、いやそんなことは言ってない!」
「別に、雲雀くんならいいよ?」
「なんでそっちはそっちでオーケーなんだよっ!?」
「……気付いたのだけど、あなたはファーストキスまだかしら」
「え、何その質問。いやまあそうだけど」
「私もなの。それでね、姉妹でファーストキスを捧げるのは当然でしょ? つまり初めては私としなさい」
「そんな相場はどこにもないよ! というか後半意味が変わってそうなんですけど!?」
「あら、私はキスの話をしているのにあなたはナニを想像したのかしら」
「どっちにしろ考えたくないわっ!!」
漫才のようなやり取りのせいで一気に疲労感が襲ってくる。昼休みになんて会話をしているのだろうか。詩までノってくるものだから、蕾との時よりも二倍疲れてしまう。
女三人集まって姦しいと言うけれど、二人ならばやかましいという言葉の方が合うだろうな。
そもそもだが、蕾が姉妹どうのこうの言ってることに詩が一切気にしている様子がないのだけど、何も疑問に思ってないのか。
俺と蕾のやり取りをずっとニコニコしたりちょっと驚いたりしながらコロコロ表情を変えている。
気になったので尋ねてみる。
「美凪さんはさっきの小鳥遊さんの言葉に何も思うところはないの?」
「それって初めてを誰に捧げるかということ?」
「うん、違うからね?」
「わたしは好きな人がいいかな。あ、でも小鳥遊ちゃんや雲雀くんでも嬉しいかも」
「誰もそんなこと聞いてないんだけど!?」
最近になって思うのだが、俺が男だということを忘れかけているのではないか疑いたくなる。
女装してから注目集まるのは慣れつつあるからまだ何とか我慢出来るけど、たまに女子と同等の扱いをされる時虚しく思えるからやめて欲しい。
……胸が虚しいとかじゃないからな!
「ほら、小鳥遊さんが俺を妹扱いすることだよ」
「あ、あぁそっちね」
「なんであっちを最初に思い浮かべたのか……」
「前から雲雀くんって妹っぽいなー、と思ってからあまり?」
──え?
「そうだったの? 詩さん、詳しく聞いても?」
「いいよ! えっとね、最初にそう感じたのは初対面の時で、小顔で可愛らしい人だなぁって。それから一人でいるところとか、鹿乃くんにだけ懐いてるところとか、なんか兄にだけ心を開いてる妹にしか見えなくなっちゃって」
「なるほど。確かにそれは妹みたいな存在にしか見えないわね。私以外にもそういう態度を見せるなんて、許せないわ」
「だから、雲雀くんが女装したって小鳥遊ちゃんの妹になったって、似合ってるなぁとしか思えないかな?」
高校生活において一番の衝撃発言に思えて二人の会話が上手く聞き取れなくなっていた。
え、前から妹に見られてたの。それって他の人からもそう思われてる可能性高いわけで……。
穴を掘って埋まりたい。生き恥を晒しているような気分だ。恥辱に塗れた学校生活を送れる度胸なんて俺にはない。
あはは、と乾いた笑みが零れてしまう。
「んー、でも小鳥遊ちゃんが雲雀くんを妹扱いしている理由は気になるかも。二人って今回が初めて同じクラスになるわけだし」
「ええ、彼とは今のクラスになって初めて会話をしたわ」
「だよね? なんでなの?」
気付けばそんな会話になっていた。俺も気になってはいたところで、前に愛することが、みたいなことを言っていたのを覚えている。
でも、蕾の口からはまだちゃんとした理由を教えてもらっていない。あれからもたまに考えてしまうほど、あの言葉は俺の中でずっと何か引っ掛かりを覚えているのだ。
そろそろ知りたい。
俺たちの目が蕾に向く。彼女は一つ息を吐くと、手に持っていた箸を置いて俺たちに向き直る。
「特に深い理由はないわ。強いていえば、雲雀さんがあまりにも可愛らしくて自分のものにしたかった、からかも」
蕾の目が訴えてくる。余計なことは喋るな、黙って聞いていて、と注意深く。俺は口を開くことが出来ず、喉の奥が震えるのを感じながら詩が何か喋るまで待たなければならない。
冷や汗にも似た何かが背中を伝う。彼女は、いったい何をそんなに隠したがっているのだろう。
ジッと蕾を見ていると、詩が口を開いた。
「そうだよねぇわかるわかる。これだけ可愛いと自分のものにしたくなっちゃうよねぇ……」
腕を組んでしみじみ語る詩に、俺はホッと安堵の息を思わず零した。
すぐにヤバいと思って顔を上げると、どうやら気付かれていなかったようで再び安心感を得る。
それからも俺のことを妹イジリしてきたけれど、どうしても本当の理由を話そうとしない蕾のことが気になってしまい、二人の会話をまともに聞いていなかった。
おかげで二人は頬を膨らまして俺に詰め寄ってくるので、お詫びという形で俺の弁当のおかずを分けた。二人とも口許が綻ぶほど喜んでくれたので、一命は取り留めたと思うべきだろうか。
この時間が続けばいいのに、なんて思ってしまうのは、俺のわがままなのかなと思ってしまった。
平和だったんですよ、ここまでは……
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