第5話 同じクラスの美少女は放課後姉妹デートをしてみたい
何も用事はないし、さっさと家に帰ろうと荷物を背負って教室を出ようとした時だった。放課後ということでマナーモードを切ったスマホから通知音が鳴る。アプリや携帯会社からのメールではない、LINEの通知。誰からだろうと画面を開くと、蕾からの連絡でたった一言【昇降口で待ってる】と不穏な要素しかない意味深なメッセージ。
この一瞬にして、俺の平穏な放課後ライフは遠のいたのだと嫌でも悟ってしまった。
軽かったはずの足取りが今は重い。過負荷状態の重力トレーニングしてるのかってくらいには気が遠くなる。
昇降口に着くと帰宅する生徒で大渋滞が起きていた。そういえば、今日はどこの部活も休みだったっけ。うろ覚えな記憶だが、月に一度の長い職員会議の兼ね合いでみたいな話を聞いた気がする。
なるほど、それなら人が多いのも納得だ。兎にも角にも、蕾には見つからないようにひっそりと靴を履き替えて敷地をまたぐとさせてもらおう。
と思っていたのに、早々に蕾の姿を見つけ、蕾の方からも俺が見つかった。彼女は目立つからこちらから視認することは何もおかしくないのに、なぜ同じタイミングで俺と目が合うことに成功するのか。
わいわい騒ぐ軽快な荒波の中で一人気を重くしていると、一向に蕾が来る気配がない。ラッキーだと思うよりも先に、何かあったのかと心配をしてしまうあたり俺は相当なお人好しがバカのどっちかなのだろうと苦笑が零れた。
もう一度彼女の方に視線を向ける。眉尻が下がり、どう対応すればいいかわかっていなさそうな不安と迷いが奥底で見え隠れしている瞳。近くにはおそらく二人組の男子生徒。
ああ、もうなんて面倒なんだ。お前ならズバッと断って終わりだろ。
苛立ちを覚えながら彼女の方へズカズカ進み、男子生徒たちの前に塞がるように横入りして蕾の手を取った。初めて触れた自分から触れた彼女の手は、酷く冷たくて。でも、なぜか温かいような気がした。
「何やってるのさ、一緒に帰る約束しながら待たせるなんて」
「ひばり、さん……?」
目を見開いて驚く彼女を、俺は今後も見れるだろうかと考えてしまうくらいに誰の目から見ても狼狽えていた。
男子生徒たちも突然の邪魔に不快を示した鋭い目つきと歪んだ口許を隠そうともせず、露骨なまでに見せつけてくる。
ああ、そんなんだから蕾には相手にされないんだよ。そんなことを言ったら、雲雀さんが私の何を知ってるのかしら、なんてツッコミが返ってくるような気がして頭の中で流れてくる。そんな会話を想像するのが容易いくらいにツッコミとボケが逆転するところまで浮かんでしまう。
「ほら、早く行かないとカラオケが満席になっちゃうよ!」
「え、あのちょっと……」
「というわけで、申し訳ないけど俺が先約だったから。ごめんね」
彼女の手を引いてこの場から離れる。人々の隙間を抜くように移動し、ちゃっかり靴を履き替えてつつ学校の敷地から外に出た。
昇降口の方へ振り返ると、アイツらは追ってきている気配がない。これで観念して欲しいものだ。執拗に迫る男は嫌われるぞ。
「大丈夫か、小鳥遊さん」
「えぇ。平気、だけど……どうして?」
「知り合いが困ってたら、その、なんとなく身体が動いてた」
「そう、てっきり向こう側に加入して私を陥れようとするのかと思ってしまったわ」
「アンタの中で俺はどういう風に思われてんだよ!」
「女装趣味の妹、かしら」
「それどっちも俺の意思関係ない!」
「……ふふ」
やっと笑ってくれた。いやその理由がくだらなく俺に被害がある会話というのが何とも言い難いけれど。
指先から伝わる彼女の熱はドンドン増していく。平然としているけれど、蕾だって怖いものは怖いと感じるだろうし、嫌なものは嫌なはずだ。
こうして彼女の力になれている事を、不本意ながらも嬉しいと感じたのは口にしない。したらきっと、からかわれて終わるだけだろうから。
「それで、いつまで手を握ってるのかしら」
「え……あ、ごめん!」
「慌てて放す必要はないのだけど、貴方にとって私は一秒でも触れたくない存在なのね」
「いや、そんなことはな──それどう答えても俺詰んでない!?」
「よくわかったわね」
「わかりたくないよそんなこと!」
「世の中ってそういう風に出来てるのよ」
「何いい話そうに締めてるのさ! 中身どうでもいいことなのわかってる!?」
「ええ、もちろん。貴方が私にセクハラするのはこの前の仕返しで、やってやり返すの関係こそが姉妹として理想なのだという話でしょう」
「違うよ!? 何もかもが違うからね!?」
やっぱ助けなくて良かったのかもしれない。俺はなんで無理にでも間に入って蕾の手を引いたのだろう。
チラッと顔を窺う。教室にいる時のような表情があるのかさえわからないほどの真顔だというのに、どこか楽しげな様子が伝わってくる。
はあ、どうやら俺は彼女のそういう所には弱いみたいだ。蕾が楽しいなら、嬉しいなら良かったと思ってしまう自分がいることがむず痒さを感じさせる。
「それで、呼び出した理由は何?」
LINEのやり取りを写したスマホの画面を見せる。
「特に深い理由なんてない」
「じゃあなんで」
「……貴方を困らせたかった?」
「疑問符浮かべてるのも、理由がそれなのもツッコミどころしかない……」
「諦めないでツッコミなさい」
「アンタが無茶ぶりするなよ!」
本当に助けなきゃ良かった!
蕾を無視して帰ろうとすると、「どこに行くのかしら」と呼び止められた。
まだ何かあるのか。
「今度はなんだ」
「そう睨まないで欲しいのだけど。言いたいことも話せないわ」
「そういうタチじゃないだろ」
「……まあいいわ。それよりも、行くのでしょ。カラオケ」
「……あっ」
咄嗟に浮かんだ言い訳だけど、蕾はわざわざ覚えてたのか。
たったそれだけのことなのに、どうしてか胸のあたりがポカポカと陽気に包まれるような感じがする。ただの口実、些細なことだというのに。
「わかった。せっかくだし行こうか」
「貴方にはアイドルソングを歌ってもらおうかしら。振り付きで」
「わかるものなら──ってやめてくれ!」
そんな風に何を歌うか、なんて会話をしながらカラオケに寄った。結局、アイドルソングを数曲入れられ本当に振り付きでやらされたことは今後も根に持つことになるだろう。
だけど、それでも楽しいと感じるほどには彼女と打ち解け始めたのだと今になってそう思えた。
何も言葉が思いつかない
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