第三話 止まった時間
高校の入学式まで、あとニ日。
「陽向ー、ご飯できたわよ。」
朝、母さんの声で目が覚めた。
「今行くー。」
リビングへ行くと、食卓にはいつもの朝ご飯が並んでいた。
「最近、毎日出かけてるわね。」
「まあね。」
「拓真くんと?」
「いや。」
陽向は牛乳を飲みながら答える。
「結衣。」
その名前を口にした瞬間だった。
母さんの箸が止まる。
ほんの一瞬だけ。
「……そう。」
「昨日も秘密基地見に行ったんだ。」
「そうなの。」
「なくなってたけど。」
母さんは小さく笑った。
「時間が経てば、変わるものもあるわ。」
「まぁ、そうだよな。」
「……でも。」
母さんは何か言いかけて、
「ご飯、冷めちゃうわよ。」
そう言って話を終わらせた。
陽向は特に気にしなかった。
⸻
昼過ぎ。
いつもの公園。
「陽向!」
結衣がブランコの前で手を振る。
「今日は遅かったね。」
「母さんに捕まってた。」
「ふふっ。」
「掃除ちゃんとしなさいって?」
「なんで分かった。」
「顔に書いてある。」
二人は笑う。
⸻
ベンチに座る。
「そういえば。」
陽向はスマホを取り出した。
「せっかくだし写真撮ろうぜ。」
「え?」
「久しぶりに会えた記念。」
結衣は少し困ったように笑う。
「えー。」
「いいじゃん。」
「今日はちょっと髪ぼさぼさだから!」
「十分普通だけど。」
「今日はダメ!」
「明日は?」
「……明日も。」
「じゃあ明後日。」
結衣は少しだけ黙る。
それから、
いつもの笑顔で言った。
「思い出は、写真がなくても忘れないよ。」
「結衣らしいな。」
陽向は笑ってスマホをしまった。
⸻
「そういえば。」
結衣が立ち上がる。
「久しぶりに遠回りして帰ろ!」
「いいけど。」
二人は住宅街を歩く。
昔、学校帰りによく通った道。
「ここさ。」
陽向が笑う。
「結衣、自転車乗れなくてさ。」
「やめて!」
「補助輪外した日に泣いてた。」
「泣いてない!」
「泣いてた。」
「……ちょっとだけ!」
「あはは。」
「陽向だって転んでたじゃん!」
「俺は泣いてない。」
「強がってただけ!」
二人で笑う。
⸻
歩いていると、
前方の交差点が見えてきた。
結衣の足が止まる。
笑顔が少しだけ消える。
「……結衣?」
「陽向。」
結衣は無理やり笑った。
「今日は向こうの道から帰ろ!」
「え?」
「ほら、近道あるし!」
「でもこっちの方が──」
「お願い。」
その一言だけ少し真剣だった。
陽向は不思議に思いながらも、
「分かった。」
そう言って歩き出そうとする。
その時だった。
交差点の電柱の根元に、
白い花束が置かれているのが目に入る。
「……あれ?」
陽向は立ち止まる。
「ここで事故でもあったのかな。」
その瞬間、
ズキッ――
鋭い痛みが頭を走った。
「っ……!」
目の前が揺れる。
何かが頭の中に浮かぶ。
ブレーキの音。
誰かの叫び声。
赤いランドセル。
でも、
次の瞬間には消えていた。
「陽向!」
結衣が駆け寄る。
「大丈夫?」
「……あ、あぁ。」
頭を押さえる。
「なんだ今の……。」
「疲れてるだけだよ!」
結衣は明るく笑った。
「今日はもう帰ろ!」
「……うん。」
陽向はもう一度だけ花束を見る。
誰に供えられたものなのか。
どうしてこんなに胸が苦しいのか。
分からないまま、
結衣の後ろを歩き始めた。
結衣は一度だけ交差点を振り返る。
どこか寂しそうに微笑むと、
何も言わず前を向いた。




