第4話 お前はリッチ
重いフードを下ろすと、そこには懐かしい金髪が揺れていた。
長くなったのか、後ろでひとつ結びにしている。
クラストはたまらず尋ねた。
「お前……リッチなのか?」
声はすでに出せるようになっていた。しかしそんなことも気にならないほど、クラストは切羽詰まった様子で彼を見上げる。
「久しぶりに会ったと思ったら、なんて面してるのさ」
気安く笑ったリッチは、クラストの上から体をどけると、どかりと小屋の地面に腰を下ろす。
「無事だったのか? 今までどこにいたんだ? いつ戻ったんだ?」
矢継ぎ早に浮かぶ質問をそのままに吐いた。
だが、リッチは手のひらをこちらに向けて「待て」と合図する。
六年前、勇者が魔王に敗北した後、リッチの家は王の命令により財産を没収された。
それは、勇者なくした国が最後の抵抗を見せるために、僅かな財布の中身をぶちまけるような行為だった。
おかげで領主や貴族の力は潰え、不信感を持った市民による暴徒化が始まったのだ。
国王は騎士団を最後の頼みの綱にしていたようだが、それすらも魔族には敵わなかった。
おかげで国は、内も外もめちゃくちゃ。リッチは家族とともに、魔族に連れ去られたと聞かされていた。
「クラスト、君はまだそこに正義を持っているか?」
リッチは突拍子もないことをよく言っていたが、それは今も変わらないようだった。真剣な眼差しが、クラストの視線と交錯する。
「……どういう意味だよ」
「勇者様をお助けしたいか、そう聞いたのさ」
「なっ! ……ゆ、勇者って馬鹿か!」
慌てたクラストは鶏の視線を気にするように声をひそめた。
「リッチ、敬称なんてつけてみろ、今は誰が聞いてるか分からないんだぞ。すぐに密告されて殺されちまう! ……お前がいない間にこの街は変わったんだ。みんな自分以外を信じてない。助かるためには平気で人の命を差し出す。そいつが正しかろうが正しくなかろうが関係ないんだ。魔族が少しずつ活動を強めている。もしかしたら、本当に勇者がこの街にいるのかもしれない。だったら、勇者が見つかるまで耐え忍ばなきゃならないんだよ。こんなことになったのは、負けた勇者のせいなんだ」
遠く、雷鳴が音をたてた。空は暗く沈んでいて、普段なら明るいこの時間帯も、空気がくすんで見える。
やるせない自分自身の怒りを、どこにいるのかも分からない勇者にぶつける。
そうでもしないと、死んでいった人たちが一向に報われない。
だけどこの男は違った。
俺の言葉を正面から正しく否定する。
「知っているさ。この街がおかしくなったのも、人間の心が弱くなったのも、全部知っている……。だけどクラスト、君ならとうに気づいているはずだ。本当に憎むべきは勇者様じゃない。これを強いている非情な魔族たちだ、そうだろ?」
空気は粘っこくて不快感を増す。しかしリッチの目を見ていると、不思議と勇気づけられるような気がした。
「君はいつだって正しくあろうとしていた。他の子どもに嫌なことを強要されようとも、頑なに自分自身を貫いた。それで仲間はずれにされたこともあっただろう。しかし君は、いつだって目の前の苟且よりも真の正義を選び続けた」
思い出すのは、子どもの頃の遊び。
『なあ、あのおしゃべりおばさんうるせぇから、家の窓ガラスに石投げて割ってやろうぜ』
悪戯も度が過ぎれば、それは悪意になりえる。
クラストは石を拾ったが、結局みんなのように投げることはできなかった。
『あんたたち何やってんだい!』
『おい、逃げろ!』
駆け出していく彼らの背中を、追うことすらできなかった。
立ち竦んだまま、俺は震える拳に、石を握ったまま。
『ごめんなさい、俺……怖くてみんなを止められなかった』
泣いて謝ったけど、ぶたれる覚悟はしていた。
でもおばさんはそうしなかった。優しく肩を抱いて、そっと俺に話しかけたんだ。
『クラストや。お前さんが石を投げられないのは知っているよ。そんな子だとは私も思ってないからね。優しい子だって、みんな知ってるさ』
心に空いた穴から、冷たい風が吹く。
あのおばさんを、俺は助けられなかった。
魔族に立ち向かったってどうせ勝てない。あの場で一人出ていったって、一緒に俺まで殺されるだけだった。
でも、それでも。この胸に焼き付いた悔しさをどうにかできるのは、あの時に振り絞るべきだった勇気、それだけだった。
忸怩たる思いに俯くクラスト。
そんな彼を支えるように、リッチはきっぱりと言い放った。
「おかしくなったこの街を救う方法は、まだある」
ついと顔を上げたクラストは、目だけで疑問を訴える。
それに応じるように、彼は頷きながら告げた。
「クラスト、私は勇者様の居場所を知っている」
雨はもう、いつ降り始めてもおかしくなかった。




