第7話 二人の美少女はなぜか俺の取り合いを……
「雲雀さん? あなたは私のものでしょう、私といるのは当たり前ですよね」
妹=姉のもの理論はやめてくれませんかね!? 何も当たり前じゃないから!
「雲雀くん! わたしとの約束はどうするんですか!? 果たすまでは一蓮托生ですよ!」
いや知らないよ! 俺からしたら詩が一人で頑張ればいいことだからね!?
茜色は遠くの空から侵食する。歓談としていた放課後の教室。まばらに残る生徒は一同に美少女たちへ視線を向け、事の顛末を見守るように、もしくは野次馬の如く興味ありげに一人の女装男子を間に挟んで二人の美少女が含みのある言い争いをしているように映っているのだろう。
だけど、実際は異なる。蕾は妹である俺が他の女子と仲良くなってるのが気に入らないのか、俺を咎めようとしくるし。詩は自分が除け者にされていると思ったのか蕾ではなく俺に抗議してくるし。
板挟み状態の俺はどうすることも出来ず、ただ間に入らされて成り行きに身を任せる他、考えることすら放棄したいとさえ思ってしまった。
あぁ、どうしてこんなことに……というのも全部詩のせいだ。詩が教室に突っ込んで来なければ、とついさっき起きたことを俺は思い返した。
◇
「雲雀くーん!」
俺の身近な人生において頭を悩ませた出来事で言うのならトップ3には入るだろう。
帰りのホームルームが終わった直後、美凪詩は教室に顔を覗かせて俺を高らかに呼んだ声が響き渡る。直後とはいえすでに担任は職員室に戻っており、部活がある人は移動する分の時間はあった。だからそれほど多くの人が残っているわけではなかったが、それでもクラスの半数くらいはいたので自然と注目が集まってしまう。
ゾクリと背筋が凍る。誰かに見られているような、そんな視線を感じる。周囲を見渡すと、露骨に、隠す気がないのかと思うほど、ただまじまじと、だけど鬼のような形相で俺を睨みつける一つの視線と眼光。背中をツラ―ッと汗が一滴流れる。たったそれだけでひんやりとした感じになるのが不思議だったが、それ以上に今から死んでしまうのではと思わせるほどの蕾の眼から離すことが出来ない。
クラスの人にバレたら、なんてことを気にする余裕もないほどに。それほど彼女は俺以外のことが眼中になさそうだった。
……この状況じゃなかったら嬉しいんだろうなぁ。環境が異なるだけでこんなにも恐ろしくなるなんて。
俺の心境を知らずして、詩は教室内に入り意図も容易く俺の懐に潜り込み手を掴んできた。ニコッと微笑みかけてくる彼女は悩んでいる思考を吹き飛ばすように俺の内側まで侵入して、暗く激しい雨が降っていた心が一瞬にして澄み渡る青空が綺麗な快晴へと変えてくれた。
どうしよう、好きになるかも。
ボーっと詩の顔を眺めていると、「雲雀さん?」と酷く冷たい声色が耳元で響き、夢見心地の気分をかなぐり捨てられて現実へと連れ戻される。気が付けば自分のと言わんばかりに俺を背後から背中を抓る蕾が笑って立っていた。あはは、怖いって。
「あなたは私のものであるという自覚がないのですか?」
「小鳥遊ちゃんのものって、二人ってそういう関係……!?」
「部外者は黙っていてもらえないかしら。私は今、雲雀さんと話していますので」
「ちょ、ちょっと待ってよ! いくら小鳥遊ちゃんとはいえ、先に用事があったのはわたしだよ! だから、雲雀さんはわたしと話すべきです!」
「もっと前からわたしは雲雀さんと約束をしていますので」
「それならもっともっと前からわたしが約束してました!」
二人が言葉が交わる度にどんどん声量が増していき、話の趣旨がどっちが俺と話すのかだったのが、どっちが俺と一緒に居るのが相応しいかみたいな変な方向に行ってしまった。
おかげで周囲からは「え、なに二股?」「痴情のもつれらしいよ」「女装したからってさすがに……」「ないよなー」と変な誤解の噂が広まり始めてる。そもそも二人とはそんな関係じゃないんだけど! 声を張り上げて叫びたいが、それすらさせてくれる間もなく蕾と詩の謎議論が息継ぎをする暇がないほど繰り広げられている。
話の中心にいるはずなのに、なんで俺が一番部外者のように感じるのだろう。というか、詩さん? あなたの目的は蕾と仲良くなることであって、俺を取り合うことではないでしょう?
これ以上ないほどに、俺は可愛いというのは罪なのだと自覚した。
一つの感情、というよりも言葉が湧き出てくる。うずうず身体がジッとは出来ず、今すぐ二人の間に割って入って「自分のために争ないでー!」と言い出したくてしかたがない。
俺はやり取りをじっくりと観察をしつつ、ここぞというところに狙いを定めて言葉を挟んだ。
「二人とも、俺の為に――」
「ちょっと黙ってもらえるかしら」
「雲雀くんは静かにお願いします!」
「……ハイ」
剣幕に負けてしまい、俺は黙ることしか許されなくなってしまった。我ながら情けない。
だが、二人の言い争うところを見るのは気分が良いものではない。むしろ嫌に感じるどころか納得がいかないまである。
今からでも二人の争いを止めて仲良くなる方向に話を進めたい。何か利用できるものがないのか探しながら思考を巡らせるが、どこにもヒントはなく。二人が手を取り合う未来を思い描けることが出来ない。
ヒートアップする二人の攻防が耳に入ると、余計に焦りを感じてしまいどうしようという言葉だけが頭の中で反芻を繰り返す。
いくら考えても見つからず、もうダメだと頭がオーバーヒートしかけた時だった。
「何が起きてんのー?」
部活に行っていたはずの陽弦が教室に戻ってきたのを見つけてしまい、俺は居ても経ってもいられずに駆け寄って抱き着いた。
友達が一人同じ場所にいる。これだけでどうしようもないほどの安堵と頼り強さを感じて来て、自然と目の縁から涙が零れてしまう。頬に感じる陽弦の体温の温かさが落ち着きと心地よさを与えてくれた。
「ちょ、おまくっつくな! きもちわりぃ」
「陽弦ぅ……」
「クソ、女装姿が似合ってるだけに泣き顔も様になってるの腹立つなッ」
――ああ、この捻くれた喋り方は安心する。もういっそこいつの傍に一生いようか。それがいいかもしれない。ずっと陽弦に養ってもらおう。
疲れ切ってしまった心は、いくら女装しているとはいえ思いもしないようなことを考えてしまい、無意識に俺は口にしていたらしい。周囲の視線と二人の眼光が俺に突き刺さるのを感じてそのことに気付いてしまい、後々になってこの時の自分を呪いたいと思った。
だが、一つ功を奏したことを挙げれば二人の言い争いが止まったことだ。静寂だけが包む教室内はむず痒さを肌で感じ取れたが、それでも先ほどのような気まずさはどこにもない。
「やっぱ陽弦かぁ」
「勝手に納得するな。本当に何が起きてたんだ?」
「世の中にはね、知らないことがいいこともあるんだよ」
「少なくともお前に関りがあることだけはわかったわ」
「えっ」
「えじゃねえよ」
なんて会話をしていると、蕾と詩が並んで何かを話しているように見えたので耳を澄ます。
「一番の泥棒猫は彼だったのね」
「みたいですね」
「ここはひとまず、休戦といきましょう」
「わたしたちの決着は、その後に」
和解なのかはわからないが、ひとまずそんなやり取りと握手を交わしているのを見てこれ以上は何も起きないことにホッと胸を撫でおろした。
それにしても、泥棒猫とは誰のことなのだろうか。彼、ということは男なんだろうけど。思い浮かぶ相手が誰もいない。
ま、陽弦がいるからたぶん大丈夫だろう。
気楽に考えていた俺は、後になって陽弦からと蕾と詩の二人からと二回に分けられてなぜか説教を受けることになってしまった。
俺、悪いとこ何もなかったと思うんだけど……。
たぶん作者は真面じゃない
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