第4話 一緒に昼休みを過ごしたがる同じクラスの美少女
言われた通り昼休みに被服室へ行くと、すでに蕾が席に座って待っていた。扉の窓越しでもわかる彼女のピンと張りつめた弓のように正された背筋と、廊下からでも微細な動きすら感じさせない気品漂う厳かな雰囲気は何人たりとも寄せ付けなさそうに感じてしまい、引手に指をかけただけで肌がぴりぴりする感覚が襲って来る。
前までの俺なら、蕾は一人でいたいからこんなにも近づくなオーラを出しているのだろうと思っていたのかもしれない。でも、今の俺は彼女にそんなイメージを抱くことはなく、むしろ来るのが遅くて怒っているのではないかと直感が働いた。もしそうだったら謝罪だけで許されるのだろうか。
恐る恐る慎重にスライド式のドアを開き、被服室の中に入って閉める。なるべく足音を殺しながらゆっくりと近づくが「いるのでしょう」と声を掛けられてぎょっとしてしまう。
後ろに目でもついているのだろうか。それとも気配だけで感じっとったのか。どちらにせよ恐怖を感じるには十分だった。
「お、遅れてごめんなさい」
「何で謝るの」
「え?」
「購買に行って来たのでしょう? なら私より遅いのは必然。違うかしら」
蕾は俺の方に振り返り、腕に抱えてあるパンを一瞥してから俺と目を合わせた。
昨日の今日で何がわかるか、というまだ関係値は薄いけれど、何となく彼女がどういう人物かはわかってきたつもりである。
たぶん、俺といる時の蕾の方が素なのだろう。教室に居る時や衆人観衆の目がある時に振舞う凛としているクールな彼女ではなく。
俺としてもいつもの彼女より、昨日あんなことをされたせいで今のように物腰柔らかい態度の蕾の方が好感を持てる。そう、つまり昨日のあれは必要だったセクハラというわけだ。失ったものがでかいくせに得たものがこれとか割に合わなすぎるだろ。
小さくため息を零しつつ、でもなんだかんだ蕾の態度になれつつあるからこそ苦笑交じりに彼女の対面に腰を下ろす。
「それで、どうしてここに?」
「本題に入る前に、私に言うべきことがないかしら」
「言うべきこと?」
彼女の言葉に小首をかしげる。
さっぱり心当たりがない。昨日、毎日何かを言う的な約束をしてないし、何か機嫌を損ねるような態度を取ったつもりも毛ほどない。
だとしたら何を望んでいるのだろう。
漠然と何かを考えつつ蕾をジーっと見ていると、彼女は呆れたように顔を顰めて眉間を寄せた。
俺を見るなりつい癖でリボンではなく付けてしまったネクタイを掴まれて顔を近づけられる。鼻と鼻がぶつかりそうなまでの距離、彼女の宝石のように輝く瞳が反射するように俺を映し出す。
なんて綺麗な眼なのだろう。眼前に迫っているというのに、最初に思ったことが鏡のように輪郭さえ見えてしまうほどの瞳についてだった。
「あなた、私をお姉様と呼ばなかったのはどういうことかしら」
だけどすべてを台無しにするように、蕾は怒った口調でそんなことを言ってくる。
「お姉様」
「今じゃない、教室にいる時よ」
「言えるわけないだろ! 周りに人がいたんだぞ! 聞かれて誤解でもされたらどうすんだよ!」
「その時はあなたの性癖に付き合ってると言って全部の責任をなすりつけるわ」
「ひどっ、何もかも俺じゃないというのに」
「世の中ってそういうものでしょ」
「そんな世知辛いこと言わないで……」
急に心理に辿り着いたようなことを言わないで欲しい。反応に困るし、万が一教師にでも聞かれたら後が大変そうだから。
机の上に突っ伏す。頬に当たる冷たさが心地よくてずっと浴びていたいと感じる。あぁ、反対側からも何か冷たいものが当たって気持ちいい。そうそう、段々と肌に張り付くようになって、まるで皮膚と一体化するように――
「何を人の頬につけてるんだよ!」
「保冷剤だけど」
「なんでそんな冷たいんだッ、普通はもっと溶けてるだろ」
「そういうものなの」
「ツッコミづらい返答やめて欲しい」
「善処するわ」
しないやつなのがわかってるのでスルーしよう。
というか、一向に本題へ辿り着くことがないのだけど。
「いい加減、本題に入らない?」
「今のがそうだったからもういいわ」
「なんだよそれっ」
「まあ本当の本題もなくはないけど」
「どっちなんだよ一体」
「あなたが思う方が答えなんじゃないかしら」
「意味が分からんから」
「こういう会話って思ったよりも楽しいものね」
急な彼女の心からの言葉に、俺は思わず息を呑んで何も返すことが出来なかった。寂しそうにどこかを見つめる彼女の瞳がそれを物語っている。
俺は彼女に何と言えばいいのか。言葉の断片を見つけては口を開き、でもこれでいいのか思い止まってしまい閉じてしまう。そうやって何回も繰り返すと次第に口は開かなくなり、頭の中でごちゃつく言葉が整理できなくなる。
悩んでいる俺の姿に蕾はクスっと笑みを漏らし、ほんのわずかに微笑を浮かべたことを見逃さなかった。
「やっぱり、あなたを妹に選んで良かった」
「なりたくなかったけどね」
「きっと私は、あなたなら愛するとはどういうことか知れると思うから」
「それってどういう――」
言いかけたところで蕾が弁当を広げ、ばっさりと「いただきます」と合掌したことで聞く機会を与えられなかった。食事中は常に無言、食べ終わると何とかLINEの交換は出来たけど、さっきの言葉に着いては取り付く島もなくスタスタ教室に戻ってしまった。
愛することがどういうことか、か。
あの時そう呟いた彼女の顔が、とても苦しそうに歪めていたことが脳裏に焼き付いてしばらくの間離れることはなかった。
今更だけど、この作品は別のサイトでも上げているので。何ならそっちの方が話数かなり進んでます。
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