第2話 同じクラスの美少女は妹を欲しがっている
いったい目の前の人は何を言っているのだろうか。
え、妹? 俺に対して妹になれと言ったのかこの人。男が妹になれるわけないじゃないか。
……そうだった、俺は今女装しているんだった。
妹になれるじゃん、外見的に。
「えっと、お姉様?」
「ッ! あなた、本当に最高ね。今すぐ抱きしめたくなってしまうわ」
「やめてね? 俺、男。セクハラで訴えられたくないから」
「安心してちょうだい。セクハラされるのはあなただから」
「ちょっと待ってそれってどういう――」
言い切る前に、頬に添えられていた手が離れて制服の下に侵入してくる。腹部を触られる感覚がまるでシルクを扱うようで、優しいのに妙なくすぐったさと、指先がへそをいじり出して、なんだかえっちな気持ちが湧いてくる。
声を上げたい。でも上げることが出来ない。
もし漏れ出てしまえば、通りすがった人にこの光景を見せることが出来る。そうすれば助かるのに、犠牲になるのは俺の学校的立場が危うくなるという高リスク。引き換えになんて絶対無理だ。
そう、いくらこれからの学校生活は女装姿だからって、今からなのと明日からなのでは気持ち的な構えと整理が不備だらけなのだ。今だけは我慢しないと。
「……フー、フー、ンァッ。ヤ——ンンッ!」
あぁ、見た目は美少女なのに声変わり済みの男声のせいか興奮しない。
女装の問題点は声帯だったか。今度女声を出す練習でもしておくとしよう。
それから数秒もの間はいじられ続け、解放された時彼女はとてもご満悦そうにしていた。本当にセクハラどころか痴漢もいいところだよ。学校だからなんて言い訳も、ぱっと見同性だからという免罪符もすべて破り捨てて訴えてやろうかな。
「ごめんなさい、あなたがあまりにもいい反応をするものだからやり過ぎてしまったわ」
「何の弁解にもなってないんですけど!」
「何を言うの。私を昂らせるような反応をするあなたが悪いのよ」
「暴論過ぎる……」
ゆっくりと立ち上がる。
もう少しで腰が抜けそうだったけど、寸前のところで止まって良かったと心の底から感じるよ。
「本題に戻るのだけど、どう? 私の妹になる気は」
「お断りさせていただきます」
「どうしてか理由を聞いても」
「あくまでも俺は男です。男が妹になんてなれません」
そもそも身が持たなそうなので遠慮したい。こんなことが頻繁に起きたら彼女に襲われかねない。いや、本当にマジで。
「そう、あなたはそう言うのね」
「なので、妹にする人物は別に探していただいて――」
「だったら、取っちゃいましょうか」
「え、何を?」
「具体的には言えないのだけど、身体そのものを女性にするためには不必要なもの、とでも言えばいいかしら」
「本当の妹にさせようとしないで!」
「それが嫌ならば、あなたには私の妹になる選択肢しか許されてないの」
「最悪過ぎるだろそれ! どっちも嫌なんですけどッ!」
「つまり、私の秘密を知ってしまったあなたは周りに言いふらして私の学校での立場を失くそうというのね」
「いやそんなことは微塵も考えてないです」
「こうなってしまっては仕方がない。手術費用っていくらなのかしら」
「あの話を聞いて――拒否ったらそっちになるの!?」
「当然でしょう?」
「いやそんな当たり前のように首を傾げられても……」
俺はこれからもずっと男として生きていくと決めているんだ。今更去勢だなんてするわけがない。
こうなってしまっては腹をくくるしかないようだ。
「はぁ、わかった。妹になるよ」
「賢明な判断ね」
「ただし、条件がある」
「何かしら」
「あくまでも俺が女装している期間だけだ。それが過ぎたら、姉妹関係は終わり。いい?」
「……仕方ないわね。あなたの言い分もわからなくはないもの」
「え、そうなの?」
「女装姿が完璧だから妹にしたいのであって、それ以外に興味はないもの」
「さいですか」
それはそれで本来の俺には何の価値もないみたいで悲しいかな。
少しくらいはいいところが、いいところが……いい、ところ。ヤバい、いつも提出物言われるまで出さない奴にいいところなんて無いんだけど! むしろダメなところしか思いつかない!
あ、一つだけあったじゃん。女装が似合うところ。
どうしようもない現実を前にため息を吐く。
どうやら蕾は俺が承諾したことに満足したようで、あれだけ言葉を捲し立てるほど冷めやらぬ熱を持っていたのに、今ではスッといつもの冷静で静かながらに凛とした佇まいへと戻っていた。
あぁ、これからはこの人を姉だと思わないといけないのか。
そう考えるとなんだか複雑な気持ちが湧いてくる。同級生を姉と思うこと、自分が妹役であること、これから女装しないといけないこと。
今日だけで、放課後だけで色んな情報が押し寄せてきて頭の中はパンクしそうだ。尤も、脳内容量の大半を消費したのは普段とは違う蕾の一面を見てしまったことである。俺が、というよりも全校生徒の誰もが抱いていた彼女への造詣が悉く瓦解された。そして、頭のおかしい変人であるという受け入れがたいようでなぜかもう慣れてしまった事実に驚きを通り越して受け入れてしまう始末。
だが、なんとなく妹を強要してきた蕾の方が関わりやすいと感じた。
そんな一番の問題が被服室を出ようとするので、その場に立ったまま彼女の背中を見つめる。
「それじゃあ、明日からよろしく頼むわ。愁ちゃん」
「……その呼び方はやめてくれ」
こちらに振り返っている蕾は俺の言葉に何も返さず、別れ際に微笑んだかと思うと廊下の奥に消える時には無表情がチラッと見えた。あぁ、よく知ってる蕾の顔だ。
俺一人しか残ってない被服室には熱の籠った湿気のようなものだけが漂っていた。
暑い、というよりも息苦しい。最後の一瞬にして緊張感を与えて来るとか、使いどころのない器用さを見せつけられるとは思わなかった。
その場に崩れ落ち、スカートの中身が見えないように姿勢を整えつつへばっていると、蕾が来た途端にどこかへ逃げ出した人情のない奴が返ってきた。
へらへらとした顔と態度を見るに、どうやら彼女には会っていないみたい。いっそばったり邂逅して説教に十個やニ十個は受けて欲しいものだ。
「いやぁ、悪い悪い」
「そう思ってんなら逃げるな」
「じゃあ前言撤回しよう」
「なんだこいつ」
陽弦にジト目を向ける。
ヒューヒューと口笛を吹いて目を逸らしているが、やけに上手いせいで気分が壊れる。こういう時は拭けないのが鉄則なのに、指先が器用だと口先も器用になるのだろうか。それだと言い訳という意味になるか、どちらにせよ同じだ。
呆れて陽弦に対し何も言えず、俺は顔を顰めながらこめかみに指を当てた。
それからは事の顛末を話した、蕾の妹になることは誤魔化しつつ。女装姿を褒められたことも打ち明けると「やっぱりな」と後方理解者面した厄介な奴になったので一発脳天に手刀を入れてやった。俺の手刀はかなり痛いのを自覚しており、我慢強い陽弦でさえ涙目になりながら「もう二度とするな!」と言われてしまった。
軽く謝りつつ、これからの学校生活を女装して過ごすのに必要なものがあるということで買い出しに出かけて帰宅する流れに。
……もちろん、帰る時には男装に戻りましたとも。さすがにまだ心の準備が出来ていないので。
あぁ、これからの女装生活は先が思いやられそうだ。
嫌に思っているはずなのに、被服室での蕾を思い出してしまったせいで不覚にも俺の口角は吊り上がってしまった。
女装男子が妹になりましたね。
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