第四話 真実
翌日。
陽向はいつものように公園へ向かった。
胸の奥が、ざわつく。
昨日見た花束。
頭をよぎったブレーキの音。
理由は分からない。
でも、何か大切なことを忘れている気がした。
「結衣!」
公園へ着くと、結衣がいつものように手を振る。
「おはよう!」
「……おはよう。」
陽向は笑い返した。
けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「どうしたの?」
「いや……。」
「なんでもない。」
結衣は少しだけ寂しそうに笑った。
⸻
その時だった。
「陽向!」
後ろから声がした。
振り返ると、拓真が立っている。
「拓真。」
「ちょっと話せるか。」
「ああ。」
その声は震えていた。
「悪い、結衣。」
陽向が振り返る。
結衣はいつものように笑う。
「行っておいで。」
「すぐ戻る。」
「うん。」
⸻
少し離れたベンチ。
拓真は何度も口を開いては閉じる。
言いたいことはある。
でも言えない。
そんな表情だった。
やがて静かに口を開く。
「陽向。」
「お前……最近、公園によく来てるよな。」
「うん。」
「……一人で。」
陽向は苦笑した。
「何言ってんだよ。」
「結衣といるじゃん。」
拓真は目を閉じた。
拳を強く握り締める。
そして、小さく呟いた。
「……もう、いいだろ。」
⸻
その瞬間だった。
ズキッ――
激しい頭痛が走る。
「あっ……!」
視界が揺れる。
桜。
公園。
空。
全部が白く染まっていく。
そして――
止まっていた時間が、一気に動き出した。
⸻
秘密基地。
「陽向ー!」
「また転ぶぞ!」
「転ばないもん!」
笑い声。
夏祭り。
三人で食べた焼きそば。
金魚すくい。
帰り道。
夕暮れ。
信号。
「じゃあね!」
結衣が笑って手を振る。
その瞬間。
キィィィィッ!!
耳を裂くようなブレーキ音。
悲鳴。
眩しいヘッドライト。
「結衣!!」
伸ばした手は届かない。
⸻
病院。
白い天井。
泣き崩れる母親。
静かに肩を落とす父親。
黒い服。
白い花。
棺の中で眠る結衣。
「嫌だ……。」
幼い陽向は泣き叫ぶ。
「起きてよ……!」
「約束したじゃん!」
「高校生になったら!」
「また遊ぶって……!」
返事はなかった。
泣き続ける陽向の背中を、
幼い拓真が何も言わず、そっとさすっていた。
⸻
「違う……。」
陽向は震えながら首を振る。
「違う……。」
頭の中に浮かぶ。
病院。
葬式。
遺影。
泣き続ける自分。
全部、本当にあった。
全部、自分が閉じ込めてしまった記憶だった。
「結衣は……。」
陽向の声が震える。
「……死んだんだ。」
その言葉を口にした瞬間、
涙があふれ出した。
拓真は何も言わず、小さくうなずいた。
⸻
「じゃあ……。」
「今まで一緒にいた結衣は……。」
答えは、もう分かっていた。
悲しすぎて。
受け入れられなくて。
だから自分の心が、
『もし結衣が生きていたら、高校生になった結衣はこんなふうに笑っていただろう。』
そんな姿を作り出していたんだろう。
⸻
陽向はその場に崩れ落ちる。
「俺……。」
「ずっと……。」
言葉にならない。
拓真が隣に座る。
「俺も辛かった。」
静かに言う。
「お前のお母さんも。」
「お父さんも。」
「みんな辛かった。」
少し間を置く。
「でも。」
「一番辛かったのは、お前だった。」
「だから誰も無理に思い出させなかった。」
「いつか、自分で前を向ける日が来るって信じてた。」
拓真の目からも涙がこぼれる。
「……俺だって。」
「もう一回、三人で遊びたかった。」
陽向は何も言えなかった。
ただ涙が止まらない。
⸻
その時だった。
ふわりと春風が吹く。
陽向はゆっくり振り返る。
少し離れた場所に、
結衣が立っていた。
いつもの笑顔。
「……結衣。」
結衣は優しく笑う。
「思い出した?」
陽向は涙を流しながら笑った。
「……ごめん。」
「ずっと忘れてた。」
結衣は首を横に振る。
「忘れてたんじゃないよ。」
「陽向は、頑張ってたんだよ。」
その言葉だけで、
陽向の涙があふれた。
「ありがとう。」
「それと……。」
「ごめん。」
結衣は少し困ったように笑う。
「そんな顔しないの。」
「陽向には、笑っててほしいな。」
春風が髪を揺らす。
結衣は少しだけ空を見上げ、
もう一度陽向を見る。
「高校生、おめでとう。」
「いっぱい友達作って。」
「いっぱい笑って。」
「高校、楽しんでね。」
陽向は涙をぬぐい、
小さく笑った。
「ああ。」
「約束する。」
結衣は嬉しそうに笑う。
「うん。」
「約束だからね。」
その姿が少しずつ薄れていく。
「結衣!」
思わず手を伸ばす。
でも、追いかけなかった。
もう分かっていたから。
「……ありがとう。」
結衣は最後まで笑顔だった。
春風が吹く。
桜の花びらが舞う。
風が止むと、
そこにはもう誰もいなかった。




