第10話 同じクラスの美少女と友達になれた
「小鳥遊さんの傍にいるから。どんなことがあっても、たとえ遠く離れることになったとしても、傍にいる」
「雲雀、さん……」
彼女の瞳が揺らぎ、水面に映るようにぼやけた輪郭の俺が反射する。
俺にはこんなことしか言えないし、今みたいに彼女の手を握ってあげるくらいのことしか出来ない。
静かな空間はどこまでも冷たくて、蕾が今すぐにでもどこかへ行ってしまいそうなほど感覚が抜け落ちていくような錯覚に陥る。現実感がない、というものではない。不安や恐怖が肌に伝わり、深い沼に浸食されてしまうような気分だ。
窓の外から見える曇天がより鬱屈としているように見えてしまう。
「俺は別にどんなことがあっても気にしない……わけではないか。実際に女装は嫌だし、おかげで容姿をいじられるのも腹が立つし」
「それは、ごめんなさい」
「ああいや、謝って欲しいわけじゃなくて。その、なんというか。確かに小鳥遊さんは俺をからかう時あるけど、でもそれは言動に対してであって人を貶すようなことは何も言ってないでしょ。小鳥遊さんの優しさを知ってるからって、これだと話が逸れてるね」
思わず苦笑いを零す。誤解されないようにと思っただけだけど、なんだか恥ずかしいことを言ってしまったと今になって羞恥心が襲って来る。
いい話風に持っていきたかったけれど、これでは台無しだ。カッコつかないなんて、見た目だけでなく心まで被るようになってしまったのか。とりあえず陽弦は許さないということで。
だが、こっちの空気の方がいいのかもしれない。どんよりと沈むよりは、少しくらい変なことを言ったって笑い飛ばせるくらいの方が。気持ちだって、幾分かは軽くなるはず。
俺の考えていることとは裏腹に、蕾の表情はどんどん陰っていく。彼女はまだ後ろめたさを感じているように見えてしまい、本当にこれでいいのかと俺まで後ろ向きな感情を持ってしまいそうだ。
それでも、俺は彼女に言葉を掛けないといけない。言葉が無理なら行動で。
たった今だけの、すぐ元に戻ることなのかもしれないけど。だけど、俺にとってこの一瞬こそが大事だから。
もしかしたら、きっとこの今を見逃したら俺は。蕾とは元の関係に戻れないと。そんな予感がした。
「誰からも愛されないというのなら、俺が愛のあるイジリを返すよ。愛したいなら、いつものように俺をイジってくればいい。たぶん、分け合うことこそが愛なんだと俺は思うから」
だから、俺と友達になってください。
割れやすいガラスを丁寧に置くように、この静まり返った空間にそっと声を乗せて囁く。
まるで空気を裂くように、蕾の目尻には涙が溜まり、俺の胸に顔をうずめて嗚咽を零した。何年、十何年と我慢し続けた彼女の感情がボロボロと落ちていく。重力に従って、ブレザーを、ワイシャツを、スカートを濡らして。
頑張ったねと呟いて頭を撫でると、より一層の激しさを増した。静かに彼女を抱き寄せる。いつも凛々しくて、真面目で、ちょっとからかい癖があって、たまに強引だけど、誰よりも幸せを得て欲しい一人の少女。
こういう時、女の子同士の方がもっと上手いことやれたのかなぁと思いつつ、今だけはその役目が俺であったことに感謝した。
ホームルームが終わりそうな頃になって、蕾は泣き止んだ。三分ほど涙で目を濡らしたせいか真っ赤に染まり、俺の制服には涙の痕が出来ていた。
このまま教室に戻ると変な誤解を与えそうだな。体操着にでも着替えてから向かうとするかね。
なぞるように痕に指を添えると、冷たいはずなのに、彼女の温かさを感じた。
「まったく、乙女の泣き顔を覗くなんてサイテーよ」
蕾もいつもの調子に戻ったようで、また変に俺をけなそうとしてくる。
やっぱり、こうでなくちゃな。まだ鼻をズビズビ鳴らしながら、声もまだガラガラしているけれど。やっといつもの感じが返ってきたなと感傷に浸ってしまいそうだ。
「でも、私も一つあなたの弱みを握ったからおあいこね」
「え、俺の弱み? 何かあったっけ?」
「あら、気付いてないの? あなた、私にイジって欲しいのイジられるだのさんざん言っていたでしょ」
「え、いや、あれはそういう意味じゃなくてだなっ!」
「つまり雲雀さんはドMということね」
「ちが、そういうことじゃない! 第一、イジるといっても──」
「ナニをイジるって言うんですか!?」
なんともタイミングが悪い、いや良いとも呼べなくはないが、そんな時に限って詩が保健室に入ってきた。
本当に、なんでこういう時に、しかも言ったことが聞こえているのだろうか。誤解されたら学校側に責任取って欲しいよ。
「大丈夫よ詩さん。私が彼をイジるだけだから」
「それがダメなんでしょ!? 雲雀くんをイジっていいのはわたしだけだからね!」
「誰も許可した覚えないんですけど!!」
「だったら、つい先程許可を得た私は大丈夫ね」
「わたしだって雲雀くんも小鳥遊ちゃんもイジりたい!」
「なんで私までっ」
詩がヤケクソになったように俺たちが座っているベッドに向かってダイブしてきた。おかげで俺たちは横になってしまい、制服が皺だらけになりそうだ。
というか、詩は俺のことを完全に女子だと思っていないだろうか。男だということを頭に入れて置いてほしい。いや、もうほんと切実に。
でも、まあ。
蕾と詩が笑い合う姿を見て、俺はなんだかんだこの日常が好きなんだなと改めて実感した。
ぜひとも次の話を読んで欲しい
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