第1話 同じクラスメイトの美少女の様子がおかしくなった
新連載です
「頼むよ愁……今回だけ、今回だけだから。な?」
「そんな先っちょだけみたいな頼み方すんなよ。そもそも、嫌なもんは嫌だ」
春先を過ぎ、段々と梅雨入りしそうな頃。
唯一の友達と言っても過言ではない同じクラスの鹿乃陽弦が顔の前で両手を合わせ、今まで見たことがないほど深々と頭を下げてきた。
こいつとは昨年――高校一年の時から同じクラスで、一年の時の席替えで隣同士になってから仲良くなった。感覚が近いから、要は馬が合うというやつだ。
遊びに行くことや昼飯を食べる時は一緒にいることが多い、俺の貴重な友達。だから、そんな友達の頼みなら出来る限り応えてあげたいとは思うのだが、如何せんこいつの頼みのほとんどが俺のライン越えばかりなのでノーを突き付けることの方が多くなってしまった。
その頼みというのが――
「一回くらいいいじゃないか、女装するだけなんだからさ」
「それが嫌だって言ってるんだよ!」
こいつは執拗なまでに俺を女装させようとしてくる。
陽弦は昔から服が好きみたいで、コーディネートはもちろんのこと。自分で一から作ってしまうくらいにはデザイン性も兼ね備えている。そのため、部活は当然ファッション部だ。
そして、俺はそんな奴に一年の時から目を付けられている。悉く陽弦の頼みは女装ばかりだからすべて断っており、一度も袖を通したことがない。
一般的な俺が普段着にしても合いそうな服だったら喜んで受けるのだが、女装となると話は変わる。
なんで俺なのか。疑問に思いながらため息を吐くと、ファッション部顧問である家庭科の先生が教室の顔を覗かせ「鹿乃さんはいますか?」と陽弦を呼ぶ声が聞こえた。
本人は心当たりがあるのか、困った笑みを浮かべながら息を漏らしている。
「相変わらず頑なだなぁ。しゃーない、気が変わったら教えてくれよな!」
また後でと言うように右手の手のひらを俺に見せて廊下へと消えて行った。
これで安寧が戻った。余計な体力を使わずに済む。
安堵しながらべたぁと机に突っ伏すと、今度は陽弦じゃない別の人物が「雲雀さん」と俺の名字を呼んでくる。このクラスで俺に話しかける人物なんて陽弦以外にもう一人しかいなく、誰かわかった瞬間には思わず身体が強張ってしまった。
恐る恐る顔を上げると、それは端正の整った顔立ちと、黒髪ロングと如何にもな委員長をやっていそうな雰囲気を醸し出すクラスメイトの女子が立っていた。
小鳥遊蕾。委員長をやっていそう、ではなく実際にうちのクラス委員長をやっており、成績は優秀。人と接するときは誰にでも等しく、淡白としていながらも誠実さを持って話しかければ相応な態度で応えてくれる。見た目も相まってか、学園の美少女の一人として校内ではかなり知名度のある人物。
そんな人が俺に話しかける理由なんて、心当たりは一つしかない。
「今日提出の数学の課題が出ていないのだけど」
そんなことですよねと内心ちょっと残念に思いながらカバンから課題を取り出して彼女に渡した。
まあ、最初から期待なんてしていないから大丈夫なんですけどね。本当ですからね!
「……ちゃんとやってはいるのね。今度からは私が回収しに来る前に出しておくように」
「わ、わかりました」
蕾はフンと鼻を鳴らして踵を返し、課題を提出しに行くべく教室を出て行った。
彼女の姿が見えなくなってからようやく張っていた気が解け、力なく再び机の上に突っ伏した。
たった数秒話しただけでこの疲れ具合。相変わらず彼女が放つ品行方正オーラを前にしては嫌でも背筋が伸びてしまうな。
噂に違わず美少女なのに、そう感じてしまうのは俺だけなのだろうか。
もう少し力を抜けばいいのに。今みたいな彼女とはあまり関わりたくないなぁ。
――なんて思っていたら、俺の思い浮かべていた小鳥遊蕾という人物の見方を変える出来事が起きた。
それは数日後のことだった。
「おい陽弦、騙すなんてきたねぇぞ!」
「悪いとは思っている。だがな、世の中ってのは騙される方が悪いんだ」
女装はさせないから、ちょっと放課後被服室に来てくれないか?
そんな陽弦の言葉を信用してホイホイついて行ったのが間違いだった。教室に入った瞬間、俺の身体は拘束され、戸惑っているうちに陽弦の手によって俺は制服から女子用の制服へと着替えさせられていた。ご丁寧にセミロングのウィッグまで被せて。
備え付けの全身鏡の前に立たされ、女装姿の自分を見せつけられる。
正直、似合ってはいる。それはもうまごうことなき美少女と呼ぶに値するほど、女装だとは思わせないほどの人物が目の前に立っていた。鏡越しに。
こんなものを見せられて不満や不服はあるものの、それ以上に俺の中で何かが崩れ去り開いてはいけない扉がこじ開けられそうになっていた。女装するのは嫌だと拒んでいたのに、今度陽弦にも同じ目に合わせてやる。
だが、一つ違和感とも言うべきか。疑問に浮かぶことがあった。
「なあ陽弦、これって普通の女子用制服だよな」
「なに当たり前のことを聞いてんだよ」
「当たり前じゃないから聞いてんだ。って俺が気になるのはそこじゃなくてだな。お前のことだから、てっきり自作の服を着せられると思ったいたんだけど」
「あぁ、そういうことか」
「着せられない理由でもあるのか?」
「なんでちょっと乗り気なんすか」
「ちちち違うわい!」
一回身に纏ってしまったから抵抗が薄れてしまった、なんて口が裂けても言えない言えるわけがない。
もしポロっと口にしてしまった暁には、女装姿の自分しか愛せない体になってしまうかもしれない。そんなことになったら、俺は一生彼女なんて出来ず、自己愛欲に塗まれて生きていかなきゃいけなくなるんだ。
そ、そんなことに俺はならないからな! 絶対に!
「まあ愁が女装にハマったのは置いといてだな」
「ハマってないって!」
「着付けの問題があるから、女装に慣れてから着てもらおうと思ってる」
「あぁそういう。確かに、慣れないものを急に扱うとテンパって、最悪の場合壊しかねないからな」
「……やっぱちょっと乗り気だろ」
「だから違うって!」
お、俺はそんな誘惑に負けたりしないんだから!
目尻に涙を溜めながら陽弦をキッと睨むが、鏡に映る俺の姿があまりにも煽情的で加虐心を駆り立てられそうになる。
色々と調子が狂うな。
それもこれも、俺が可愛いのがいけないんだ。そしてそんな俺を可愛くさせた陽弦が一番悪い。結論が出たな。
まったく、こんなん俺じゃなかったら性癖おかしなことになるぞ。
「それでどうだ? ひとまず制服には慣れたか?」
「まあ一応? 基本的な作りはあまり違いないのか、そんな動きにくさとか感じないし」
「最初に言及するのがスカートじゃないのがもう」
「よくスース―するとか言うけど、風がないからか何も感じないし。むしろズボンより快適さえあるかも」
「……友人もびっくりな慣れの速さで開いた口が塞がらない」
じゃあお前も着てみろよと言いたかったが、こいつにはここ一番のドデカイ舞台で女装させよう。
俺がそう心に決めた瞬間だった。
「あ、そうだ」
「まだなんかあるのか?」
「なんでちょっと嬉しそうなのさ」
「い、嫌がってるんだけど!」
ほ、本当だからな!
「まあいいや。とりあえず愁、お前にはこれからの学校生活はその恰好で過ごしてもらう」
「ちょっと待て」
「安心しろ。学校側も保護者からの許可も得ている」
「頭おかしいんじゃないの?」
俺が女装にハマりそうなのと、それを公認の許でというのは話が違う。
というかうちの親にいつ許可得たんだよ。そしてなんで許可してんだよ。自分の息子が娘になってもいいのかよ。
さすがに常時この格好は俺のライン越えで、今すぐその許可を取り消すようにしろと詰め寄りかけるとコンコンとノックをする音が響く。「失礼します」と聞き覚えのある声と共に、今の俺の姿を一番見られたくない人が現れてがっつりと目が合った。
彼女の目線が下へと移動し、再び俺と目が合うと彼女が手に持っていた紙の束がバサッと床に散らばってしまった。
「た、小鳥遊さん? その、大丈夫?」
さすがに引かれただろうか。
いや、当然とも言えよう。クラスメイトに女装趣味の奴がいましたなんて事実、受け入れるのに時間が掛かるのは必然。
これからは陽弦だけが救いの学校生活を過ごすことになってしまうんだ。
……あれ、今まで通りじゃね?
「その声、雲雀さん?」
名字を呼ばれ、肩をビクッと震わせた。
蕾は大きく目を見開いて俺をジッと見てくる。
落ちた紙を一切拾おうとする素振りはない。
これは一体どういう反応なんだろうか。
陽弦に助けを求めようと、あいつがいた場所へ振り返ると誰もいない。その代わりに近くのドアが開かれていた。
――あの野郎、逃げやがったな!
コツっと彼女が俺の方に一歩足を運ぶ音が響く。
本能が危険信号を発し、額から冷や汗を流しながら俺は一歩後ずさる。だけど彼女はどんどんにじり寄って来て、気付けば俺の背中は壁にぶつかり逃げ場が無くなっていた。
しまった、と思っているとドンッと顔の横に彼女の右手が着いていた。所謂壁ドンというものだ。人生で初めて受けたが、こんなにもときめかないことはおろか、恐怖心が膨れ上がるとは思わなんだ。
ダラダラと流れる嫌な汗。背中はすでにぐっしょりとしていて、返って気持ち悪さを感じさせてくる。
俺はこのままナニを……あ、いや、何をさせられてしまうのだろう。ま、まさか同人誌のような展開に!
なーんて、そんなわけないだろ。蕾に対して失礼な妄想を浮かべたことに自分自身へ嫌気を刺していると、スッと彼女の左手が俺の頬に添えられた……ちょっと待って、本当に同人誌のような展開が始まるわけじゃないよね!
あまりの出来事に驚きと恐怖が入り混じっていると、ポツリと彼女は「完璧ね」と呟く声が聞こえた。
完璧ってどういう意味なんですか!?
何がなんやら、聞けずにいると彼女は俺から離れてフッと笑みを零しながら、予想することなんて不可能なことを言い出した。
「雲雀さん。ぜひとも私の妹になるつもりはないかしら」
「――は?」
女装男子のハーレムものです。
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