第五話 いってらっしゃい
朝日がカーテンの隙間から差し込む。
目を覚ました陽向は、しばらく天井を見つめていた。
昨日の出来事は夢ではない。
思い出した。
全部。
結衣のことも。
事故の日も。
あの日から、自分の時間だけが止まっていたことも。
ゆっくりと体を起こす。
部屋には昨日片付けきれなかった思い出の品が並んでいた。
ビー玉。
虫取り網。
色あせたカード。
秘密基地の地図。
どれも、小学生だった頃の宝物。
陽向は一つひとつ手に取る。
「これでよく遊んだな。」
思わず笑みがこぼれる。
ビー玉を箱へ戻す。
虫取り網も。
カードも。
秘密基地の地図も。
「……秘密基地。」
小さく笑う。
「あれ、結局なくなってたな。」
箱の蓋を閉める。
押し入れの奥へしまう。
部屋は少しだけ広くなった気がした。
でも、不思議と寂しくはなかった。
思い出を捨てたわけじゃない。
ちゃんと胸の中に残っているから。
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制服へ着替える。
ネクタイを締める。
鏡の前に立つ。
自分が大人に見えた。
部屋を出る。
玄関へ向かう。
ふと視線が止まる。
下駄箱の上。
写真立て。
自分が飾った写真。
陽向はそっと手に取る。
写真の中では、
小学生の陽向。
少し照れくさそうな拓真。
そして真ん中では、
満面の笑顔で笑う結衣。
三人とも泥だらけだった。
「……。」
しばらく見つめる。
自然と笑みがこぼれた。
「これは……。」
少しだけ涙ぐみながら笑う。
「しまえないな。」
写真立てを元の場所へ戻す。
結衣との思い出は、
しまい込むものじゃない。
これからも、自分の毎日を見守ってくれるものだから。
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リビングへ行くと、母が朝食を並べていた。
陽向の顔を見ると、少し驚いたように目を見開く。
「……陽向。」
「ん?」
「いい顔してる。」
陽向は照れくさそうに笑う。
「そうかな。」
「うん。」
母も笑った。
それだけだった。
でも、その笑顔だけで十分だった。
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時計を見る。
「……もうこんな時間か。」
今日は高校の入学式。
新しい生活が始まる日。
靴を履く。
ドアノブに手をかける。
一度だけ、写真立てを見る。
結衣が笑っている。
「約束。」
陽向は小さくつぶやく。
「ちゃんと守るから。」
そして笑う。
「……行ってきます。」
ドアを開ける。
春の風が吹く。
陽向は一度も振り返らず、歩き出した。
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玄関には、小学生の姿の結衣が立っていた。
ランドセルを背負い、
あの日と同じ笑顔で、
陽向の背中を見つめている。
陽向には、もうその姿は見えない。
でも結衣は、
安心したように小さく笑った。
「約束、忘れないでね。」
少しだけ間を置く。
そして、優しく。
「いってらっしゃい。」
ドアが静かに閉まる。
春風が吹き抜ける。
写真立ての中の三人は、
あの日のまま笑っていた。




